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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

幕間

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懐かしい顔

幕間は、以下からお題を使用させていただきました。
幕間という名ですが、伏線込みでがっつり本編に絡みます。申し訳ありません。
(http://my.minx.jp/oricha)
 それは、ある初夏にさしかかった日の、学校からの帰り道のことだった。
 先週は、父さんの腰の調子が悪くて学校に行けなかった。
今日久々に登校した僕は、近所の友人――エリックとジャン――の二人とふざけながらも、家路を急いでいた。
 広場にさしかかったとき、ジャンが思いだしたように声を掛ける。
「なあ、リュシアン、後で今日の宿題教えてもらいにいってもいいかぁ? 俺、算術はてんで駄目でさー」
「ジャン、お前、苦手なのは算術だけじゃないだろ。それから教えてもらうんじゃなくって、丸写しのくせに。だいたい、リュシアンは休んでたんだから進んだ分を教えてやるのがほんとだろ」
 代わりに怒りだすエリックを遮って、僕は苦笑いしながら返事をする。
「いいよ、別に。ただ、家の仕事があるから、宿題を始めるのって夜遅くなんだけどね」
「あーそっか、お前んとこ、とーちゃんの腰悪いんだっけ。大丈夫か? 大変だよな」
「うん、まあね」
「夕食前にちゃちゃっとやっちまうつもりだったんだけど……無理か。んなら、おまえんでいいや、エリック見せろよ」
「ふざけんな!」
「まあまあ……」
 仲裁をしようとしたとき、
「……あ、おい」
 声が違う方向を向くのを感じて、僕はそちらを振り返る。噴水の縁に小さな人影が見えた。
 不思議に思う僕とは違って、二人はすでに見知った光景のようだった。
「あの子……また来てるぞ」
「かわいいよなー。人形みてえ」
 視線の先では、黄金の髪が夕日に輝いていた。透き通るような白い肌。強く輝く緑色の瞳。華奢な体を包むベージュのドレスの膨らんだ裾には、繊細なレースが縫い付けられている。一瞬で全てが目に焼き付いた。こんな下町には似合わない――あまりにも不釣り合いだった。
「俺らと同じくらいかなぁ……。背はちっこいけどさぁ……十二、三には見えるよなぁ」
「あーお前どこ見てんだよ」
「ゴホッ――ど、どこも見てねえよ。違うって。みょ、妙に大人びてるだろ? でも、なりを見るに……貴族の子か? なんであんなとこにいるんだろな。母ちゃん待ってんのかな。……それにしてもあの服、俺たちの服が十枚は買えそうじゃね?」
「は、お前の服なんか破れてて誰も買わねーって。ゼロに何をかけてもゼロなんだよ、ばーか」
 ゲラゲラふざけあう二人の声が遠くなっていく。僕はいつの間にか置いていかれそうになっていることに気がついて、慌てて彼らの背中を追った。
 それから僕はたまにその子を見かけるようになった。
 彼女は飄々とした様子で、夕空を眺めたり、噴水の水と戯れたり。たしかに皆がいうように人形のようにかわいらしかった。だけど緑色の瞳がなんだか悲しそうで。僕はそれだけが妙に気にかかっていた。
「おい、リュシアン、また居るぜ!」
 そうジャンににやにや笑われて、知らず目が彼女を追いかけていることに気がつき、あわてて目を逸らして誤魔化した。でも結局目が彼女を追うことはやめられなかった。友達に気づかれないように彼らの一番後ろを歩き、こっそりと、でもしっかりと女の子を観察した。

