19頁 神門練磨の書15 ――『滅びの王の力』――
「……バカ、な」
オレの背後で呻き声が聴こえ、――物が倒れる音が続いた。
音が聴こえなくなって、オレはようやくその場に腰を下ろせた。
「……なぁ、八宵」
「何さ?」
「できれば……そういう事をする時は、一声くれねえか……?」
背後に倒れている、首を斬られた大鬼を気配で察しながら、そう返した。
八宵は辛そうに起き上がって、快活そうに笑う。
「そんな事してたら、練磨がそいつになってるところだぜっ?」
「マジかよ……」
オレは振り返ると、完全に息の根を止められた蟹頃を見て、ちょっと罪悪感を懐いた。
でも、殺さなきゃオレが殺されてたかも知れないんだ、いつだって誰かを救えるなんて、そんな甘い事を言っていると、いつかのように、またオレが死んじまうかも知れないんだ。
認めたくないけど、オレが生きる事によって、こうして死んでく奴らだっているんだ。いい加減、それは受け入れていかないと……。
「……でも、これで一件落着だよなっ?」
オレは無理にでも明るくして八宵に尋ねた。そうしなければ、自分が色々なものに潰されてしまいそうな気がした。
八宵は小太刀に付着した血糊を振るって落とすと、鞘に戻しながらオレに気づいて見据えてきた。
「ああ、そうだね。……気が引けるけど、あの骸骨兵に報告しとけばいいんじゃないか?」
「そうする。これで、あいつらも気兼ねなく暮らしてけるだろ?」
「……」
八宵は応えなかったけれど、オレは気にせず駆け出した。
「――ほんまにやりよったんがい?」
骸骨兵の三与吉さん……つか、どの骸骨兵を見ても特徴が無さ過ぎて分からないんだけれど……が、驚いたような声を、カラカラと発した。この骨だけの体のどこに声帯が在るのか、今更疑問に思った。
「おう! これからは大鬼に悪さされないから、大丈夫だぜ!」
「そうが〜。ほんなら、気持ちだけでもお礼させてくんろ」
「んだんだ」
「ええっ? いいっていいって! 大鬼をぶっ潰せばそれで好かったんだろ、八宵?」
オレは振り返って尋ねると、八宵は小さく頷く。
「だからさ、お礼なんてそんな……。あ! これ、返しとくよっ」
「これは……〈附石〉でねえだか?」
三与吉さんは〈附石〉を受け取って、視線を〈附石〉からオレに向ける。
「ああ、それな、ちょっとあってさ……」
「おめえさん、《魔言使い》か何かかい? オラ達ゃ、これさ見るだ、うん十年振りだべなぁ?」
「んだんだ。がなり昔の戦争だっぺ」
「それじゃ、ごれをもらってくんろ」
〈附石〉を突き返され、オレは困った感じに受け取ってしまう。
「でもこれ……あんたらが守ってるモンなんだろ? 受け取れねえって!」
「気にするでねえだぁ。あの大鬼さぬっ殺してくれたお礼ださ」
「んだんだ。受け取ってぐれねえど、わしらが困っちゅうでの」
「……分かった。ありがとう! 大切にさせてもらうぜ!」
そう言って、オレは〈ぶっ飛ばし〉の〈附石〉を道具袋に納めた。
ふと、骸骨兵の一人(三与吉さんじゃない)が、八宵に向かって骨をコキコキ言わせながら歩み寄っていった。
「嬢ちゃんにも、何かお礼させてくれねえだか?」
「ウチに?」
「んだ。嬢ちゃんも、一緒に大鬼さ退治してくれただ、何かお礼ささせてくれっぺ」
「そんな事言われても……」
八宵が困り果てた顔をしている。……もしかしたら、相手が魔族だから、変に遠慮しているのかも知れない。
魔族って、きっとこの世界では敵扱いされて来たんだろう。そんな奴にいきなり「何かお礼させてくれ」なんて言われたら、誰だって惑うに決まってる。
でも、こうやってきっと平和は築かれていくんだと、オレは思っていた。
「じゃあさ、八宵。あのガキ達に、こいつらと遊んでもらえば、いいんじゃないか?」
