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「アースルーリンドの騎士」特記『 ゼイブンの夢』
作者:天野音色
†登場人物†

ゼイブン・・・ファントレイユの父親。
     『神聖神殿隊』付き連隊。
     美男で女好きの、軽い色男。
     幼い頃は妻セフィリアに任せっきりの
     放任が祟り、息子がやたら美しく
     成長し、野郎だらけの教練の
     入学式に同行するものの
     本心では息子が可愛いので不安でたまらない。

ファントレイユ・・・14才。顔は美人の母親似。
        そこいら辺の美少年がかぼちゃに成る程の美貌の少年。 
        髪と瞳。性格は父親似。
        幼い頃構ってもらえなくて寂しかったので
        心配してくれるゼイブンを歓迎する。

テテュス・・・ファントレイユのいとこ。同年なので
      ファントレイユと一緒に教練に入学する。
      大貴族の父親アイリス譲りの、大柄で優美な美少年。
      入学式で上級生の注目を集めるいとこを、それは心配するが・・・。

アイリス・・・ゼイブンの上司で、テテュスの父親。
      大貴族で、『神聖神殿隊』付き連隊長の実力者。
      ファントレイユの母セフィリアの兄。
      もう一人の妹アリシャの息子、レイファスと恋人同士。
      ゼイブンの動向に振り回される。

レイファス・・・ファントレイユとテテュスと同い年の、いとこ。
      一番小柄でそれは愛らしい美少年で、
      幼い頃暴行を受け、それを慰めたアイリスと恋仲に。
      それが理由で、特待扱いで教練入学の為
      入学式には参加していない。
      が、性格は同年いとこ組の中では一番、シビア。
      今回は話題と夢の中だけでの登場。

セフィリア・・・ゼイブンの妻。ファントレイユの母親。
       アイリスの妹。
       妹アリシャの息子に手を出したと、兄アイリスに
       それは批判的。
       息子ファントレイユを過保護に可愛がり
       軽い夫をうっとおしがっている。  

        
 

 軍の専門訓練校である教練に、いよいよ14に成った息子、ファントレイユが入学すると、妻セフィリアからゼイブンに知らが届いた。
ゼイブンはセフィリアの兄で上司、アイリスの計らいもあって、西領地シャノスゲインで勤務中だったが、後任がやって来て中央テールズキースに、戻る事が出来た。
が、領地に着いたのは当日の朝で、彼が屋敷に駆け込むと、窓から差す朝日を浴びて白地の上着を着けたファントレイユが朝食のテーブルから顔を、上げた。
その面差しは相変わらず、妻セフィリアに似ていた。
自分と同じ髪と目の色の、明るいグレーがかった栗毛とブルー・グレーの瞳をした、人形のように綺麗な少年。という印象は成長して更に磨きがかかったように煌めくような美貌へと変貌を遂げてはいたが、幼い頃女の子と間違われてい時期とは違い、背も伸び、顔つきもとても少年らしくなっていて、ゼイブンはほっと、した。
「…レイファスは入学、しないって?」
暗褐色のマントを付けたまま同色の手袋を取り、ゼイブンは銀髪に近い栗毛を肩の上で揺らすと、そのブルー・グレーの瞳を息子の横に座す、濃い栗毛を肩に垂らし宝石のような浮かぶ青の瞳の美貌の妻、セフィリアに向けてそう告げた。
彼女は濃い緑色のドレス姿でつん!と横を向き、つぶやいた。
「あの子はお兄さまがそれは大切に面倒見ているわ」
いつもそれは軽やかな笑顔を浮かべ美男だと自他共に認めるゼイブンは、その妻の態度に珍しく表情を曇らせ、ブルー・グレーの瞳で彼女を一瞬見つめると、ため息混じりに顔を、下げた。
彼女の兄のアイリスは、彼らの妹アリシャの息子レイファスと、叔父と甥でありながらある事件以来、恋人のような仲で、セフィリアはアリシャと共に、自分の息子と同い年の甥を恋人にする兄の不道徳な所行に眉間を寄せまくっていたから、それはいい態度だった。
じっと自分を見つめるファントレイユに、ゼイブンは向き直ると、彼にそっと声を掛ける。
「…テテュスと、一緒か…。
レイファスと離れるのは寂しいだろうが…」
ファントレイユはだが同年の幼馴染み、少女のような可憐なレイファスの姿を思い浮かべ、微笑んだ。
「彼はあれでいい。別に、寂しくは無い」
だがそう微笑むファントレイユが朝日を浴びてとても美しく見え、ゼイブンは途端に不安に、成った。
レイファスが、いつも一緒だった。
小柄で大層可愛らしい、少女と見まごうレイファスに、大抵男の視線は集中し、並ぶファントレイユはレイファスよりは大柄に見えて、人形のような、とても綺麗な子供。という印象だったのに。
彼が居ないとなると、ファントレイユの美しさがやたら目立ちはしないか。とゼイブンは途端に落ち着きを無くした。
だがファントレイユは、アイリスの息子でもう一人の同年のいとこ、テテュスと一緒、という事で別に緊張も、見られなかった。
自分と同い年。の上に同じ性別のレイファスと、自分の父親が恋人同士、という複雑な環境で、テテュスがぐれても当然だとは思ったがテテュスにそんな様子は見られず、だがさすがに父親との間にぎくしゃくした空気が走るのかどうやら父親を避けている様子で、大抵の事には動じた事の無いアイリスが最愛の息子にそっぽを向かれ、頭を抱えまくっている珍しい姿をゼイブンは幾度か目撃はしていた。
ゼイブンはファントレイユの返答に、頷きはしたものの、輝くばかりの美貌の息子をもう一度見つめ、つい、深いため息を、洩らした。

 澄み渡った青空がどこ迄も広がり、大きな屋敷の樫造りの玄関前でセフィリアは二人を見送り、戸口に姿を消そうとし、けれど戻ってきて朝日差す中、白い幅広の石階段を降りるスマートな白い上着姿のファントレイユに駆け寄る。
彼は振り向くと、セフィリアの抱擁を、受け止めた。
ファントレイユの、柔らかなグレーがかった明るい栗毛がふわりと顔を覆い、白い頬を染め、長い睫毛に囲まれたブルー・グレーの淡い瞳がとても綺麗だったが、彼女に親愛を込めて抱き返す彼はとても少年らしく見えて、ゼイブンはまた、ほっとした。
「…嫌な事があったら……帰って来ていいわ…。
本当よ。私貴方が………」
意気地無しでいいの……。
そう言いたかったが、彼が自分の柔な外観通りの根性無しだと思われるのを何より嫌うのを、知っていたので、セフィリアは言えなかった。
