2頁 神門練磨の書12 ――『生きたい』――
「……そう言えば、言ってたよね? 王都に行くって」
宿屋の一室――オレとミャリが寝泊りした部屋で、ミャリと崇華、そしてオレの三人は車座になって向かい合っていた。
「ああ。鷹定が言ってたんだ。……でも、どうして向かっているのか、結局聴いてねえんだよな」
「王国を攻め滅ぼしてぇのかもな〜」
「……おまえ、それ冗談だよな?」
座ってる姿勢に疲れたのか、ミャリが寝転がりながら応える。
「他にメンマの力を使って何がしたいってんだよ、ヤサイは〜」
「葛生だから! いい加減、人の名前、覚えろよ! それとオレは練磨! れ・ん・ま!」
「《滅びの王》の力を使いたいって事は……えとえと、やっぱり罪悪感?」
「……もしかして、『悪代官』と言いたいのか?」
「それだよぅ! 練磨、よく分かったね? やっぱりすごいよぅ♪」
……そしてこいつは『頓珍漢』、と。
「鷹定が急いでたみたいだから、今すぐ王都に向かいたいんだけど……いいか?」
オレが二人に切り出すと、崇華がミャリに視線を向けた。オレも自然とそこに向かう。
「……まー、いいけど。カレーコやヤサイは待たなくていいのか?」
「カレーでも作る気かよ? ……できるだけ、時間のロスは避けた方がいいだろ? 今すぐ行こう!」
そう言って立ち上がると、ミャリは面倒そうな顔をするもオレに続き、崇華は喜んでお供せんと元気好く立ち上がる。
「ここから王都ってどれ位なんだ?」
宿屋の受付でミャリが支払いをしている間に、崇華に尋ねてみた。
崇華は顎に指を添えて小首を傾げる。
「湖太郎くんが頑張れば一日で着くと思うよ?」
「湖太郎? やっぱり、まだ仲間はいたんじゃねえか。どんな奴なんだ?」
「どんな奴って……えとえと」
「人じゃねえし」
ミャリが支払いを終えてオレの前に立ちはだかり、するりと身を躱して外へ出て行く。
「――おい、待てよっ」
追い縋ろうとしたけれど、異様に足の速いミャリに追いつけなくて、町の外まで来てしまった。
そこに、一人の少年が座り込んでいた。手には紙パックのジュース。
「おーい、湖太郎ー。走るぞー」
「……おいら、もう疲れたよぉ……」
「やっぱ仲間がいるじゃんか。ちゃんと人だし」
追いついてミャリの顔を覗き込むと、オレを不思議そうに見返してきた。
「こいつ……人に見えるか?」
「は……? いや、人以外の何に見えるってんだ?」
「あれ? あんさんは昨日乗せた……確か滅びのおっさん」
「王だ!」オレが子供にすかさず突っ込む。
「初めまして、って言うべきだよね? おいらは走平虎の湖太郎って言います!」
「そーへーこ? 何だそりゃ? ……って、崇華が前に言ってたような……」
オレが不思議そうな顔をして問い返すと、湖太郎の方が逆に不思議そうな顔をしてきた。
それを見て、崇華がニコニコとオレに向き、
「走平虎。『平野を走る虎』で、走平虎。わたし達を乗せてくれるトラさんなんだよぅ♪」
「トラ……?」
崇華の返答を聴いて、オレは再び湖太郎に視線を向け直す。……どっからどう見ても人間の子供にしか見えないけどな……
――そこでオレは気づいた。
「耳が……」
頭の横に在るはずの耳が、頭の上に付いていた。それも、猫のような耳が。
いや、話の流れ的には、虎の耳なんだろう、きっと。
虎耳は本物だと証明するように、ピクリと動いた。
「玲穏さん、この人、何か変な人ですね?」
「ん〜。まあ存在自体が不思議な奴だしな」ミャリがテキトーに。
「悪かったなっ」ちょっと拗ね気味にオレ。
「えーと、ちなみにあんさんの名前は……?」
