挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
あたしは、猫。 作者:山本 風碧

第四章 優しく残酷な魔法

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

26/71

25 一粒の魔法薬

 ぐうぅ

 身じろぎするととたんお腹が鳴る。なんだかリュシアンの事が気になってデザートのケーキを食べ損ねてしまったのだ。今日のケーキは苺の乗ったタルト。考えられない失態だった。
 リュシアンはやっぱり変だった。穏やかだったはずの彼があんな風にシャルルと喧嘩をするなんて。
 今までだって喧嘩くらいはしていたけれど、それは喧嘩というよりはじゃれ合ってる感じで、仲が良いからこそのものだったのに。あんな風に本気で対立してるのは初めてだった。
 シャルルを睨みつけるその目は優しさを失っていて、笑みを途絶えさせた唇からは今にも汚い言葉が出てきそうだった。――あんなのは、あたしの好きなリュシアンじゃない。
『もとのリュシアンに戻ってよ』
 そう喉元まで出掛かった言葉。でも、リュシアンをあんな風に変えたのは、あたし。それは明らかな事だった。そう思いつくと結局口に出せなかった。
 あたしと出会わなかったら。あたしさえいなかったら。
 リュシアンはきっと今まで通りきれいな心で毎日を平和に過ごしてたんだと思う。
 日々のささやかな事に感謝して生きる、そんな平和で暖かい暮らし。あたしが求めてたのは、そんな風に彼の隣で生きる事だったのに。
 なんだか、好きって言う気持ちがどんどん心からこぼれ落ちて行くようだった。リュシアンがあたしの事で必死になればなるほど、それは歯止めがかからなくなるような気がしていた。


 その日は給料日だった。リュシアンはむっつりとしたシャルルから給料を受け取ると、いそいそと外出の準備を始める。リュシアンが雨具を取り出したのを見て、窓を見上げると、外では雨が降り出していた。
 そういえば、もう嵐の季節に入っていたわ。そんなことを思い出す。
「どこに行くの」
「ちょっと隣町まで」
 リュシアンはさらりとそう言いながらも、はやる心を抑えきれないようだった。寝不足なのか、少しギラギラした目をこちらに向ける。
「……アリス、今夜……」
 そう何か言いかけると、リュシアンは少し赤くなる。そして首を振ると、にっこりと笑う。その瞳に濃い色の髪がかかり、影が出来た。
「何でもない。今夜はご馳走にしよう。ジョアンに頼んでおくよ」
 それは久々に見る彼の笑顔だった。……でも、なんだか以前とは別人な気がしていた。前はそれを見るだけで心があったかくなったけど、今はなんだか、怖い。青い瞳の端に、何かとても嫌なものがにじみ出ているような気がした。
 それでも、あたしは少し微笑んで彼を見送った。玄関から出て行く黒い雨具に包まれた背中をじっと見つめる。