「セフィリア。テテュスが一緒だから」
とても美しい微笑みをたたえる息子を彼女は見つめ、
セフィリアは、そうね。と頷いた。
二人の様子をゼイブンは少し離れた場所で見つめていたが、少年らしい華奢な肩で風を切り、セフィリアに振り向き微笑むファントレイユの姿はやはり、女の子と間違われた頃よりずっと、少年らしくは見えた。
ゼイブンは左手を開け、寄り来る彼の肩を、抱いて迎える。
大抵、馬車で出かけるのが慣例だ。
だがゼイブンはファントレイユを、白地に黒のほくろのような斑点が幾つかある、自分の愛馬の後ろに乗せ、馬を蹴立てて門を出た。
アイリスと待ち合わせた場所は領地を出て直ぐで、大木の下に馬車は止まっていて、ゼイブンはファントレイユを降ろすと馬を、馬車の横に立つ召使いに預けて自分も馬車に、乗り込んだ。
「ゼイブン」
アイリスが濃紺の、その瞳と同色の、素晴らしい金糸の刺繍の入った上着を付け、濃い栗毛の長髪を胸に垂らし、相変わらずゆったりとした大貴族然としての威厳を見せてその整った顔立ちの上ににこやかな微笑みを浮かべ、二人を迎える。
だがその横に微笑む、濃いグリンの上着を品良く着こなし父親譲りの髪と瞳の色と長身の、品格ある風情の少年、テテュスを見た途端、ゼイブンは彼らの向かいに腰を降ろしながら思わずため息を、洩らした。
間近で見るアイリスの息子、テテュスは素晴らしく、つい、これでは自分の息子はやっぱり、女の子に見えてしまうと、内心落胆した。
だがファントレイユはとてもテテュスが好きなようで、彼の笑顔に微笑みを返す。
テテュスはもう、自分の役割が解っているようで、隣にファントレイユが座るとまるで包み込むように迎え、寄り添う姿は、ファントレイユの素晴らしい騎士に見えて、ゼイブンはそれは複雑な心境だった。
「(あれじゃまるでファントレイユはお姫様だな……)」
つい、向かいで自分を見つめているアイリスにロクな挨拶も返さず、二人の様子に視線を移す。
テテュスの、その少年の割には長身の、しっかりした体付きと年に似合わぬ落ち着き。
どんな事でも対処出来るような信頼感を醸し出しているにもかかわらず、彼は美しい少年に見えた。
白い頬がとても綺麗な形をしていて、焦げ茶の艶やかな髪がその整った顔立ちを更に引き立たせている。
ダーク・ブルーの瞳が時折煌めくようで、とても深く、印象的に目に映る。
一方……ファントレイユはと言えば、テテュスと並ぶと線がとても細く見え、俯いたりするとその鼻筋の美しさも手伝って、とても…華奢で綺麗な少年として瞳に映る。
濃い色の髪のテテュスとは対照的な、グレーがかった明るい栗毛もブルー・グレーの瞳もがとても淡い色に見え、彼の印象を更に優しく、柔らかく、そして美しく見せていた。
可笑しい。
ゼイブンは思った。
あの鼻筋は俺に似ているし、髪も瞳も同じ筈だ。
確かに、自分もかつて美少年だとは言われはしたが、他のパーツがセフィリアに似るとこれ程…印象が違うものか。
美貌と呼べる女性は少ない。
セフィリアも、初対面は美貌だと感じた。
艶やかな栗毛を肩に垂らし、俯く彼女はとても美しかったが、ファントレイユの、妻より明るい髪と瞳の色はどこか神秘息な雰囲気を醸し出して人形のように隙無く完璧に見え、その美しさは間違いなく、美貌と呼べる類のものだ。
ゼイブンが唸り出しそうで、彼を良く知る上司のアイリスは、ため息を、付いた。これから始まる初日にあんまり不安を見せて見送るなと、目でゼイブンに釘を、刺す。
馬車が教練の門の前に着くと、心臓の鼓動が早く成ったのは、ゼイブンの方だった。
テテュスに振り向くファントレイユは輝くように美しく、テテュスは少年の割にはとても落ち着いて大人びた、長身の美しい、騎士に見えた。
馬車を降り、二人が並んでいるとテテュスの横に立つファントレイユはどう見ても…・・。
素晴らしい騎士を従えた、お姫様に見える。
レイファスが居た時、彼はいつも綺麗に見えはしたが、中性に近い感じがしたものだが……。
あの可憐な容姿の(性格はともかくとして)小柄なレイファスが居ないとこんなに…印象が、違うものなのだろうか……。
アイリスがまた、ゼイブンを目で、たしなめた。
ゼイブンは振り向くファントレイユの手前、引きつる笑顔を見せた。
アイリスが耳元でそっとささやく。
「…もう少し、心を出さないように笑えないか?」
ゼイブンは眉を少し寄せるアイリスを見つめた。
相変わらずの気品の、素晴らしい美男だ。
「…そんなに顔に、出てるのか?」
アイリスは、困ったように頷いた。
ゼイブンは自分よりやはり少し背の高いアイリスの、そのゆったりと余裕と気品に輝く素晴らしい男ぶりに目を止め、そっと彼の耳に顔を寄せて、ささやいた。
「俺もあんたと並ぶと、ファントレイユとテテュスのように、もしかして見えてるのか?」
アイリスは眉を、寄せた。
髪と瞳の色が二人共息子と同じ、という所をゼイブンが意識しているのはありありだったが、自分と彼とが並んで、どう頑張っても“美しい騎士と美貌の姫君"の図には成りようも、無い。
アイリスは、ゼイブンをまじまじと見つめた。
「安心してくれ。君はちゃんと美男に見えるが、どう見ても“麗人"の類じゃ、ない」
やっぱり、そうか。とアイリスを見つめる、すっかり心配の塊の父親に成っているゼイブンを、アイリスは気の毒そうに、見つめた。
ゼイブンはまた、ため息を付く。
ファントレイユが振り返る。
教練の校門前にはたくさんの馬車が止まり、ひっきり無しに新入生達が降りて、家族と別れを告げて校門の中に、消えて行った。
ゼイブンは息子に見つめられて、つい引きつったままの笑顔で、頷いた。
ファントレイユは子供の頃のようにとても嬉しそうに、素直に笑った。
ゼイブンはロクに彼を構わなかった事を今更ながらに後悔し、途端罪悪感が、押し寄せてきた。
“家族を大切にしたいなら『神聖神殿隊』付き連隊には入るな”と言われる位、彼とアイリスの所属している連隊は、都を頻繁にあけてあちこちを旅する職業だった。その代わり近衛連隊とは違い、一度戦いに出て戦場で命を落とす危険は無い。
最も、旅先で上手くあしらえず、盗賊やごろつきに命を狙われなければの話だが。
テテュスも振り向き、アイリスを見つめて微笑み、ゼイブンにも一瞥をくれて頷いた。
ゼイブンは、駆け出していた。
テテュスの手を取り握るとつい、取り乱してつぶやく。
「頼む…!ファントレイユの面倒を…・・!」
喉が、詰まった。
