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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

第二部 第一章 消えた魔法の猫

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2 アリスの造った庭

 僕は眠りに落ちたアリスの隣からそっと抜け出すと、ぼんやりと朝日が差し込んだ窓辺へと移動した。
 そして大きく息を吸って、胸の中に沸き上がったモヤモヤを吐き出した。
 あいかわらず、アリスが求めているものは分かりやすい。僕は気が付かないふりをして、その誘惑をかわすのに精一杯だ。
 昨晩も夜遅くまで起きていたし、今彼女の誘惑に乗って仕事に支障が出るのは避けたかった。アリスの状態が不安定なのを早く何とかしてあげたい。一時の幸せに溺れて現実から目を背けるのは楽だ。けれど、その先を見据える事を忘れてはならなかった。
 僕は一時の幸せを彼女に与えたいわけではない。
 だからこそ、今日もしっかり働く。僕らの未来の為に。


 朝日で輝く中庭に出ると、春の花が一面に咲き誇っていた。
 高い木から落ちた薄紅色の花びらが辺りを舞う。弱っていた樹木をアリスが世話をしているのをよく見かけた。これは彼女が作った庭だった。
 マリーがやって来た分、彼女の仕事は無くなってしまった。なんというか、彼女は家事には――特に料理だけれど――全く向いていないことが早々に分かってしまったので、別の事を任せる事にしたのだ。それが、庭の管理だった。
 土いじりは手が荒れるけれど、彼女は全く苦にならないようだった。侯爵家では自然に触れる事が少なかったから、土や緑に囲まれると気分がいいと本人も楽しんでいるようだった。
 冬に一生懸命植えていたチューリップの球根が芽吹き、可憐な花をつけている。厚い花びらが綻んで、春の風に揺れている様は、見ていて随分と安らいだ。他にも春の花の寄せ植えがいくつか作られていて、僕が名を知らない花が色とりどりの花をつけていた。そういえば、彼女が「シャルルが南から種を送ってくれたの」と嬉しそうにしていたのだけは覚えている。僕がいない間に、彼女は種と一緒に寂しさを土に埋めているのかもしれない。
 雑草も生えていない手入れが行き届きすぎた庭を見て、僕はそう思った。
 ごめん――アリス。早く、何とかするから。
 そんな風に感傷に浸ったいた時だった。
 ひらり。
 ふいに、白い紙が花びらと共に空から舞い降りてきた。
「なんだ?」
 僕は地面に着地したその紙を拾う。一通の封書。折り畳まれていたそれを裏返し、差出人を見たとたんに目を見開いた。
「――シャルル!?」
 思わず上を見上げた。だけど春の青く高い空には雲以外何もない。諦めきれずにぐるりと首を一周させると、黒いものが目に入った。はっとしてそちらを凝視したけれど、それは高い木の枝に留まった一羽の鴉だった。
「…………ジョアン?」
 そんなわけはないのだけれど、何となく懐かしい雰囲気を感じてそう呟く。
 すると、偶然なのだろうけれど、鴉が「カァ」と一声鳴いて飛び立った。


 中庭の噴水の縁に腰掛けると、僕は改めて手紙を開いた。


 愛しのリュシアンへ

 お久しぶりね! 元気にしてる? 手紙が無事に届くと良いわねぇって思ってるけれど、どうかしら? アリスは私によくお手紙くれるけれど、仲良くやってるみたいじゃなあい? でも、あなたからの手紙も待ってるのにぃ! 残念よぅ!
 ところで、女王陛下が魔法の猫を探してるって噂を小耳に挟んだんだけれど。アリスがあなたが請け負った女王陛下のお仕事について書いてたけれど、つまり、あなたが猫について何か絡んでるのでしょう? そういうことなら、見つけた猫はそっちに送らせてもらうわね! あ、でも、それじゃあアリスが妬いちゃうかしら? ぐふふ、それも楽しそうよね!
 また近いうちに連絡するから、くれぐれもよろしくね。

