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第九審  うそつき
 
――『お前は俺を拒めない』

「それどういう……」
 問いかけようとしたあたしの言葉を、チャイムの音が打ち消した。
 しまったあぁぁーっ! 今日も遅刻だあぁぁーっ! 今日も遅刻なんて浅井先生に何を言われるか……!
 とにかく余計な事は言わないように、と念を押して急いで教室へ戻る。
 同じく遅刻組のはずの嵐は、特に慌てた様子もなくダラダラと歩いているようだった。
 そりゃ、今更急いだって遅刻は遅刻だけどさ。
『わかった』と言った時の嵐の顔がひどく傷付いたように見えたのは、あたしのセンチメンタルな思い込みだろうか?

「はい、立花今日も遅刻。どうやらよっぽど階段掃除がお気に入りのようだ」
 いつものように髪の毛をひとつに束ね、細身のパンツスーツに身を包んだ浅井先生はパイプ椅子に腰掛けたまま、無表情であたしを出迎えた。
 黒板に向かっていた篠原君も手を止めて、事の成り行きを見守っている。
「す、すいません。一応登校はしてるんですけど……。ほら、鞄もちゃんとあるでしょ?」
「言い訳しない。席に座ってないなら遅刻。階段掃除一ヶ月に延長……と言いたいところだが、丁度いい。女子の学級委員に立花を任命することにしよう」
 はっ!? 
「無理です。無理無理。あたしなんかには務まらないですって」
 両手で大げさにジェスチャー混じりに訴えるも、クールビューティと名高いこの教師は眉ひとつ動かさない。
「誰がやろうとそれほど大差はない。ちょうど決まらなくて困っていたところだから誰も文句ないだろう?」
 浅井先生が同意を求めるように教室を見回した。面倒くさい役をやってくれるなら誰でもいい、というのがこのクラスの本意らしい。まぁ、その気持ちはわかるけど。

 ん? ちょっと待て。遅刻した罰で学級委員ってことはだ、男子の学級委員はもれなく嵐ってことになるんじゃないの? ますます無理。絶対に嫌だ! 
「それに、もう一人の学級委員は篠原だしな」
「やります。あたし、学級委員になります」
 なぜか即答してしまった。
 なにもかも見透かすような嵐の言葉に、ただ反抗したいのかも知れない。
 いつまでも嵐の後をくっ付いて回っているあたしじゃないんだって、見せつけてやりたかった。

 だけどHRが終わっても、嵐は現われなかった。 
 もしかして迷ってるとか?うちの学校結構広いしな。
 ……探しに行くべき? いや、そんな子供じゃないんだし。学校内で野垂れ死ぬわけでもないし。大丈夫……だよね?

「今、千里は須統君のことを考えている」
「なっ……!?」
 突然、背後から現われた夏帆が肩越しに顔をだした。そのまま正面に回りこむと嵐の椅子に座る。嵐といい、小松兄妹といい、どうしてあたしの周りにはエスパーが多いんだろうか。
 少しだけつり上がった猫のような目でじっとあたしをみつめると、夏帆は重々しく口を開いた。
「根掘り葉掘り聞きたいところだけど、宗佑から見守ってやれってきつーく言われてるから聞かない。でもこれだけは教えて。須統君とセック……」
「してません!」
 ごめん。とてもじゃないけど恥ずかしくて最後まで聞けないや。

 きっぱりと否定したあたしの言葉に大きく安堵の溜息を付く夏帆。
「あぁー良かったー。ウチの大事な娘が、悪そうな狼さんに食べられちゃったかと思ったじゃないの。宗佑なんか見守れって言っときながら、アンタ達が帰ってこないのをめちゃくちゃ気にしてさ。ものすごくそわそわしてたんだよ。アイツ過保護だよね。って私もだけど」
 どうやら小松兄妹にとって、あたしは完全に娘の部類に入るようだ。確かに、夏帆と比べたら子供だけどさ。特におっぱいとか。おっぱいとか。おっぱいとか。
 あ、言ってて虚しくなってきた。
 
 肩で切り揃えた髪の毛を指でくるくると回しながら夏帆は続ける。
「でも千里が学級委員引き受けるなんて驚いた。人前に立つの苦手だったのに、なんか張り切ってるじゃない」 
「だってあの雰囲気じゃ断れないよ。それに篠原君も一緒だし……。あたしがいなくても篠原君一人いれば良い位じゃない?せいぜい足引っ張らないように頑張ります」
「千里は篠原君のこと気に入ってるもんね」
 くるくると回している指をとめることなく、ニヤニヤと笑っている。
「別に好きとかじゃないもん。完璧すぎて緊張しちゃうだけ」
「でも篠原君は千里の理想の男の子だよね。真面目だし誠実だし、質実剛健を絵に描いたような人だし?」
 そう。そうなの。あたしが好きなのは、真面目で誠実でまっすぐな人なの。
「もー! ホントにそんなんじゃないから! はい、この話題おしまい」
 篠原君の話題を強制的に打ち切ったその時。
 ドアの向こう側から、やけに弾んだ女の子の声。

「えーっ! じゃあ須統君って一人暮らしなんだぁー。加奈お料理得意だよ。今度ご飯作りに行ってあげよっか?」
 甘えるような、舌足らずな喋り方。
「いや、俺超偏食家なの。嫌いなもんいっぱいあってさ。せっかく作ってもらっても、ほとんど食べられないから。女の子の好き嫌いはないんだけどねー。特に水田さんみたいな可愛い子とか、大好物だし」
「もぉっ! そんなおだてにはのらないんだからぁー。じゃ、また迷ったら加奈が教えたげるね。メールもするね。じゃーねー」
 ミズタさんと呼ばれたその子は嵐が教室に入るのを確認すると、上機嫌で帰っていった。
 おめめくりくりの髪の毛盛り盛りの、お人形さんみたいだ。

 夏帆は慌てて席を立つと、椅子借りちゃっててごめんねと一言詫びて自分の席へと戻っていった。
 あたしは嵐と目を合わさないように、次の授業の準備をするフリをする。
 嵐もきっと、あたしの方を見ていない。確かめたわけじゃないけど、そんな気がした。
 ていうか、あたしの時と態度違いすぎじゃない?
 ニコニコしちゃってさ。あたしには意地悪い顔しかしないくせに。
 何が『水田さんみたいな可愛い子は大好物』だ。バカ。

 昨日とは違う、香水の匂い。
 だけど、あたしは知ってるんだ。

 嵐の嫌いな食べ物がピーマンだけだってこと。
 
ちょこっとだけ、お気持ち聞かせていただけたら嬉しいです。


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