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いつかの夏の観覧車

作者:緑木 琥珀

 俺は遊園地の中にいた。もうすぐ昼になろうかという時間帯、園内は大勢の家族連れや学生で賑わっていた。軽やかなメロディが、耳に心地よい。

 ――――あれ、俺は、どうしてここにいるんだっけ

 確かちゃんとした理由があってここに訪れたはずだった。辺りを見渡すと、どこか懐かしい情景。ここは、裏野ドリームランド。

 俺は一人でここに来たんだったろうか。いや、確か―――

 「裕司(ゆうじ)!もう、探したんだからね」

背中に軽い衝撃。それと同時に耳に入ったのは、愛しい恋人の声。

 そうだ、と思い出す。

 ――――俺は今日、彼女とデートに来たんだっけ

 互いに忙しく時間が取れない中、大学の夏休みに彼女と遊園地に来る約束をした。遊園地に来るのは約一年ぶり、最後に来たのは大学二年の秋口だ。

 俺は飲み物を買いに自販機を探していたのだった。

ごめん、と一言謝りを入れて彼女の手を取る。そうすれば彼女は満足そうに可愛らしい笑顔を浮かべ、俺のことを先導してアトラクションへ向かう。とても楽しそうに、跳ねるように。
 彼女の長い髪が風に揺れる様を見るのは、何回目だろう。俺はいつも彼女に手を引かれてばかりだ。

 「あ、そうだ!裕司、一番最後に観覧車乗ろうね。約束だよ、絶対!」

人差し指をぴっと立てて彼女が言う。可愛らしい顔を真面目そうにしかめて見せる。
 これは遊園地に来ると、毎回言われること。

 ――――君はいつも観覧車を最後にするんだから、俺だってもうわかってるよ

苦笑するような気持ちで、俺は頷く。

 敷地の一番奥に佇む大きな観覧車。きらびやかな装飾のされた、幻想のようなアトラクション。

『夕暮れ時の観覧車が、いっちばん綺麗なんだよ。とっても素敵なの。夜だったら、もっと素敵だろうなぁ』

いつか、彼女がそう言っていたのを思い出す。本当に楽しそうに、笑いを含んだ声だったことも覚えている。

 遊園地に来たときの儀礼のように、彼女は最後に観覧車に乗る。閉園間近の、ギリギリの時間。空が夏のオレンジ色に染まる、その瞬間が好きなのだと彼女は言った。


 メリーゴーラウンドやアクアツリー。彼女は綺麗なものが好きだ。いくらでも眺めているし、何回でもアトラクションに入りたがる。それから、彼女は絶叫アトラクションも大好きだ。

 「今日は、ジェットコースターは乗らない。裕司、苦手でしょ?いつも下で見てる」

真っ赤なジェットコースターを前にして、彼女が言う。てっきり俺の手を離して走っていってしまうと思っていたのだが。
 彼女がそんなことを言うのは初めてだった。いつも俺を置いて、一人で行ってしまう。そんなとき、俺は下からジェットコースターを眺めている。


 園内の時計が、チャイムを鳴らした。

 日が暮れかかっている。空は暖かなオレンジ色に染まってきていた。


もうすぐ、閉園時間だ。


 俺は彼女の隣に立って歩いた。周りの客はちらほらと帰り始めている。俺達はその中をゆっくりと観覧車へ向かって歩いた。

 レストハウスの前で、赤と白の衣装を着たピエロが風船を配り歩いている。

 手にピエロの風船を持った子供達が、俺の隣をはしゃぎながら通りすぎた。その姿を微笑ましい気持ちで眺める。

 彼女の手を握り直そうとして、俺は足を止めた。握っているはずの左手に感覚がない。隣を見るが、彼女の姿はない。

 まるで風のように、彼女は姿を消していた。

 ずっと手を繋いでいたし、彼女はどこかへ行くとき必ず俺に一言残していく。それに、彼女が居なくなったことに気付かないほど、俺は間抜けじゃない。


 ――――遊園地の閉園メロディが鳴る。ああ、彼女の姿がない。彼女の大好きな観覧車は、もう目の前なのに。今日は観覧車に乗れなかった。


 気付くと辺りには誰もいなかった。空には深い藍色が、溶かしたように広がっている。

 俺は迷子の子供のように彼女を探した。ミラーハウス、メリーゴーラウンド、ドリームキャッスル......彼女は、どこにもいない。

 ――――もう帰ってしまったんだろうか

あんなに好きだった観覧車に乗らずに?

