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滅びの王 下巻
作:P琢磨



6頁  葛生鷹定の書3 ――『赤い風』――


 ……〈風の便(たよ)り〉が返ってこない。
 俺は爾生(じしょう)の背に乗りながら〈風の便り〉を練磨(れんま)に送ったのだが、……中々返ってこない。
 空は完全に青々と晴れ渡り、朝を通り越して(じき)に昼になるだろうという頃合いになっていた。朝には、まだ練磨と連絡が取り合えていたが、……『王都へ向かう』という返信が来て以来、何も返ってこなくなった。
 冷静に考えれば、移動で疲れた練磨が寝てしまったとも考えられるし、単に〈風の便り〉を返すのが面倒になったか、気づいていないか……相変わらず、都合のいい考えしか浮かばない。そんな希望的観測をしていて、ためになった事など無いと言うのに。
「……私にも返ってきてないわ」
 鈴懸(すずかけ)麗子(れいこ)もそうらしい。彼女が嘘をいているという考えだって思いつかない訳じゃないが、今ここで練磨と秘密の通信が在ったとしても、それが何の意味も成さないと分かっている。第一、俺が言うのも何だが、練磨はそんな事をしない奴だと、俺は信じている。
 それに……今は、今だけは、彼女を信じるつもりでいる。彼女は、練磨の居場所を知る唯一の人物なのだから。それがどれだけ愚かな事かも、承知の上だ。(もと)より、選べる手段など初めから多くなかった。
「……《救いの勇者》に、間儀家(まぎけ)……」
 最悪の取り合わせだな、と思わずにいられない。どちらも《滅びの王》と言う名を聴いただけで殺人を犯せる程の、絶対正義の名の下に動ける人物だ。仮に《滅びの王》として普通の人間を誤って殺してしまっても、正当性を得られるのだから、性質(タチ)が悪い。
 今こうしている間にも、練磨は殺害されていてもおかしくない。
「そろそろ、追いつくはずよ」
 町を通り越して街道沿いに飛び続けていれば、やがて王都が見えてくるだろう。この速度を維持できれば、今日の夜半には王都入りが可能だ。
 俺は伽雅丸(かがまる)を肩に掛けて、下界に視線を投じた。
 ……何の変哲(へんてつ)も無い世界がそこに広がっている。今現在、この近くに脅威と目される人物がいる事を誰も気づいてない様子だ。……それでいい。脅威を知れば、それだけで民衆と言うものは混乱する。得体の知れないものは、それだけで安易に恐怖に(つな)がるものだ。
「――見えたわ!」
 俺の視界でも捉えた影は、――三つ。
 一人は、自分の身長程も在るんじゃないかと思える長刀を(たずさ)えた少年。一人は僧侶(そうりょ)のようで、長刀の少年と同い年に見える(つえ)を持った少女。最後に、少年の姿に擬人化(ぎじんか)した走平虎(そうへいこ)。合計三人が車座(くるまざ)になって空を見上げていた。見上げていた……と言うか、爾生が近付いたから見上げた、と言うべきか。
 爾生がゆっくりと降下し、地面間際に近付くと、俺は自主的に飛び降りた。雪花(せっか)、鈴懸麗子もそれに続く。
「……練磨はどうした?」
 三人の中に、練磨の姿が無いのは、上空で見て取れていた。それでも聴いたのは、彼らしか知り得ないからだ。
 杖を持った僧侶然とした少女が俺を見上げて、(すが)るような眼をする。それが、最悪の事態を連想させる。
「……何が()った?」
()(さら)われた」
 応えたのは長刀を持つ少年――恐らく《救いの勇者》だろう――だった。
 大凡(おおよそ)そこに感情がこもっていない。ただ事実として述べたに過ぎない、と言った様相を(てい)していた。
 それが、――何故(なぜ)(ひど)(かん)(さわ)る。
「何をしていたんだ、きみは?」
「戦ってた。……逃げられたけどな」
