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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

第二章 花嫁がやって来た

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14 君の想いには応えられない

 外はいつの間にかひどいどしゃ降りになっていた。窓を大粒の雨が叩いて、大きな音が連続してまるで音楽のように鳴り響いている。
 僕は夜着に着替えると、大きな寝台に飛び込むように横になる。王のあの視線が頭の中から離れない。食事中、アリスが傍を通るたびにその眼光が鋭く妖しくなっていた。
 その服の中まで透かして見ようっていうような粘りのある視線。思い出すだけで反吐が出そうだ。
「……まさか、アリスの部屋まで行ったりしてないよな?」
 眠れずに寝返りを何度も打つ。
 小さな物音がすべてアリスの悲鳴に聞こえて、そのたびに飛び起きて耳を欹てた。雨の音がうるさい。微かな音でも聞き逃したくないのに。
 何度目かの寝返りの後、僕はベッドからむくりと起き上がる。
 ……だめだ。気になって眠れない。様子だけでも見て来よう。それから鍵かけて眠るように念を押して。じゃないと、朝まで眠れない。
 僕はベッドから下りると、夜着の上からガウンを羽織る。扉を開けて僕は目を見張った。

「アリス!」
 銀色の小さな固まりがさっと部屋に飛び込むと、僕の足に絡まるように身を擦り寄せてきた。尻尾が足をくるりと一周する。
「雨漏りしてるの、あたしの部屋」
 彼女は当然のように僕のベッドに飛び乗ると、以前のように堂々と真ん中を陣取って丸くなる。
 僕は大きくため息をついた。呆れや安堵、……いろんなものが混じったため息だった。
 気が抜けた僕は、ベッドに近寄ると仰向けに倒れ込む。ふと横を見るとアリスの緑色の瞳が目の前にあった。部屋が暗いため、その深緑色の瞳孔が開き大きく、丸くなっている。昼間とは違うその表情に思わずどきりとした。
 彼女は僕に顔を寄せると頬をぺろりと舐める。ざらりと乾いたその舌は頬のやわらかい部分には鑢をかけられているようで、痛かった。
 ……猫の姿なら、何ともないんだけどな。……当然か。
 僕が嫌がらないことに安心したのか、アリスは恐る恐るのように僕に体を寄せてきた。猫の姿だと怒る理由も見当たらなかった。
 その滑らかな銀の毛並みをゆっくりとなでると、彼女は安心したように眼を閉じた。

 *

 トントン

 微かな物音に目を開ける。
 ……眠っちゃったのか。
 ふと隣を見ると、アリスは両手足を大きく延ばし、白いふわふわのお腹を出して眠りこけていた。あまりに無防備なその間の抜けた姿に、ふとこの頃の一連の事件を忘れていた。思わず頬が緩む。

 トントン

 アリスをじっと見つめていると、扉が再び鳴った。
 ――誰だろう?
「誰?」
「私です」
 高い透き通った声。名前を聞かなくても分かった。
 なんで――
 僕はあわてて扉を開いた。
「どうされたのです……こんな夜更けに」
 何かあったのかと思った。雨漏り? それともまさか火事?
 ローズ姫は口を開こうとしたが、ふと目線を部屋の中の一点に定めると絶句した。
「……!」
 不審に思って、振り向き、その光景に姫と同じように絶句した。
「――――!」
 僕は口を開くけど、言葉がとっさに出てこない。急激に頭に血が昇るのが分かった。

「アリス!」

 口から飛び出したのは火のように熱いどなり声だった。
 こんなこと、彼女が思いつくわけがない。でも、責めないわけにいかなかった。
 彼女はいつの間にか人間の姿で僕のベッドに横になっていた。そして銀色の髪の川から覗くのは裸の背中から足までの滑るような柔らかなライン。彼女はうつ伏せになって顔だけをこちらに向け、その緑色の瞳で挑むようにこちらを睨んでいた。
「……どうして!」
「……」
 アリスは黙ってこちらを睨んでいる。その顔からはさっきまでのほのぼのした雰囲気は消え去って、殺伐とした表情が張り付いていた。
 彼女がぎこちない仕草でその銀色の髪をかき上げると、想像以上に白い肌が露わになる。挑発するようなその様子に僕は苛立った。
 僕が必死なのを――なんで分かってくれない?
「なんで、迷惑だって分かってくれないんだ! 僕は君の想いには絶対に応えられないっていうのに!」
 アリスの顔が一気に歪み、自分がまた言葉を選ばなかったことに気が付く。
「……絶、対に?」
 アリスが今にも泣きそうな瞳で訴えるけれど、取り消すことは出来なかった。
「絶対に、だ」
 低く呟くと、呆然としたままのローズ姫に頭を下げて、廊下をがむしゃらに走る。言い訳なんかできる余裕は無かった。雨で冷やされた空気が今にも爆発しそうな僕を辛うじて抑えてくれていた。