 下町の人間は彼女を気にしつつも、そのあまりに浮き世離れした様子に声をかけられずにいるようだった。もちろん僕もエリックもジャンも他のどんな友達も、同じだった。彼女に声をかけるのは、たまに通りかかる彼女と同じ種類の人間――つまり上流階級に属しているような人間達だけだった。
 そんな日が続き、ある時、僕はどうしてもあることが気になって、日が暮れた後の広場をのぞきにいった。しかし、彼女の姿は見えなかった。さすがに日が暮れる前には家に帰っているようだった。それを知って僕はほっとした。彼女がいつも同じ服を着ているように見えたのだ。下町でも女の子はある程度服装には気を使う。毎日同じってのは、よく考えると妙だった。だから、なんだか家出をしたんじゃないかって、行くところが無いんじゃないかって……そう思った。
「あの広場の子のことかい」
 夕食で父さんに何気なく話すと、父さんも気にしていたようだった。
下町の中ではやはり噂になっていたらしい。ただ、僕は彼女が消えるのは家に帰ったからだろうと安心していたのだけれど、大人の見方は少し違った。
「夜には消えるから……心配はしてるんだがなあ。確かに綺麗な子だが、まだ十くらいだろう? ――まさか商売ってのも……この辺にゃ買うようなヤツはいないとは思うが……あっち側の人の趣味は分からないからなぁ」
 父さんはぼそぼそと呟くように言う。
「商売?」
 何か売ってたかな? 不思議に思う僕の前で父さんは困ったような顔をした。
「まあ、俺にもお前にも一生縁がないことだよ」
「縁?」
 父さんは僕に乾いたパンを突き出す。
「いいから、食べろ。そして、もう寝ろ。明日も早いんだからな」
 誤魔化されたようで気分が悪かったけれど、父さんがそんな風にいうのはたいていお金が絡むときだった。
 うちが貧乏だから、だから駄目なんだろうな。何か買ってあげられて、そして助けになれればうれしいのに。その日はそんな風に思いながら眠りについた。
「商売……ああ、そっか」
 エリックがふんふんとうなずいた。
昨日の父さんの話をちらりと話すとなにか思い当たることがあったらしい。彼は妙に胸を張って言う。
「じゃあ、確かに俺らには一生縁がないかもな」
「どういうことだよ」
 だいたい、自信を持って言うような事か?
「お金を払って女の子に遊んでもらうんだよ」
「お金? 遊ぶのに? 変だろ、それ」
 納得いかなくて首を傾げるとエリックに笑われる。
「あー、お前知らねーんだ。子供だなぁ」
 お前だって子供だろ? そう思いつつ、バカにされたのが分かって悔しくって、「知ってるよ」と知らないのに意地を張る。
「意地張るなってー、俺兄ちゃんに聞いたんだけどさー」
「なになに? お前の兄ちゃんがなんだって?」
 ジャンが話に割り込む。エリックが答えようとしたときだった。彼は目線を上げて、目を軽く見開いた。
「あー、あの子、また居るぜ……あ、でも」
 噴水の縁に腰掛ける少女に、男――僕たちより五つくらいは歳が上に見える――が二人話しかけている。
そのこぎれいな服装からして、広場より王宮側に住んでる裕福な人間に見えた。
『なあ、いいだろ』
『俺たちとデートしようぜ』
『……お母さまを待ってるだけなのよ。放っておいて』
『んなことないだろ。昨日声かけられた時もそんな事言ってたじゃないか』
『……』
『ねぇ、毎日毎日ここでなにしてるの? 寂しいから遊んで欲しいんじゃないの?』
『違うわ。しつこいわね――放っておいてって言ってるでしょ』
 精一杯虚勢を張って身を翻す様子は、どこか毛を逆立てた捨て猫のようだった。男たちが彼女を追う。
「なんか、やばくねー? 父ちゃん呼んで来ようか?」
 エリックのつぶやきが地面に落ちた瞬間、僕は思わず駆けだしていた。


 女の子は長いスカートを履いている割に素早かった。あっという間に男たちを撒いて、その姿を消した。
「くそっ、どこ行きやがった。せっかくの上玉だってのに」
「お前がのろのろしてるからだろ。小娘一人捕まえられないのかよ」
「なんだと」
 男たちは罵りあいながら、もと来た道を戻ってくる。そして彼らは、僕と目が合うとばつが悪そうに顔をしかめた後、あからさまな嘲笑を浮かべて、「貧乏人め、見てんじゃねえよ」そう口汚く罵った。
 彼らの体の大きさにひるんで、道をあける。言われっぱなしは悔しかったけど、全然かなわなそうだったし、何よりそれは本当のことだった。
 僕と彼らの間にあるものは、あの噴水の広場だけのはずなのに、広場の南と北ではずいぶん大きな溝があったのだ。
 どうしてと父さんに尋ねても、世の中はそんなものだと、寂しそうに言われた。そして大きくなるにつれて、僕もそんなものなのだと諦めることを知った。

