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* 2008-02-25 / 本文全改訂しました。
なれのはて
作:羅幻徒


 汚れたまな板をぼんやりと見下ろしていると、背後で僅かに床の軋む音が聞こえてきた。
 それまで聞こえていたテレビの音がいつの間にか消えており、私は、もうそんな時間かと壁掛け時計を見上げた。夫が仕事に出かける時間だと認めた視線の端を、当の夫の姿がかすめて行く。
 慌てるでもなく後を追うと、夫はキッチンテーブルの上に置いてあったはずの弁当を片手に革靴を履いているところだった。踵の内側が磨り減るほどに履き潰された靴。もう全体的に古びれているために、却って靴べらを使わなくてはすんなり履けないほどに皮革がよじれている。この間、新しい靴を買った来てあげたじゃない。そう云おうとした私を振り返りもせず、夫は靴べらを下駄箱に取り付けたフックに引っ掛けて、玄関を出て行ってしまった。
 閉ざされた扉をしばらく眺めた私は、背を屈めて下駄箱を開けた。そこには真新しい箱が置かれていて、中には夫のサイズの革靴が買ったときのままで収まっている。
 ため息を漏らしながら下駄箱を閉めて、キッチンへと戻る。まな板の上に並んだ弁当箱に入り切らなかったおかずを小皿に移し、茶碗にご飯を盛る。昨夜の残りのお味噌汁を温め直してお椀によそい、キッチンテーブルの上に並べると、私はそれらを機械的に食べ始めた。
 夫は、朝食を摂らない。時間がない訳ではないけれど、いつの間にか朝食を食べずに出かけるようになってしまった。結婚当初は、絵に描いたような食事を用意していた。夫はそれを、まるでドラマの食事だと云いながら食べていたのに、いつのまにか朝の食卓から姿を消していた。寝坊して食事を摂らない息子を叱っていたのは、一体いつのことだっただろう。
 味噌の味が飛んでしまったお味噌汁に口をつけながら、私は向かいの、テーブルの下に収まったままのイスの背もたれを見つめていた。


 去年までは、この光景の中に息子がいた。夫との間にできた一人息子。
 目許が夫似の息子は、勉強は嫌いだけれどスポーツは得意な子供だった。小学校と中学校では市の運営するサッカーチームに所属して、日が暮れるまでボールを蹴っていた。高校入学と同時にサッカー部へ。中学時代の活躍を顧問の先生に認められていたお陰で、一年生の時からレギュラーだった。大会でもそれなりの活躍をできていたようで、遠征旅行もかなり頻繁に行われていたし、二年生になると大学から推薦の話しが来るようにもなっていた。夫も、よくそのことを話していた。子育ては私任せにしていたくせに、もしかしたらプロのチームに行くこともできるかも知れないぞ、なんてことまで云っていた。いつぞやなど、何処で見つけてきたのか社会人チームのスカウトだというを男を連れてきたことすらあった。
 そんな息子は、しかし、高校を卒業した途端に家を出てしまった。今は隣街の印刷会社で働いている。高校卒業と共にサッカーも辞めてしまった。シューズもユニフォームも、トレーニング用のジャージでさえ、二階の息子の部屋に置き去りのままになっている。
 サッカーを続けることに反対したのは私だった。夢みたいな話しばかりしていないできちんと勉強しなさい、と云ったのは私だった。プロの道に行ける可能性があるのは判っていたけれど、確実な成功が望めない世界に息子を進ませたくはなかったのだ。息子は、どんなに苦しくても頑張るからと繰り返した。夫も、そんな息子を支えてやるべきだと反論した。だけど私は、どうしても納得できなかった。サッカーなんていつでもできると、そう思っていたからだ。
 その息子からの連絡は、三ヵ月前に途絶えたきり。もう仕送りは要らないと、そう云って寄越したのが最後だった。


 朝食を済ませて食器を片付けたあと、まずは掃除を済ませてしまおうかと、寝室へと足を運んだ。
 夫はいつも、寝室にあるクローゼットから自分でスーツを出して、着替えを済ませる。ただ、脱いだパジャマは脱いだままだし、スーツを出したクローゼットはいつも開けっ放しになっている。そのパジャマを洗濯機に放り込み、クローゼットを閉じるのがいつもの掃除の第一段階。
 脱いだままになっているパジャマを片手に、開け放したままのクローゼットのドアへと手をかけると、並んだスーツの一着が僅かにねじれているのが見えた。今日着て行くスーツを取り出したときに、そのスーツがまとわり付いて来たのだろう。手を差し入れて、ねじれを整える。
 ドアを閉めようとしたとき、クローゼットの奥の方に視線が止まった。改めてドアを開けると、幾枚ものビニール袋に朝日が反射した。ビニール袋は、クリーニング屋に出したときの物で、見ると、クローゼットの中の半分のスーツが覆われたままになっていた。
 夫の保守的な性格を反映してか、スーツはどれも似たり寄ったりの色合いだ。しかし、以前は一着一着を長持ちさせようと、多くのスーツを満遍なく気回していた。その中から何着かずつを一週間ごとにクリーニングに出し、普段はホームクリーニングで済ませていた。埃を払い、汚れを落とし、部屋干しして、クローゼットにしまう。夫に任せておくとローテーションがうまくいかないからと、いつも私が着て行くスーツを選んで、クローゼットの外に出しておいた。
 その習慣がなくなったのは、いつだっただろう。いつものように掃除に来ると、私が取り出しておいたスーツがそのままになっていた。夫は自分で、別のスーツを取り出して着て行ったのだ。スーツのポケットには、ハンカチもティッシュもきちんと入れて置いたのに。以来、夫は自分でスーツを出すようになり、私もスーツを用意しなくなっていった。 奥の方のスーツに付いているクリーニングのタグを見た。そのタグには、ボールペンで半年も前の日付が書かれていた。

