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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

第二部 第一章 消えた魔法の猫

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1 恋人以上夫婦未満の関係

第二部、しっとりとした雰囲気で始めさせていただきます!
よろしくお願いします!
 湿った空気が漂う、深く濃い闇の中。オレンジ色の灯りがぽつんと灯っていた。
 温かい色に誘われて近づいて、小さな窓から覗き込むと、そこは子供部屋だった。
 ベッドの上に大きな人影と、小さな人影が見える。金色の豊かな髪に緑色の大きな瞳。二人の容貌はよく似ていて、一目で親子と分かるものだった。
 就寝前の僅かな時間、母は娘と絵本の世界に紛れ込む。穏やかな明るい話が終わると、娘は絵本を映したような夢の世界に誘われて穏やかな眠りにつく。それは二人の幸せな日課だった。
「……そうして粉屋の息子は、猫の助けを借りて、お姫様と結婚ました。――終わり」
 優しい声が止むと、娘が短い拍手をした。そして、母の膝に乗り上げて、もう一度、とせがんだ。
 母親は「もう寝る時間でしょ」と優しく諭す。
「ねえ、おかあさん」
 娘はベッドの中から母親を見上げた。
「なあに、アリスちゃん?」
「このおはなし、おもしろいね、あたし、だいすき!」
 娘が辿々しく言葉を連ね、ニコニコと溢れんばかりの笑顔を母親に向ける。母親はそれをやんわりと受け止めて、さらに優しい笑顔を少女に見せた。
「おかあさんも好きなのよ、この絵本。ボロボロなのは、お母さんが小さい時にも読んでいたからなのよ」
「へええ!」
 彼女達の間に置かれた本の表紙には、立派な服を着た青年と毛並みの良い猫。その隣にはお姫様が並んで微笑んでいる。背景には大きな城、そして端っこに小さく太ったネズミが描かれていた。
 母親はその猫を人差し指でそっとなぞった。
「お母さんは、この猫の英雄が大好きでね。人食いをネズミに変えちゃうところなんて、何度も読んだわよ」
「あたしも! このネコ、カシコイもの。ヒトクイをやっつけちゃうなんて、すごいもん」
 娘はやはり顔を輝かせて高い声を上げた。
 母親はベッドから飛び起きた娘をなだめ、再び横にならせる。
「でもね。アリスちゃんも賢いわよ。だってお父様の子供なんだもの」
「お父さまはとってもカシコイのよね! あーあ、はやくおシゴトからかえってこないかなあ。いつになったらかえってこられるの? あたし、さびしいなあ」
「今は海の向こうの国にいらっしゃるから、まだもうちょっとかかるかもしれないわね」
「お父さまのおしごとはリッパなのよね?」
「そうよ。だから忙しいの」
 母親は僅かに顔を曇らせる。
「おかあさんはさびしい?」
「お母さんも寂しいわ」
「でも、……おかあさんにはあたしがいるじゃない!」
 ひどく疲れた横顔を見せる母に、娘が縋るように言う。刹那、母は泣くのを堪えるかのように顔をしかめたあと、笑顔を絞りだす。
「そうね。アリスちゃん。あなたはお父様と私の大事な――……