テテュスはその必死の父親に、それでもゆったりとした態度を崩さずに微笑んだ。
「勿論です」
何と言う安心感と頼り甲斐のある少年だろう。
ファントレイユと同年の筈なのに。
それでもゼイブンは不安を拭えず、テテュスの隣に立つファントレイユに見つめられてつい、彼を見た。
「野郎には、気を付けろ。野獣と同じだからな…!」
自分の忠告が決して、息子に向けるべき言葉じゃないのは解っていた。
もっと、言いようがあった筈だったが、ファントレイユは彼がそんな時とても不器用になるのを知っていて、真剣に自分の心配をしてくれているのだと、やっぱりとても素直な瞳で見つめ、抱きついてきたりしたから不覚にもゼイブンの瞳は、潤みそうだった。
彼は永遠の別れのように息子をその腕に掻き抱いてつい、彼の耳元でささやいた。
「いいか…!お前は大事な、息子だ。
ヘンな男に貞操を奪われるんじゃ、無いぞ…・!」
ファントレイユはゼイブンが凄く、混乱しているのが解ったが、彼に心配してもらえる事が、でもやっぱり嬉しいようで、顔を離してゼイブンを見つめ、微笑んだ。
彼の横から、落ち着いて信頼に満ちた声が、した。
「…そんな事は私が付いている限り絶対、させませんから…」
騎士の誓いは幾度も聞いたが、テテュスの言葉くらい信頼感溢れるものは無かったし、彼のその真っ直ぐな濃紺の瞳は真摯だった。
ゼイブンはそう告げるテテュスに、顔を上げてつぶやいた。
「…本当に、君を頼るしか、無い」
自分は随分みっとも無い親だと解っていたが、それでもテテュスは真顔で、頷いてくれた。
二人が門の中に消えていく背を見送ると、アイリスに振り向きゼイブンは告げた。
「あんたの息子は素晴らしい…!」
アイリスはその誉め言葉に素直に、それは嬉しそうに微笑んだ。

 門の中の、上級と新入生の顔合わせに、親は立ち会えない筈だったがアイリスはコネとその身分で、内緒で覗ける場所を確保していた。
ゼイブンにどうする?と訊ねたが、ゼイブンは勿論、頷いた。
が、彼はやはり見なければ良かった、と後悔した。
その、校庭が見渡せる、茂った緑のその奥の、数段高い離れのような場所にアイリスと並んで座るものの、並み居る体格の良い上級生達が、ファントレイユが通りかかると必ず、振り向くのを目にしたからだ。
中にはいかにも目を付けたと言わんばかりのニヤついた奴も居る。
だが……注目を集める人物はもう一人、居た。
金の、さざめくように波打つ長髪で宝石のような青緑の瞳の、 素晴らしく目立つ、どう見てもとびきりの美少女で大輪の花のような、若くして亡くなった右将軍、アルフォロイスの息子、ギデオン。
ゼイブンは思わず、安堵のため息を付いた。
ギデオンはレイファスよりは大柄でファントレイユと並ぶ体格の持ち主だったが、間違いなくファントレイユよりも少女に見えた。
だが、テテュスとはぐれたファントレイユが上級生に思い切りぶつかられると、ギデオンはヨロめく彼の腕を助けるように掴み、年上の、自分より大きな青年に向かって「彼に謝罪しろ!」と喰ってかかった。
ゼイブンは口をあんぐり開けた。
アイリスはまたゼイブンに聞こえる程のため息を付いてささやいた。
「…ギデオンは三歳の頃から剣を握ってる、筋金入りの剣士だ。
容姿に騙されるときつい一撃を喰らうぞ」
ファントレイユよりほんの僅かに小柄なだけの、その美少女のようなギデオンと並ぶと、ファントレイユはとても綺麗ではあるけれど一応、ちゃんと、少年に見えたのに。
そして、ギデオンと離れテテュスと並ぶと途端、ファントレイユは素晴らしい騎士を従えたそれは美しいお姫様に戻る。
ゼイブンは必死でファントレイユの周囲を見回すが、やはり顔立ちのとても綺麗な子ですら、ファントレイユと比べると、かぼちゃかじゃがいもだ。
「…………………。
目立ってると思うか?」
アイリスは小声でささやいた。
「とても」
ゼイブンはがっくり、肩を落とした。
「テテュスに任せるしかないと、腹を括れないのか?」
アイリスに言われ、ゼイブンはべそをかきそうだった。
「…今夜は、うなされそうだ」
アイリスは青くなるゼイブンを見つめ、『そうだろうな』と頷いた。
幾人かの上級生達が、好色そうな視線を自分の息子に向けるのに、ゼイブンは気づく。
アイリスは彼が乱入し、入学式をブチ壊さないかハラハラした。
帯刀を許可しないで、本当に良かったと心から感じた。
ゼイブンが唸った。
「ざっと見つけただけでも毛虫は30は居る」
アイリスはまた、大きなため息を付いた。
「…そういう事には相変わらず敏感だな」
ゼイブンは頷いた。
「女を狙う時何人ライバルが居るか解って役立つ」
アイリスはその伊達男の真剣な表情に、顔を、下げきった。
「…テテュスに忠告するか?」
ゼイブンはアイリスを見た。
「彼のような立派な少年をこれ以上煩わせる訳、いくか?!」
「自分で何とかしようと、思うなよ。父兄は許可が無いと入れないんだから」
「ファントレイユに手紙を送る」
「ゼイブン。
彼に身を護らせる為だけに教練生活を送らせたくないだろう?」
「だが……!
こんなに不届き者が山程居るなんて!」
「君の時代も居たんだろう?」
「そりゃ、居たが……。
俺にはいつも茅の外の出来事だった」
アイリスは、頷いた。
「何回外出禁止を破って女性を口説きに行ってたんだ?」
「退学すれすれ迄だ…。
卒業間近にレッド・カードでその後卒業迄はさすがに、控えた」
アイリスはため息を、付いた。
「息子も君そっくりだったら、こんなに取り乱したりはしなかったんだろうな」
「…セフィリアに似るとあんなになるとは、思わなかった」
アイリスはため息を、付いた。
「聞いて、いいか?君の瞳にはどう、映ってる?」
「テテュスと並ぶとまるでお姫様だ」
アイリスはつぶやいた。
「ならテテュスは死んでも、守り抜くだろう」
アイリスに確信に満ちてそう言われ、ゼイブンは顔を、上げた。
「…つまり、もしそうなるなら君の息子が一番、危ないって事か?」
アイリスの眉が、思い切り寄った。
「ゼイブン。テテュスの名誉の為に言うが、彼はそんなマネしない」
だがゼイブンは聞いて無かった。
「…そう言えば餓鬼の頃護ってくれた、執事の息子でそれは美少年だったアロンズに、あいつ、自覚無く惚れてたな……!
テテュスと一緒だとお姫様に見えるのは、もしかして………」
「ゼイブン。もしそうだとしても、それはファントレイユの問題だ。
テテュスは大事ないとこだと彼の事を思ってるから、手なんか出したりはしないぞ?」
「ファントレイユはそのアロンズに、自分から口づけをねだったんだぞ?
