5頁 神門練磨の書12 ――『生きたい』――
「――〈還元せよ〉」
唱えると〈附石〉が輝き出し、……光が収まると、ただの石がそこに在った。
ここからじゃよく見えなかったけれど、……石に刻まれていた文字が消えているように見えた。
「これで、――〈附石〉じゃなくなりました♪ ただの〈器石〉です♪」
「あ? え? そ、んな……っ、てめ、ぇ……!」
「どうしました? きみは、この石を返してほしかったのでしょう? 今、返して差し上げますよ。ちゃぁんとね♪」
投げてよこされた石からは、やはり文字が消えてなくなっていた。
ただの〈器石〉に戻ってしまっていた。
「どうです? まだ、刃向かいますか? 僕は構いませんよ♪ 弱者を嬲るのは好きじゃないのですが、たまには日頃溜めている鬱憤を晴らすのもいいですしね♪ それもまた一興、という奴です♪」
……この〈附石〉は、あの青年を助けた時にもらったモノだ。それを……こんな簡単に失ってしまうのは、オレの中の何かが許さなかった。
しみったれた矜持か。
貧弱な正義か。
……何でもいい。オレの中のそういった感情が渦巻いて、神経系を全部焼き切ってしまう……!
憎しみ。怒り。憤り。……何でもいい爆発するのに理由なんて要らない。
あのバカを、殴らないと気が済まない。
殴らないと、オレはオレを認められない。
「……おや? どうしました? 練磨さん。戦意喪失、ですか? 僕はそれでも――」
「黙れ」
自分でも驚く程、冷静で低い声が出た。
……少し怖かった。自分が、自分でなくなってしまいそうで。オレが……オレ以外の何かに変わってしまいそうで。
「……そうですか♪ でも僕は黙りませんよ? 僕を黙らせてみてくださいよ、その――《滅びの王》様の力を以てして、ね♪」
「……」
応えてやるつもりなんて無い。ただ、殴ればそれで解決だ。
その時に、あのバカが死のうが逝こうが構わない。今の最優先事項は、あいつを一発、ぶん殴る事に在るのだから。
――気づけば、足が先に動き始めていた。体は後から付いて来る。拳が、自然と振り被られる。
「やれやれ。またごり押しですか。芸の無い方ですね♪」
「うおおぉおぉぉおああぁああぁぁああああぁぁあぁあ!」
ステッキが、見えない速度で振り被られる。
オレの体は追いつかない。また、頬を殴られる。今度は左頬。
オレの体が吹き飛ぶ。地面を滑って、また体も服も擦り傷だらけになる。
オレが起き上がる。今度こそ一撃見舞わせてやろうと黒一に向かって駆け出す。
黒一が面倒にステッキを振り直す。オレの側頭部が殴られる。視界で火花が散る。
オレは転がって、それでもまだ、オレは立ち上がる。
何度と無く繰り返される同じシーン。
何度だって殴られて、飛ばされて、倒れて、立ち上がり、駆け出して、――殴られる。
オレはいつからか、泣いていた。
自分の弱さに。自分の情けなさに。自分のどうしようもない不甲斐無さに!
「わああああああああああああ!」
どれだけ立ち上がっても、――殴られて。どれだけ起き上がっても、――飛ばされて。
……オレは泣いていた。悲しいんじゃない。自分に、呆れてるんだ。自分を、憐れんでるんだ。
いい加減、体が麻痺してきた頃、オレは地面に突っ伏して動かなくなっていた。
痛い……体のあちこちが悲鳴を上げて、もう動きたくないとストライキを起こしてる。……精神も、死に掛けていた。この男にはどうあっても敵わない。諦めろ。……そう、心の底で理性が叫んでる。砕かれた心は、中々修復されなくて、オレは苦しいままだった。
「ふぅ。一仕事でしたね。きみも、そんなになるまで頑張らなくても好かったのに。……僕も、一思いに殺すべきでしたかね? 大丈夫♪ 今、その努力に免じて、一撃で葬り去ってあげます♪ 練磨さんも、もう苦しみたくないでしょう? 楽になりたいでしょう? 任せてください♪ 僕の力を貸してあげますよ♪」
「……」
……言葉が、出ない。
オレは、こんな奴にやられるためにここまで来たんじゃない……
オレは、世界を滅ぼすために生まれてきたんじゃない……
オレが生まれた理由なんて、オレが決めてやる。
オレしか決められないんだ、誰にも決めさせてなんかやるか。
だから……こんな所で死ぬ訳にいかないって、言ってるだろ……!
「じゃあ、――さようなら、練磨さん。今度は地獄で逢いましょう♪」
頭に衝撃が走って、……何も考えられなくなった。
生きたい……それだけが、オレの口の中で反芻していた……
そこには闇しかなかった……
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