 あなたのシャルルより


 妙な寒気を感じながらも読了すると、僕はあるものを探して周囲を見回した。
「……猫?」
 そんなもの、届いていないようだけれど。
「あとから送ってくれるのかな?」
 それとも『今後見つけた場合に』ってこと? そうともとれるけれど、最初読んだ時は、既に見つけた猫を送ってくれたのかと喜んだのに……。
 僕が悩んでいるのを知って、そっと手を差し伸べてくれたのかと思ったのに。いつも彼はそうだったから。
 でも……頼りにせずに、自分だけでなんとかしないと。これは僕の仕事なのだから。
「あーあ……でも。どうしようかな」
 がしがしと頭を掻く。
 さっき喜んでしまったのは、僕が今、仕事が行き詰まっている原因がそれにあったからなのだ。それ――つまり、魔法の猫のこと。
 僕は女王陛下に世界に散らばっている魔法の猫を元の姿に戻す仕事を頼まれた。けれど、肝心の猫が見つからないという問題に頭を悩ませていた。
 王は僕の出した証拠品によって、その地位を剥奪された。その結果、女王が国を治める事となり、そして、王が裏で運営していた人身売買組織は壊滅した……はずだった。しかし、そこで飼われていたはずの猫達も同時に消えてしまったのだ。
 いないはずがない。僕は必死で探しながら、魔法の猫を売っていた店を思い出した。あれだけ沢山居た猫達が急に消えたのには何か理由があるはずで……。
 女王陛下がおっしゃるには、貴族が裏で結束して、隠してしまったのではないかという事だった。言われてみれば、あんなに便利なペットをそう簡単に差し出すわけがない。文句を言わず、人間のおもちゃになる人間を。
 考えるだけで胸が悪くなる。アリスが昔そうされようとしていた事を考えると余計にだった。
 僕は僅かな手がかりを求めて貴族の領地を尋ね歩く。だけど、やっぱりどこからか僕の素行は漏れているのだろう。――あのカルバン侯爵の娘を攫って監禁している男。そんな酷い噂さえ耳にした事もあった。女王の後ろ盾が効いている為か、表立って攻撃する者もいなかったけれど、非協力的な事に変わりはない。
 自らの後ろ暗さを隠すため、皆結託し始めているようだった。
 僕はそこで一度考えるのを休んだ。そして大きく息を吐くと、花壇の間を歩き玄関へと向かう。

 道の脇に並んだひなげしが、細い茎の上に、華奢な花びらで出来た大きな花をつけている。赤、黄色、紫。色とりどりの花は風が吹くと、同じ方向へと頭を下げた。花の間の道は、まるで迷路のように入り組んで、いつしか僕は花の中に迷い込んだかのような気分になった。
 花達はゆっくり休んで行きなさいと言うかのように、優しい香りを放って僕を誘う。誘惑を振り切って僕は再び歩き出す。
 いつしか日が高くなっていた。もうそろそろアリスが起きだして来る時間だった。僕は慌てて朝食のパンを鞄に突っ込むと、一人城門へと向かう。
 今日はオーランシュとバルザックのパン屋の視察に行くことになっていたのだ。
「あー……あっちも上手くいけば良いけど」
 ふいにそれぞれのパン屋の懸案事項を思い出してこめかみを揉む。どこもここも、細々とした問題があって……とにかく大変だったのだ。
「アリス。――行ってくるからね」
 僕は振り返ると、城を見上げて、二階にある僕たちの寝室の窓を見た。マリーに「子供が出来たらどうするんです!」と、顔を合わす度にちくちくと言われながら、でもこれだけは譲らないと決めたことだ。
 だってどうせアリスは僕の隣でしか眠らない。部屋にやって来る彼女を僕は拒めない。夜、彼女が怯える時に、隣にいないなんて事は考えたくなかった。
 野薔薇で出来たアーチを通り抜け、小さな通用門に辿り着くと、既に表に出している荷馬車の馬が嘶いていた。小さな鍵穴に専用の鍵を差し込む。扉が開いたところで、「お邪魔しまーす」と声が聞こえた気がした。
「ん?」
 僕は辺りを見回す。だけど、人影はない。門の内側を素早く調べたけれど、そこには花に飾られたいつもの庭があるばかりだった。
 気のせいかな? 僕はそう思って、その日は仕事へと向かった。その時にしっかりと確かめておかなかったのを後ほど激しく後悔するなんて、考えもせずに。
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