テテュスはねだられたら、応えると思うか?」
アイリスは肩をすくめた。
「ファントレイユはしないだろう。
剣士としてのテテュスをとても、尊敬してる」
ゼイブンは素っ気なく、つぶやいた。
「それならいいが………。
テテュスはそりゃ、立派な少年だし、ファントレイユは面食いだからな!」
「だが性格は君に似てるし、もう少し年上に成ったら女性を口説きまくると思う」
ゼイブンは、アイリスを見つめた。
「…それなら俺は、枕を高くして眠れる」
「ちゃんとその日が来るから」
アイリスに言われ、ゼイブンはそれでも一際目立つ綺羅綺羅しい美貌の自分の息子を見、大きなため息をまた、一つ、付いた。
「狼の群の中に羊を放り込んだ気分だ」
アイリスは彼の肩をぽんと、叩いた。
「よく眠れる薬酒を、この後振る舞うから」
ゼイブンは彼を、見た。彼もゼイブンの憔悴しきった顔を、見た。
二人同時に、思い描いていた時よりもっと、ファントレイユの綺羅綺羅しい美貌が目立つ事態に、大きなため息を付き、テテュスのこれからの苦労を思いやった。
 
 セフィリアは、ゼイブンとアイリスを玄関で出迎えた。いつもなら帰ると、自分にまとわり付きたい気満々の夫、ゼイブンが、随分と大人しい。
良く見るとかなり酔ったみたいに足元がフラついている。アイリスが後ろから焦げ茶の立派な玄関扉を開けて、そっと姿を現す。
相変わらずの、兄アイリスの素晴らしさに、いつも批判的でそれは好戦的な態度をすっかり控え、セフィリアはつい、うっとりと彼に見とれそうになった。
アイリスはセフィリアにそっと、告げた。
「随分、飲ませてしまって…」
セフィリアは頷いた。
「見れば解るわ」
だがゼイブンは酒に強い筈だった。
どれだけ飲んでも顔色も変えず、そして態度も変わらなかった。なのに…。
アイリスは責任を取るというかのように、ゼイブンの後ろに付いて行った。
自分に素っ気ない態度の夫にセフィリアは肩をすくめ、ゼイブンの後を追って階段を登るアイリスの、マントを纏ったしなやかで気品溢れ、とても男らしい背を、アリシャの息子にした不道徳を皮肉る暇も無く、見送った。
「…ゼイブン……」
アイリスは室内で立ちつくすゼイブンの背を見て声を掛けた。悪い酒では無かった筈だが、ゼイブンは喉の乾いている時水をあおるようにそれを次々に飲み干したものだから、彼は立ったまま、寝ているように見えた。
アイリスは彼の肩を担ぎ、歩かせて寝台へと座らせ、横たえた。
ファントレイユと同じ色の髪がふわりと額に揺れ、彼よりももっとしっかりした…しかし形はそっくりの綺麗な鼻筋と、そして閉じられた瞳。
ゼイブンは彼の部下の中でも、人目を引く美男だったが、同僚達は皆彼が巧妙に目立つのを避け、有能さも無能さも示さずさりげなく仕事をこなし、だが遊びに関しては愉快で話が解る男と、彼の事を評していた。
アイリスから見て彼は、どんな難しい任務も顔色も変えずこなせる男だった。
だがセフィリアの夫で彼とは親戚で、出世させたくて重用しようとしても、そういう重要任務を任されるポストに俺は興味が無いんだ。という顔をされるのでいつもそういう仕事は、ローフィスに回っていった。彼はそこそこ面目を保てる程度の仕事をたっぷり余力を残して片づけ、美人にその素晴らしい笑顔を向けた途端、皆は彼が、その酒場で誰よりも美男だと、思い出すといった具合だった。
確かに彼と比べると、母親似の面差しのファントレイユは綺羅綺羅しい輝くような美貌だった。
どこか人を喰ったような所がある。が、とても魅力的な笑顔の青年だと若い頃散々言われ、その自分がファントレイユと肩を並べる図より誠実なテテュスが並んだ方がずっと、素晴らしい取り合わせに思えて、ゼイブンの気持ちが解って彼を気の毒に思った。
今日のテテュスは、控え目で気品があり、いざと言う時は頼りになる、若いが信頼感溢れる素晴らしい騎士に見え、ファントレイユは彼に寄り添うと本当に、素晴らしい騎士に護られるだけある姫君のような輝く美貌の持ち主で、ゼイブンが今日受けた衝撃を考えると、思わずタメ息が、もれた。
ファントレイユは確かに、テテュスの事が好きなようだが、憧れが殆どを占めていると、アイリスは知っていた。
ファントレイユはテテュスのように、成りたがっていた。それを毎度感じる度、ファントレイユが自分の剣の才能の無さと、やたら目立つだけの美貌の弱々しい外観に、がっかりしている様子も感じられ、とても気の毒になるし、テテュスも同じ感想を抱き、だからこそ彼と共に居る時あれ程控えめに自分を抑え、ファントレイユを一生懸命、立てている。
でもだからこそ余計に、テテュスのその素晴らしい控え目な騎士ぶりが引き立ち、ファントレイユがその…ゼイブンの心配するように『お姫様』に見えるのかもしれない。
が、テテュスは他人の瞳にそう映るならそれでもいい、と思っている様子で、「それでファントレイユが護れるなら、自分がどう思われようと構わない」と、アイリスに、面と向かって以前、はっきりそう言ったのだった。
勿論、アイリスは息子のテテュスが、それは可愛かったから、そこ迄自分を投げ捨て、彼を護ろうとしているのだから、願わくばテテュスの思いが叶うよう祈っていたし、その為に出来る尽力は惜しむつもりも無いが。

 ゼイブンは深酒で意識はふわふわとした泥の中だった。
ファントレイユの笑顔が、とても輝いていた。
入校式の時のようなすました表情よりもっと。
そしてファントレイユのその笑顔は、テテュスに向けられた。テテュスはゆったりとしたアイリス譲りの態度と気品を見せながら、しかしアイリスよりうんと率直で真摯な、美しい騎士だった。
年の割には大柄な、しっかりとした体付。
濃い、茶の波打つ髪を背に垂らしていて、濃紺の瞳は深く輝いて見えた。
やっぱり…。
ゼイブンは思った。
やっぱり、ファントレイユはテテュスに惚れているのだ。
相変わらず本人の自覚は無かったが。
少し背の低い彼をそっと優しく、見下ろすテテュスを嬉しそうに見つめるその瞳はどう見ても…心を許している様子で、もし…(アイリスも保証した。そんな事は決して無いと。だが…)万が一テテュスに求められたら、どんな事でも応じそうだった。
そりゃあ…。
ゼイブンは思った。
そりゃあ、素晴らしい取り合わせだ。二人は確かに。
だが、そういう問題じゃない。
いくらお似合いだろうと。
勿論、ゼイブンは知っていた。教練時代、やはり素晴らしい取り合わせの、男同志のカップルが居た事を。
ゼイブンはアイリスより二つ上年上だった。
が、ゼイブンは教練で名を上げた事と言えば、剣の腕前で無く、“女垂らし”という浮き名だった。
そしてそういう者にはそういう友と仲間が出来る訳で…。教練を出ると、近衛なんてとんでも無い。さっさと、コネを頼って『神聖神殿隊』付き連隊へと、入隊した。
命知らずか、名を上げたい者は好んで近衛に進む。近衛で戦績を上げ、その後別の連隊に進めば上級幹部間違いなしで、コネより実力重視の連隊の幹部になるには、腕に覚えのある者に取っては、近衛に進むのが最も近道とされていた。
ゼイブンには、野心は無かった。これっぽっちも。
自分は不器用だったし、剣がヘタだから、戦に成れば殺してしまう。
だが人殺しは最悪に気分が悪かった。
楽しく飲み、食い、遊び、そして…冒険と、出来れば一生愛せる美女とのロマンスを、夢見ていた。
同じ希望の友達と、さっさと『神聖神殿隊』付き連隊に逃げ出した。
願わくば、話の解る上司に恵まれれば、騎士生活もそれなりに楽しい筈だ。
セフィリアに出会い彼女の心を掴み、結婚に迄こぎ着けたのは、大した出来事だった。
だがやはり、出来過ぎた話には、必ずオチが付いている。
…まさか今、こんな苦労が待ち受けていようとは…。
セフィリアがファントレイユばかりを構っていたから、自分はまるで遠慮するように二人から離れていたが、ファントレイユはやはり、可愛かった。
男の子だったが(彼は女の子を、切望していた)セフィリアそっくりの顔でいじらしい程素直な心で、自分を慕ってくれた。
だが男の子に対して愛情表現が下手なのと、息子第一のセフィリアに疎まれていつもつれなくされるせいで、あまりファントレイユを構ってやらなかった。
だが……。今更になってこんなに彼が愛しいと思い知らされるとは………。
テテュスに取られるようで彼は本当に、寂しかった。
父親の役割を放棄し、妻に任せきりのロクデナシと批判する、ファントレイユの保護者面し餓鬼の癖に妙に大人びたレイファスに、昔きっぱりと言われた。
ファントレイユが将来、嫁で無く男を連れてきても、文句無しなんだな?