 誰と、と聴くべきなんだろうが、とても聴く気にはならなかった。現実として、練磨が攫われた事実だけが(わだかま)って、色々と気になる事も在るのだが――どれもこれも、分からない事だらけだ。
 人に逢ったら、まずは疑え。嫌でもそんな気にさせられる。
「……練磨、すぐに戻ってくるって言ってたんだよぅ」
 僧侶然とした少女が、小さな声で(つぶや)きを()らした。
 彼女が恐らく、間儀家――《悪滅罪罰(あくめつざいばつ)》の末裔(まつえい)なのだろう。それにしても……若い。こんなうら若い女の子が、《滅びの王》を滅そうとしているなどと、誰が思うだろうか。普通は考えまい。
「……どこに行ったかも、分からないのか?」
「――知らねーよ、ンな事。それに、分かってたら何らかの行動に移してると思わねーか?」
 それもそうだ、と言う思いも確かに在ったが、こんな状況にした少年が、妙に許せない。
 ……もう俺にはどうしようもない所まで練磨が行ってしまったみたいで……帰って来る事が二度と無いような気がして、俺はもどかしい、やるせない気分になって、頭をガリガリと()(むし)った。
禿()げるぞ、おっさん」
「……俺は葛生(かさい)鷹定(たかさだ)。おっさん呼ばわりは止めてくれないか」
 そんなに歳を食ったつもりは無いからな。
 そう告げると、少年が「あーナルホド」と手を打った。
「あんたがヤサイか。よろしく、オレは矛槍(むやり)玲穏(れおん)。んでこっちが……」
「間儀、崇華(すうか)ですぅ……この子は走平虎の湖太郎(こたろう)くんですぅ」
「よろしくです」
「……よろしく」
 場がもう少し(なご)んでいれば、俺でもきっと(ほお)(ゆる)ませられたと思う、自己紹介。
 それでも今は、少しでも練磨の情報が欲しい。彼が今、どこへ行って、何をやらされようとしているのか。事と次第によっては、土栗(つちくり)での一件を、そこでも再現せねばなるまい。
「聴きたいんだが……練磨は誰に攫われたんだ?」
 せめて、王国軍や共和国軍の下っ端だとか、傭兵の組合……【三つ矛の剣士団】の一員だとか、それだけでも分かれば、(おの)ずと向かうべき場所も出て来るのだが……
「わたしの知らない人だったよぅ……? ミャリは、面識が在ったみたいだけど……?」
「あー、あいつな。黒イチゴっつーんだけどよ」
黒一(くろいち)さんって名乗ってたよう!」
 ……聴き覚えの無い名だ。
「――禍谷(まがや)黒一、の事かしら?」
 思わぬ所から声がして、俺達の視線が鈴懸麗子に(そそ)がれる。
「知ってるのか?」と俺が即座に尋ねる。
「名前はね。……大戦争時に暗躍したとされる、奇術師よ。ただ、当時の彼はどこの組織にも()いていない、無所属の人間だったの。あの頃の共和国と同じだった訳」
「大戦争時の人間か……とすれば、目的は帝国復興か、もしくは王国滅亡、二つしか考えられんな」
 大戦争とは、ちょうど二十年前に大陸全体を巻き込んだ、王国と帝国の戦争の事である。確か帝国側が突如(とつじょ)として武装蜂起(ほうき)し、王国側に攻め込んだ事が発端だったはずだ。その頃の俺はまだ幼かったが、ぼんやりと憶えている。あの頃は、地獄だったと言う事を。
「共和国を攻め滅ぼそうとしてるのかも知れねーんじゃねえか?」
 俺の考えにもう一つ案を付け足して来たのは、矛槍玲穏だった。座ってるのも面倒なのか、草原に寝転がって俺を見上げている。
「……どうしてそう思う?」
「確か、その頃の共和国は完全な傍観を決め込んだんだろ? 黒イチゴが帝国側の人間だったと仮定するなら、共闘、んでもって最後には援助を()ったにも(かかわ)らず、共和国は何の反応も示さなかったんだ、明確な拒絶を感じた帝国が逆恨みしちまう事だって、充分あり得るんじゃねーかなーと思って」
 矛槍玲穏の言ってる事は、確かに考えられる。
 ただ、何故彼がそんな事を知ってるのか、それが気掛かりだった。
