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第38話 遥かな時代の階段を(下)

 結局全員で部活に戻ることになり、俺達は燦々と降り注ぐ太陽の光の中を学校へ向けて歩き始めた。
 俺は自転車を押しながら、紫衣と琥珀にさんざ小突かれて頭に出来た無数のたんこぶを擦る。皆には見えないシェリルが、苦笑いして俺の頭を撫でる。
「天罰…いや、試練やな」
「うう…俺がいったい何をしたと」
「あ、そういやさっきマキが家で気絶してた時、鎌子が言うてたよ。『今度は琥珀や咲奈達も含めた全員分の箱を作って、一斉にかぶったら面白いぞえ』なんて」
「どんだけカオスだ」

 街路樹の合間から夏の陽射しがチカチカと降り注ぐ中、遠くに学校の校舎が見えてくる。過ぎ行く夏を惜しむようなセミの声が、いつもまでも鳴り響いている。
 見上げた空に、名前も知らない鳥が羽根を広げて旋回していた。

「え!紫衣先輩、演劇部に入るんですか!?」
 そんな時、驚いた様子の東川咲奈の声が唐突に聞こえてくる。
「うん、演劇にも昔から興味あったしね。美術部と掛け持ちになっちゃうけど」
 珍しく照れた表情を浮かべながら、紫衣が咲奈と並んで話をしていた。
「へえ、坂上が演劇部かいな?」「意外なのだ~」
「あ、それなら!いっそワタクシの所の写真部兼映画研究会にも是非!」
 他の皆も紫衣を取り囲んで賑やかに話し始める。いつも斜に構えてどこか大人びたイメージのある紫衣だが、こうして皆と並んでいるのを後ろから見ていると、彼女も17歳の普通の高校生と何ら変わらないことに気付く。

  *

 学校の校門をくぐろうとした時、俺は皆に気付かれないように一番後ろを歩いていた琥珀の腕を引っ張る。
 頭の後ろで結わえた緋色の髪を揺らし、小さく首を傾げた琥珀が振り返る。
「どしたの?束」
「いや、さっきのことだけどさ…どうしても気になって」
「ってか何が?」
 吊り気味の瞳の奥に微かに悪戯な笑みを浮かべ、琥珀は俺の顔を覗きこむ。その腕を掴んだまま、俺は前を歩く皆に聞こえないように琥珀に耳打ちする。
「どうしてお前…狐集池のことを知ってたんだ?」

 さっきは皆の前だったので場を取り繕って有耶無耶にしたが、よく考えると俺が『現実だと思いこんでいた世界』の出来事を琥珀が知っている筈が無い。
 あの世界で俺と狐集池に行ったのも、池に落ちて一緒に風呂に入ったのも、今現実に目の前に居る森琥珀とは違う。向こう世界の出来事や登場する人物達も、全て俺の空想に過ぎない筈だった。

「ん~…ってか『巫女パワー』ってことで解決じゃ駄目?」
「駄目だ。そもそもお前、こっちじゃまだ巫女さんのバイトやってないだろ?」
「あ、そっか」
 からからと屈託無く琥珀は笑うが、巫女の話を知っている時点で琥珀が『向こうの世界』のことを覚えているのは間違いなかった。琥珀は暫く誤魔化すように笑い続けた後、大袈裟に大きく手を広げて溜息をつく。

「ってかまあいいじゃない。世界のひとつをひっくり返せたんだし」
「…どうしてお前、俺の頭の中の世界の事を知ってるんだ?」
「ふうん………『頭の中の世界』ねえ」
「え?お、おい!どういう意味だよ!?」
「ってか怖いオバサンがこっち睨んでるから、琥珀はもう行くよ~!きひひ」
 俺の手をすり抜け、琥珀は思わせぶりな含み笑いを浮かべ小走りで校門をくぐっていく。
 あの狐集池で嗅いだのと同じ、柑橘系の香水の匂いだけが後には残されていた。

「世界のひとつ?……まさかこの現実も…ギミック?」
 鳴り止まない蝉の声。照りつける陽射し。アスファルトに浮かぶ蜃気楼。
 もし俺の周りに、想像し得るだけの無限に近いギミックの空間があるとしたら―?そうだとしたら、今ここに居る世界が現実だという保証は何もない。

 賑やかに騒ぐ皆の後姿を見つめながら、夏の陽射しが射し込む真っ青な空を見上げる。
 絵に描いたような入道雲が、どこか暢気に浮かんでいた。
「…ま、いいか」
 苦笑いを浮かべ、一人で呟いた。

 これまで辿ってきたのがほんの僅かな世界の一片だとしたら、俺は仕掛けだらけの世界の放浪者なのかもしれない。それならばいっそ、そんなギミック世界の小説でも書いてやろう。
 タイトルはもう決まっていた。『ギミック世界のワンダラー』に。





            【 ギミック世界のワンダラー  終 】




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※【ギミック世界のワンダラー】をお読み頂いた皆様、ありがとうございました。長い作品にもかかわらず最後までお付き合い頂き、感謝感謝です。
この作品は去年、blogにて連載していた作品を改訂して公開したもので、めまぐるしく変わるギミック世界をお愉しみ頂けたら幸いです。

※引き続き【妖精と過ごした7日間の夏】という小説の連載も開始しました。この作品は今年の1月にblog連載が完結したばかりの小説です。宜しければお時間がある時にでも。

【妖精と過ごした7日間の夏】
http://ncode.syosetu.com/n2514bb/ (小説家になろう)

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