「練磨!? そんな事したら、あいつらが……!」
「子供がいるっぺか? そりゃー遊ばせるよりは、遊んでもらうしかないっぺなぁ!」
「んだんだ。わしら、いっつも遊ばれてるだからなぁ」
「わしらで好ければ、いつだって相手になるだべ」
八宵は明らかに困惑していた。
だけど、オレはその八宵に耳打ちした。
「こいつら、絶対に悪い奴らじゃないって! 気前もいいし、きっとあいつらのいい遊び相手になってくれるよ!」
「……そうだね。いつまでもグダグダ考えるのは、ウチの気性に合わないしな!」
八宵は骸骨兵に手を……槍を持ち直して、右手を差し出した。
骸骨兵の一人が白骨化した手を差し出し、手を握り返す。
「いつでも遊びに来てくれっぺ!」
「また、近くに寄ったら来てくれべや」
「ほんにありがとうな〜」
「ああ! また逢おうな〜!」
愉快な三人組の骸骨兵と別れの挨拶を済ますと、教会へ戻ろうとして、――八宵は別の道を歩き始めた。何故か教会へは向かっていない。
「どこに向かってるんだ?」
「町さ。大鬼の首を持っていけば、褒賞金がもらえるんだよ」
そう応えた八宵の手には、ちょっと大きな黒い袋が握り締められている。……その大きさからして、恐らく、いや間違いなく大鬼の首……
ちょっと恐ろしい想像をして、慌ててその思考を掻き消す。
「――やっぱり、あんたは間違いなく《滅びの王》だわ」
「うぉわっ! いきなり目の前に出てくるなよっ!」
咲希が眼前をふよふよと浮かんで指差す。
「これ、使ってみなさい」
「これ? ……って、これ、〈器石〉? ――おまっ、これ、どこから!?」
「遺跡から拝借してきたのよ」
「返してきなさいっ。折角いい感じで別れたってのに、何だっておまえはそれを……!」
「いいじゃない、一つくらい」
「そういう問題じゃなくて……!」
「ごちゃごちゃとうるさいわね! 使えって言ったら使うのよ! あんた、心が狭過ぎるわよ!」
「うぐ……!」
言ってる事はムチャクチャだけど、何で言い返せないんだオレ……!
相当ムカついたけれど、何とか自制心が働いて、呼吸を整え、〈器石〉を受け取る。
「……で、これを使ってどうしろって?」
「念じるの。……そうね、さっきは以前と同じで判別し難かったから、今度は〈爆発〉と念じてみなさい」
「何だそれ? 何で〈爆発〉なんか――」
「さっさとする!」
「はいッ」
言われたとおり、頭の中で〈爆発〉と念じる。……爆発したいって、どう考えればいいんだ? 爆発しろー……とか? 爆発してくれッ……とか? よく分からない。……けれど、無駄口を叩くとまだ怒鳴られそうだから敢えて独力で何とかしてみようと考える。
爆発……爆発しろ! 爆発しなさい! 爆発してよ! 爆☆発!
「……大丈夫か、オレの頭」
「じゃあ、次はその石を握り締めたまま、……そうね、あそこに落ちてる岩を殴ってみて」
「岩を殴るだぁ? ンな事したらオレの手が――」
「つべこべ言わずに……!」
「はいッ、畏まりました咲希様ッ」
癇癪起こし掛けの人には、できる限り穏やかに接しないとな。とばっちりを喰うのはいつだってオレなんだから。
八宵が黙ってオレを見ていたけれど、構わず大きな岩の前に移動して、拳を一度摩ってから、――渾身の力を込めて、岩をぶん殴った!
――瞬間、我が眼を疑った。
爆音に続いて破砕音が響き渡り、岩が木端微塵に爆破したのだ!
バラバラと岩の破片が落ちてきて、オレはしばらく呆然と立ち尽くしていた。
「あんた……やっぱり……」
八宵の驚きと困惑の声が聴こえて、ようやくオレは忘我の境から帰還した。
「これって……咲希、やっぱりオレ……!」
「次に、その〈附石〉に元に戻れって念じてみて」オレの質問は無視して咲希。
「お、おう、分かった」
念じるんだ……元に、戻れ……!