 その背中が見えなくなる頃、ようやくあたしは溜めていた息を吐き出す。なぜだか息を止めていた。
「アリス。……いいの?」
 声を聞いてはっとすると、シャルルが真剣な目をしてあたしを見上げていた。
「え?」
「取り返しがつかない事になるわよぅ」
「どういうこと?」
「これ以上リュシアンを嫌いになりたくないでしょう?」
 ぎくりとした。嫌い? そんなわけ無いじゃない。慌てて自分の胸に沸き上がるものを押さえつける。
「無意識かもしれないけど息まで止めちゃって。同じ空気を吸いたくなかったんでしょう? 私もそうだった」
「そんなこと……ないわよ」
 そうなのかしら? 否定しながらも気にかかる。確かに、言われてみると、そのなんだか重苦しい気分は嫌悪感に似ていた。
「空気が淀んでたわ。今のリュシアンはゴウツク親父とおんなじよぅ。早くそれに気がついてくれないと……手遅れになっちゃう」
 シャルルはしゅんと下を向いて有るか無いかの唇をその大きな歯で噛んでいた。
「で、でも。リュシアンがああなっちゃったのって、あたしのせいだし」
「違うわよぅ。アリスはなーんにも悪くないわ。リュシアンが勝手に自暴自棄になってるだけでしょ」
 そうかしら。そんな風に言われても、なんだか腑に落ちない。何もしてないにしろ、原因はあたしにある。
 黙り込むあたしを見てシャルルは不快そうに頭を掻いた。
「……なあに? じゃあ、アリス、慰めてあげるっていうの?」
「慰める?」
 仕事を失敗して落ち込んでる時に、リュシアンがそっと頭を撫でてくれていたのを思いだす。確かにあれは、気分がだいぶん落ち着いた。今度はあたしがそうしてあげる番なのかもしれない。逆だと背が届かないから屈んでもらわないと。爪も研いでおいた方が良いかしら。そう思いながら、左の前足を右のそれでそっと撫でる。
「リュシアンがそれで元のリュシアンに戻るんなら、いくらでもやってあげるわ」
 そう言うとシャルルは怪訝そうにあたしを見つめる。
「元に戻るとは限らないし、それに、ええとね、よしよしって頭を撫でるのとは訳が違うわよぅ?」
 あたしは自分で自分の手を撫でていたけれど、それを聞いて動きが思わず止まる。
「え? どう違うの?」
 あたしが尋ねると、シャルルは一瞬目を見開く。そして何か考え込むような顔になる。
「――じゃあ、夕食のデザートを分けてあげるとか?」
 いつもリュシアンの分とあたしの分、一人で食べちゃってたけど……うん、そのくらいなら我慢できる。我慢してみせるわ!
 何か打開策があるんなら、何でも良いから縋りたかった。
「あたし、なんでもやるわよ!」
 そう言うと、シャルルは余計に変な顔をする。
 そしてしばらくシャルルは「もしかしたら……、でもねぇ」などと一人ぶつぶつと何か呟きながら考え事をしていたけれど、ようやく切り出した。
 それはあまりに唐突で、あたしは一瞬何の事だか分からなかった。
「ねぇ。実はずっと気になっていたのよぅ。……聞いて良いかしら、――王に捕まったあの夜の事」