 そう云えば、夫とまともに話しをしたのはいつだったか。
 息子がいたときは、それでも会話があった気がする。だけど二人、面と向かって話し合ったのはいつだっただろう。
 もしかしたら、通り過ぎる他人よりも言葉を交わしていないかも知れない。


 結婚前、夫は親との同居を望んでいた。長男として当たり前の務めだといい、しかし、私は反対した。同居をすれば甘えが出るだろう。まずは、自分達の力で家庭を作りたい。私はそう云って夫を説得した。その実は、義親に新婚生活を邪魔され、その後の生活に干渉されたくなかっただけ。
 そうして一つの妥協を許した夫は、私に尽く妥協し続けた。息子が産まれた直後に一戸建てを購入し、毎月ぎりぎりの生活を送っていた。そのために、長年労わってきたとはいえ、年式が古くなって修理に出す回数の増えてきた車を手放さざるを得なくなった。息子を銘のある学校に入れるために更に切り詰め、そうして塾にも通わせた。そんな金銭的負担が決して少ないとは云えない生活に、それでも私が専業主婦を続けたのは、息子に「お帰り」の一言を云うためだった。
 私は、いわゆる"鍵っ子"で子供時代を過ごしていた。学校が終わっても、家には誰もいなかった。クラスメートや近所の子の家には「お帰り」と云ってくれる母親がいたのに、私の母は朝から夜遅くまで働きに出ていたのだ。お陰で私は、他の子供よりも料理を器用に作ることができたし、もしかしたら、掃除や洗濯は母より数をこなしていたかも知れない。授業参観や運動会すら、なかなか都合を付けて貰えなかったことを覚えている。
 そのことを寂しく感じたことはない。むしろ、いないのが当たり前のような気さえしていた。ただ、母親という存在が私にとって遠いものだったことが空しかっただけ。そんな空しさを、息子には味わわせたくなかった。
 私は、誰もが当たり前に持っている"幸せな家庭"を作りたかったのだ。


 クローゼットのドアを閉めて身を翻した途端、足元で硬いものの落ちた音が響いた。慌てて俯くと、サイドテーブルに置いておいたはずのフォトフレームが落ちている。
 息子が小学校の図工の時間に作った物だ。紙粘土で作った枠に、星の形に切った色紙を貼ったり、船や魚の形をこしらえた粘土で飾り付け、絵の具で色を付けた上にニスを塗って仕上げた物。ランドセルから誇らしげな顔をして取り出した姿が、今でも鮮やかに思い出せる。
 取り上げると、枠の隅に付いていた魚の尾の部分や、船の本体部分が割れていることに気が付いた。落ちた衝撃で壊れてしまったのだろう。見ると、欠片がそこここに点々と散らばっていた。
 その欠片を拾い集めながら、フレームに収められた写真を見つめた。家族三人で海水浴に行ったときのもので、息子がこのフレームのために選び出した一枚だった。真っ黒に日焼けした息子と、髪を少し長めにしていた夫。そして、今よりもほっそりとした体型の私。どれも夏の陽射しに負けないほどの、明るい笑顔を見せている。幸せな家庭の典型のような私達。
 拾い上げた欠片をその写真の上に乗せる。接着剤はあっただろうかと考えていると、不意に目頭が熱くなった。


 五年前に舅が死に、二年前に姑が後を追うように亡くなった。それが、夫との会話が途絶えたときだったかも知れない。
 同居するときのためにと用意したはずの和室は、結局、殆ど使われることなく物置と化してしまった。息子の部屋でさえ、いつ戻るとも判らない主人を待ち詫びている状態だ。残ったのは、夫の背中しか見えない空間だけ。
 手には、砕けたフォトフレーム。
 零れ落ちた涙に、強く感じた。これが、私の求めたもののなれのはてだ……と。


ご意見・ご感想など、遺憾なくいただければコレ幸い。













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