その後、〈附石〉を見ると、――ただの〈器石〉に戻っていた。
「それが〈還元〉……〈附石〉を〈器石〉に戻す〈魔言〉よ。……て、いきなり詠唱無しって……。……まあいいわ。……そうよ。あんたの力……《滅びの王》の力とは即ち、『全ての術式の理解』よ」
……うん? 今、オレの考えと咲希の考えに喰い違いが在ったんだけど。
「オレの力って、〈器石〉を〈附石〉に変える力なんじゃないのか?」
「それは力の中に含まれているだけ。全体で言うと、あんたの力は、今言ったように『全ての術式の理解』よ」
「全ての術式の理解……? それってどういう事なんだ?」
「……つまり、あらゆる〈魔法〉が使えるって事かい?」
咲希ではなく、八宵が回答した。
その回答にオレは驚き、咲希の次の句を待った。
「……まあ有体に言えばそんな所ね」
「すっげーなそれ! 何でもできるんじゃねえか!?」
「そんな訳無いでしょ! ……って言いたいところだけれど、実際その状態に近いわ」
「マジか……」
オレも想像してなかった返答に、オレ自身がそれ以上切り返せなかった。
何でもできる力。それこそが、《滅びの王》としての力……真骨頂と呼べる力なのか。
「……だから、皆がオレの力を使おうと狙ってる訳か」
「皆がそうだとは限らないわ。あいつ……禍谷黒一はあんたの力に気づいた様子は無いみたいだったし。恐らく現時点であんたの力を知る者は、あたしとあんた、そして――獅倉八宵。この三人のみよ」
瞬間、ハッとした。
八宵を見て、オレはどう言い繕えばいいのか、全然分からなかった。
八宵はオレを見て、難しい顔をしていた。――が、急に破顔一笑した。
「八宵……?」
「あんたが普通の人間じゃないって事は、始めから分かってたさ。……ま、《滅びの王》って聴いて驚きはしたけど、練磨は練磨以外の何者でもない。違うかい?」
「……」
妙に心が温まる言葉に、オレは素直に安堵する事ができた。
八宵のそう言ってもらえるだけで、心の底から安心できる……
「ありがとな、八宵」
「いいさ。ウチも、あんたには感謝してるしね。お互い様だよ!」
「さっ、話も付いた事だし、神門練磨。あんた、これからどうするつもり?」
荒野のど真ん中で咲希に指差され、オレは一瞬の沈黙の後、瞳に闘志の炎を燃やして、
「オレは、――鷹定を助ける」
「それが世界を滅ぼす事になっても?」
「……何だって?」
咲希の返答に、オレは思わず問い返す。
咲希は大真面目な顔で、オレを見据えている。そこには、嘘や偽りの影は見えない。純真たる眼差しで、オレを射抜いていた。
「鷹定は……世界を滅ぼそうとしてるのか?」
「仮にそうだったとしたら、あんたはそれを実行するの?」
「そんな事、する訳……!」
「それじゃあ、葛生鷹定は救えない。どっちも救おうなんて考えないでよね? どっちか一つ。世界を取るか、葛生鷹定を取るか。それは、あんたに任せるわ」
「……」
いつかは来ると思ってた、究極の二択。
こうなる時が来る事は、オレが《滅びの王》として生きると決めた時から、考えていた。いつか、鷹定のみならず、ミャリや崇華、麗子さん、もしかしたら八宵のために、世界を滅ぼしてしまうんじゃないだろうかという危惧は、考えないようにしてたけど、でも心の深い所ではずっと懐いてた。
世界を滅ぼす力が在るとされている《滅びの王》。力が判明していなかった時のオレは、普通の人間として扱われ、、ただ単純に判明する前に殺してしまおうという連中に殺され掛けた。……実際のところ、虚無僧軍団や禍谷黒一の目的はよく分からないけど、オレの力を悪用したり、連れ出そうとしたりしていた。あれだって恐らくオレの《滅びの王》としての力がどんなものなのか見極めるためだったと考える事もできる。でも、結局どちらも調査を諦め、《滅びの王》の殺害を敢行した。
そういう事が遭ったからだろう。オレは寧ろ仲間と世界のどちらかではなく、自分を生かして世界を滅ぼすか、自分を殺して世界を守るか、その二択が来ると考えていた。
どうなったとしても、オレは世界を滅ぼすつもりなんて、これっぽっちも無い。でも既に、世界を滅ぼす力が在る事をオレ自身が知り、尚且つ鷹定がそれを悪用するんじゃないかと咲希が言い出した。
世界を敵に回す……世界を滅ぼしてしまう程の力を使役するとなれば、それだけの覚悟を持たなければ。否、覚悟だけじゃ足りないだろう。色んなものが必要になり、色んなものを捨てなければなるまい。
「…………オレは、」
「――答を今すぐに出せとは言わないわ。……よぉく考えなさい、神門練磨。何せ世界は、あんたの意思次第で変わるんだから」
「……」
オレの意思で、世界が変わる。
鷹定を助けたければ、世界を滅ぼさなければならない。
世界を救いたければ、鷹定を諦めなければならない。
……オレは、まだその答を出せないのかも知れない。
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