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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

第二章 花嫁がやって来た

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16 お姫様の救出

 シャルルの道案内通りに走ったけれど、あまりに領地が広すぎて日が暮れそうだったので、僕は途中で金にものを言わせて馬車を手に入れた。シャルルは「給金から引いておくから」と冷たいことを言ったが、今はお金なんてどうでも良かった。
 途中、通りかかった川でふと思い出して、ポケットの中の邪魔な蛙と蛇を窓の外に投げ捨てる。どぼんと音がして二匹は沈んで行った。この時期、水は冷たいかもしれないけれど、どちらもその姿なら泳げるはずだった。


 日が西へと沈みかけ、辺りは薄暗くなる。たどり着いた街はユペール自治州から見て南に、王州サンクレールからだと西に隣接するトゥール州。その中枢である高級住宅地バルザックだった。僕の家のあるオーランシュの隣町でもあり、王都に勤める貴族の大半がこの町に住んでいるとは聞いていた。そのせいもあり、ごみごみしているオーランシュとは違い、整った街並だった。
 石畳の敷かれた道を馬車の車輪がはねる。馬車の窓から街灯に灯をともす男が見えた。
 街の中心の広場で馬車を降りると、夕食の香りが街全体に漂っていた。
 広場の目だつ場所に構えられた店の前で、ジョアンがぼうっと突っ立っていた。まるでずっと前からそこに立っていたかのように、自然な様子で。通りかかる子供が、珍しそうに彼を撫でて行く。そして人形じゃないと分かるとびっくりして泣き出した。
 彼はシャルルに尋ねられて何か答えていたけれど、あまりに小さな声で聞き取れない。
「大丈夫だって。奥の部屋にいるそうよ」
 シャルルが通訳してくれて、僕はほっとする。
 ジョアンはシャルルに何か命令されて、店の前を去っていく。
 照明が煌煌と焚かれた明るい店内に入ると、店員が手をすりあわせながら寄って来た。黒い仕立ての良い服を着て、つややかな黒い髪を斜めに撫で付けている。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件で?」
 シャルルに言われた通りに答える。
「〈特別な猫〉を見せてほしい」
 店員はその言葉ににやりと笑ったかと思うと、奥の部屋を示す。
「……どうぞこちらへ」
 店内はたくさんの籠が置いてあり、その中に様々な特徴の猫たちが佇んでいた。みな綺麗に手入れをされていて、毛並みがつやつやと美しい。彼らはじっと観察するように僕を見つめては、時々思いついたように口を開く。
「なあ、あの男、どうよ」
「俺、やだなあ、可愛い女の子が良いよ」
「あら、なかなかかわいいじゃない」
「青い目が綺麗ねえ」
 思い思いに気軽なおしゃべりを続ける猫達の合間を縫い、奥の部屋へと進む。その中にアリスは居なかった。
(……まだ店頭に並んでは居ないと思うのよねぇ。来たばっかりのはずだから、まだお風呂に入れたり、いろいろ手続きがあると思うの)
 シャルルがこっそりと呟く。
 奥の部屋に入ると、そこは一気に様子が変わっていた。照明が一カ所にしか備え付けられていない、薄暗い広い部屋。その中に数十匹はいるように思われる猫達は、皆疲れた顔をしていた。先ほどまでののんびりとした雰囲気は消え、猫達の間に会話は無く、部屋の中には諦めが漂っている。
「詳細は札に書いてありますが、展示も出来ますので、その際はお申し付けくださいませ」
 店員はそう言うと、先ほどの部屋へと戻る。部屋の中は猫達と僕とシャルルだけとなった。
 僕は籠についている札を手に取る。そこには猫の『年齢』『性別』『容姿』『健康状態』『趣味・特技』などが書かれている。
「これが特別な猫? 特別ってどういう意味なんだ?」
「表に居るのが魔法の猫。ここに居るのは『特別な』猫よ。様子が違うでしょ」
「つまり、ここに居るのが……人間か」
 よく考えると『容姿』は見れば分かるし、『趣味・特技』は、なんだか変だ。
「場所をとるから猫の姿にされてるんでしょうね。人を監禁するのって目立つし大変だから。噂には聞いてたけど……ひどいもんだわ」
「これだけの数を猫に変えるんだ……」
「一日何個薬がいるのやら、ねぇ。確かに薬を買っているんじゃ、あまり儲けが出ないでしょうね」
「……アリスは何処だろう」
 僕はその広い部屋を注意深く探る。
 僕の声にも反応しないってことは、居ないのかもしれない。
 部屋の中には出入り口は二つ。でも奥にあるその入り口のドアを引っ張ってみたが、固く鍵がかけられ閉ざされていた。店の入り口も一つ。ジョアンが間違っていないなら店のどこかにはいるはずだ。
 ふと赤い布の被せられた籠が部屋の隅にぽつんと置かれているのを見つける。そこに近寄ろうとしたが、次の瞬間、聞き覚えのある声が隣の部屋から聞こえ、体がこわばった。