 翌日、女の子は居なかった。
 さすがに懲りたのかもしれない。ほかに居場所を見つけたのかもしれない。
そう思いつつも、僕は彼女を捜し続けた。
 その翌日も、その翌日も、また彼女は居なかった。
そして僕もその子を見つけるのを諦めようとしていた、まさにそのころだった。女の子はまたあの広場に現れたのだ。
 前着ていた服とは違う、薄い黄色の服をまとった彼女は、やはり広場に咲いた花のようだった。だけど、やっぱりその緑色の瞳だけは陰っていた。僕はもうためらうわけにいかなかった。
「どうしたの」
「誰、あなた」
 振り絞った勇気の甲斐もなく、冷たく言われた。その瞳がうさんくさげに僕をにらみ、僕は名前をのどに詰まらせた。
「なにしてるの」
「お母様を待ってるのよ……なに、その目? あなたもデートしようって言うの? あたし、まだ十よ? 子供なのにヘンタイ?」
 なんだそれ。腹を立てかけたけれど、彼女がこんな態度をとるのもしょうがない。この間の男たちはずいぶんと強引だった。
「ちがうよ。そうじゃなくって、……僕と、あ、遊ぼう」
 そう言ってしまって僕は自分にびっくりした。
あ、これじゃ、この間の奴らとあんまり変わらない。
「……」
 案の定、女の子は呆れた顔をしている。
「――あたしのことは放っておいて」
 またそれか。僕はがっかりしたけれど、なぜだかいつものように諦められなかった。
「でも……君はなんだか寂しそうだ。すごく悲しそうな目をしてる」
 僕の言葉に女の子は目を見開いた。
 そしてしばらく黙って僕を観察していたけれど、やがて言った。
「――遊ぶって、なにをして?」
 僕は悩む。エリックもジャンも今日は一緒じゃなかったから、大勢でする遊びはできないし……かくれんぼも駄目、追いかけっこも駄目か。二人でできそうなのってなにがあったかな。
「……んと、石けり、とかしたことある?」
「なによ、それ」
 不可解そうな顔をして、それでも彼女は少し興味を引かれたようだった。僕は逆に尋ねた。
「いつもはなにして遊ぶの?」
「……本を読んだり、そういうこと」
 ああ、女の子は遊び方が違うんだな。いや、それとも貴族のお嬢様だからか。
「外で遊ぶのも楽しいよ」
 僕はそういうと、思い切って彼女に手を伸ばした。女の子は、その小さな白い手をそっと僕に差し出した。
 そうして、僕らは友達になった。
僕は家に帰ると父さんの仕事を急いで終わらせて、すぐに広場に飛び出した。
 夕方ってこともあって、二人で遊ぶことが多かったけれど、ときどきジャンやエリックも一緒になった。彼らは僕たちの子供らしい遊びを見て笑ったけれど、女の子があまりに楽しそうに笑うので、いつしか僕をからかうのをやめていた。
 女の子はいつの間にか僕に打ち解け、いろんな話をするようになっていた。
 彼女の家がやっぱり広場の反対側にある事。お母さんと二人で暮らしてる事。片親なのは同じだな、そう思って親近感が湧いた。
 そんな穏やかで楽しい日々が続いた後だった。その日は日曜日で、僕は礼拝の後、いつものように彼女と僕の家の裏で遊んでいた。
 それまで気がつかなかった。だけどその日はむし暑かった。彼女は髪を空色のリボンでまとめていて、いつもは髪の毛で隠れていて分からない頬に、薄くはなっていたけれど青紫の痣を見つけた。
「それ、なに? 痛そう」
 僕は転んだのかなと、何の気もなしに尋ねていた。女の子ははっとし、黙り込んでしまって――彼女の表情で僕はそれが聞いてはいけないことなのだと分かる。
「……」
 やがて女の子はぽつりと言った。
「あたし、いらない子なんだって」
 びっくりした。
そして、直後、彼女がどうして広場に一人にいたのか、どうして同じ服を着続けているのか、どうして悲しい目をしているのか……いろんなことが分かってしまった。僕が最初に予想したことは、そんなに外れていなかったのだ。
「――いらないなんてこと無いよ」
 僕は思わずそう言った。僕は彼女がほしがっている言葉を知っているような気がした。
「皆がそういったって、僕は君がいてくれたほうがいい……なんなら、僕のうちにくればいい」
 そう言ってしまった後、重大なことを言ってしまったことに気がついた。
でもそれでもよかった。僕は、そうだ――彼女が好きだったんだ。

