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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

第四章 優しく残酷な魔法

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27 根は同じところに


 どんなに落ち込んでいる時でも、朝は当たり前のようにやって来る。
 僕は寝床から抜け出すと粗末な服を纏う。そして床に跪くと手を組み、窓から差し込む光に頭を垂れる。身に付いた習慣が僕をいつの間にかそうさせていた。
 今は何をどうやって祈ればいいのか分からなかった。ただ、心を空にして、神とは何だろうと考え続けた。
 大きく開け放たれた窓から夏の熱をほのかに含んだ風が流れ込む。鋭い日差しに瞼を撫でられ、僕は目を開ける。
 今日は暑くなりそうだった。

 あれから一晩中歩き続け、明け方にようやく家にたどり着き、濡れた服を脱ぐと死んだように眠った。そして起きたら夜が明けていた。どうやら一日中寝ていたらしい。
 起きて顔を合わせても父は何も聞かなかった。ただ前のように黙々と作業をこなしている。その手の中では籠が器用に編み込まれていく。
 いびつな形のテーブルの上には乾いたパンとミルクがぽつんと用意されていた。僕はパンを手に取りながら椅子に座る。背もたれに寄りかかろうとして、椅子がぐらぐらと歪むのを感じ、慌てて姿勢を正す。
 そうだった。ここはもう城じゃない。
 僕の体には、いつの間にか城での生活が染み付いてしまっていた。
 パンを齧る。見かけ通り乾いていてすぐに口の中が痛くなる。ぼそぼそしていて飲み込めない。温いミルクで流しながら、目線を窓に向けると、外の埃っぽい景色が目に入った。父が洗ってくれたのだろう、僕の着ていた上等な服が紐に吊るされ、風にゆらゆらとはためいていた。そこだけが切り離されたような別世界。その黒い影が父の背中で踊り、僕はしばしそれを見つめた。
 クビになった事を言い出せずに居ると、父の方からぼそっと切り出した。
「なあ、リュシアン」
「なに?」
「アリスってのは……お前の恋人か?」
 僕は口に含んでいたミルクを思わず吹き出した。
「な、ゲホッ、な、なんで」
「いや……寝言でな……あまりに何度も呼ぶもんだから」
「…………」
 何とも言えず、ただ小さく呻く。
「お前もそんな歳か。どんな娘だ? 今度連れて来たらいい」
 父は、まさかあの猫がそうとは思いもしないようだった。父だって魔法の猫が人間だなんて知らないのだから、当然だった。
「嫁か……。楽しみだな」
 父の背中が少しだけ華やいで見え、急激に申し訳なくなる。嫁は……無理かもしれない。
 その話題を打ち切りたくて、僕は言う。「父さん……僕、仕事をクビになったんだ」
「…………そうか。じゃあ、粉屋を再開しないとな」
 父は別段驚く事もなく、がっかりする事もなく、そう言った。いつも父のそういう態度に救われて来た。彼は何も言わない。何があっても結局は僕を肯定してくれる。いつでもそうだった。
 僕は父に感謝しながら食事を終えると、家の裏に回る。そして川で顔と頭を洗った。上着を脱ぎ、タオルを濡らすと体を拭く。身ぎれいにする事を習慣づけると、さすがに前のようには戻れなかった。
 ふと妙な視線に顔を上げると、近所のご婦人方がこっちを見てコソコソと話している。井戸端会議の最中らしい。少し微笑むと、皆一様に息を呑む。
 ……なんだ? 何か顔に付いてる? 気味悪く感じながら、家に戻ろうと振り返ると……目の前にジョアンが居た。
「――――!」
 ぎょっとして、思わず転び尻餅をつく。
「な、なんで」
 彼は何も言わず一通の封書を差し出した。不審に思いながらも受け取り、差出人をあらためると――それは、シャルルからの手紙だった。
 思わず顔を上げ、ジョアンに確認しようとするけれど、彼の姿は既に消えていた。

 ジョアンが魔法使いって言ってもらった方が、よっぽどしっくり来るかもしれないな――そんな事を考えながら部屋に戻るとベッドに腰掛けて手紙を開く。そこには姿に似合わない綺麗な文字でこう書かれていた。


 愛しのリュシアンへ

 ゆっくり休んだら頭も働くようになったでしょ? 駄目なのよぅ、疲れた頭で考えても、楽な方に逃げちゃうから。
 アリスはやっぱり顔も見たくないって言ってたわよぅ。ヒヒヒ、傷ついた? でも自業自得だし、しょうがないわよねぇ。あ、私に乗り換えるつもりならいつでもいいわよぅ、この間の事で株はちょっと落ちちゃったけど、なんだかんだ言ってもあなたの憂い顔はとっても素敵なのよぅ!
 それでね、本題なんだけど、仕事を依頼したいのよぅ。
 この間言ったでしょ、アリスを救う覚悟があるかって。答えをちゃんと聞かせてもらうわ。覚悟があるんなら、受けてね。
 ただし、この仕事は当然無給よぅ。それでもやるんなら、明日ジョアンをまた使いに出すから返事を頂戴。じっくり『頭を使って』考えてね。

 あなたのシャルルより


 なんだか余計な言葉もたくさん散りばめられている気がしたけれど、この際気にしない事にした。連絡を貰えた事自体が嘘みたいで、ありがたかったのだ。
 もちろん依頼は受けるつもりだった。でも、……無給か。どうしよう。
 父の頼り無さげな背中が頭に浮かんだ。僕が働かないと、食って行けない。もう明日食べる物もない生活に戻ってしまったのだから。今までみたいに粉を挽いて、粉を売って。少しでも収入を得なければいけなかった。それなのに、僕が無給で働くとなると……。
 シャルルは一体どういうつもりでこんな話を持ちかけているのだろう。
 嫌がらせ? 一瞬そう思うけど、すぐにそれを打ち消す。さすがに彼の事は分かって来ている。意味もなくそんな事をするとは思えなかった。
 手紙を再び読み直す。最後に念を押されていた。何度も彼が言う言葉がそこには書かれていた。

『頭を使いなさい』

 脳裏にその声が蘇る。
 頭……か。そう言えば、ずっと深く考える事を拒んで来たような気がする。そうだ……学校に行く事を諦めてから。ただ目の前にある仕事を淡々とこなし、新しい物を拒んできた。考えるよりも、流れに身を任せる方が随分楽だからだ。
 目を閉じる。流されていく日々に逆らうように、立ち止まる。そしてどうすればうまく行くか、じっくり考えてみる事にした。
 考える準備は……出来ている気がした。城での仕事の中で、シャルルが地道に教えてくれていた事を思い出す。
 まず問題になっていることが何なのか、それを見つける。細かく分類する。一つ一つに対策を立てる。もしどうしてもその先に壁が見えるようだったら、見方を変える。
 そうして考えていると、全く道がないように見えていたのに、だんだんと細い道が見えてくるような気がして来た。
 そうだ……不可能ではない。
 目を開けると強い日差しが差し込み、手の甲をじりじりと焼いている。体温が上がり、体に力がみなぎってくるような気がした。
 ふと思う。今度のアリスとの事だって、僕は、そんな風に逃げていなかったか? 考える事を後回しにしていなかったか? もっと、別の方法があったんじゃないのか?
 そう思いついて愕然とする。
 どうやら、根は同じところにあった。シャルルは僕に気づかせようとしていた。
 ――僕は今、本当に目が覚めた気がしていた。
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