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あたしは、猫。 作者:山本 風碧

第二章 花嫁がやって来た

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11 リュシアンの事情

 あたしは巨大なベッドで丸くなって一人ぼんやりとしていた。リュシアンの隣はいつもほかほかしていて、すぐ眠りに落ちることが出来るのに、一人だと毛布はいつまでも冷たいままで、眠りにつくまで時間がかかりそうだった。
 このベッドはシャルルの元の体格に合わせてあるので、とにかく大きい。今のシャルルだとどこに寝ているか一見分からないだろう。
 軋むような小さな音を立てて、重厚な扉に取り付けられたシャルル専用の小さな扉から、一匹の小さなネズミがすきま風とともに顔をのぞかせる。
「あら? 珍しい。どうしたの」
「……」
 あたしが黙っているとシャルルは飛び上がってベッドの上によじ上った。
「女の子が夜に男の部屋にやってくるっていうのは感心できないわねぇ」
 シャルルは鼻の横をぽりぽりと掻きながらあたしを覗き込むと、あきれたようにため息をついた。
 ……あたしをリュシアンの部屋に行くようそそのかしたくせに。
 あたしは前足でヒゲを撫でる。もうとっくに薬の効果は切れていて、明日から変身する気も起きなかった。
「女の子じゃないもの。ただの猫」
「あらぁ? いじけちゃったの?」
 当然よ。『君はお気楽な猫なんだから』――あの優しいリュシアンがあんなこと言うなんて。信じられなかった。
「リュシアンも罪作りよねぇ。さっきもねぇ、すごかったのよぅ?」
 ニマニマ笑いながらシャルルがすり寄ってくる。
「聞きたくないわ」
 ぷいと顔を背けて毛布に顔を埋めた。構わずにシャルルは続ける。
「まあまあ、聞きなさいって。あのお姫様――あれは相当な女狐ね。親が親なら子も子だわ」
 その凍るような冷たい口調にあたしはびっくりして顔を上げる。
 そう言えば、あれだけ綺麗な女の人なのに、シャルルったら全く反応しなかった。リュシアンやあたしを見るような目で見てもおかしくないのに。綺麗すぎて麻痺しちゃったのかしら? よく考えたら不思議。
「あなたに分けてあげたいくらいの計算高さよね。私、ああいうの駄目なのよぅ、匂いで分かっちゃう。でも、あなたもどうせなら見習った方がいいかも。あれじゃ、初心なリュシアンなんてイチコロでしょうね」
「やっぱりそうなの? なんだか様子が変だとは思ったの」
「リュシアンを落として……この城を乗っ取ろうっていうのかしら……それとも」
 シャルルは珍しく難しい顔をすると、ぶつぶつと呟いている。
 きめの細かいシーツを爪で引っ掻くときりりと小気味の良い音がした。シャルルが思考を止めて顔を上げる。
「ねぇ……リュシアンはお姫様と結婚して幸せになれると思う?」
 あたしはいくら考えても答えが出なかった問いをシャルルに投げかける。それを聞きに来たのだった。
「…… 結婚まで持ち込めれば、まあ、いいだろうけど。この国では聖職者は離婚は出来ないから、王宮を追い出されることもないでしょ。……いいんじゃない? それはそれで。だって彼、所詮私の代理の雇われ城主なんだし、私が痩せたらお役御免でもとの粉屋に戻らなきゃいけないのよ? きっと父親共々路頭に迷うでしょうね」
 その言葉にぎょっとする。あれだけ気に入ってるのに……冷たい。
「シャルルったら、ほんとにクビにしちゃうの」
「ウフフフフ……そんな勿体ないこと、する訳ないじゃなぁい。あなたと合わせて観賞用よ!」
 シャルルはそう言うと何を想像しているのか、天井を見上げてうっとりと目を細める。
 あたしはあきれてため息をつく。
 このごろ、ようやくその趣向がつかめて来たので、前ほどは気にはならなくなったけれど。つまり、シャルルは美しいものを〝見る〟のが好きなだけなのよね。とって食うって訳ではないので、そこまで害はない。その美しいものが特殊で、それを見るために労力を惜しまないってところが……迷惑ではあるけど。
「まぁ、リュシアンは『働かざるもの食うべからず』のカチンコチンの頭してるから、そんな風には期待もしてないでしょうけど。……だから必死なのよ」
 必死?
「あなたは知らないかもしれないけれど……リュシアンのお父さん、ずいぶん腰が悪いそうよ。だから、もう働くのは辛いみたい。リュシアンが高等学校にいかなかったのは、そのせいなの」
「え? リュシアンそんなこと一言も言ってなかったわよ? ただおなか壊したって……」
 なんでそんなこと知ってるの。
 疑いの眼を向けると、シャルルは誇らしげに胸を張る。
「ふふ、私の情報網を甘く見ないでほしいわね。確かにそれも一部らしいわよ? それで主席合格を逃して学費の免除を受けられなかったから、入学を辞退したらしいわ。お父さんは行けって勧めてたらしいけど、頑として譲らなかったそうなの。リュシアンらしいわよねぇ。あの不器用さがたまらないんだけど」
 何か思い出したようにグフグフ含み笑いを始めるシャルルを前に、あたしは呆然としていた。
 あたし……何も知らなくって、ひどいこと言っちゃった……。ああ、でも――
 あたしは小さく反省しながらもほっとしていた。一瞬別人に見えた彼は、あたしの知っている彼のままだった。

 『金持ちになりたいのは当たり前だろう?』
 やっぱりリュシアンはリュシアンじゃない。あんなこと言ったけど、結局はお金よりお父さんを大事にしてるだけじゃない。
「ねぇ、シャルル。……リュシアンはお姫様と結婚しなくても・・・・・幸せになれると思う?」
 あたしは質問を微妙に変える。シャルルは待ってましたとばかりに、にやりと笑う。
「もちろんよ。あんな胡散臭い女狐とは結婚しない方が幸せになれると思うわ」
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