 ――シャルルのやつ、変なことアリスに吹き込んだりして!
 締め上げてやらないと気が済まなかった。


 *


 遠くで雷鳴が鳴っている。強まった風はがたがたと窓枠を揺らし、薄暗い部屋の中、時折光る雷光がローズ姫の顔を照らしだす。
 リュシアンの足音が聞こえなくなった頃、ようやくその薔薇の花びらの様な唇が開かれた。
「どういうつもりかしら」
「そっちこそ……窓の外にいる奴らは一体何なのよ」
 あたしは冷たい空気と一緒に胸の痛みをぐっと飲み込むと、ベッドの隅に置いていたワンピースを被る。そこから頭を出すと、鋭く目の前の女を睨みつけた。
「あら……さすがに猫の耳はごまかせないのね」
 姫はその化けの皮をはがして、にやりと嫌な笑みをその美しい顔に浮かべる。
「こんな夜にやってきて……リュシアンをどうするつもりだったのよ!」
「ふん。下手に出ていい気分にさせて、奪うもの奪ったらさっさと出て行くつもりだったのに。外の者は保険よ。ぼんやりしてるようだけれど、あれも一応男でしょう? 万が一豹変して変なことされては敵わないから。まあ……その時は、その時で、それを理由に彼を捕える理由ができてよかったけれど。さっさと終わらせるつもりだったのに、よくも台無しにしてくれたわね。あなたにばれたんじゃもう強硬手段しか残っていないじゃない?」
「強硬手段?」
 ローズ姫がぱちんと指を鳴らすと、窓から数人の侍従が部屋に飛び込んでくる。
「その娘、捕らえておきなさい! ……ああ、そうそう、お父様がお気に入りのようだったから、まずはそっちに連れて行くといいわ。本当にあの人の趣味も相当なものよね。用が済んだらお母様に言いつけてやるんだから」
 姫はあたしを睨むとふんと鼻で笑う。
「侯爵――いえ自称侯爵ね――にも捨てられたみたいだし。お父様に気に入られれば、飼ってもらえるかもしれないわよ?」


 二人の侍従に連れられ暗い廊下を歩く。
 拘束されてはいないけれど、あたしが逃げ出そうとしても、彼らはあたしの進路を簡単に妨害した。ゆるい網に捕われてるようなそんな感覚で、あたしは彼らから逃れるのは難しいと早いうちに理解した。こいつらは、どうやらそういうことに長けているみたい。
 所々強い雨に叩かれた窓から雨が染み出して、廊下の床に黒い水たまりを作っていた。当然それを拭いたりする精神的余裕も肉体的余裕も、今のあたしには無かった。
 耳の中でリュシアンの言葉が雨音に負けないくらいの大きさで繰り返し響いていた。そのまるで血を吐くような声。
『――君の想いには僕は絶対に応えられないっていうのに!』
 馬鹿みたい。リュシアンは知ってた。自分自身でさえはっきりと認めてなかった、あたしの気持ち。全部知ってたんだ。そう伝える前に、断られるなんて。あたし、馬鹿みたい。

「ねぇ、すごくかわいいよね、君。侯爵サマじゃなくってさ――俺にご奉仕してくれたりしない? 逃がしてやるよ?」
 前を行く一人の侍従があたしを振り向き、にやけた顔をこちらへ向けた。背はリュシアンと同じくらいだけれど、太っていて妙に大きく見える。目は細く少々吊り上っていて、肌は荒れていた。しかも……息が臭い。
 あたしはぷいと顔をそむける。
「おい、やめとけ。そいつは王のものだ」
 後ろの侍従がそう言ってたしなめている。振り向いて姿を確かめると、こちらは背が高くひょろりと痩せていた。肌はカサカサに乾燥して、顔色も悪い。何もかも前の男と足して二で割ればちょうどよい、そんな感じだ。
「固いこと言うなよ。。俺たちいつもいつも尻拭いばっかりじゃないか」
「まあ、いいだろ。うまくいけば後でおこぼれにありつけるんだからな」
 後ろの男はあたしの背中に向かってこもった笑いを立てた。
「俺、あの人の後は嫌だなあ。あの人、普段奥さんにも娘にも虐げられてるからさあ、弱いものに対して反動がひどいんだよね。俺……たまには綺麗なままの子がいいな」
 不服そうに太った男は口を尖らせる。
 何を言ってるかよく分からなかったけれど、とにかくその絡みつくような妙に熱っぽい視線が不快で、廊下の床をじっと見つめていた。そして、改めてリュシアンのことを考える。
 どれだけ迷惑だと言われても、想いに応えられないって言われても、どうしてもリュシアンを見捨てることはできない気がしていた。
 今日のところは、うまくリュシアンを逃がすことが出来たみたい。でもあの姫はまだ何か企んでいる。このまま捕まっちゃったら、――もう助けてあげられない。
 やがて目の前で王の部屋の扉が大きく左右に開いた。おや、というように部屋の中の男が眉を上げたかと思うと、髭の中の口がだらしなく緩む。
 なんとか……逃げないと。でも、どうやって?
 あたしは、ごくりと喉を鳴らすと、目の前に置いてある広いベッドを睨んだ。
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