『特別な猫が欲しいのだが』
 ――なんで!
「あら、やっぱり来ちゃったのね。予想通りというかなんと言うか。鍵が開かない、あなたは居ない、となると、アリスに事情を聞くしかないものねぇ。でもさすがに用心深いわね。客として来るなんて。裏から堂々と入って来るかと思ったのに」
 シャルルが驚きもせずに淡々とそう言うと、冷静に部屋の隅の物置を指差す。
「とりあえず隠れておきましょ?」
「だけど!」
 それでは気が済まなかった。だってあいつは――
「今見つかったら今度こそ命は無いわよ。アリスを助けたいんでしょう? それに王にぎゃふんと言わせたいでしょ。まあ、私を信じてみて!」
 その自信満々な顔に、渋々物置に入り込む。
 扉の隙間から覗くと、王はいくらか地味な格好に着替えて、顔全体を覆うような仮面をつけていた。
『まだ処理を済ませておりませんので、少々お待ちいただけますでしょうか』
『うむ』
『本日はどのようなご要望で』
『銀色の……毛の長い奴が良いな』
『ちょうど入荷したところです。展示いたしましょう』
 店員はそう言うと、さっき僕が見た部屋の隅の籠の布を取り払う。そして籠の鍵を空け、一匹の銀色の猫を取り出した。
 アリスだった。彼女は眠っているようで、だらんと足が伸び、ぴくりともしない。
 店員はポケットから月の色をした粒を取り出すと、アリスの口に押し込んだ。
 一瞬後、猫の姿が歪んだかと思うと、瞬きする間に彼女は人間の姿になっていた。彼女は床に丸くなって眠っている。
『そうそう、これだこれだ』
『いかほどで』
『そうだな……金貨五枚でどうだ』
『分かりました。では』
 店員がそう言って、王が金を取り出したその時――

 バタァン、と入り口の扉が開くと、ドカドカと足音を立てて大勢の人がなだれ込んで来た。
「――――そこの男ぉっ! 人身売買の現行犯で逮捕する!」
 僕は耳をつんざくようなその声に目を丸くした。
 ――一体、何が起こったんだ?
 隙間から確認するとそれは、警官隊の群れだった。
 シャルルを見下ろすと、してやったりと言う風ににやりと笑っていた。
 ――そうか、さっきジョアンに頼んでたことって、これか。
 王と店員はあたふたと裏の出口から飛び出して行き、警官隊はそれを追って出ていく。
「やったわ、やったやった!」
 物置から飛び出したシャルルが、床の上で狂喜乱舞している。
 僕は全く事態について行けずに、呆然とその華麗なダンスを見つめていた。


 人の波が引いた後、シャルルに言われるがまま、猫達の閉じ込められた籠の鍵を開けて行く。部屋から諦めの雰囲気は消え去り、皆一様に礼を言って店から飛び出して行った。
 嵐が過ぎ去ったかのような部屋の中、アリスがようやく目を覚まし、身を起こす。その目を擦りながらぼんやりと部屋を見回し、そして隣に座る僕にその視線を定めた。
「リュシアン」
 澄んだ高い声が全身に染み込む。僕は何も考えられず、そのしなやかな体をぎゅっと抱きしめた。
「リュシアン?」
 腕の中でアリスが戸惑ったように身じろぎする。
「……泣いてるの?」
 鼻の奥が痛い。自分が泣いてることは分かったけれど、彼女の髪の中に顔を埋め、首を横に振る。そしておそるおそる尋ねた。
「無事、だった?」
「……何ともないわよ?」
 僕は腕で涙を拭い、顔を上げると、きょとんとアリスは僕を見つめ返す。本当に何も無かったかのような無垢な顔に僕は戸惑う。
「えっと」
 ……一体なんて聞けば良いんだ。下手なことは言えない、この場合。
 僕が質問を悶々と考えていると、シャルルが口を挟んできた。
「アリス、こっちは作戦通りに『全部』うまくいったわよぅ? ご協力ありがとう」
 顔をぱっと輝かせるアリスと戸惑う僕。作戦? 協力? って、え?
「何言ってるんだ! アリスはお前のせいで――」
 僕は掴みかかったが、シャルルはひょいと僕の手をすり抜ける。
「あんなやつにアリスをどうにか出来るもんですか、ねぇ?」
 アリスは眉間に皺を寄せて頷く。
「あのあと、急に猫に戻ったの」
「……猫に、戻った? ……じゃあ」
 シャルルが僕を見て頷く。
 ああそうか……あの王の顔の傷。あんな鋭い爪痕、猫の姿じゃないとつけられない。
 体の力が一気に抜け、その場にしゃがみ込んだ。

