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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

第一部 第一章 あたしは、猫。

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4 猫のメイドと肥満ネズミと雇われ城主

 城から出ようと門をくぐったところで、そこにいた人物を見てあたしはぽかんとした。
「リュシアン……?」
 まさかと思いつつ、声をかけると、彼はあたしをちらっと見て一瞬はっとしたような表情になる。けれど結局頭を振りながら目を逸らして、開いた門の中を覗き込み、中の様子を伺った。
「リュシアン? あたしよ?」
 もう一度声をかけると、彼は首を傾げつつあたしの頭の赤いリボンをじっと見ていたけれど、やがてその瞳が大きく見開かれる。
「ま、さか……アリスなのか……?」
 その青い目が嘘だろうって訴えていた。
 あたしは「変身しちゃったの」、さらっと答えると逆に尋ねた。
「どうして、こんなところにいるの? 今迎えにいこうかと――」
 あたしの言葉を遮るように、リュシアンが怒鳴り声を上げる。
「どうしてはこっちの台詞! 後を追って来たらこんなところに――なんでこんな無茶をするんだ。人食いの城なんかに……! 危ないだろう!」
 彼のそんな声をはじめて聞いて、あたしはその激しさにびっくりして、固まってしまった。
「だ、だって……いっぱいお世話してもらって、いっぱいご飯を貰って……なのに、あたし、何にも出来なかったから。せめて、リュシアンが貧乏じゃなくなるようにって……」
 言ってるうちに、どんどん悲しくなってくる。恩返しのつもりだったのに、結局、あたしは、また迷惑の種を持ち帰ってしまったんだもの。
 胸が詰まって、その先を言えなくなっていると、リュシアンが、戸惑ったようにため息をついた。
「ごめん。ありがとうって言うべきだった」
 あたしは驚いて顔を上げる。
 リュシアンは、少し照れたように髪をかきあげた。その瞳はいつもよりも柔らかい色をしていた。
「僕のためだったんだろう? ……ありがとう」
 そう言ってリュシアンは微笑んだ。
 ――ああ。……やっぱり、綺麗。
 あたしはいつの間にか、つられて微笑んでいた。一瞬気持ちが通じたような気がして、すごく幸せだったのだ。
 リュシアンはなぜか呆然とそんなあたしを見つめていたけれど、突然はっとしたようにあたしから目を逸らすと焦ったような声で言う。
「そ、それで、どうしてここにいるんだ? 何があった?」
 あたしは、リュシアンの態度を不審に思いつつも、人食いとのやり取りを話すことにした。立ち話もなんだしと、元の部屋に戻りながら少しずついきさつを口にする。
 部屋に着くとネズミが大きなテーブルの上で、大量にあったはずの食事の残りを平らげている。
 ……あの小さな体のどこに、あれだけの量が収まるのかしら。
 冷や汗をかきつつその膨れに膨れたお腹を見つめる。今なら爪をちょっと立てただけで破裂するんじゃないかしら。ほら、風船みたいにぱぁああんって。
 そんな物騒な想像を感じとったのかは知らないけれど、ネズミはあたしに気がついて、傍に走り寄って来た。
 ネズミを手のひらに乗せると、リュシアンの顔色をうかがいながら、肝心のお願いごとを切り出す。
「あのね、リュシアン。あたし、ちょっと失敗しちゃって……。穴埋めを手伝って欲しいの」
「え?」
「このお城の城主の代理をして欲しいのよ。この人食い――いえ、シャルルが痩せるまでの間だけど」
「ええ?」
 あたしは、うかつにも吹き出しそうになる。だって、この人食いの名前が……シャルルって。何かの冗談かと思ったわ。
「このまま主が不在だときっと王が攻めてくるわ。付け入らせてたまるもんですか!」
 シャルルはそのつぶらな目をぎょろりと動かして熱心に訴えた。あたしはそっと補足する。
「あたしは猫だから。主はちょっと無理なんだって……だから、代わりを、ね?」
 リュシアンは突然のことに驚きを隠せない様子だったけれど、やがてその目を細め、綺麗に微笑んで頷いてくれた。


 粉屋の仕事をひとまず休業して、リュシアンはユペールの城にやって来た。実は猛暑のせいで小麦の価格が高騰して粉屋の経営が厳しくなっていたそうで、ちょうど良いと、彼は笑っていた。
 シャルルはタダで、とは言わなかった。きちんと給金を支払ってくれたのだ。実入りの良い仕事に付けたことで、あたしはリュシアンと彼の父親に逆に感謝されてしまった。
 しかし、リュシアンのその姿はあまりにも城の当主としては似つかわしくないとシャルルに不評で、床屋と服屋が急遽城に呼ばれ、彼はあっという間に王子様のようななりに整えられてしまった。
 薄汚れていたその肌も髪も風呂で久しぶりに洗われた。そして髪は本来の〈黒〉に戻り、短く整えられて、その印象的な青い瞳がくっきりと見える。そうして磨かれたリュシアンは、予想通り、それはそれは素敵だった。あたしはもちろん、シャルルにも凄まじく好評で……あたしは彼を紹介したことを後悔するはめになっていた。
 完全に、惚れている。誰がって――シャルルが、リュシアンに。
 熱のこもった視線をリュシアンに投げかけるシャルルに向かって、あたしは確認した。
「ね、ねえ? シャルルって、男の人だって、あたし思ってたんだけど」
 確信は無かったけど。
「そうよ、だから何よ。美しいものに、性別なんて関係ないのよ!」
 シャルルは、リュシアンを見つめたまま堂々と宣言した。
 うそでしょ……。こんなのには、さすがにリュシアンは渡せないわよ! ネズミだし! 太ってるし! その上男なんて!
 そんな風に一瞬考えてしまって、あたしは慌てて頭を振る。
 いやだ、あたしったら。何考えてるのかしら! あたしだって……猫なんだから。これは、ただの恩返しだってば。
 でも、よく考えたら、あたしここにはもう必要ない? リュシアンは仕事を手に入れて、貧乏を脱出したし。ここにいても何の仕事もないし。それこそ、シャルルと遊ぶくらいしか……。
 ふとそう思いついて、あたしは愕然とした。
 でも。ここを出て、いったいどこに行けばいいんだろう。家に帰る? いまさら? あの主人のことだから、これだけ不在にしていたら、別の猫を手に入れてるかもしれない。もしそうだったら、あたしの居場所ってどこにもなくなっちゃう……。
 悶々と考えていると、シャルルが急にくるりとあたしの方を振り返る。
「ほら、何ぼんやりしてるのよ。あなたも今日は衣装合わせしなきゃいけないんだから。さっさと変身してちょうだい!」
「え?」
 シャルルは、顎でテーブルの上のガラスの壜を示す。
「な、なんで、あたしまで」
「あなた、自分がやったことなんだから最後まで責任とりなさいよね! 城主が素人なんだから、いくらでも仕事はあるのよ! それこそ、猫の手も借りたいの! ――それにっ! うちには、女の子のメイドさんがいくら募集しても来なかったから、あなた、適任なのよぅ!」
「……」
 最後に本音が出た感じだった。
 シャルルは、懇願するような目であたしを見ている。
 確かに、シャルルのもとの容貌と、あの悪い噂を考えると、使用人が集まらないわけも分かる気が……。
 あたしは、ため息をついて、しょうがないわねという態度を取りながらも、実は小躍りしたい気分だった。
 この城で、もう少しだけ、リュシアンと過ごすことが出来る。

 ――今は、それだけで十分だ。

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