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第1章「出会い」
――桜、五月、名執由利也の憂鬱。
 気付いたら、桜はとうに散っていた。
 俺の行動範囲内にはどうしてか桜の木が一本も無く、昨日の下校の際寄り道をしなければ、ずっとそれに気付かないままだっただろう。青々とした葉桜は、俺に遠く春の終わりを告げていた。
 高校入学から四度目の四月はあっという間に過ぎていき、今年もまた俺にとって一年で一番憂鬱な月が好き勝手幅を利かせている。

 五月十六日金曜日。暑くも涼しくもない、季節の変わり目。
 俺にとっては春。世間にとっては初夏。
 名執 由利也は、どうも世間様とズレているらしい。


 今日も今日とて見慣れたいつもの一本道を歩き、俺の通う高校へと到着する。
 県立古宮(ふるみや)高校。これといって特徴の無い、平凡で寂れた公立高校だ。偏差値も部活動も平々凡々。そのわりには勉強一本の人間と部活一本の人間の分離が激しい、奇妙な学校である。
 かつてはこの辺り一帯有数の進学校と名高かったそうだが、その面影はもはや微塵もない。

 ……俺が朝からこうして憂鬱に浸っているのにはちょっと理由がある。


「おはよー」

 昇降口。
 にこやかに笑う女子生徒の弾むような元気な声。

「おはよう。遅刻ギリギリじゃん」

「うん、今日は朝練休みだったからねー。ゆっくり寝てきちゃった」

 キーン、コーン、カーン、コーン。と、お馴染みのメロディが校内に響き渡る。

「あ、予鈴鳴った。教室行こっか」

「そだねー。行こう行こう」

 そうして、俺は教室へ向かう。
 楽しそうにおしゃべりをする女子生徒二人と、一定の距離を保ちながら。


 俺の憂鬱の種。それは、俺の人付き合いの乏しさにあった。
 留年した時点から覚悟していた状況ではあるのだが……学年が違うとはいえ親友が在籍していた昨年度までとのあまりの環境の違いに、未だ慣れられずにいる。
 始業式からもう一月が経つ。まともに話せるクラスメイトさえ一人もいないというのはさすがにマズいよなぁ……。


 東棟校舎一階、三年四組。それが今年の俺のクラス。
 開きっぱなしのドアから教室に入り、一番後ろの俺の席に座る。
 席は一つを除き全て埋まっているのだが、俺が席に着いたことを気にする生徒など誰も――――いや。今、誰かの視線を感じたような……?
 まぁ、いいや。多分気のせいだろう。


 朝のHR(ホームルーム)五分前の予鈴から、もうすぐその五分が経とうとしている。
 ここから見えるのは、クラスの約半数を占める通称(蔑称)「ガリ勉組」がカリカリと鉛筆を走らせる姿。残り半数の「部活組」が慎ましやかに――一部そうでもないのもいるが……――談笑する姿。
 視線を左に向けると、窓の向こうには中庭。コンクリートで埋め立てられテニスコートと化した殺風景で寂しい場所だ。テニス部員以外の生徒は、あそこをただの通り道としてしか認識していない。
 まったく。庭というのだから、ちょっとはそれらしい木でも植えたらどうかと常々――――

「――――はぁッ!?」

 窓越しに目にしたものに、思わず驚嘆の声を上げてしまう。
 教室の空気が凍り、クラスメイトたちの視線が俺に集中する。

「あ、いや……えっと……」

 焦る。はぐらかすための語彙が無い。どうしたらいいんだっけ、こういう時は……。

 と、その時。再びのチャイムが鳴り、それと共に教室の前のドアがガラリと開いた。

「遅れてごめんなさい! それじゃ、HRを始めます。日直さん、号令お願いしますね」

 俺へと注がれていた視線が、てんでに教卓に向けられていく。
 担任の福住先生が教室へ入ってきたのだ。――――見知らぬ男子生徒を連れて。


 ……別に珍しくもない、ありふれた光景だ。
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