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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

幕間

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幕間 春の中庭

 ――ナーゴ ゥニャー

 中庭で猫が鳴いている。
 この頃妙にうるさい気がする。しかも数が増えている?
「春よねぇ」
 書斎の机の上ではシャルルが腹這いになってぼんやりと新聞を読んでいた。その横顔を暖炉の火が橙色に染め、柔らかな色合いの彼はいつもより膨らんで見える。
「春?」
 今はまだ冬だと思っていた。ペンを握る手はかじかみ、月明かりの照らす庭は雪で真っ白。春の訪れなど微塵も感じなかった。あとひと月もすれば、春風が吹き始め、その景色も変わるのだろうけれど。
「猫よぅ」
 シャルルはそう言うと、耳の後ろをカリカリとその長い爪で掻いた。尻尾がゆらりと揺れ、机の上の影も同じように揺れた。
「猫?」
 僕の怪訝そうな顔に気がついたのか、シャルルはその顔を上げて僕を見つめる。
「駄目ねえ。自分の恋人の事でしょ。もうちょっと調べておいたら?」
 その言葉に一気に顔が赤らむのが分かった。
「こ、こいびと」
 僕はさっきからシャルルの言う事を繰り返すばかりだった。
「なによ、今更」
 そう言われても。
 ……確かに僕はアリスが好きだ。もうそれを否定しようとは思わない。
 でも、恋人と言われると……それは違う。
 なんたって彼女は、猫なのだから。どうしたって、恋にはなれない。それは分かりきっていた。
 でも僕は、たとえ結ばれなくても彼女の傍に居ようと、そう決めていた。この間みたいに、僕が見ていないところで、アリスが危ない目にあったりしたら今度こそきっと気が狂う。だからこうして城に残っている。
「あ~あ。もっと早くあなた達のらぶらぶな姿が見れると思って期待していたのに。もう絵描きまで雇ってるのよ、どうしてくれるの」
 絵描き!?
「……そんなもの雇ってどうする気なんだ……」
「決まってるじゃない。あなた達がいちゃついてるところをしっかり描いてもらうのよぅ!」
 僕は頭を抱える。……金の使い道から全部間違ってるって。
「シャルル」
 僕は机の上のクッキーを丸ごとシャルルの口へと突っ込む。
 彼は口より大きなそのクッキーをほぼ丸呑みにして、すぐに口を開こうとした。それはまったく蓋の役割を果たさない。
「僕とアリスはそんな関係にはならない」
「あら? そうなの? だってほら、〈あの事件〉の後なんだかいい雰囲気だったじゃない。だから『もう間もなくね』って期待してたのよぅ」
 ……見てたのか。
 そのニヤニヤ笑いに、げっそりする。
 やはり、全く油断ならない。
 確かに僕はあのとき、アリスにキスをしようとした。でも、あれは、その。なんというか勢いで……。
 だって、助け出した少女が、自分を見上げて瞳を輝かせるんだ。しかも、僕は彼女への気持ちに気づいたばかりで。雰囲気に流されない男の方がきっとおかしい。
 でも今になると、あのときそうしなくてよかったと思う。知ればもっと欲しくなるに決まっていた。
 いつの間にか缶にいっぱい詰まっていたクッキーは空になりかけていた。この間少しだけできた、シャルルの首と首輪の隙間はもう既に消えてなくなっている。きっと痩せる気は毛頭ないのだろう。

 窓の外ではまた猫が騒ぎだす。まるで赤ん坊が泣くような甲高い声が耳障りだった。
「……そういえば、いいの?」
「なにが」
「オス猫よぅ」
「?」
 一体何を言っているんだ、シャルルは。
「鈍いわねぇ。勉強不足は自分の首を絞めるわよぅ? ほら、春と言えば、発情期でしょう」

