おれにも畑を耕させてくれ!
おれは案山子だ。少なくとも数十年は生きている。案山子が生きているって変じゃないかって?おれもそう思う。だがある日、気がつくと意識を持っていた。動けないおれのところにたまに来る、透明でよくわからないものに尋ねたところ、おれのような物のことを付喪神と言うんだそうだ。
だが付喪神になって意識を得たとしてもやることは変わらない。おれは一日24時間、来る日も来る日も畑を守り続けた。案山子だから眠ることもない、休む必要もない。冬はおもいっきり退屈だったが、やがて来る春を思いつつ、じっと立ち続けた。
畑の持ち主達はおれをとても大事にしてくれた。大風で倒れればすぐに元に戻し、どこかが壊れれば綺麗に修理してくれた。それに応えておれは畑にやって来る鳥や獣を排除した。おれが威嚇すると大概のやつは驚いて去って行くのだ。きっとそれが付喪神としてのおれの能力なんだろう。代わり映えのしない毎日に少々うんざりしながらも、おれは案山子としての仕事を黙々とこなした。
だが見ているうちにこんな気持が芽生えた。おれもこの畑を耕したい。お世話をしたい。
畑の持ち主はすぐ隣に田んぼを持っており、畑の世話は田んぼの次だ。世話の仕方は雑とは言わないが、どうしても手を抜いて見える。もう何十年も畑を見てきており世話の仕方は完全にわかっている。おれならもっと上手くやれるのに。そう思うと居ても立ってもいられなかった。
その気持は年々強くなる一方だった。
そしてある年、畑の持ち主の家長が病に倒れた。田んぼのほうはなんとか残った家族で世話を継続しているものの、畑のほうの世話が段々おざなりになる。
これはいけない。おれが丹精込めて見守ってきた畑が荒れ果ててしまう。
その日の夜、おれは計画を実行に移した。24時間畑を監視する必要から、おれの目は夜でも問題なく見える。自分でもこの雑な作りの顔のどこが目かはよくはわからないが、とにかく夜目がきくんだ。
慎重に体を地面から引き抜く。倒れてしまって作物を傷つけては元も子もない。
ゆっくりと体のバランスを取る。大丈夫だ。立てる。
周りを見回す。まずは雑草取りだ。
体に巻きつけてあった縄を一本操って雑草を引き抜いていく。最初は上手く操れなかった。だが、少しずつコツをつかんでいく。
足元から順番に、ゆっくりと畑をたどって雑草を始末していく。地道な作業だが、数十年畑を見守り続けた忍耐力は伊達じゃない。それにようやく念願がかなって畑の世話ができるのだ。こんなに楽しいことはない。
夜明けが近いことを感じ取り、おれは元の場所に戻った。まだ全部は出来なかったが、今日のところはこれでいい。明日また続きをやろう。もしかして畑の持ち主が戻ってくるかもしれないし。
だが畑の世話は次の日もまた次の日もお座なりだった。そして夜になるとせっせと世話を続けた。雑草を抜き、水と肥料を必要に応じて足していく。この辺りはそろそろ収穫時期ではなかろうか?だが勝手にやってばれるのもまずい。
だがある日、田んぼの世話にも誰も出てこないことに気がついた。夜中にこっそりと畑の持ち主の家を見に行く。どうやら大人たちが全員倒れたらしい。子供たちだけで右往左往していた。
いいだろう。おれに全て任せておけ!
その日の夜のうちに畑の収穫を済ませた。収穫した作物は畑の持ち主の家の前に積み上げておいた。
田んぼの世話もやった。こっちは遠くから見ていただけだったが、だいたいのことは分かる。どの道、収穫時期が近くなっているから雑草を抜くくらいしかすることはない。
収穫を終えた畑はきちんと整備し、畑の持ち主の納屋で見つけた種を蒔いた。いつ、何を蒔くかはもちろん完璧に把握している。これから冬に向かうからそれほどの数はないんだけれども。
田んぼの収穫もやった。この時期になると、縄を数本、触手のように器用に操れるようになっており、鎌を何本も振るい、ざくざくと稲を刈っていく。
全ての収穫を終え、千歯こきを使い脱穀まで行なった。
楽しい。すごく楽しいぞ!
全ての仕事を終え、おれは元の場所に戻った。最近ちょっと調子に乗りすぎただろうか。体が疲れ気味だ。だがここまでやれば当分は大丈夫だろう。
数日後、畑の持ち主が田んぼにあらわれた。どうやら病は無事治ったらしい。それを見ておれは安心した。もう田んぼは大丈夫だ。今年は既におれが全部やっちゃったけど。
だがそれは甘い考えだった。心を入れ替えた畑の持ち主は、畑の世話もきちんとやりだしたのだ。
おい、馬鹿やめろ。おれの仕事を残しておけよ!
だが希望は叶えられることはなく、畑の持ち主は畑の世話をきちんとやり続け、おれはまた案山子としての本分に戻るしかなかった。
わずか1カ月余りの短い時間であったが、とても楽しかった。また、こいつら倒れてくれないだろうかと思いつつ、案山子はひたすら大事な大事な畑を見守り続けるのだった。