 * * *

 目覚めたとき、頬が濡れているのに気が付いて、慌てて手の甲でそれを拭った。
 まだ日は昇っていなかった。しんと冷えた暗い部屋が恐ろしくて、体が震え、あたしは光を求めて手を彷徨わせた。
「……どうして、今さら?」
 乾いた声が口から漏れた。驚いたのもしょうがないと思う。だって、本当に五年以上見ていない夢だったのだから。今更見るなんて考えられなかった。
 あれは、あたしの願望を強く表した夢……なのかも。今になるとそんな風にも思える。でも、あれは現実だったはずの光景。優しいお母様が、あたしが眠る前に絵本を読み聞かせてくれた――それはとても幸せな時間だった。
「ん………アリス? 起きたの? もう夜明け?」
 温かい声にびくりと体が震えた。見下ろすと、リュシアンが瞼をゆっくりと持ち上げて、その青い瞳をあたしに見せてくれようとしているところだった。
 リュシアンはベッドの上を震えながら彷徨っていたあたしの手を探し当ててぎゅっと握ると、少し強めに引き寄せる。あたしは逆らわずにリュシアンの腕の中に転がり込んだ。
 彼の胸に頬をくっつけて、その命の音を聞いてほっとする。温かさがあたしにリュシアンという近くにある幸せを思い出させてくれる。部屋は暗いままなのに、ぽっと灯りが灯ったように感じた。
 リュシアンがあたしを覗き込んだかと思うと、唇がそっと重なり、その唇はすぐに頬に滑る。微かに湿った感触で涙の痕を見つけた彼は、慌てたように顔を上げた。
「どうしたんだ? 怖い夢でも見た?」
「う、ううん! そんな事ないわ!」
「泣いてたんだろう?」
 真剣な瞳にごまかしはきかない。あたしは目を伏せるとおどおどと打ち明ける。
「……お母様の夢を見たの。だから、えっと、ちょっとびっくりしただけよ」
 そう漏らすと、リュシアンは腕に力を込めてあたしをぎゅっと抱きしめた。
「ごめん、アリス」
「や、やだ、謝らないでよっ! あたし、ほんとに大丈夫だから!」
 リュシアンは首を振り、深く息を吐いた。溜息までもが謝っているようで、居たたまれなくなる。
 彼が謝る理由。それは、あたし達の関係が、恋人から夫婦になかなか進めない事だった。彼はあたしがその事で不安定になっている事をよく知っている。だから、出来る限り、泣かないようにしていたのに。
 半年前、リュシアンはあたしにプロポーズをしてくれた。だけど、あたしの両親が結婚に反対し、そしてそれを知ったリュシアンのお父さんも結婚に反対している。両親と神さまに祝福されない結婚では幸せになれないって。
 駆け落ちしたいと願った事もあったけれど、リュシアンが絶対なんとかするから待ってくれとあたしを説得して……今に至る。
 そんな風に、彼はあたしがあの家を出てからずっと、あたしの為に必死で頑張っている。侯爵家の娘を嫁にもらうに相応しい財産を手に入れるためにパン屋の事業を拡大し、そしてやっぱり相応しい爵位を手に入れるためのお仕事を、女王陛下から頼まれていると教えてくれた。
 それは、簡単に言うと魔法の猫を人に戻すお仕事なのだそう。彼はあたしを救ってくれただけでなく、世界に散らばったあたしみたいな猫を皆助けてくれるつもりなのだ。そんな彼はあたしの誇り。だから、わがままを言って邪魔なんか絶対したくなかった。
 でも……その女王陛下のお仕事はあまり上手くいっていないみたい。詳しくは教えてくれないけど。だから、彼はちょっと焦ってる。今まで以上に城を空けて国の端から端まで飛び回っている。あたしが城でひとりぼっちにならないようにって、マリーを呼び戻してくれたけれど……マリーの事は大好きだけれど、やっぱりどうしても彼の代わりにはなれなかった。
 そんな寂しさを紛らわすため、あたしは指に嵌めたままの薬指の指輪をそっと撫でる。リュシアンが財産を注ぎ込んで買ってくれた大事な婚約指輪を、あたしは彼の留守中、寂しい時にずっと眺めている。
 大きなエメラルドはあたしの瞳ほどに大きくて、贅沢な悩みだけど、家事の邪魔になるくらいだった。
「大丈夫よ、本当に」
 あたしが少々肩に力を入れて言い張ると、リュシアンは追求を諦めた。
「……それならいいけど。あれ……アリス? ちょっと熱がないか?」
 彼は触れ合わせていた頬を一度外して、あたしのおでこに自分のおでこをくっつける。間近に迫った青い瞳は指輪の石よりももっと綺麗だと思った。彼の目を覗き込むと、相変わらずどくどくと胸が音を立て、何か急かされるような気持ちになる。
 ……ああ、いっぱい、いっぱいキスがしたい。もう朝だけど、昨日の夜をやり直したい。そうしてお仕事に行くリュシアンを引き止めたい。だって、あたし、……もっともっとリュシアンと一緒にいたいの。
「あぁ、やっぱり。少し熱っぽい」
 リュシアンは納得したように、あたしをベッドに寝かせる。あっさりしたその様子からは心の底の願望が叶う事は無さそうで、あたしはがっかりした。
「……えー? ほんとに?」
 リュシアンはあたしに布団を被せて、自分も隣に滑り込む。確かに彼の肌はあたしと比べてひんやり冷たかった。火照った肌に心地いいくらい。
「今日はマリーに任せてゆっくりしてればいいよ。頼んでおく」
 リュシアンは日溜まりのように柔らかく笑うと、子供をあやすようにそっとあたしの髪を撫でた。
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