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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

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手紙の使い道


「リュシアン、リュシアン、――リュシアン!」
 アリスが僕を捜す声が聞こえ、「ここだよ」と叫ぶと、やがてぱたぱたという足音と共に彼女が二階からひょいと顔をのぞかせる。かと思うと、そのまま階段を駆け下りてきて、最後の数段を軽やかなジャンプで飛び越えた。
「わっ」
 僕は慌てて彼女の体を抱きとめる。
「何をそんなに急いでるんだ!?」
「今朝起きたら、これが届いてたの! ――シャルルからの手紙よ!」
「え」
 手紙? いつの間に?
 怪訝にする僕をみて、アリスははにかむ。そして宝物のようにそれを胸の中に抱きしめた。
「ちょっと前にね、手紙を送ったの。そしたら返事が来たのよ!」
「ど、どうやって送るんだよ、どこにいるのかも分からないのに」
「庭の木に吊るしておいてって」
「……」
 魔法の一種なのかなと思うけれど、さすがに分からない。あんな場所に魔法陣はあったかな? そんな風に思い浮かべる。いや、いくらシャルルでも空中に魔法陣は書けないだろう。
「それで、なんて?」
 どうせ考えても分からないし。気を取り直して聞くと、アリスはにっこり笑う。
「そのうち贈り物を送るから楽しみにしててって」
「贈り物? なんだろう?」
「すっごくいいものだって書いてたわ」
「……楽しみだね」
 差し出された手紙を受け取ると、彼に似合わない綺麗な文字でそう書いてある。確かにこの筆跡はシャルルのもの。読み進めると後ろの方に「場所をとるけど、でも城は広いから問題ないわね!」、
「壊れ物だから、魔法で飛ばすわけに行かなくって手紙と一緒には送れないけど」、「ああ、でもこれが届いた時のリュシアンの顔を見たいのにぃ!」など気になることがぽつぽつ書いてあって……それらを見つけるたびにドキリとした。
「何かしら? 大きいものって。あ! ――ほら、前シャルルが言ってたじゃない、南国の〈ゾウ〉っていう大きな動物とか! 今その辺にいるって書いてあるし!」
 アリスは目を宝石のように輝かせている。そんな彼女はとても可愛らしいけれど……。
「いや、まさか」
 うん、それだったらなんとしても送り返す。まさかそこまで非常識じゃないと思う……っていうかどうやってそんなもの運ぶんだ。
「楽しみね!」
「う、うん」
 妙に嫌な予感がしたんだけれど、アリスの嬉しそうな顔を壊したくなくて、とりあえずその場は彼女と一緒に笑うことにした。

「ところで、マリーを見なかった?」
「ああ、今日は買い物に出てるの。リュシアンが出かける前にって。卵が無くなっちゃったったって。近所に分けてもらいに行ってるだけだから、もうすぐ帰ると思うわ」
「そう」
 マリーは結局あのままこの城に留まってもらうことになっていた。アリスが一人にならないように。オーランシュの粉屋と父の世話はパン屋さんにひとまず面倒みて貰っている。ひとまずというのは、もちろんあてが他にあるからだ。
 今日僕はその件と、もう一つの用事のために城下町へ向かうことになっている。
「そういえば……」
 アリスがようやく気が付いたのか、僕の頭のてっぺんから足元までに目を走らせ、少し顔を赤らめた。
「な、なんでそんなオシャレしてるの?」
 僕はその言葉に自分の姿を見下ろした。僕は久々に領主に相応しい、持っている服で一番上等なものを身に着けていた。それは昔王とローズ姫を迎えたとき以来ずっと衣装箱の中で眠っていたもの。紺色の服は、シャルルが言うには僕に一番似合うものらしい。
「うん、ちょっとね」
「え、えっと」
 ――ま、まさかデートとか! 彼女がそんな風に言いたいのを必死で我慢しているのがありありと分かる。見開いた目の中で、その緑色の瞳が泳ぐ。うん、顔に書いてあるって、まさにこういうことを言うんだろうな。
「違うよ、デートじゃないよ」
 問いに答えてそう言うと、アリスは口を押さえてぎょっとする。
「――あたし、まだ何も言ってないのに!」
 僕は小さく吹き出すと彼女の頬にキスをする。
「大事な仕事だよ。帰ったら詳しく話すから」

