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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

第二部 第一章 消えた魔法の猫

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8 猫に名前を付けてみる

 ぐったりした猫を抱きかかえて城に駆け込んだ。そして階段の上にマリーを見つけると、あたしは叫ぶ。
「マリー!」
 血相を変えたあたしを見て、掃除をしていたマリーはほうきを放り出し、階段の手すりから身を乗り出した。
「どうされたのです」
「この子が! ――この猫が! また伸びちゃったの!」
 あたしが猫を頭上に持ち上げると、マリーは慌てて階段を駆け下りて来る。そして、あたしの頭上の猫をそっとその腕の中に引き取った。
「今度は何をされたのです!?」
「な、なんにもしてないわよ!」
 前例があるだけに、マリーの目は疑り深い。
「とにかく、一度お医者様に見て貰った方がいいかもしれませんね。買い物のついでに呼んで来ますから、お嬢様は傍についていてあげて下さい。ああ、看病とかしない方が多分いいですからね! しちゃ駄目ですよ!」
 そう言うとマリーは大きな体を揺らして城を飛び出して行った。


「ごめんね……」
 呼びかけようとして、名前がないのは不便だと思った。さっきもとっさに猫としか言えなかったし、『猫さん』なんて、なんだか、そう呼ぶのもよく考えると申し訳ない。飼うと決めたくせに、名前も付けてないなんて。リュシアンと喧嘩してそれどころじゃなくなった。飼い主失格だし、マリーにあんな風に言われても当然だ。
 あたしは名前を考えることにする。そうすればもっと飼い主としての自覚が出るに決まっていた。というより、マリーに釘も刺されたせいで、出来る事がなかったのだけれど。
 なんとなく傍にあった聖典を手に取る。パラパラとめくると新しい紙とインクの匂いがした。リュシアンは聖典を一度破って捨ててしまったのだけれど、新しく買って来たのだそうだ。以前ほど読み込んだ形跡はないけれど、お祈りの時にはやっぱりあった方が落ち着くと彼は言っていた。だから、ベッドの横にいつも聖典が置いてあるのだ。
 神父との時間を思い出す。信心深いリュシアンだけど、なぜだか今まで一緒に祈ろうとは言われた事はない。ああやって心安らかになれるのならば、お祈りしてもいいかなと思った。
 そんな事を考えながら、一枚一枚をめくってはめぼしいものがないかを探った。
「…………アンテステーリ、タルゲーリ、スキロポリ、ヘカトンバイ、メタゲイト……う、うわぁ……」
 出て来る言葉を一つ一つ口の中で転がした。だけど舌が絡まりそう!
「なんだか全然しっくり来ないんだけど」
 最後まで何となくめくってみたものの、聖人の名前は馴染みのない発音ばかりでいいものが見つからない。聖典からとった名を猫につけるには無理があるみたいだった。あたしの目は、再び本棚をなぞり、ある本のところで止まる。
「あ……」
 古い古い本。すすけたこの本は、あたしが侯爵邸で何度も読んでいた本だ。いくつものおとぎ話が入っている、お気にいりの本。あの火事の夜、お父様が部屋に遣って来るまでのんびり読んでいた本だった。
 あたしが大事にしていたのを知っていたからだろう。マリーが火事の中から、あたし達と一緒に助け出してくれたのだと、後から聞いた。でも未だに開いていない。だって、なんだか色んな事を思い出しそうで怖かったのだ。
 でもなんだか本が呼んでいるような気がした。誘われるようにして、恐る恐るのように手に取って表紙を開くと、風に吹かれて中身がパラパラとめくれた。めくれ終わったその頁には一つの名前があった。
「……イーヴ?」
 そこに書かれているのはなんでもない農夫の子供の名前だった。不遇の末、偶然拾った花の種のおかげで幸せになると言う、ありきたりなおとぎ話の主人公。
 なぜか気になって、目が離せなかった。
「あなた、イーヴって呼んでもいい?」
 何気なく尋ねてしまってはっとする。――あ、あたしのバカ。猫に尋ねても、答えてくれるわけないじゃない!
 しかし、そんな予想は裏切られた。

「みゃあ」

 全く期待しなかったのに、猫が話を聞いていたかのように相槌のような鳴き声を出した。
「え、起きてたの?」
 驚いて覗き込む。けれど、猫は眠ったまま。猫でも寝言を言うのかしら。それとも――
「魔法の猫……そんなわけないか」
 あたしはそう呟いたけれど、すぐに自分で否定する。
 もしそうなら、こんなに猫らしいのは不自然だ。だって、あたし姿は猫でも、中身が猫の真似なんかできなかったもん。っていうか、話せるのに話さないなんて考えられない。昨日のあたしの乱暴なお世話に伸びるまで悲鳴一つ上げないなんて考えられないし。
 あたしはのんびり眠っている猫の顔を見てくすりと笑う。
「……うん。多分、似合ってるわよね」
 髭をそっと撫でるとくすぐったそうに前足で顔を撫でた。それでも熟睡中なのか、目を開けない。そんな猫の寝顔は何となく満足げだった。
「イーヴ」
 親しみを込めてそう言った名は、猫の体に落ちるなり不思議なほど馴染んだ。――まるで、昔からそう呼ばれていたかのように。
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