ゼイブンはそう言った、五歳の頃の彼に怒鳴った。
「謝るし、態度も改めるから、頼むから彼をもっと、男の子らしくしてくれ!」
レイファスは冷たい表情でつぶやいた。
「…もう、遅い…!」
待ってくれ!
ゼイブンは叫んだつもりだったがレイファスは背を向けた。
そして彼はもう二度と、振り向かなかった………。
だが瞳に映る、ファントレイユは俯き、が顔を上げ、ゆったりと寄り添うテテュスに微笑みかけていて、ゼイブンはやっぱりとても寂しくて、夢中でレイファスの背中を、探したがどこにも、見つからなかった。
がっかりして岩のような塊に座り込む。
どこかの窓を覗くみたいに、テテュスに寄り添うファントレイユの姿が、新緑に囲まれた、自分もかつて過ごした見慣れた教練宿舎の一室に浮かび上がって見え、ゼイブンはどうやって目を覆うかを考えていた。
ファントレイユは美しすぎた。あんな綺麗な少年は俺だって見た事が無い。
そしてゼイブンは深い深いため息を付いて俯いた。
が、叫び声が、した。
場面が、やっぱり見慣れた、教練の馬小屋の隅の物置に移っている。大抵そこは不届き者が下級生を、強引に連れ込み強姦する為使う場所だったから、ゼイブンはなるべく、近寄らないよう避けていた。
乱暴を働くのは大抵身分が高い男か腕っぷしのそれは強い男で、ヘタに叫び声に応じて助けに入ると、厄介な事になるか、殴られるのがオチだったからだ。
だが室内ではファントレイユが、昼間目にした害虫の内の一匹の、それは大柄な上級生に、戸口から逃げ出そうとしながらもその体に遮られ、腕を掴まれて身もが居ていた。
ゼイブンは顔を上げた。
おい…!テテュスは…彼は何をしている!
大体どうしてこんなものが見えるんだ?
さてはレイファスの陰謀だな。と彼に怒鳴ろうとしたが、まるでその場を支配している魔法使いのような彼は、ゼイブンの居る闇に解けたように姿が、見えなかった。
「…放して…!」
ファントレイユが顔を背けるが、相手はファントレイユの頭が肩に埋もれる程の長身で、彼を抱きにかかってる。
冗談じゃない…!ゼイブンは愕然とした。
今からでも遅く無い。ファントレイユを教練から連れ戻し、アイリスにねじ込んでレイファスのように特待扱いをしてくれるよう、直ちに直訴しなくては…!
しかし、その場面にゼイブンがいくら介入したくても、入れず、止める事も出来ない。
ゼイブンは絶望的になる。ファントレイユが嫌がり、高い小窓から暗い室内に射す光に浮かび上がる、綺麗な彼の色白な細面が、必死で男に抗い、だが歪む。
「…いや…!」
彼と同じ色の髪を振って男の顔が寄るのを必死で、避ける。ゼイブンはつい、叫んだ。
テテュス…!彼を護ると、約束したろう?!
「………っ!」
どさっ!と言う音がし、ファントレイユが暴れる体を、藁の上に押し倒され、その大きな体にのしかかられて、相手の体の下で暴れる。
その彼があんまり可憐でいじらしく見え、ゼイブンは驚愕した。のしかかる男の肩口に見える彼のいたいけな美貌は時折り震えていて、体を探られてるのだと、解り呆然とした。
膝がひっきりなしにずり上がるがどうやら相手の股間を蹴る機会を、逃したようで、その体の下から這い出す事すら出来ない様子だった。
間抜け…!
どうして、相手が目の前に居る時に思い切って撃退しないんだ!君は名だたる騎士達に色々面倒見て貰った筈だ。どうしてローフィスは、撃退法を教えなかった!
めらめらと、ローフィス、ディングレー、そしてアイリスに、怒りが沸き上がる。
とうとうファントレイユは髪を掴まれ、無理矢理顔を上げさせられ、青年が彼の赤い、小さく戦慄く可愛らしい唇を、凝視する。
「…嫌…!」
そいつもいやらしい男で、わざわさ、唇を奪うぞと、顔を上げさせたファントレイユの怯える瞳を覗き込み、そして身動き取れない彼に笑いかけてその唇を、襲うように遮二無二、押しつける。
ファントレイユは咄嗟に頭を振って震え、青年がいざる彼の、小さく、赤く、柔らかそうな唇を追いかけて覆う。そして彼のその震えるその小さな赤い唇を、幾度も幾度も、角度を変えては奪う。
「んっ!…う…ん…っ」
男は…といっても青年で、顔ははっきりしなかったが、慣れない彼が無理矢理口付けられて眉を寄せるのも構わず、逃れようと首を振る度髪を、きつく掴む。
「ん…っ!んんっ!」
身を震わす彼はいたいけで、その美貌がよけい彼を哀れに見せた。
その手が、彼の胸元を探り、引き剥がすように脱がせ、白い少年の肌を剥いていく様にとうとう、ゼイブンは沸騰するような怒りを感じた。
感じたものの、術が無くて苛立ちは頂点だった。
肩が晒され、青年の唇が彼の唇を離れて首筋からその肌の上を滑っていくと、ファントレイユは顔を背け、その熱い唇の感触に恐怖を漲らせ、必死で身もがく。
「い…や…!止めて!」
彼の細い手首を押さえつけ、ファントレイユはそれでも必死でその身を、のしかかる男の下で、ずらしていた。
「嫌…っ!」
が、ゼイブンも良く、知っていた。
相手の身がくねったりすると男は大抵、余計興奮するもんだと。
そんな、可憐で可愛らしい彼に体の下で身をよじられたりしたらすっかり、自分の物にしたくなるし、邪魔はどこにも無くそのつもりなんだと。
青年の手がファントレイユの股間を触っているのが解るが、ゼイブンはそれは信じられなかった。
気付け!そして引き返せ……!
