42頁 神門練磨の書21 ――『《冥王》』――
「――これで《冥王》の復活は果たされる」
不意に背後から声が聴こえて振り返ると、――大勢の男女が入り口に集まっていた。
数えてみると、男が六人、女が三人の計九人の大人が集結していた。何れも、錫杖を手に、虚ろな瞳をしていた。――更によく見ると、生きているようには見えない連中が二・三人含まれていた。
そのリーダー格と思しき男には見覚えがあった。
「――荻沢……!」
空殻、そして室崎と一緒にパーティ会場にいた、冷えた感じのする瞳を持つ、体格のいい男だった。
オレを昏倒させた本人だった……!
「我ら空殻様にお仕えする者、空殻様が亡くなりし今、我らがその願いを果たそうぞ」
「てめえらも《冥王》を復活させて世界を滅ぼそうって奴らか!」
自然と怒鳴り込んでいた。もう、感情が上手くコントロールできない。
何で、何でこんな奴らばかりなんだよ……っ!
世界がどうしてそんなに憎いんだ……っ?
悪いのは世界じゃなくてオレ達の方だろッ?
「いかにも。貴様らは空殻様が認めた者。……見るがいい。彼こそ、――冥府の王」
言われた瞬間、――《和冥の門》から、すっごく嫌な空気が駆け抜け、辺りに散り始めた。
「――崇華っ」
具合が悪くなるような空気を、モロに受けた崇華が倒れ込んだので、今度はさっきと逆に、オレが崇華を抱き上げた。崇華の顔は明らかに血色が悪く、気分が悪いのは火を見るより明らかだった。
「だ、大丈夫だよぅ、練磨……」
「ンな訳在るか! ……どうなっちまうんだ、この後……《冥王》とかいうのが、復活しちまうのか?」
「えとえと、……分かんない。でも……この瘴気は間違いなく、冥府の物だよぅ……」
て事は、《冥王》じゃなくても、冥府関係者って事かよ……っ!
正直このまま逃げ出しちまいたいけど、そんな事したら、王国どころか、世界が滅ぼされちまうんだ……! そんなの、見過ごせないっ。
《滅びの王》の名に懸けて、オレは世界を救ってみせる……!
「さあ、今こそ我らに御身を御見せください、《冥王》……!」
荻沢が叫んだ、瞬間。
――《和冥の門》より一人の男が浮かび上がってきた。
上半身が裸に近い状態で、着ている物はゆったりとしたズボンだけという、十代後半の美男子だった。見えている裸体はほとんど筋肉で引き締まり、体格も文句の付け所が無く、スポーツマン的な肉体の持ち主だった。髪は漆黒で、短く切られていた。
背丈は鷹定と同じ程。そんな男が、ゆっくりと台の上に降下し、裸足で着地する。
「……あなたが……《冥王》?……」
「……」
男は応えず、ゆっくりと瞼を開いた。黄金色の瞳が、月夜に映えた。
「――其の方が喚び出したのか、余を」
「はい、そうです……!」少し高揚した感じで荻沢。
「ならば、――往け」
男が言った瞬間、――瞳から光条が走り、荻沢の胸を貫いた!
「…………え?」
突然の出来事に、荻沢は瞠目したまま固まり、ゆっくりと自分の胸に手を当てると、手に付いた赤い液体を見て、再び男へと視線を向け直した。
「な、にを……ッ?」
「余を喚び出した礼じゃ。嬉しかろう? 余の住まう世界へと往けるのだからのう」
男はそう応えて、荻沢へと歩いていく。裸足のために、一歩踏み出す度にペタペタと音が聴こえた。
「そ、んな……!……めい、お、うぅ……!」
「余の御前で見苦しいぞ。余が往けと言ったら往くがいい」
倒れ込みそうになっていた荻沢の頭を右手で鷲掴みにし、――何の躊躇いも無く握り潰した。
びちゃッ、と辺りに血やら液やらが飛び散ったが、背後に控えていた大人達は微動だにせず、潰した本人も然して不快な様子も無く、手に付いた肉の破片を払い落としていた。
想像以上に恐ろしい光景が広がった。
「おまえが……《冥王》なのか?……」
荻沢と同じオレの問いかけに、男は視線を向けて応えた。
「如何にも。して、其の方は何奴じゃ? 其の方も、余を喚び出した下郎の一人か?」
「違う! ……頼みがあるんだ、《冥王》さん。このまま……冥府に帰ってくれないか?」
《冥王》と自称する男は瞳を細め、オレを醒めた感じで見据えた。
「余を喚び出しておきながら、早々に帰れと吐かすか。……中々肝っ魂の据わった男よのう」
「頼む……!」
頭を下げて頼んでいると、――不意に虚ろな顔の大人達が動き出したっ。
全員が全員、錫杖を振り上げて、《冥王》へと飛び掛かる!
