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第四十一審 引き合う絆
 
 それはまるでドラマのワンシーンのようで。
 自分がその中にいるのが不思議なくらいだった。
「……あ……えと……」
 後に続ける言葉が出てこない。驚きと戸惑いと同時に、罪悪感。
 いつも応援してくれて、励ましてくれて……たくさん助けてもらっているのに、何も返せない。
 宗佑の気持ちに、答えられない。
 そんな風に真っ直ぐ見つめられても、気の利いた返事すらできない。

「ごめん、千里を困らせるつもりはないんだけど……須統から奪ってやる、なんて野心もないし。でも、もし千里が楽な恋に逃げたくなったら、いつでもおいで。俺のこと好きになってくれとも言わない。ただ俺が千里を好きなだけ、それだけだよ。今までと何も変わらない」

 いつもと変わらない、ゆったりとした口調。いつも一緒に居てくれた人。
 どうして、人は誰かを好きになるんだろう。相手が自分以外の誰かを想っていることを知っていても、好きな気持ちが抑えられなくなるのは、どうして?
 もしも宗佑があたしの立場だったなら、好きな人が自分の為に何かを諦めようとしていたら、きっと本当の気持ちを隠して優しく背中を押すだろう。
 それができないあたしは、自分のエゴで嵐の側に居たいだけなのかな。このまま知らない振りをしていれば、嵐は何も言わずに留学を諦めてくれるかもしれない。――そうしてくれたらいいのに、なんてズルイ考えばかりが浮かぶ。

「……宗佑のこと、大好きだよ。その……なんていうか、とも……」 
 グッと押し出した両手が言葉を遮る。困ったように笑ってその手をあたしの口元へ当てた。
「はい、ストップー。だーかーらー、いいんだって。ていうか聞きたくなーい! 千里が俺のこと友達として信頼してくれてるのは知ってるよ。それ以上でも以下でもないってことも。もーこの話終わりっ。もう立てる? 須統も探してるだろうからそろそろクラス戻ろうか」
 立ち上がった宗佑が手を伸ばす。少し迷いながらも、その手を取った。
「ありがとう……」
 あたしは今まで何度この手に助けられて、この先何度この優しい手を悲しませるのだろう。


 ** **

 
 図書室に居たのは一時間にも満たないのに、まだ外は文化祭の真っ最中であることが不思議だった。
 ついさっきまでの出来事が嘘みたい。だけど、博貴君がずっと耳元で語りかけている。千切られたネックレスがスカートのポケットで悲鳴を上げた。
――『千里ちゃんがいると兄貴は迷惑するんだよ。だけど自分からは言い出せないみたいだから、千里ちゃんの方から離れてあげてくれないかな?』
――『またね』
 そんなに簡単に、答えなんかでないよ。

 別館を抜けると、賑やかな声が一層耳に響いた。
 足早に自分たちのクラスへと急ぐ。渡り廊下を抜けて教室が見えてくると、宗佑が驚いたような呆れたような声で呟いた。
「すっげ。うちのクラスまだ並んでるよ」
「本当だ。よし、気持ち入れ替えてがんば……る」
 最後まで気合が持続しなかったのは、見たくないものを見てしまったから。
 反対側の廊下からやってくる二人。嵐の腕を引っ張りながら不満そうに口を尖らせるちゆみちゃんと、そっけなくあしらう嵐。
 笑い声や話し声、それに足音。ドアを開け閉めする音に、どこからか聞こえる人気グループの新曲。色々な音が混ざり合うのに、あたしの耳は二人の会話にだけ集中してしまう。

「もうやだ! なんでそんなに冷たいの!? そんな嵐君きらい!!」
「嫌いでいい。もういい加減、俺に執着すんのはやめろ」
「……だったらはっきり言ってよ。『もうお前なんかいらない』って言って。肝心なことは何も言わないくせに、ちゆみに決めさせようとしないで。そんなの、ずるいよ。ずっと一緒にいてくれるって言ったのに……嘘つき」
 立ち止まるちゆみちゃんに、嵐は何も答えない。
 大切だから、前に進むために突き放す。大切だから、守ってあげたい。きっと、どっちも嵐の本音。ちゆみちゃんと嵐を結ぶ絆はそんなに単純なものじゃない。あたしにはわからない、もっと深いところで複雑に絡み合っている。

 
 そう、簡単に答えなんかでないんだよ。
 絆が引き寄せて、想いは絡まる。
 五年間の空白は消せない。この恋に、審判が下されようとしている。


「千里ー!」
 嵐とちゆみちゃんの後ろから、大きくこちらに手を振りながら近付いてくる人物。
「お母さん……」
 パンフレットを持つ手には、いくつかの袋が提げられている。ここへ来る前に他の教室にも寄ったのだろう。
 あたしの姿を認めたお母さんは、少し駆け足になりながら廊下を歩く。
 二人を追い越して。
 嵐の目はすぐに、すれ違う懐かしい顔を捉えているのに。
 
 お母さんは嵐に気付かない。そりゃそうか、あたしだって気付かなかったくらいだし。
 再会したことはまだ両親に言っていない。もちろん、小学校の頃の嵐のことは知ってる。よく家でも嵐の話をしていたし、うちに遊びに来たことだって何回もある。……だから、嵐の家が急に引越ししたことも知っている。今思えば、大人たちは嵐が居なくなった理由を知ってたのかも知れない。引越ししても半年以内なら郵便局が転送してくれると知った時、すぐに手紙を書こうとしたけれど、お母さんに止められた。引越しの理由が理由だけに、届かないことを知っていたからじゃないのかな……。

 遠ざかる後姿を呆けたように見つめている嵐と対角線上で視線がぶつかったけれど、どうしていいかわからずにその目を逸らしてしまった。 
「遅くなってごめんねー。お父さんたら結局ゴルフ行っちゃったのよ。もう信じられないわよねぇー? あら、宗佑君お久しぶり。いつも千里がお世話になって……」
 お母さんはあたしに向かって早口にお父さんの愚痴を言ったかと思うと、すぐに隣に顔を向けた。軽く頭を下げると、宗佑も律儀にそれを返す。
「お久しぶりです。お世話になっているのは僕のほうですから。おばさんは相変わらずお綺麗ですね」
 いつもより念入りに化粧をした顔がパッと輝いた。
「やだもう、宗佑君は本当にいい子ねぇー。男前だし、優しいし、なんでこんないい子が千里なんかとお付き合いしてくれてるのかわかんないわー。おばさん、宗佑君みたいな息子だったら大歓迎だから、いつでもお婿にきてちょうだいね」
「ちょっと……お母さんっ! 違うから!」
 『付き合ってるのは、この人だよ』
 刺すようにこっちを見つめているちゆみちゃんの隣から嵐を引っ張ってきて、そう言えばよかったのに。
 それができなかったのは、お母さんが嵐を見た時の反応が怖かったから。
 博貴君の言葉がずっと頭から離れないから。
 宗佑を傷付けるんじゃないかと思ったから。
 

 一瞬、何か言いたそうに開いた口をきゅっと閉じると、ひとりで教室へ入ってしまった嵐は何を思ったのだろうか。
 
 
「そうなの? 残念。あ、千里その首赤くなってるけど」
「うん、ちょっとネックレス引っ掛けちゃって……」


 あの夏の日。『またね』と別れたあの日。もしも、次の日も変わらず嵐がいる毎日が続いていれば、今頃あたし達は堂々と手を繋いでいられたのでしょうか。

 

ちょこっとだけ、お気持ち聞かせていただけたら嬉しいです。


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