 真っ暗な遊園地を振り返る。敷地の一番奥で、観覧車だけが綺麗な光を点していた。

 ―――それはとても幻想的で、とても悲しい情景だった。

 俺は引き付けられるように観覧車に向かって歩いた。何かを思い出せそうな気がした。


 観覧車に近づくにつれ、か細い声が聞こえてくる。

 『出して、たすけて.........』

 ――――ああ、そうだったね

キラキラした光の中で、彼女が待っている。

 俺は観覧車に乗り込んだ。

向かいの席には彼女がいる。俺を見ている。

 「ずっとずーっと待ってたのよ?裕司ったら全然来てくれないんだもの」

 頬を膨らませて彼女が言う。怒っているような気は全くしない、いつも通りの様子。俺は何も言うことができずに、彼女を見つめる。

 ――――君はずっと、ここで俺を待っていたのか

その孤独と不安を考えると堪らなくなり、俺は彼女を抱き締めた。

 俺の腕には、感覚が、なく。

 「もう、裕司は寂しがりなんだから」

抱き返してくれる彼女の手も、感覚がない。




 ―――――君はずっと前に死んでしまっていたんだね


数年前、デートで来た遊園地。ジェットコースターの事故で君は亡くなった。安全バーと座席の間に体を挟まれたまま。痛ましい記憶と共に思い出す。その時も君は『最後に観覧車に乗ろう』、と。

その事故のすぐ後、裏野ドリームランドは廃園。

 最近友人から聞いた遊園地の噂。観覧車から『出して......』と声が聞こえるという、あの。噂の場所は、くしくも彼女が亡くなったあの遊園地。




思い出したよ。全部。


 ――――俺は、君に会うためにここに来たんだ




 「ごめんな、ずっと気付けなくて」

 「いいんだよ。裕司は悪くないもの。私は、裕司が来てくれた、それだけで嬉しい」

彼女がふわりと笑う。眩しいくらいに、優しい笑顔。

 どうして俺は、気付いてやれなかったんだろう。ずっと探していたはずなのに。

「やっぱり、夜の観覧車はとっても綺麗ね。裕司と一緒に見れて、よかった」

吐息のように彼女が呟く。もうすぐ、観覧車が一周する。


 綺麗な夜景と、嬉しそうな彼女の横顔。



 俺達の乗ったゴンドラが下に着くと、観覧車は電池が切れるようにゆっくりと止まった。瞬きながら電球が切れていく。

 それはまるで、夢の終わりにも似ていた。

 彼女はいつも通り優しく微笑んでいる。

何か言わなければと思うのに、言葉が出てこない。

頬を涙が伝った。彼女に、手を伸ばす。


 辺りが真っ暗になる頃、彼女の姿も消えていた。

あるのは、ただ俺一人。

 伸ばした手は、何にも触れることができなかった。

 観覧車から降りてアトラクションを振り返ると、そこにあるのは錆び付きぼろぼろになった鉄の塊。


 真っ暗な遊園地は、とうの昔に廃園している。

 彼女はここでずっと俺を待っていた。誰もいない風化した夢の中で、こんな頼りない恋人のことを。


 頼りなく揺れる勝手口の扉から外に出ると、()だるような熱気に包まれた。

 彼女のいない、現実の世界。残酷なまでに暑く苦しく、俺の心を溶かしていくような――――。



 遊園地の中にいた、彼女の幻影。それはとても冷たく、俺の心の中にある。きっと俺は、いつまでもあの夜景を忘れない。忘れたくない。



 町へと帰る舗装されていない道路を下っていく。遊園地を後にする。


 様々な噂のある、裏野ドリームランド。その一つに、観覧車から聞こえる声がある。
 きっと、今後聞こえることはないだろう。彼女は、もうこの遊園地にはいないだろうから。
これはホラーではない気もしますが......。

SF(少し不思議)な話として

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