「やれやれ。余に矛先を向けるとは……熟々愚かよの」
《冥王》は深く嘆息すると、――掛かってきた大人達を、黄金色の瞳の視線で突き刺した!
刹那、大人達は動かなくなり、虫のようにバタバタと地面に落下し、倒れたまま動かなくなってしまった。
見た瞬間、悟る。大人達が一人残らず絶命している事に……
「……其の方らは、掛かって来ぬのか?」
《冥王》が見据える先には、オレ達しか残っていなかった。
「……鷹定くん、真面目に戦って勝てる相手じゃないって、分かってるわよね?」
「……死ぬと確定していて戦う程、俺も馬鹿じゃない」
麗子さんと鷹定が呟きを交わし、オレは崇華を抱き起こしたまま、《冥王》を見据えた。
「お願いだ、このまま冥府へと帰ってくれ……ッ」
「……ふむ。其の方らは此奴らとは別口かの。……まあ良い。還してくれるのであれば、早々に支度を整えるが良い。余も此の様な不浄の地に何時までも留まりたくないのでな」
「え……? いいのかっ?」
「良いも何も、余は其の方らに勝手に喚び出されたに過ぎぬ。還してくれるのであれば、其れに越した事はあるまい」
……と言うと、空殻は契約も何も、ただ単に《和冥の門》を開くためだけに《贄巫女》を行っていたって事なのか?
何はともあれ、たった今、《冥王》に関する情報を持っていた人物が皆、《冥王》自身によって殺害されてしまったのだけれど、どうしたものか。
「誰も存ぜぬと申すか」
冥王は呆れた感じでため息を零し、苛立ったように腕を組んだ。
このままだと、《冥王》はこの世に留まり続け、気分次第で世界を滅ぼしかねない。それだけは、絶対に避けねばならないのだけれど……っ、《冥王》を還す術を知らないオレ達には、これ以上どうしようもなかった。
「――やっぱり復活しちゃったのね」
「咲希っ?」
唐突に現れた妖精に、オレは驚きつつも声を掛けていた。
「おまえ、今までどこ行ってたんだよっ?」
「そんな事は、どーでもいいの! ……それで、《冥王》を冥府へ還す術を知らないのね?」
「あ、ああ。そうだけど……咲希はその方法を知ってるのか?」ちょっと期待を込めてオレ。
咲希はキョトンとオレを見返し、
「あんた、さっき一人で伽藍堂空殻を倒しちゃったじゃない」
「へ? あ、うん、まあ倒したけど……それで?」
「その方法を使えばいいだけの話よ」
は? へ? ふ? どういう事?
思わず回想してみるけど……オレのした事って言えば、〈附石〉を〈還元〉した……だけ……
……〈還元〉?
「……《冥王》の基礎構成は、二十人分の純潔な魂を封じた〈附石〉よ。それさえ〈還元〉できれば……《冥王》は、自然と冥府へ還るわ」
「マジでかッ!?」
つか、何でそんな事知ってるのおまえ!? って突っ込みたくなったけど、今はそんな時じゃないって分かってるから、暗黙の了解で通した。
「余を還す術を会得したか?」《冥王》が暇そうに腕を組んでオレを見据えている。
「あ、ああ。今、還してやるから、ちょっと待ってくれ!」
《冥王》の体に直接手を近付け、――念じた。
元に……、戻れ……っ!
さぁ―――っと、《冥王》の体が砂のように砕けて、粉末状になって消え始めた。
「もう二度と、余を喚び出すで無いぞ? 次こそ、余は不浄の世を滅ぼすやも知れぬでな」
「ああ、本当にすまねえ。……こんな事、もうさせねえよ」
「ふん、人間風情が約束を守れるものか。……最後だ。《滅びの王》よ、余に誓え。其の方こそが世を滅ぼすと」
それだけ告げると、冥王は消え去った。
「……それはできねえよ。たとえ《冥王》を敵に回しても、世界が認めなくても、――オレは絶対に、世界を滅ぼさねえよ……っ!」
オレは何も無くなった空間を見定めて、ちゃんとした意志を持って応える。
――『あくまで宿命に逆らうと吐かすか。精々、足掻くが良い。余は 何時までも冥府で待っていようぞ』
そんな声が聴こえた気がして、オレは少し驚き、
「……任せろ、冥府に逝くまで、……いや、逝っても世界を滅ぼさねえからな……!」
と、確かに約束した。
「おーい、終わったかぁ〜?」
「……あんたは何だってそんなに元気かね、全く……」
入り口からミャリと八宵が入ってきて、……ようやく収拾が付いた、というところだった。
長かった夢が、終わったような気がした。 |