 * * *

「――っていうのが、僕の初恋の女の子の話なんだけど……」
 大きく息をついて、額にかいた変な汗を拭う。そして横を見下ろして、目を見開く。
「……あれ? アリス?」
 僕の隣ではアリスが寝息をたてていた。
 今日、引っ越しの準備で実家まで行ったら、学校帰りの幼なじみ――エリックとジャンに偶然出会った。そして彼らがアリスと一緒にいる僕を見て「初恋の君はどうした」って尋ねるもんだから……彼女は、あからさまに不機嫌になって。
 彼らの方は髪の色を不思議に思いながらも、アリスが誰だか思い当たったらしく(僕も再会したときに彼女が猫でなければきっとそうだったと思う……)、〈僕の初恋の成就〉をからかっただけだったんだけど――逆に彼女はエリックもジャンも覚えていない様で、しっかりと誤解してしまったらしい。
 だからユペールの城に帰って、ひたすら僕から逃げ続けるアリスを捕まえて、所々端折りながら話して聞かせた。あんまりしたくない話だったけれど、仕方なかった。彼女は最初すごい形相で渋々聞いていたけど、途中から急に赤くなって、それを恥じるようにシーツの中に潜り込んでしまっていた。
「寝ちゃったの? もう?」
「……」
「話が長すぎたかな……う、ん」
「…………」
 シーツをそっとめくると、その小さな肩に妙に力が入っているのが分かる。
「つまり、例の〈初恋の君〉っていうのは、君のことなんだ。アリス」
「………………」
 それでも彼女は目を開けない。あー、もうバレてるって。仕方ないな……。
「好きだよ」
「――――っ」
 この頃身につけつつある、アリスが言うには〈反則技〉に、彼女は咽せた。顔を覗き込むと、ぎゅっと目を閉じたままのアリスが唇を引きつらせている。その耳が真っ赤だった。
「あ、やっぱり寝たふりだ……顔が赤い」
「!」
 観念したのかアリスが薄目を開ける。でも誘うようにもう一度閉じるから――
 だけど、彼女は唇が完全に塞がれてしまう前にと、尋ねて来る。
「……リュシアン。髪を切らなくなったり、お風呂に入らなくなったのって……あたしと、あたしのお母さんのせい?」
「……」
 ……だからあんまり言いたくなかったんだけどな。彼女が誤解したままとどっちが良かったか、悩んでしまう。
 綺麗な思い出は〈そこ〉までだったから、後半は省いたんだけど、彼女はやっぱりその後の事まで思い出してしまったようだった。
 彼女の言った言葉と、彼女の母親が言った言葉。それは確かにあのころの僕を鋭く傷つけていた。彼女の言った通りだったけれど、僕はそっと否定する。
「……前に言っただろ。忙しかっただけだよ」
「ごめんね」
 しゅんとして謝るその様子は、ひどく〈人〉らしい。こういう彼女を見ると、人に戻ったんだな、と実感する。
「だから、ちがうって。君が謝る事じゃない。僕が好きでやってた事だし。
――それより、ごめん、嫌な事思い出させた」
「……」
 緑色の瞳にどんよりとした陰が現れているのを見て、僕はしばらくじっとアリスの銀の髪を撫で続けた。やがてアリスは体を起こすと、僕の膝の上に乗って胸に頬をすり寄せた。そのやり方は、まるで猫が飼い主に甘えるようなんだけど――でも実際腕の中にいるのは、猫ではなく、人間の女の子で。まず、照れ隠しで逃げ込む場所がベッドの中ってところから間違ってるんだ。相変わらずの自覚の無い誘惑に、僕は苦笑いする。もうそろそろ抗うのも限界だった。
「……さて、と。――そろそろ部屋に戻る? 送るけど」
 それは少し特殊な意思確認。
普通に聞くと照れて逃げ帰ってしまうから、わざと茶化してそう言ったら、アリスはムッとして僕の膝から降りた。そして再びベッドに潜り込んで僕に背を向ける。その、とても分かりやすい〈意思表示〉に、僕はほっとしてため息をつくと、脇の燭台に息を吹きかける。闇をかき分け、温もりを求めてアリスの隣に滑り込む。
『――好きだ』
 耳元でもう一度、今度は心を込めて囁くと、彼女の腕が僕の首に回される。
 僕はその滑らかな背を撫でながら、静かに誓う。
 ――いつか、その瞳の中の雨空を、本物の晴空に塗り替えてあげるから――
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