 ちょうどそのとき玄関から声が響く。
「ただいま帰りました」
 そのマリーの声を受け取ると、僕はアリスを軽く抱きしめて、今度は唇に「いってきます」のキスをした。

 *

 緊張すると、腹を壊す。
 そういえばそんな体質だったことを今更思い出した。きゅうと怪しげな音で唸る腹を叱咤すると、大きく息を吐く。ここに来るのは実は初めて。当然だ。ここは王宮の謁見の間なのだから。
 ただ広いだけの場所だけど、床は磨かれた大理石で出来ていて、下を向いていると自分の引きつった顔が見事に映し出された。目の端には金属で出来た甲冑を纏った数本の足が見える。そろり、と視線を前に向けると、赤い絨毯の上に広がる黒いドレスが見えた。
「カラバ侯爵――と申したか」
 ようやく声がかかり、顔を上げると、目の前の美しい女性は穏やかな笑みを浮かべている。黒髪に瑠璃の瞳には見覚えがある――当然かもしれないけれど、ローズ姫とよく似ていた。多少加齢――といっても王よりは随分若く見えた――によってあの切れるような美しさは失われているけれど、その分柔らかく暖かい雰囲気を纏っている。だけど、今、その目がまるで笑っていない。歓迎されていないことは空気から感じていた。
「本日はお時間をいただき誠に有り難く存じます」
 床の冷たい大理石に膝をついたまま、僕はゆっくりと女性に向かって微笑んだ。シャルルが言うには――これもまた僕の武器。女王はつられたように微笑む。けれど、その言葉は堅く鋭かった。
「夫から話は聞いている。ただ、もう想像はできるだろうが、認めさせるのを止めていたのは私だ」
「……今日はその件だけではなく、別件についてご報告するため、ここに参りました」
 僕はとりあえず、〈その件〉については後回しにすることにしていた。ドゥとトロワから聞いた女王の人となりを聞く限り、僕の考えたやり方を通すほうが良さそうに思えたのだ。
「別件?」
「王の不正について、証拠をお求めとお聞きしました」
 僕はそう言うと、胸元から、例の手紙を取り出し、女王に献上した。女王はそれを見て目を見開く。
「……しかし、お前。これを暴けば、お前への爵位の授与は白紙に戻る」
「ええ。確かに、僕は王に爵位を求めていました。しかし、陛下の不正の証拠を握って、脅すような真似をする人間が――はたして爵位を持つに相応しいのか、そう考えました」
「ふうん……」
 女王は面白そうに僕を見つめた。そして手紙を丸めてポンポンと手に打ち付けると、言う。
「随分と甘い考えを持っているようだ」
「え?」
「実直さ、真面目さ。それは確かに好ましい。けれど、それで私の心を動かそうとするのは甘い、と言っている」
「甘いでしょうか」
 僕は思わず苦笑いをしてしまった。随分と見くびられている気がした。まあ、僕の元の身分を考えれば当然だけど。
「呆れたものだ。取引の仕方も知らないのか。お前は――爵位と引き換えにこれを渡すべきだったのに」
 それはシャルルの案。だけど、それは王にだから使えた案だった。僕が今相手をしている人は、王のやり方を嫌っている人だ。それならば方法を変える必要があると思っていた。
「いえ、ええと……きっと、女王陛下はそれだけでは足りないとおっしゃると思っていたのです」
「なに?」
「今『好ましい』と褒めて頂きました。そんな風に少しでも心証がよくなるならば、その手紙の使い方は間違っていなかったと思っています」
 女王の眉が動く。そして僕の言葉を噛み砕くと、少しだけ眼光を緩ませた。
「僕は、何をすればいいのでしょうか。どうすれば、爵位を認めて頂けるのでしょうか」
 僕はようやく本題を口にする。僕は力を持たない。だから、ここまでして漸く交渉を始められる。
「そなたは……何のために爵位を望む?」
「……守りたい女性がいます。彼女と添い遂げるために、釣り合う身分が欲しいのです」
 女王の眉がまた元の形に寄る。そうして彼女はこめかみを揉むと、大きくため息をついた。
「――そのようなことを囁かれて、まんまと騙された女を知っている」
「え?」
 意味が分からず首を傾げると、女王は僕の考えを遮るようにすぐに続けた。
「まあ、よい。まあまあだな。気に入った。私はの、今丁度手駒が少ないのだ」
そこで女王は一度口をつぐむ。そしてその瑠璃の瞳を輝かせた。
「それに――侯爵、お前のところにいるその娘は――元は魔法の猫だったな?」
 突然戻った鋭い口調に驚いた。そしてその内容に仰天する。女王が魔法の猫を調べている、そのことは知っていたはずだった。なのに、そんな話題が出ることは夢にも思っていなかった。迂闊にもほどがある。瞬時に返事が出来ない。
