44頁 終わりの書 ――『The Last Lord』――
「おはよぅ、練磨っ♪」
「おーっす、崇華」
八月十日。今日の天候も、雲ひとつ見えない晴天。アスファルトの照り返しが、殺人的にキツい日だった。
オレと崇華は制服ではなく、私服のまま中学校への通学路を歩いていた。
昨日……つか、今日の未明も向こうの世界にいたのに、こうして現実の世界でも起きてるって感覚が、未だに掴めないんだよな。寝てるのに、もう一方の世界では起きてるんだから、やっぱり不思議な感覚だ。一日が余計に濃厚になった気がして仕方が無い。
「今日も暑いね〜」崇華が青空を仰いでポツリと呟く。
「ああ、そうだなぁ〜。もういっそ、太陽、休業しちまわねえかな」茹だるような暑さにグロッキーなオレ。
「ええ!? ダメだよ練磨、そんな事しちゃ! 太陽さんだって必死に皆をチリチリしてるのに!」慌てて抗弁する崇華。
「どんな太陽だそれッ!? 必死にチリチリしてどうするつもりなんだッ!? オレ達を焼死させる気かッ!?」そうだったら仰天のオレ。
「えとえと、……そしたら皆、トーストみたいにならない、かなっ?」
やっぱりパンなのか、こいつは……
人間がパンみたいに焼かれちまったら、生きていけねーだろーがよー、と突っ込みを入れつつ、山道のような通学路を歩き続ける。
「……でも、良かったよぅ」
「皆がトーストになる事がかッ!?」
「違うよぅ! ……練磨が、ちゃんと生きてた事っ」
崇華はオレを見上げて、ちょっと上目遣いに瞳を潤ませると、ニパッと可愛げのある優しい笑みを湛えた。
「葛生さんも、菖蒲ちゃんを助けられて良かったし♪」
「だよな。……でも、やっぱり忘れられねえな、アレは」
「練磨……」
オレが気にしてるのは、……空殻の死だ。
助けられたはずなんだ、あいつだって。あいつは死なずに、生きて罪を償うべきだった。絶対に。
なのに……あいつは死ぬ事によって逃げやがった。……現実から、そして、……自分からも。
もう二度と、あんな奴を死なせてなるものか! とか思ったりするけど、……そんな事が何度も起こる訳ねえとも思うし、もしかしたら!……って考える時もある。
向こうの世界ではミャリと崇華、そして湖太郎と、三人と一匹で旅をしてるけど、……これが平和と言うべきなのか分からないような感じで、問題ばっかり起こりやがる。
もしかしたら、オレはそういう体質なのかも知れないな、って最近、気づき始めた。
……って、やっぱり遅いよな、気づくの。
「練磨は全力を尽くしたんだもん、何も間違ってないよぅ!」
必死にオレを励まそうとする崇華の気持ちが、今のオレには嬉しくて、――ついつい抱き締めようとしてしまう。
けど、――練磨、おまえもいい加減に大人になるんだ! って自分に言い聴かせて、それだけは避けているつもり。……なんだけど、こいつ、実はわざと言ってないか? ……って、何をだよ。
「ありがとな、崇華」頭を撫で撫でしてやるオレ。
「えへへ〜♪」呑気に喜ぶ崇華。
言いつつ、……不意に思い出してしまう、ここ数日の出来事。
色んな事が遇った……一番初めが重要なんだけど、いきなり異世界に飛ばされた日は、今でも脳裏に焼き付いている。忘れようにも忘れられない……一種のトラウマだと思う。衝撃的過ぎて、理屈抜きで体が忘れようとしないんだ。
あの時、鷹定に出逢っていなければ、オレは今、恐らくここに立っている事なんてできなかったと思う。それだけ鷹定には助けられたし、仲間にも恵まれた。……こればっかりは、運命の神様に感謝してもしきれない。
そして、オレが《滅びの王》だと言われた事も……
「……結局、暦さんが間違えちまったんだよなぁ」
それとも、これからオレは世界を滅ぼしてしまうのだろうか?
生きている限り、オレはずっと《滅びの王》という名の重荷を背負っていかなければならない……
でも、それって結構楽しそうな気がするんだよなっ。
だって、何だかそれって、凄い気がするんだ。
「えとえと、それって練磨が《滅びの王》って事?」
「ああ。……暦さんは、オレが《滅びの王》だって断言してたし」
「じゃあじゃあ、……きっと、練磨は《滅びの王》なんだよぅ」
そりゃ分かってんだけどさ……
「世界を滅ぼすんじゃなくて、『世界を滅ぼす人』を滅ぼす王様なんだよぅ! だから、練磨は『世界の滅びを救う』王様なんだよぅ!」
妙な励ましの言葉を受けて、オレは思わず噴き出した。
「ははははっ! それって、何だかややこしいな」
「え、えへへ。……だって、練磨は世界を滅ぼさないんでしょぅ? なら、きっとそうなんだよぅ!」
……『世界の滅びを救う』王、か……それも、悪くないかなっ。
「そう言えばさ練磨。進路希望の紙は書けたのぅ?」
崇華がオレの顔色を窺いながら尋ねてきたのを見て、オレはちょっと恥ずかしかったけど、苦笑でごまかして応えた。
「ん? ああ、実はな……」
「……なぁ、神門。訊きたいんだが……おまえ、先生を辞職させたいのか?」
進路指導室に呼び出されたオレは、担当の先生に向かい合って、木製の生徒用の椅子に腰掛けていた。
やっぱり、不味かったかな、と思いつつ、でもそこだけは妥協したくなくて、オレは首を横に振ってから応えた。
「先生を辞めさせたいなんて思ってませんよ、オレは」
「じゃあ、……コレはどういう意味なんだ?」
進路希望の紙が突き返された。
オレはその欄を見て、ちょっと苦笑。
「そのまんまの意味なんですけど」
「……いいか、神門。先生もちょっと良心があるから言い辛いんだが……ゲームのやり過ぎには注意すべきだと思うんだ」
「ゲームの世界と現実を混同させてるつもりは無いっすよ」
「そこまで分かっていて……コレなのか?」
先生の真剣な眼差しを受けて、オレは小さく頷いた。
「コレだけは、譲りたくないです」
「……分かった。だけど、この用紙の提出は先延ばしにしよう。神門の考えが変わるかも知れんからな。先生はそれを期待して待っていよう」
きっと変わらないけどな、と口の中で呟く。
進路希望の紙を受け取ると、オレは立ち上がって、椅子に腰掛けたままの先生を見下ろした。
「でもオレ、やっぱりこれが一番だと思ったんすよ」
「……そうか。神門には神門の考えが在るだろう。……次の登校日を楽しみに待ってるぞ?」
「期待しても、きっと変わりませんって。オレは、」
――《滅びの王』になりたいんです。
世界を滅ぼさない、世界の滅びを救う《滅びの王》に、オレはなりたいと思ったんだ。
……一九九九年八月。
今年も暑く、……いつに無く平和だった。
そしてオレは、――『凄く』生きていた!
―――――――――【滅びの王】・・・【完】 |