走平虎の湖太郎が上目遣いにオレを見た。そう言えば名乗ってない事を思い出して、慌てて口にした。
「あっと、オレは神門練磨。よろしくな、湖太郎! ……で、いいよな?」
「あい! どうぞよろしく、練磨さん!」
中々気のいい奴だ、とオレは頬を綻ばせた。
「……で、どちらまで、でしょう?」
「王都へとんぼ返りだ。……できるよな、湖太郎?」
「へ〜い……」
明らかに疲れてますよ的な返事をすると、――その体が変化していき、骨格とか格好とか全然無視して、大きな水玉模様の虎に変化した。
「うわっ、虎になった!」
「だから走平虎だって言ってんだろー? 見て分かんなかったのかよ?」呆れ顔のミャリ。
「分かるかっ!」
大きな水玉模様の虎……その鼻先の方に歩み寄って、愛くるしい瞳を覗き込んでみる。
「……ほんとに、湖太郎なのか?」
「がう!」
「うおうっ! 噛まないでっ、噛まないでー!」
慌てて尻餅を着くと、オレの鼻先を舐めてくる虎。
やっぱり、湖太郎なんだろう。……虎に変身する子供か。やっぱりファンタジー……だな。
「ほら、乗れっ。時間がねーんだろ?」
「あ、――お、おう!」
先に乗り込んでいた崇華に手を貸してもらい、湖太郎の背中に乗せてもらう。……鷹定が飼ってる野渡狼の雪花の背中も気持ち好かったけど、湖太郎の背中も毛がフワフワしていて触り心地が好かった。やがて、のそっ、のそっ、と動き始め、それは助走だったのだろう、だだだっ、と地面を踏み鳴らして駆け出した!
「おお〜! 意外と速いんだな、走平虎ってのは」
雪花もかなりの速度で走ったけれど、それと変わらない位の速さを、湖太郎は出していた。風を切る感覚は、やっぱり何度味わっても楽しい。
「……走平虎ってね、本当はこうやって人を運ぶのが仕事じゃないんだよぅ」
「へぇ? でも、こんなに速いんなら、もしかして物を運ぶのが仕事なのか?」
「――戦争に使われるんだよ」
え?
先頭に乗るミャリの言葉が妙に冷たくて、オレは思わず問い返していた。
「本来、大人しい野生の走平虎は戦闘なんかしねえんだけど、戦争に賛成派のバカ共は、走平虎を調教して、戦闘用……戦争用に育て上げてんだよ。走平虎は力だけ見ると、充分に脅威だからな」
「……」
確かに、今の湖太郎に乗っていると、それだけの力は在りそうな気がする。……でも、それを戦争のために、戦争の道具として使われるという現実に、オレはちょっと、……否、かなり嫌な気分になった。
戦争なんて、起こらなければいいのに。でも、現実には戦争はどこの国に行っても在る。戦争に大きいも小さいも無くて、起こしたくも無いのに、得る物なんて何も無いのに、どうしても起こってしまう。それは、オレなんかが努力してどうなる問題でも無いけれど、それでも……やっぱり、悲しくなる。戦争を経験した事が無いオレが言っても欺瞞だと言われそうだけど。
でも……さっきの湖太郎を見たオレの思いは、戦争なんかに出て行ってもらいたくない、だった。湖太郎の外見が年下に見えるからか、それとも虎だけど人間の時の姿も見たからか、こんな子に戦争なんかさせたくないと思った。
「……湖太郎は、そんな事しないよな……?」
フワフワの背中を摩りながら呟くと、湖太郎の背中が震えたような気がした。
「しねーよ。……でも、何もしねえ奴が生きていけねえのは、世界の道理だろ? 戦う時は戦う。殺されそうになりゃ、抵抗の一つもする。むざむざバカに付き合って死ぬ程、こいつもバカじゃねーよ」
ミャリが眠そうに応えると、湖太郎が「がう!」と吼えた。……それが、妙に嬉しく感じられた。
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