第9話 現実と小説の狭間で
ちかちかと目の前を飛び交う漫画で見たような星達と、後頭部に走る強烈な痛み。
目を開けると、俺はキーボードに突っ伏していた。
「い、痛え…」
後頭部を押さえながら顔を上げると、りもんとシェリルが俺の顔を覗き込んでいた。
「目が覚めたみたいです~」
「ほんま大丈夫かいな?」
りもん達はいつになく心配そうな表情で、俺を見つめている。
「…一体、どうなってんだ?」
振り返ると、そこには明らかに変形したフライパンを持つ鎌子の姿があった。
「牧本が意識を取り戻したぞえ」
「お、お前…まさかそれで?」
「マキさんってば、PCの前で気を失ってたんですよ~」
「そうやで。あんた目見開いたまま全く無反応やったから、鎌子がちょっと小突いただけや」
「……」
頭に出来たたんこぶを擦り、コントのようにさぞかし良い音がしたんだろうな、などとどうでも良いことを思った。
*
見事に膨らんだ俺のたんこぶをタオルで冷やしながら、シェリルと鎌子が話す。
「でもホント、マキってば画面見つめたままフリーズしてて焦ったわ」
「牧本は完全に瞳孔開いてたぞえ」
煙草に火をつけ、紫煙が揺らぐ部屋の中を見渡しながら記憶を整理してみる。
「りもん、俺が気を失ってたのってどのくらいの間だ?」
「うーん、30分くらいですかね~」
「確か俺、会社から帰ってきてすぐ小説書き始めたんだよな…今日一日中会社で考えてた新作の」
「仕事せえよ、この男は」
呆れたように言うシェリルを尻目に、煙草を咥えたままパソコンの画面に映し出されたエディタを捲る。
「そうだ…これ…」
画面に現れた小説の文字列を見て、唖然とする。
思わず椅子から立ち上がった俺の背中越しに、慌ててりもんが画面を覗き込む。
「この小説ですか~?…ん~『ギミック世界のワンダラー』?」
「お、俺…」
落ちかけた煙草を灰皿で揉み消し、かろうじて呟く。
「俺…この小説の中に居た…さっきまで」
*
さっきまで体験していた出来事について話し終わると、シェリル達は神妙な表情を崩さず互いに顔を見合わせる。
「じゃあ…マキさんの意識がこの小説の中に入り込んだってことですか~?」
「まあ…そういう解釈になるな」
「牧本はきっと、小説の世界を擬似現実として体験してたのぞえ」
ディスプレイ画面を鎌子が指で突く。
「感情移入もここまで来たら、ほぼ変態やな」
「う…ううむ」
返す言葉が見つからず、俺はうな垂れるしかなかった。
さっきの真夏の校舎の中での出来事が、記憶の中にまざまざと蘇る。
書きかけの小説と同じように物語は進んでいた。俺は高校生の主人公になり、登場するのは神楽や辻、東川咲奈といった現実の俺の周りの人間達。
「牧本は今、小説と現実の区別がつかなくなってるぞえ」
「……」
腕組みをして考え込む俺の肩を、りもんがそっと擦る。
「どれだけ精神が破綻してても、マキさんはマキさんです~」
「全くフォローになってないが有難う」
さっきからマウスを弄っていた鎌子が、ディスプレイをこっちに向けて告げる。
「困った時は創作仲間に聞くのが一番ぞえ。ちょうど今、チャットのお呼び出しが来たぞえ」
「チャット?誰から?」
「牧本の天敵ぞえ」
「う、リチウムかっ!?」
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