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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

第二部 第一章 消えた魔法の猫

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5 今日は料理を頑張る日

 その日の夕方。いくら待っても帰って来ないリュシアンにあたしはイライラしつつ、夕食の準備を手伝った。
 基本的に家事全般苦手なのだけれど、特に料理のセンスのなさにはあたしもがっかりしていた。他の事はそうでもない……と思うんだけど、掃除も洗濯も一般レベルのはほど遠いらしい。マリーははっきりとは言わないけれど、こっそりとやり直されているのを見つけては、残念に思う。
 ちょっとした気配りなのだとベテランメイドのマリーは言う。毎日全部やるのは無理だけど、一つ一つを丁寧にやっていれば、そんなに酷い事にはならないと。たとえば、今日は掃除を頑張る日、明日は洗濯を頑張る日。そんな風に決めてはと提案されて、そうする事にしたのだ。そして、今日はお料理を頑張る日だった。
 メニューはお芋のサラダだ。じゃがいもをゆでて、赤タマネギをゆでて、混ぜてドレッシング――これはマリーが作ってくれるらしいけれど――で和える。そのくらいなら、余裕で出来そうだった。
 えーと、まずは、皮を剥くのよね!
「じゃがいもは洗ってから皮をむくんですよ」
 ナイフを持っていた手がびくりと強ばる。そっとナイフを置くと、あたしはジャガイモの入った籠を持ち上げて、流しに運ぼうとした。
「ああ、五個くらいで十分ですから!」
 山となったいもを全部洗おうとしていたあたしは、籠を床において五つ取り出す。よく洗うとまな板の上に再び戻して、皮を剥いた。
 ざく切りにしようとした瞬間、またマリーの声が響く。
「ああ、切らなくっていいですよ。丸ごとゆでますからね! それより芽はとって下さいね!! お腹壊しますからね!」
「………」
 手元のいもはまだらに皮が残っていて、そして所々窪んだ場所にちょこんと芽が出ているものがあった。あたしは、指でそれを引っこ抜く。残った芯は、ナイフの尖った部分でほじくった。でも深くほじりすぎて、ただでさえ厚く皮を剥きすぎた五つ分のいもは、いつの間にか三つ分くらいの分量に減ってしまった。いもを二つ追加。作業は最初からやり直し。イライラは最高潮に達そうとしていた。いもの後ろではタマネギがあたしを待っていて、マリーが余裕を持って湧かし始めた湯はもう沸騰していた。
 ――ああ、あたし、やっぱり向いてないかも!!
「あああああ!! もーやだ! メンドクサイっ」
 そう叫んだ直後、

 ザク

 指の腹に赤い線が引かれた。あ!と思った直後、感じたのは直に火に焼かれたような熱。
「いっったーーーー! ゆ、指がっ」
 見る見るうちに血が盛り上がってあたしはパニックに陥った。
「指がとれちゃう! 無くなっちゃう!」
「お嬢様!」
 マリーが慌てて寄って来て、手首を掴むと流しのポンプを思い切り漕ぎだした。水がざあっと流れ始め、流水が容赦なくあたしの傷口に染み込んだ。
「いやあ! 痛いってば!」
「我慢して下さいっ――あ、ああ良かった、かすり傷ですよ……! 一体どうして……、ナイフはまだ早いんですかねぇ……」
 マリーが涙目のあたしの隣で泣きそうになっている。
 そして、ドカドカと後ろで慌ただしい足音がしたかと思うと、「どうかした!?」とリュシアンの大声が厨房に響き渡った。

 *

 応接室にはいい香りが僅かに漂っていた。甘くて、僅かに辛い、大人の香り。きっと高級品。どこの香水だろう。
 あたしは包帯で指をぐるぐる巻きにされて、ようやく落ち着いた。血はすぐに止まって、傷も浅いらしい。でもあたしが経験した中では大けがの部類かも。
「もうしわけありません」
 マリーが不本意そうにリュシアンに謝っている。
 そして、リュシアンが「アリスにナイフを持たせるのはいっそ諦めてもいいと思っている」とぶちぶちと文句を言う。
「でも、過保護すぎるのも問題でしょう。失敗しながらでもやらなければ上達しないんですよ」
 マリーがそう返して、二人が喧嘩を始めた。
 あたしはそんないつもの光景を横目に見ながら、リュシアンの後ろにいる女性に釘付けになっていた。
「ねえ、リュシアン」
「何?」
 リュシアンが喧嘩を一時中断して、こっちを見た。
「この人、だれ?」
「あ、ああ……初対面だっけ、一応」
 頭を掻くリュシアンは、どこかきまり悪そうだった。女性は長い黒髪をさらりと肩の後ろに流すと、くすり、と微笑んだ。あたしの中の何かがかっと燃え上がる。この感覚は――そうだ、ローズ姫がこのお城に来た時にすごくよく似てる!
「ヨランドですわ、アリス様。バルザックの店の売り子でございます」
 しっとりした低い声。あたしの高い子供みたいな声と比べると、随分大人っぽい。
 外見もそうだ。漆黒の髪はリュシアンとお揃いみたいに見えて、それだけでひがんでしまう。それから、その紫色の瞳も、澄んでいてすごく綺麗だった。瞳の色に合わせたアイシャドウに、真っ赤な口紅の綺麗な化粧。襟刳の開いた大人っぽい服がまた、しなやかで色っぽい体によく似合っている。
 あ、あたしだって胸の大きさじゃ負けてないけどね! ……多分。見比べるけれど、襟刳の詰まったいつものワンピースじゃ、彼女の色っぽさの半分も出せていなかった。
「ヨランドさんは、どうしてここに?」
 負けを認めたくなくて、声がきつく響く。それがまた子供っぽく感じるけれど、なんだか止められない。余裕のある表情があたしを挑発してるようにしか思えなかった。
「新作の打ち合わせに、ですわ。試作品を見て貰いたかったのですが、ご主人がお急ぎだったので付き添わせていただきましたのよ」
「新作って……試作品って、バルザックの店の?」
「ええ。やはりマルメロのパンだけではなく、もっと別の果実の菓子パンも売り出した方がいいと思いまして。何しろ街の人間は飽きっぽいですから」
 それは街に住んでいたあたしもよく知っている。でもどうしても認められない。その笑顔がしゃくで、頷けない。ねえ、リュシアン。なんでこんな人雇ったの? どうしてあたしとリュシアンのお城に連れてきたの?
「まだ早いんじゃない? だってこの間開店したばかりじゃない」
 あたしは言い返す。
「流行に乗り遅れてもいいとおっしゃるのですか。あの街のご出身だとお聞きしましたから、お嬢様にはご理解いただけると――」
 〝おじょうさま〟その言葉で、ぷちん、頭の血管が切れたような気がした。
 我慢の限界で彼女の言葉を遮る。
「あたしはっ! 〝奥様〟よっ!」
「ああ、そうでしたわね。失礼いたしました」
「――――!」
 くすり。赤い唇があからさまに笑った。とたん目の前がその紅の色と同じように、染まって行く――
「きゃっ――!」
「アリス!」
「あ……」
 リュシアンの怒鳴り声に我に返った時には、あたしは目の前にあった水差しを彼女に向かって投げつけていた。
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