 テーブルの上には良い匂いのするキャラメルがたくさん乗っていた。いつもならすぐに消えるはずのそれらは未だ一粒も無くなっていない。シャルルは真剣なまなざしであたしの話を聞いていた。
「じゃあ……雷が鳴って、それから気がついたら猫に戻って捕まってたって事?」
 あたしが頷くとシャルルはまたもや考え込む。無意識なのか、髭を引っ張っては離し、引っ張っては離して、まるでそれはゴムのよう。
「一度原因を確かめた方が良いのかもしれないわねぇ……でもねぇ」
「雷は……嫌いなの」
 そう言うとシャルルは興味深そうにあたしを覗き込む。
「何か思い当たる事があるの? 雷について……思い出とか」
 考えたとたん胸が急に苦しくなる。それでも息を吐くのと同時になんとか答えを絞り出した。
「……大きな影が見える事があるわ」
「影?」
 急に何度か見た大きな影が瞼の裏に蘇り、あたしはぎゅっと目を瞑った。それ以上考えちゃ駄目。胸の中の何かがそう警告する。瞬きをしてあわててそれを消す。
「顔色が悪いわ。……ごめんね、変な事聞いて」
 シャルルが労るようにあたしの前足を撫でる。そうされると少し気分が落ち着いた。
「今の話って……リュシアンと何の関係があるの?」
「え? ああ、リュシアンには直接は関係ないのよぅ。ただ、リュシアンが帰って来たらどうしようかしらって。私ねぇ、あそこまで駄目になっちゃうって思わなかったの。……あの実の事はもしかしたらって思ってたけど、もしそうなら、それをきっかけにして良い方向に行けばって思ってたのよぅ。誤算だったわ。作戦を練り直さないとね」
 私もまだまだねぇと頭を掻きながらシャルルは呟く。その顔には寂しそうな笑みが浮かんでいる。
「駄目って? 作戦って?」
「リュシアンなら、アリスを救ってくれる王子様になれるんじゃあって思ったんだけど……。せっかく賢い頭を持ってるのに、使わなきゃ意味が無いのよぅ。ああ、あなたは今は何も考えないで。まだその時じゃないのよぅ」
 そう質問の答えにならない事を呟くと、シャルルはテーブルの上のキャラメルに手をのばす。そしてあたしが食べようと手を伸ばした頃には、それらは残らず彼のお腹の中に消えていた。
 どうもシャルルの言う事はあたしの考えの少し上の次元にある様で、全く理解できないみたいだった。
 シャルルが窓を見上げるのにつられてあたしも窓を見た。
 外は雨のせいでもう真っ暗だった。話に夢中になってるうちにいつの間にか日が暮れてしまっていた。
 それに気がつくと、計ったようにぐぅとお腹が鳴り、今夜はご馳走だって言ってた事を思い出す。
「さあて、と。もうすぐ帰ってくるわね。……ほんと、あの子をどうしようかしら」
「え? 元に戻してあげるんじゃないの?」
「私も元に戻ってもらいたいけれど、まずは頭を冷やさせないといけないのよぅ。今は私が何を言っても、恋路の邪魔をしてるとしか思わないみたいだし。リュシアン、元々頭が固いから」
 あたしは思わず頷く。リュシアンはよく言えば一途で真面目。だけど悪く言えば頑固で融通が利かないのよ。
「やる事なす事全て裏目に出てるし。悪循環を止めないと」
 シャルルはそこでちらりとあたしを上目遣いで見つめた。
「あのね。――今日のところは逃げなさい。私がなんとか説得してみるから」

