4頁 神門練磨の書12 ――『生きたい』――
「ええ、そうさせていただきます♪」
青年は近寄ると、オレにステッキを当て、――瞬間、視界が一変した。
「ここは……?」
「町です。滅ぼされた、ね♪」
確かに、町と呼んでも差し支えないような場所ではあった。辺りには軒が連なり、商品も少なからず置いてある。だが――
「……誰も、いないぞ……?」
人っ子一人いない。無人の街。そう形容できる場所だった。全ての物が寂れ、棚に並んでいる物も、もう商品として成り立たない物がほとんどだった。灯りも無い。空には曇天が蔓延り、辺りに埃っぽい空気が蔓延している。
「いなくて当然ですよ。この町は滅んだのですから」
「滅んだ……?」
「その話はまた後日するとして、――練磨さん、あなたのお力を見せてください。そしたら、帰して差し上げますよ」
黒一は猫面越しにオレを見据えて、そんな事をほざいた。
「……あのさ、一ついいか? えっと……黒一さん?」
「ああ! 紹介が遅れましたね。僕は禍谷黒一と申します。以後、お見知り置きを……。因みに、呼び捨てで構いませんよ?」
「えっと、じゃあ黒一。オレの力なんだけど……オレも分かってないんだよ」
間が在った。
「ははは。中々笑えない冗談ですね♪ ……まあそれは予測済みでしたが。では、《滅びの王》様と知ったのは、何故なのでしょう?」
「……応える必要はねえよな? あんた、オレの力を知りたいって言ってただけだし」
「これは手厳しい! ナルホド、《滅びの王》様たる素質は在るみたいですね♪」
どんな素質だ……と思わず突っ込みたくなる。
それにしても、この黒一とかいう男でも、《滅びの王》の力は分からないのか。……まあ知ってる方が逆に胡散臭いけどな。でも、このままだと、オレは自分の力さえ知らずに殺されてしまうかも知れないんだ。そんなのは、やっぱり嫌だな。
黒一が頭を捻っているので、オレは興味本位で訊いてみた。
「オレの……《滅びの王》の力なんて知って、どうするんだ? どうせ殺しちまうんだろ?」
「ええ!? どなたがそんな物騒な事を?」
「あれ? 違うのか?」
拍子抜けって言うか、寧ろ変な気さえした。
黒一は猫の面の上から頬をポリポリと掻いて――無駄だろ、そこ掻いても――オレに視線を向けずに、言を返す。
「そうですねぇ……僕みたいな道化としては、そういう力は寧ろ重宝すべき物だと考えますがねぇ」
「重宝? いや、世界を滅ぼすような力を手に入れてどうするんだよ? ――あ」
そういう事か、とオレもようやくその思考に辿り着けた。
オレの――《滅びの王》としての力は、絶大だ。何せ、世界を滅ぼしてしまうだけの威力が在る。それを利用するのだ……使い道を考えれば、どんな事だってできてしまう。そして、それだけの力を一個人が手に入れたら……例えば、一国の王ならどうだろう? 戦争中の国家に在ったらどうなるだろう? ……考えるまでも無かった。答は容易だ。
抑止力には当然なるだろうが、それよりももっといい使い方が在る。――例えば戦争中の国家が敵国を瞬時に滅ぼす事だって、恐らく可能だ。《滅びの王》の力さえ手に入れば、世界を手中に治めたも同然なのだ。
だからこそどこの国も、いや世界中が《滅びの王》と言うレッテルを貼られた存在を是が非でも手に入れようと奔走している……それこそ、血眼になって探している事だろう。それだけの価値が、オレ――《滅びの王》には在るんだ。
「僕もその力に肖りたいですよ、ホント」
黒一はそう言って面越しにため息を漏らす。
……やっぱり、この世界でのオレは、ちょっとばかり優位に立ち過ぎだ。ある意味、オレは神なんだろう。世界の命運を、この体に宿しているのだから……神は神でも、疫病神かも知れないけれど。
それでも……オレは死ぬ訳にはいかないんだ。オレは生きて、尚且つこの世界を滅ぼさない。
それが自分に立てた誓い。忘れてはならない、誓い……
「……黒一でも、オレの力って何なのか分かんないのか?」
せめて、どうやって世界を滅ぼすのかさえ分かれば、それを使わないようにするとか、対応策も出て来るんだろうけど……今のままじゃ手の打ちようが無いんじゃないだろうか……?