 ――――よ、良かった…………。

 ほっとすると同時にいろいろと疑問が湧いて来た。
 待てよ、あの粒を飲んだら、そんなにすぐ戻りはしなかったはず。僕がそうシャルルに問うと、シャルルはニヤニヤしながら答えた。
「不良品だから、一時間も持てば良いかなって。当然猫に戻ることは計算済みよぅ!」
 ってことは。僕はある可能性について考えて、青ざめる。
「……も、もし、あの時、僕が間違って手を出してたら……」
 途中で猫に戻ったら……おそらく僕は人として立ち直れない。
「アハハ、その筋書きもねぇ、すっごく期待してたのに、残念よぅ。でもまあいいわ。いろいろいいもの見ちゃったし。あっ、そうだわ、お邪魔だったかしら! 私のことは気にしないで。もっと濃厚なやつやっちゃっても良いのよぅ? うふ、ふふふ」
 自らの妄想ににやけ、とろけた顔をするシャルルを見て、どうやら彼の作った何重もの罠は王だけでなく僕にも仕掛けられていたことに気がつく。それが作戦の『全部』ってことなんだろう。僕はしっかりと踊らされて、もうアリスを手放せなくなってしまっていた。
 その手腕には脱帽だ。でも。人の悩む姿で喜び悶えるのは、どう考えても――
「シャルル」
 僕はシャルルを掴むと店の外へと思いっきり放り投げる。
 ――この……変態!
「きゃーー!」
 哀れな悲鳴とともにシャルルが視界から消えていった。


 店の中には僕とアリスが残される。二人っきりか……と一瞬思ったけれど、魔法の猫達が籠の中から僕たちをじっと見つめていた。彼らは籠を開けても逃げることをせず、その場にとどまってくつろいでいた。彼らにとってはここが家なのかもしれない。中には興味津々で様子をうかがう奴も居て、急にその視線が気になり出し、僕はアリスを連れて店の外へ出た。
 首筋から冷たい空気が服の中へと流れ込む。左手で襟元を押さえるけれど、右手はアリスの手を握ったままだった。すっかり日は暮れて、空には星が瞬いていた。
 ふとぬくもりを感じて見下ろすと、アリスが僕に寄り添って訴えるように僕を見上げていた。
 なんだか堪らない気分になって、僕は再び彼女を抱き寄せる。一度抱きしめたら、二度目を我慢することは出来なかった。
 ほんの少し触れるだけなら――許されるだろうか。
「リュシアン」
 腕の中から僕を熱く見上げるアリスに、そっと頬を寄せる。
 顔が近づいてもアリスは目を閉じず、じっとその緑色の目で僕を見つめ返していた。街灯の光がその大きな瞳の中で揺らめく。
 ……やりにくいな……。
 僕はそう思いつつも唇を重ねようとさらに顔を近づける。
「あたし」
 あと少しで唇が触れるというその時、その花びらのような唇が開かれる。僕は、そこから紡がれる言葉を期待して、動きを一瞬止めた。


「……お腹すいた……」
「…………」


 こんな状況でも、色気より食い気。
 それがアリスだ。彼女らしさだ。……だけど。だけどね。

「よぅ、兄ちゃん、続きはうまく行ったのかい?」
「……」
 照明が消え真っ暗になってしまった先ほどの店の中、猫達が冷やかす。僕は黙ってアリスのために食べ物を探しながら、今後の自分の歩む道を思い浮かべて泣きたくなっていた。

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