 *

 リュシアンの帰宅はその直後だった。夕食を食べる暇もなかった。空腹を堪えて庭の物置に飛び込んだ後、すぐに玄関の方でリュシアンがあたしを捜す声がした。そしてあたしが出て行かないと、シャルルに向かって声を荒げて何か問いただしてるのが聞こえてきた。
 その後、彼はシャルルが止めるのを振り切って広い城の中を探しまわっていた。あたしを呼ぶ声がずっと聞こえていて、気が気でなかった。
 散々探しても見つからなくって、ついにここまでやって来てしまったみたい。カツカツという靴音と、ペタペタと石畳の上をシャルルが走る音が同時に聞こえた。扉の隙間から燭台の光がちらちらと舞い込み、顔を照らした。
「アリス、アリス!」
 リュシアンの声は散々あたしを呼んだせいか少し掠れていた。その必死さが少し怖くなる。
「いくら探してもいないわよぅ。出て行っちゃったんだもの。いい加減諦めなさいよね! しつこいったら」
「いや、アリスが僕を置いて出て行く訳がない」
「なあに、この自惚れ屋!」
「君が隠したに決まってるんだ。もう騙されないからな」
「何よぅ。わ、私がいつ騙したって言うのよぅ」
「本当は僕が何も知らない事も知っていたんじゃないか? 影で笑ってたんだろう?」
「そんな訳無いでしょ! そこまで悪趣味じゃないわ!」
「どうだか。それか……君もアリスが気に入ってたし、僕の邪魔をしようとしてたんじゃないのか? この間の旅でも、またわざと不良品の魔法薬を渡して――」
「――――どこまで腐ればいいのよぅ!」
 いやだ。こんなの嫌だ。――こんなのは、リュシアンじゃない!
 あたしは思わず耳を塞ぐ。
 その拍子に尻尾がモップの柄に当たって倒れる。慌てて飛びつこうとしたら足にバケツがぶつかりガシャンと派手な音を立てた。
 あ、まずい……!
 カツカツと靴音が近づいて来たかと思うと、物置の戸が開けられた。闇に慣れた目がその青い瞳にぶつかり、直後あたしは彼にぎゅっと抱きしめられる。
「こんなところに閉じ込められて……。探したよ、アリス。良かった見つかって」
 ほっとしたようにそう言いながら、リュシアンは足を急がせていた。目に映る景色がくるくると入れ替わる。あたしはその腕の中でもがくけれど、その腕は強く、全く緩まない。
 階段を上り、書斎の前を通り過ぎると、一番奥にあるリュシアンの部屋へと向かう。
「リュ、リュシアン……く、くるし……離して」
 リュシアンは立ち止まり、少しだけ腕を緩めると、あたしの額に自分の額を押し付けるようにしてあたしの目を覗き込む。
 その瞳はやっぱり濁っていた。目を逸らしたくなるけれど、その力強さに引きつけられる様で逸らせなかった。
 彼はふっと笑みを浮かべる。すごく嬉しそうだった。それなのにあたしは背中に冷たいものを押し付けられたような気分になる。
「今日はいいものを買って来たんだ。僕の部屋に一緒においで」
 ……いいもの? ケーキとか? 気持ちが一瞬傾きかけるけれど、すぐに興味が失せる。
 夕食抜きだったから、お腹は空いていた。でも今は、いくら美味しいものを目の前に置かれたとしても逃げたいような気分だった。本能が危険を訴えていた。
 リュシアンは押し破るように扉を開くと、あたしを抱いたまま部屋に入り、後ろ手でそれを閉める。カチリと鍵のかかる音がした。
「駄目よぅ! アリス、逃げなさい!」
 後ろから追いかけて来たシャルルがドンドンと力一杯扉を叩いていた。
 恐怖が競り上がり、思わずリュシアンの肩に爪を立てる。するとリュシアンは少し眉をひそめ、困ったような顔をする。そしてゴソゴソとポケットを漁ったかと思うと月の色をした一粒の実を取り出す。
 あれって――魔法薬?
「え? どうやって手に入れたの?」
 驚くあたしのあごを抑えるとリュシアンはその実をあたしの口に押し込んだ。