解ったろう?相手は少年で、お前を受け容れる体の構造をしてないぞ!
だが青年はファントレイユの身が触れられて震え、ますます抵抗するようにくねるその感触に夢中のようだった。
「嫌…いやっ!」
ゼイブンは真っ青に、成った。
何を考えてるんだ…!
突っ込みたいんなら、別の相手にしろ!
そいつは絶対、気持ち良くさせてくれる相手なんかじゃない筈だ…!
確かに…見目は可愛いが、お前もちゃんと若い雄なら、本能で解るだろう?!
だが青年は再び、ファントレイユの綺麗で可愛らしい顔を見つめ、嫌がる彼に無理矢理、口付けた。
「んっ!」
ファントレイユの悲しげな声が、相手の興奮を更に煽ってるのが、解った。
どうして…可哀想だと思わないんだ!
顔が可愛いからって、男相手にそんな扱いをされたら、男としてとても傷つくとどうして解らない!
ゼイブンはいきなり、思い出した。
昼間の式で、そういう輩を三十人近く、見つけた事を。
だが、顔を外した後、ファントレイユの顔が泣きそうに歪み、ゼイブンも泣きそうに、成った。
青年が、ファントレイユの股間の、彼の男のものなんかじゃなくて、その後ろ…自分を受け容れさせる場所をどうやら執拗に、指でほぐしていて、ファントレイユは青年の股間の熱く誇張した塊が腿に幾度も当たり、怯えるように首を、振ったからだった。
「いや…いやっ!テテュス!テテュス!!」
ゼイブンは、愕然とした。
レイファスの意地悪は何処まで続くんだ?
どうせ自分が父親としてあまりに不甲斐ないから、罰してるんだろう?
これは一つも事実なんかじゃ、無い筈だ…。
「…んっ…やっ!いやっ!」
指をどうやら、奥まで差込み、抜き差ししている様子で、ファントレイユの体が上下に・・そして更に激しくくねると、青年はすっかり、興奮し切っている様子で、ゼイブン迄もが必死に、テテュスの姿を探した。
白い華奢な肩と胸を晒しながら抗う彼はあまりに美しく、悲愴で、ゼイブンはこれがレイファスの意地悪だと知っていても、気が狂いそうになった。
「あ…ん……っ!」
青年の指がどうやら、彼を女のように感じさせる場所を擦り上げてる様子で、ファントレイユの反応に青年はそこを執拗に、攻め続け始める。
「…いや…あ…っあ!………許して……!」
ファントレイユがとうとう、その激しい刺激に、顔を深く俯けて、許しを乞うた。
青年の返答はつれないもので、彼のその場所を指で抉って、彼を仰け反らせて絶望に叩き込んだ。
「止めっ…!ん…っ!」
のしかかる男の唇が、彼の晒された白い肌の上をひっきりなしに滑り、彼にもう、お前は自分の物だと、言い聞かせるようにして、彼を追いつめた。
「止めて…!ああっ!」
悲鳴のような声がし、ゼイブンはテテュス!と心の中で叫ぶ。テテュスが扉を蹴立てる姿を、想像したがそれは、起きなかった。どころか、青年はファントレイユからの抵抗をすっかり奪おうと、彼のその場所を指で犯す事を止めたりしないから、ゼイブンは目を閉じた。
でもまるで無意味で、瞼の裏からくっきりと見え、つい地たんだ踏んだ。
ついに男が、十分だとばかり、その身を半分起こし、自分の股間を探ってそれを…取り出し始めた。
乱れた上着をはだかれて、白い肩と胸を晒すファントレイユの唇は深紅に染まり、その身を恐怖と屈辱に戦慄かせて、彼はぐったりとその身を、横たえている。
「とっとと起き上がって、男の股間を蹴って逃げ出せ!」と叫んだが、散々なぶられたせいか、彼の瞳は潤みその刺激のもたらす衝撃に、打ちのめされている様子で、ゼイブンはまた叫んだ。
「もっとひどいのが、来る!とっとと、蹴り上げろ!」
だが男は弱った獲物に喰らいつくように横たわるファントレイユの細い腰を抱き寄せると、彼の腰からズボンを、乱暴に引きずり下ろし、ファントレイユはその手足を、ばたつかせるが、結局男の手で剥がれ、その白い足を、晒した。
片足を脱がせると男はもう彼の腰を抱え込んだまま、その足を自分の肩に担いで開かせ、体勢を取らせるのを見て、ゼイブンは愕然と、つぶやいた。
「…嘘だろう…レイファス!意地が悪いにも程が、あるぞ!」
だがそのレイファス自身も、まだたった八つだったと言うのに、男にやっぱりこんな目に合わされ、突っ込まれたんだと思い返し、それが自分の息子だとこんなにむごいものかと、呆然と、した。
「嫌……許して!嫌!」
ファントレイユは必死で抗いながら、涙ながらに許しを乞うている。
「聞いて、やれって!」
ゼイブンは信じられなかった。彼にとって情事というのは、自分と相手が愉しむ物で、自分だけ一方的に喜ぶものじゃ、無かった。
どうして…相手のこんな様で、勃つんだ?
自分なら間違いなく…泣いている相手を見た途端、萎えてしまうのに………。
前々から自分が軟弱だとは知っていたが、世の男達はこういう事態でも、興奮は醒めないものなんだろうか?仲間と随分猥談もしたが、どの女なら勃ち、どの女は駄目だなんて話題しか、して来なかった気もする…。
「あ…あ………っ!」
ファントレイユの、詰まった声に驚くと、青年はもう、彼の中に自分を強引に捻り入れる事を始めていた。
ファントレイユは苦しげに呻き、顎を諤々と震わせ、必死で腰を掴む男の腕を外そうと、握る。
…だから…隙は絶対、見逃しちゃ駄目なんだ…!