黒一は小首を傾げて腕を組んで悩んでいたが、――不意に、白い礼服のようなピリッとした服の内ポケットから何かを取り出し始めた。
取り出した物は――一見、石のように見える。
「〈附石〉……ですか?」
「ええ。……ただ、コレで練磨さんのお力が分かるのかどうか、僕には分からないんだけどね♪ あくまで、確認のために持って来たのですが……仕方ないですね。使っちゃいましょう」
石――限りなく白色に近い乳白色の〈附石〉をオレに近付けて、澄んだ声で黒一が唱える。
「――汝、その御身に宿した力、我に映し見せ給え!」
唱えた瞬間――石が砕け散り、パラパラと地面に落下した。粉々になっていた。
「……〈見石〉が、それも相当浄化されていた物が破壊されるなんて……。やはり……僕みたいな道化には見せられない機構になっていましたか……」
「壊れちゃったぞ、コレ……?」
汚れた地面に落ちた、砕けてしまった石を見下ろしていると、仮面の奥から小さな吐息が漏れ出した。
「……ま、僕の物じゃないから、いっか♪ ――さて、と。練磨さん。本当にご自身のお力には気づかれてない?」
「何度も言わすな! 知らねえって言ってんだろ!」
「ふぅむ、困りましたね。僕としても何の土産も無く帰るのは忍びない。……そうだ、練磨さん。その〈附石〉、どこで手に入れましたか?」
「〈附石〉って……これの事か?」
オレが〈ぶっ飛ばし〉が附与された〈器石〉を見せると、黒一は大きく頷いた。
「それを、どこで手に入れましたか?」
「どこって……そんなの、言う必要は無いだろ?」
「う〜ん、秘密主義ですね〜。困ったなぁ。……あ。いっそ、ここで亡き者にしちゃいますか♪」
……何か、不穏な空気が漂い始めたぞ。
猫のお面が、やけに黒く見えて来た。
「な、何を言ってるんすか……!? よ、用件は済んだんですよね!? 早く帰してくださいよっ」ちょっと丁寧語を使い始めるオレ。
「《滅びの王》様には悪いけど、ここで消えちゃってもらえませんか? きみと言う存在が消え去るだけで、僕にはとっても都合がいいのです♪」黒い影を背後に、黒一。
「あんたの都合なんか知るかァァァァ!? ちょっ、マジで勘弁してくださいよ!? あんた、いい加減にしないと――!」
――握り締めた〈附石〉の硬さだけが、オレに自信を呼び戻してくれる。
何が何でも、ここで死ぬ訳にはいかないんだ! オレには……オレを、《滅びの王》を必要としてくれる人達がいるんだっ!
「僕を――殺しますか? その――〈ぶっ飛ばし〉の〈附石〉で? ……その心意気だけは、賛美の言葉を捧げましょう。ですが――些か、自意識が過剰ではございませんか?」
――黒一の姿が、今は禍々しく見えて仕方ない。きっと見間違いだろうけど、背丈が何倍も大きくなったように見える……!
黒いオーラを纏った黒一が、静かに歩み寄って来る。
「僕は命の搾取は得意分野じゃないんですが……仕方ありません。たまにはこういう手段を講じるのも、悪くないでしょうし♪」
「てめっ、人を何だと……!」
「人? ……これは失敬、きみは人だったのですか? てっきり僕は――《滅びの王》様かと」
……こいつは……
こいつは、オレが人だという事を、否定しやがった……!
「てめェエエえええぇぇっぇぇぇええええええ!」
気づくと、激情に任せて走り込んでいた。この拳を叩きつけるだけでいい。それだけで、このくそ野郎は――!
オレの拳が黒一の顔面に辿り着く前に、ステッキで腕を叩きつけられ、その衝撃で固く握り込んでいたはずの〈附石〉が、ポロリと手の内から零れ落ちた。
「っっつ!」
落ちてしまった〈附石〉を拾い上げる黒一は、一々ムカつくように、どこまでも優雅な空気を纏っていた。
「コレがきみに不要な自信を附与させていたのですね? 全く……〈附石〉とはよく言ったものです」
「返せェェェェ!」
もう、策もへったくれも無い! ただ、オレの武器が――オレの魂が、勇気が、意志が穢された気がして、もうマトモに頭が働いてくれなかった。許せる相手じゃなくなった!
ぶっ飛ばす! その思考だけで、オレは黒一に肉薄した。
黒一はあくまで突進して来るオレを優雅に見据え、仮面の下でため息を零す。
「ここまで短慮なお方だとは……仮にも『王』を名乗るのであれば、それに相応しい品格を持ち合わせていただきたかったですね」
残念そうに、あくまで自分に勝てないだろうと高を括って、オレを見上げるこの男が、どうしようもなく憎い!
そこには、――きっと殺意さえ芽生えていたんだろう。
苛立ち、怒り、憤り……あらゆる負の感情が宿って、オレの頭の中はグチャグチャにされたッ。
「うおおおぉおおぉおああぁぁあああぁあああぁあああ!」
――その時には、もう自我なんて無かったんだろう。ただ、――ムカつく男を殴ろうとしていた。が、その手が、……届かなかったのを、憶えている。
――ガきッ、と頬に衝撃が走って、オレは横滑りに倒れ込んだ。頬が、焼けるように痛くて、オレは即座に立ち上がる事ができなかった。痛くて、胸が苦しくて、泣きそうな感情が目元に込み上げてきて、……呻く事によって、どうやっても泣き喚かないように、必死に耐えた。
多分、ステッキで殴られたんだと思う。後から黒一のため息が聴こえてきた。
「……やれやれ。手が無くなったら単身で挑みかかるとはね。実力行使で今まで生き抜いてきたのですか、きみは? ……それとも、この〈附石〉に頼り過ぎていたのですか?」
「……返せよ……」
「これで『王』とは笑わせますね♪ きみみたいな人は、世界中に転がっていますよ? 自分が《滅びの王》様だと名乗っていらっしゃるおバカさんなんて、山ほどいます。きみも……その一人のようですね」
「返せ、つってんだろ……」
「さて、と。きみの自信の根源である〈ぶっ飛ばし〉の〈附石〉。そんなに返してほしいのですか?」
「返せよッ!!」
頬の痛みは治まってなかったけれど、もうそんなの関係ない。こいつは、絶対にぶっ飛ばす!
怒りが、オレの中で燃え盛っている。心が、砕けんばかりに叫んでる!
返せェッ!!
「――返してあげますよ、心配なさらずとも、ね?」
「うおおおぉおぉぉ――……え?」
黒一が〈附石〉を摘まんで、不意に――
「――〈還元せよ〉」
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