 ガタン

 僕は思わず立ち上がる。腰掛けていた椅子が後ろに倒れ、派手な音を立てた。
「冬の間は静かなもんよね。毎年、あの声を聞くと春だわぁって思うのよぅ。今年は発情したメス猫が入り込んでたから、それに釣られてオス猫も集まってるみたいだけど、あ、あら? ちょっと、どこ行くのよぅ! まだ話終わってないわよぅ!?」
 ――早く言えよ!!
 僕は後ろで喚くシャルルを放置して、部屋から飛び出した。
 もうアリスは今日の仕事を終えて、猫の姿に戻っているはず。
 走りながら、必死な自分に泣けて来た。
 一体何をやってるんだろう、……僕は。
 人間だけでなく猫までライバル視しなければいけないという現実。
分かっていたけれど、なんとも間抜けで哀れだ。
「アリス! ――アリス!」
 呼びかけながら彼女の姿を探す。
 中庭に降りると、普段なら見落とすであろう木の根元に二匹の猫の影。一匹がもう一匹の首筋に噛み付いたかと思うと、その背に乗る。そして、闇夜に光るその目がちらりと僕の方を見て、にやりと笑った……気がした。
 月が雲から顔を出し、二匹を照らす。
 下に居る猫に月光が当たると、その毛が銀色に輝いた。
「――――!!」
 背筋が凍った。
 反射的に駆け寄って上のオス猫を掴んだ。当然のように邪魔されたオス猫に服の上から噛み付かれた上に引っ掻かれる。それでも僕が引かずにそいつを睨むと、彼は忌々しげにさらに爪を尖らせる。
 そして彼は一気に僕に向かって飛びかかって来た。
 僕は目を庇って腕を顔の前で構え、――視界がゼロになる。


「――こらぁ!!」
「ギャンッ」

 その聞き慣れた透明な声と高い悲鳴にはっと目を開けると、目の前で、そのオス猫がアリスにモップで殴られてふらふらになっている。
「あれ……アリス!?」
 慌ててよく見ると、銀色に見えていた猫は、ただの白い猫だった。
 その白いメス猫は
「なに邪魔してんのよ!」
とでも言うように、不満げに目を細めて僕を睨むものの、アリスに牽制されてその場を去る。オス猫は慌ててそれを追って行く。
 僕はただ呆然とその様子を見守っていた。
「リュシアンったら、何してるのよ。……猫と喧嘩? 服がぼろぼろじゃない」
 メイド姿のアリスが呆れている。その白いエプロンが月明かりにぼんやり光る。
 僕も自分に呆れていた。……一体僕は何をやってるんだ。
「なんで……まだ仕事してるんだい」
 何もかもどうでもいい気分だったけれど、とりあえず聞いておいた。
「え? だってあのメス猫、あたしの縄張りに入って来て匂い付けて行くんだもん。腹が立っちゃって。だから掃除してたのよ」
 憤慨した様子で、アリスはモップを振り回す。
「……なわばり、におい……」
 それを聞くと余計にむなしくなって来た。越えられない壁を感じた。

 掃除を手伝って、アリスを部屋に送り届けると、自分の部屋に戻りベッドに横になった。
 灯りを消そうと、ふとベッドの隣の棚を見る。すると、『猫の生態』という本がひっそりと置いてあった。シャルルが持って来てくれたのだろう。
 起き上がって、パラパラとそれをめくると栞が挟んであり、そのページには猫の求愛行動についていろいろ書かれていた。
 僕はそれをまるでいかがわしい本を読んでいるような気分で読み進める。
ペットの世話をするための本を読んでこんな気分になるヤツはきっと僕だけだろう。

 やがてある文章に目が止まり、溜息が出た。なんだか涙も出そうだった。

『メスは交尾相手を自分で選びます。恋の主導権を握っているのは、あくまでもメス猫です』

 遠くでメス猫の甲高い鳴き声が聞こえる。どうも場所を移動して活動中らしい。
 アリスも発情したりするんだろうか。読んだ本からそれを想像して、頭が茹だってくるのを感じた。そして、ふと先ほどのオス猫の立場に自分を置き換えると……心底すまない気になった。
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