止めるべき所で踏ん張らないと、そうなる・・
言ってる場合じゃなく、いたいけな彼のそんな苦しげな様子にゼイブンは、ぞっとした。
一度、セフィリアが本当に心配し、幼いファントレイユの熱が下がらず、仕事に呼び出されて屋敷を出る前彼を、見舞った事があった。
彼の、汗に濡れた額に髪が張り付き、息が苦しそうで、ゼイブンは眉を、寄せた。
セフィリアは彼が逝ってしまうんじゃないかと何度も取り乱したが、医者は熱が下がり掛けているから、体力があれば乗り切れると言い切った。
彼が枕元に腰を下ろすとそれでもファントレイユは瞳を、開けた。
その自分と同じ色の瞳が澄んであどけなくて、ゼイブンも目が潤んだ。が髪をなぜて、言ってやった。
「俺は仕事だ。留守の間の男はお前一人だ。
セフィリアを、守ってやってくれ」
死にかけて生還した相手に投げる言葉じゃないと、解っていたがファントレイユは弱々しく…それでも微笑んで、みせた。
「…任せて…」
まだ苦しい息をし、それでも彼の大きな手にそっとその、熱でまだ熱い小さな手を絡ませて、約束だと言うように。そう…それで…言ってやった。
「いいぞ…。お前は俺の、息子だ。ちゃんと、男のすべき事を解ってるし第一…熱なんかに負ける筈が、無い」
ファントレイユはその時、瞳を瞬かせながら見開いた。潤んだその瞳が本当は、辛くて苦しくて、心細くて、泣き出したいのを我慢していたと解り、自分がどれだけ無茶を幼い彼に言ったのか、思い知らされたが、彼はその後、微笑んだ。
「…うん!」
とても…嬉しそうな微笑みだった。
ゼイブンは彼の髪をなぜてやり…俺が帰る頃は、走り回れるな?と約束をしてその場を後にしたが…扉を閉めた途端、号泣したくなる自分に戸惑った。
「あ…っん…ああっ!」
ファントレイユの声に引き戻されると、ゼイブンの心は鉛を飲み込んだような重苦しさに襲われた。
間違いなく…突っ込まれている様子で、唇と睫毛を震わせ、苦しそうで、青年はそれでも彼の細腰を抱いたまま、更に奥へ進もうと、彼の腰を抱え上げて自分の上に、沈める。涙を溜めた瞳で必死に首を横に振り、ファントレイユが抗うが、それが更に喰い込んでいるのは、明白だった。
「ん…っ!…ん…うっ…!」
必死で彼が、その凄まじい圧迫とそんな場所にめり込む感覚に、耐えているのが解り、ゼイブンは目を閉じても無駄だと知っていても、目を閉じて座り込み、頭を抱えた。
心の中でもう、誰でもいいから彼を、助けてやってくれ!と叫んでいた。
「…あ……っああっ!い…やっ!」
青年が、獣のように彼をきつく抱きすくめたまま、彼の中を犯すように抜き差しを始め、ゼイブンは咆哮した。
頼む……!レイファス。心から謝罪する。
俺が悪かった。だから………!
だがその時、ようやくだった。待ちかねていた扉が音を蹴立てて開き、テテュスの姿が……。
遅かったがそれでも、彼の姿は光輝いているようにゼイブンの瞳には、映った。
アイリスも大概、頼りになる男だと、彼の近衛時代を共にした男達からは信頼の眼差しで見つめられていた。絶望的な状況で、命を捨て去る覚悟の戦場で、彼が姿を現わした途端、それこそまさしく、光輝くような救世主に見えた。と。
その時のテテュスは、その父親を、彷彿とさせた。
ファントレイユに被さっている青年と、そいつに抱かれている彼を見て一瞬、衝撃を受けたものの、相手の肩を後ろから掴んでファントレイユから思い切り引き剥がし、胸ぐらを掴んで間髪入れずにその顎めがけて重い拳を振る様は、ファントレイユも見つめていたがゼイブンですら、格好いいと思った。腹にきつい一撃を入れて青年をすっかり戦闘不能の意識不明に追い込むと、テテュスはその、艶やかで品のある長い焦げ茶の髪を散らし、はだけて乱れた着衣で床に横たわるファントレイユに駆け寄った。
その濃紺の瞳は彼の痛々しい様子に潤み、一瞬見つめるが直ぐに彼を掻き抱くと、ファントレイユは救い出してくれた騎士の首にその両腕を絡ませて、きつく抱きつく。
テテュスが彼を抱き上げて、そっとその髪に謝罪のように口づけ、その場所を後にしていた……。
ゼイブンは暫く吐息を吐く事すら忘れたが、その薄暗い場所が暫く見えていて、もうそこにファントレイユの姿が無いのに心の底から安堵し、ようやく大きく、息を、吐き出した。

 寮の彼らの室内の寝台の上に横たえられたファントレイユが、テテュスから離れずその首にしがみつき続けても、無理からぬ事だと、ゼイブンは思った。
ようやく、彼の胸に震えて握る手を喰い込ませたまま顔を上げ、救い出してくれた頼もしい騎士を見つめるが、テテュスは今日馬車の中で見た通りの、素晴らしい少年だった。
色白の細面で綺麗な鼻筋と頬をしていて、その濃紺の瞳は痛みに溢れて彼を気遣い、そっと労るようにファントレイユの濡れたブルー・グレーの瞳を、見つめ続けている。
ファントレイユは自分のたった今受けた衝撃に…まだ赤い、震える唇で彼からの口づけを切望し……テテュスはそれに気づきゆっくり…顔を彼に、傾けて寄せた。
ファントレイユはそれが重なるのを待っている様子だったが、テテュスはためらうように唇を寄せて吐息がかかる場所で、止まっていて、ファントレイユは促し、乞うように彼の濃紺の瞳を見つめたまま微かに頭を揺らし、テテュスはとうとう決意するように彼に、口づけた。
ゼイブンはまた、頭を抱えた。
…そりゃあ……そうだろう……。
どれだけほっとする事か……。
ファントレイユは餓鬼の頃、馬鹿な事を言っていた。
アロンズに口づけをねだった言い訳として。
不味い物の後には美味しい物を食べると、不快な気分が治るとか何とか…。
テテュスの唇は確かに極上だろうし、彼の最悪に不快な気分を一掃するのには、最高の処方なんだろう……。
倒れてくるテテュスの体の重みと唇の感触に覆われながら、ファントレイユがその身を寝台に沈める。
幾度も彼が、テテュスの唇を求めるようにその、あどけなくてそれは柔らかそうな唇を彼の唇に重ね、彼の方が離さないように両腕でテテュスの首を抱きしめているのを見て、ゼイブンは気づいた。
犯された場所を全部、テテュスで埋める気なら……。
確かにテテュスが顔を上げた時、ファントレイユの瞳は彼を求めていた。
溺れる者が、浮き板にしがみつくように。
テテュスはだが、アイリスの言った通り誠実だった。自分で構わないのか?と問う視線をそっとファントレイユに投げ、ファントレイユは彼だけを切望するような懇願の視線でテテュスを、包んだ。
それでもテテュスはためらったが、ファントレイユがきつく彼を引き戻すように抱きついて抱きしめ、テテュスは顔を揺らしたが、ようやくそれに応え始めていた。
ゼイブンはもう、叫ばなかった。
正直ファントレイユの自分から乞う様子に嫉妬で心に熱い焼けた棒を、押しつけられたような気分に成ったが、致し方無いだろう……。
あんな、彼を見た後では。
第一テテュスは、騎士としては美しすぎた。
あんな素晴らしい騎士を、女だって切望する筈だ。