「娘を調べれば、もっと魔法の猫について詳しく知ることが出来るだろう。その娘を差し出せ。――それならば、お前の爵位を認めてやる」
 僕は思わず立ち上がる。
「お断りします! 彼女の傷を広げるような真似は――」
 直後、女王がにやりと唇を歪ませる。そして「合格」と一言。
 合格? 唖然と口をあける僕の前で、女王は傍の女官から一つの壜を受け取る。
「そなたに任せることにしよう」
女王は優しい口調で言うと、僕を手招く。僕が恐る恐る近づくと、手の上にその壜を乗せた。
「これは――」
 僕は目を見開く。しゃらと音を立てるその壜の中身は――忘れもしない〈エクリプス〉の実。月色に輝く魔法薬だった。
「爵位というものはな。もともと手柄を立てた者に領地を与えたことから始まったのだよ。爵位は領地そのものだと言っていい。そなたは未だ何の功績もない。そなたの前の領主は、荒れた大地を耕し、土地を十分に生かした。その上、あるときは、領民の病気を薬を作って対応し、また、あるときは領民を魔法で守ったと聞く。それだけの技量があれば土地のものは誰も文句を言うまい。しかし、そなたに何があるというのだ? 魔法どころか、特別なものは何もない。その上若過ぎる。一応民の声を聞いてみたのだが、まだ前の領主の代理だと思われていたぞ? あの様子では委譲されたと聞けば不安に思うものも多かろう。――実直なだけの愚鈍な領主など、住んでいる民にしては、迷惑なだけだ。人が良ければ余計に苛立とう。民があってこその領主であろう? まともに治められない領主の行く末は、そなたもよく分かろう。――あの王と同じだ」
 言葉が鋭く胸を抉って行く。それが正しい言葉だからこそ余計に。アリス。やっぱり……僕は甘いのかもしれない。――だけど諦めるわけに行かない。いくら壁が大きくても引き下がるわけにはいかなかった。
「僕がすべきことは……」
 なんだろう。この実を使ってどうしろというのだろう? 
王の手口が思い浮かんで吐き気がした。魔法の猫を研究していると言っていたし、まさか、この実に代わるものを作り出せなどと言わないだろうな? 
それに対する答えは「否」しか持ち合わせていない。
 そんな風に顔色を窺う僕に、女王は初めて本物の笑顔で笑った。
「そなたに必要なのは目に見える功績だ。――これはな、夫の〈へそくり〉をばらまいて貴族から没収した実だ。これを使って、まずは国中に散らばった哀れな猫たちを人の姿に戻したい。――だが私に出来るのもここまでのようでな。戻し方がどうしても分からない。薬を使っても効果が消えれば猫に戻ってしまうようでな。そなたはどうやら国中の誰よりも戻す方法を知っているようだ。それに、まず、そなたならこれを悪用しようとは思うまい。もし、私の望みが叶えばそれをそなたの功績とし、爵位を与えよう――それでどうか?」
 言われたことがあまりに胸に響き、体が大きく震えた。僕がこれから歩む道が鮮明に見えて、直後、力強く頷く。女王の望み――それは、まさに僕とアリスと――シャルルの望みだった。
「――そのお役目、どうか受けさせて下さい」
 思わずひれ伏すようにして、勢いで答えた。
「取引は成立だな」と言う声と、背中にかかる笑い声は、まるで急に春が訪れたかのように暖かかった。

ここまでが改稿版の掲載です。お付き合いありがとうございました!
駆け足で連載する事になってしまって、まったり読みたい方には忙しかったのではないかと思います(汗) 申し訳ありません。

今後は続編を掲載予定です。
消えたはずの人身売買の組織の問題、それからリュシアンが請け負った仕事、貴族と女王の対立、アリスと母親の関係修復、そういった要素を組み込んで行く予定です。
後日談中でちらっと出ましたが、新しいキャラも出てきますので、また違ったお話しになって行くかと。

続編は、これから約半年後、リュシアンが19歳、アリスが17歳になった時のお話になります。
以下、冒頭のあらすじです。

 +++

アリスの両親に結婚の承諾を得る為に黙々と計画を進めるリュシアン。
彼に相応しい女の子になりたいと願い毎日一生懸命なアリス。
そんななか、シャルルが旅先から、ある一つの贈り物を送って来た。
それは一匹の雄猫。彼はどうやらアリスにご執心の様子で……

 +++

今後はゆっくり更新していくことになりますが、またよろしくお願いいたします。
crapL.gifres.gif
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