 景色が歪み、目眩がしてぎゅっと目を瞑る。リュシアンと触れ合う面が一気に増える。それとともに急激に鼓動が高まりあたしはそんな自分に戸惑う。
 唇に何か柔らかいものを感じて目を開けると、リュシアンのその長い睫毛が見えた。
 え? な、何してるの?
 その初めての感覚に仰天して、体が一気に硬直した。
 何回かリュシアンの口元を舐めた事はあるけど、リュシアンからそうされるのは初めてだった。なんだろう、これ。触れ合ってるのは唇と唇で、あたしがしたのとはなんだか違うみたい。
 リュシアンが何をしているのか、さっぱり分からず混乱する。分かるのは、リュシアンが今日は食後にハーブティーを飲んだんだろうなっていう、この際どうでもいいことだけ。でもなぜか胸の音はさらに速度を速め、終いには飛び出しそうにドキドキしてきて、全身が熱くなり、頭がぼんやりして来た。
 部屋は異常に静かだった。シャルルはいつの間にか扉を叩くのを止めていた。あたしを置いて一体どこへ行ってしまったのかしら。ぼうっとする頭の隅でそんな事を考える。
 いつになったら離してもらえるのかしら――そう思い始めた頃、ようやくリュシアンは唇を離して、あたしの目を覗き込んだ。
「……いいよね?」
「何が?」
 頭が働かずきょとんとするあたしを横抱きにすると、リュシアンはそのままベッドへと向かう。そしてあたしをそこへ下ろすと、上着を脱ぎ捨て、シャツの襟のボタンに手を掛けながら上に覆い被さる。頬の横に彼の両肘が突かれ、囲われる。あたしはどこにも逃げられない気がした。
 鼻先が触れ合い、息がかかるくらいの距離で、リュシアンは言った。
「アリス。君が好きだ」
 胸が詰まる。リュシアンがこんな風になる前だったら、この言葉はどれだけ嬉しかっただろう。でも、今はそれに応えられなかった。その濁った瞳の前では、あたしは同じ言葉を紡げなかった。
 あたしのそんな様子にリュシアンは焦れたように髪をかきあげる。
「言って」
 彼の漆黒の髪が指の隙間からパラパラと落ちその瞳にかかる。
「好きだと、言ってくれよ」
 リュシアンの顔を見るのが怖かったけれど、ぐっと我慢して挑むように見上げる。
「――言えないわ」
「え?」
 彼は目を見開く。
「あたし、今のリュシアンは……嫌い」
「な……んで」
 愕然とした表情の彼をあたしはしっかりと見つめた。目を覚ましてほしかった。
「あたしの好きなリュシアンは、お金のことで必死になったりしないし、恩人シャルルにひどいことを言ったりしない。いつもニコニコしてて、小さな事にも感謝してありがとうって言えるような人だった!」
「……僕は……君のために薬を手に入れたくて……」
 リュシアンは呆然と呟く。
 さっき見た魔法薬を思い出す。リュシアンが、必死で働いてたのはあたしのためだった。でも――得られた薬の代償はひどく大きい。
「あたしがいつ頼んだの。いつ頼んだって言うのよ! こんなちっぽけな薬のために、こんな風に一瞬だけ人に戻るために、リュシアンがこんな風に変わってしまうくらいなら、あたし――ずっと猫のままで良いのに!」
 その言葉に一瞬浮いた体を思い切り突き飛ばす。僅かに出来た隙間からあたしは抜け出すと扉に向かって駆け出した。そのつもりだった。でも一瞬早くリュシアンがあたしの腕を掴む。
「アリス。あれだけ僕の事を煽っておいて、今更逃げないでくれ。君だって、僕が欲しかったはずだろう?」
 彼は叫ぶように言うとあたしを後ろから抱きしめ、そのまま床に押し付ける。絨毯の短い毛がちくちくと頬に刺さる。それは埃っぽくて思わず咳き込んだ。
 足に冷えた夜の空気が触れ、ワンピースがはだけられるのが分かる。その長い冷たい指が足の間を這い、――ようやくリュシアンが何をしようとしてるか分かった。
 ああ、これは――
 オス猫がメス猫の上に乗り上げている絵が頭に浮かび、今の自分と結びつく。
 なんだ、人間でもおんなじじゃない。
 違うのはあたしが彼を受け入れようとは思っていない事。でも、あたしはリュシアンの体の重みにしっかりと押さえつけられて、逃れる事が出来なかった。
「好きだ」
 熱い息とともに言葉が項にかかる。その声は切なそうで、酷くかすれていた。振り払いたくても両の手をしっかりと掴まれて動けなかった。叫び声を上げたくても、恐怖で声が喉に張り付いてかすれた声しか出て来ない。必死で首を振る。足をばたつかせる。ぎゅっと目を瞑ると涙が数滴絨毯に落ち、染みを作った。

 好きだなんて、嘘よ。
 こんなのは嫌。こんなのはいや。こんな風にされるなら人でなんかいたくない。猫に戻りたい。猫に、戻りたい。猫に――
 そう思ったとたん、嫌な像が頭の中に続けざまに現れた。暗い部屋。稲妻に照らされる黒い影。言い争い合う人々の声。それらは浮いては消え、浮いては消える。
 ひどい頭痛がした。逃れるためにその記憶を無理矢理押さえつけようとする。
 すると、あたしの心の中で誰かが、ひどく懐かしい声で優しく囁いた。
 それは残酷であるにも拘らず、まるで全ての望みを叶えてくれる魔法の言葉のようだった。

 ――人であることなど、やめてしまいなさい。
 ――誰も〈本当のあなた〉を必要としていない。
 ――誰も〈本当のあなた〉を愛してなどくれない。
 ――ほら、逃げ場は、そこにあるでしょう?

 直後、カッと部屋全体が光ったかと思うと、大きな音が部屋の空気を裂く。
「――――――!」
 口から飛び出した言葉が何なのかを理解する前に、あたしは意識を手放していた。
crapL.gifres.gif
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