「オレ、共和国の人間なんだよ」
 言いながら、欠伸(あくび)を浮かべる矛槍。
 共和国の生まれだから、二十年前に行われた大戦争の時に共和国がどんな行動を取ったのか、それを知る事ができたらしい。それを知った矛槍は、何だかやるせない気持ちになったと言った。
「戦争に参加しなかった事を(とが)めるつもりはねーよ、オレだって。そんなの、結局戦争の火種を大きくするだけだからな。……そうじゃなくて、戦争を止める努力をしなかった共和国が、何だか嫌いになった。だからこうして、また戦争の火種に成り得る力を持ってる《滅びの王》とやらを拝みに来た訳だ。結局、どっかに行っちまったけどな」
「……責任を問うつもりは無いよ」
 練磨が連れられて行ったのは、元はと言えば自分のせいだ。一昨日のあの時、俺は練磨を引っ張ってでも旅籠(はたご)を脱出すべきだったのだ。そうすれば、こんなややこしい事件に絡まれずに済んだ。……俺の注意力の落ち度に、少し落胆する。
 四人の人間と、三匹の擬人獣(ぎじんじゅう)の車座は、妙に静かになった。
「……取り敢えず、練磨を連れ去った奴の居場所が知れない以上、行動の仕様が無い事は確かだな」
 要点を摘まみ上げて呟くと、三人とも似たような表情を浮かべた。
 皆が皆、自分のせいだと悔いているような顔をしている。……きっと、俺もその一人だろう。
「話に関係ねーけど、一つ、いいか?」
 一人だけ平常心のままらしい矛槍が、俺を見つめて指を一本立てた。
 俺は振り向き、「何だ」と短く返した。
「《滅びの王》を使って、何するつもりなんだ、あんた?」
「……」
 練磨が話したのだろうか。……今になっては、それを責める事すらできないが。
 それに……練磨が《滅びの王》だとしたら、(いず)れは話さなければならない事でもあった。
 だがそれでも、誰かに話すつもりは無かった。これは俺の問題であり、他人を巻き込んでまで済まそうとするべきじゃない。
 俺は首を振った。
「……言えない」
「王都に何が在るんだ? それとも、――あんたも王国を滅ぼそうと考える、帝国派なのか?」
 そう思われても仕方ない、としか言いようが無い。
 (むし)ろ、そう思われていた方が好都合かも知れない。……そういう、それらしい理由を提示しておけば、無理に話を聴こうとしなくなるだろう。……だが、(いく)ら《滅びの王》に群がった連中とは言え、嘘は吐きたくなかった。
 それは、――小さい頃から叩き込まれた武士道精神が、俺の意志に反してそうさせるのかも知れない。
「……何れ分かるだろう。それより今は、練磨を探しに――」
 言葉が唐突に途切れたからだろう、三人とも不思議そうな顔をして俺を見つめている。
「……どうしたの?」
 鈴懸が尋ねたのが、一瞬、聴こえなかった。
 眼前に現れた――〈風の便り〉。自分に届いた〈風の便り〉が、他の誰かに見られる事は無い。本人しか気づけないような仕組みになっているからだ。……練磨の〈風の便り〉に気づけた咲希(さき)は特別だ。
 俺は、――凍りついた。
「嘘……」
 間儀崇華の声が聴こえて、俺は(うつ)ろになりつつある瞳を、そちらに向けた。
 間儀崇華の顔が、生気を無くして青褪(あおざ)めていた。
「……まさか」
 鈴懸麗子が口に手を当てて、瞠目(どうもく)している。……きっと、俺と間儀の顔色を見て、その意味を察したのだろう。そしてそれは、……認めたくなかったが、恐らく正解だ。
「……どうしたんだー? メンマから〈風の便り〉でも来たのかー?」
 一人、場の空気を読めていない少年の声を聴きつつ、俺は項垂(うなだ)れるように(うなず)いた。
「……練磨が、死んだ」












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