アイリスがそれはモテる様子を見てきたが彼を求める女達の気持ちが解る程、彼はゆったりと品格に満ち、気遣いに溢れ、文句無く頼もしく、そして男らしく美しい容貌で…彼の腕に抱かれて見つめられたりしたらどれだけ誇らしく、うっとりとした気分に彼女達は成るんだろうな。と、誰よりも特別な存在に、羨ましいをとっくに通り越して争う事すら無意味で別格だと、見つめていたのを思い出す。
そしてそれが……あれ程最悪な、行為の後では………。
テテュスはそっと、傷を癒すようにファントレイユの首筋や胸元に唇を寄せ、ファントレイユは歓喜の様子に身を震わせていた。
一度レイファスにアイリスの屋敷で、会った。
強姦事件の後で、流石の彼もあんな事件後ではさぞかし大人しいだろうと思ったが、確かに別人のように大人しく、艶やかで可憐な大人びた様子でアイリスの前でたたずんでいた。
その素晴らしい騎士の、恋人で居られる幸福と自信が伺え、アイリスもまるで愛しい恋人のように彼に視線を、投げる。が、アイリスがその場を去ると、それは口数の少ない自分に向かってレイファスは、
「ひどい体験をして可哀想だと思う?」
と、以前平気で自分を脅した悪戯っぽい子供に戻って笑って見せ、ゼイブンは言ったものだ。
「…最高の騎士を手に入れられた体験だ。
全然惨めな出来事なんかじゃ、無いんだろう?」
ぶすったれてそう言ってやると、レイファスは鮮やかに、笑った。彼のその笑顔に心底、びびったが。
「あんたもやっぱり、そう思う?」
そう…言われて。
レイファスは認めたがファントレイユはそんな計算は全くなくて、ただ、テテュスが自分に応えてくれた事が嬉しくてたまらない様子で、それが余計に…テテュスの心を掴むと、ゼイブンには解っていた。
テテュスは“護る”と約束し、自分に落ち度があると謝罪していたし、ファントレイユの為なら…彼を抱くことだって、しただろうから。
そしてファントレイユはそれを望み、テテュスにその身を預け、明け渡していた。
…美しい図じゃ、ないか。最高に、見応えのある。さっきとは違い倍、ほっとする。
しかし…ファントレイユのブルー・グレーの瞳がテテュスの姿を映して輝き始め、彼の唇を肌に受け容れてそれは…幸福をその身に感じる様子にやはり、猛烈に腹が、立つ。
お似合いだ。美しすぎる二人で…テテュスときたら、それは戸惑いながらも男らしく・・彼をリードしていたし、その抱き方も柔らかく優しく、文句無しだ。
それに時折睫毛を震わせてまるで誰よりも愛おしい相手を見つめるようにファントレイユを見つめている様も、奢り無く心から労る様子で優しく彼を扱い…そして…ファントレイユが時折、せがむように彼を伺うその視線に、大丈夫、解っているし、自分はアロンズのように、逃げ出したりしないから…。と暖かく見つめるその様子も合格だ。
憎らしい程信頼感に溢れて美しく、男らしい少年で、ゼイブンはテテュスが出来過ぎだと感じた。
駄目出しする箇所は、一つも、無い。
ファントレイユが女だったりしたら、俺は絶対彼を抱きしめて、『良く、やった!』とその騎士を手に入れた事を誉め、娘婿を誇りに感じた事だろう………。
だがファントレイユは、息子だ。
ゼイブンは頭を抱えた。
つまり、昔レイファスが『ファントレイユが将来、嫁じゃなく、男を連れてきても良いんだね?』との脅し通り、ファントレイユはテテュスを、連れて来てそれで……俺は今日、テテュスの素晴らしさを間の当たりにして、心の準備をすべくこんなのを、見せつけられてる訳か?
アイリスに、ねじ込む事すら、出来ない。
「テテュスは約束を破ってファントレイユに手出ししたぞ!」と怒り、ファントレイユの手を掴んで教練から、連れ出したりしたら一生……彼を恋人と引き離した、残酷な父親のように彼の瞳に映るだろうし…俺はそれは、それだけは決してしない父親に成れる自信が、あった筈なのに……。
どうして相手が、男なんだ?
女だったら…上手いこと、相手がどれだけあばずれか、とか、どうしてふさわしくないかを彼に教える事は、自分には簡単だったし、その理由を彼の前に提示して、
「それでも良ければ、一緒に成れ」
と言ってやる事が、出来た。
そしてファントレイユは決して馬鹿じゃなかったから、ゼイブンがなぜ反対するのか、ちゃんと納得しただろうに………。
息子と、一人の女を争う日が来て、彼女が息子になびいた時、老いぼれたと自覚する日がいつか、来るんだろうと……産まれたばかりの男の子を抱いた時、覚悟を決めた筈だった。
だがこんな覚悟は……一っ欠片だって、していない。
ゼイブンはもう、声を上げて泣きたかった。
よく、仕事先の野宿で、狼のそれは悲しい遠吠えを聞いた事が、ある。
一度などはあんまり悲しげでいつまでも小さく尾を引くような鳴き声で、ゼイブンですら心が痛んだが、今はあれに負けない鳴き声を出す、自信が、あった。
ファントレイユが彼を、迎え入れるように抱きしめ、テテュスはゆっくり、彼を壊さないよう優しくその身を、進める。
繋がっているのは明白で、その図は確かに、自分の許容出来る情事の範疇で、テテュスの控え目な、快感を感じる様子は好感が持てたし十分、男らしくて、腕に抱くファントレイユをそれは大切そうに、彼の快感をも気遣いながら身を進めるマナーの良さにも、感服した。
そっと、髪に額に唇を滑らせ、彼が辛く無いかを伺い、彼の為に気持ち良くさせる様に身を揺すって腰を使い、決して、暴走したりはしない。
ゼイブンは、顎に手をついて、思い切りぶすったれた。
どうせこれも、事実なんかじゃ、無い。
絶対に!
…だが、テテュスに限ってこれは、ありそうだった。
彼の様子を見る限り、ファントレイユが辛い事など決してしそうに無かったし、あれだけ品良く見えるが父親と同様、不意の事態の対処はそれは素早く優れていて、大切な相手の扱い方も充分、知っているように見えたからだった。
ファントレイユはその場所に感じる圧迫と戦いながらそれでも…テテュスを受け容れる幸福に身を震わせていたし、彼の腕に優しく抱かれて、本当に…お姫様に見えた。
つまり、彼が姫に見えると言う事はテテュスが…彼をとても大切に、扱っているせいだと、ようやくその時、解った。
レイファス。これは実はお前とアイリスなんじゃ、ないのか?
だがテテュスの初々しさは本物で、彼は父親アイリスの、常に余裕を見せ、どこか人を喰ったチャーミングな笑顔で相手を軽くあしらい、自分の意のままに操るのが得意な、喰えない男とは違い、純真で誠実、そのものの表情を見せたし、全身からそれが漂い、清々しい程、好少年に見えた。
ファントレイユの赤い唇から、満足の可愛らしい喘ぎが漏れ、テテュスも達したようでそっと…ファントレイユを眺めては、彼の額に、頬に唇を、滑らせる。その唇が、まだ微かに戦慄くファントレイユの赤く柔らかな唇に滑ると、ファントレイユはそれを受けてその身を進め、両手を彼の首にやんわりと巻き付けて、彼の全てを、受け容れた。
「………っ!」
ゼイブンはつい、舌打ちしそうで、額に手を当てて、項垂れた。

 朝日が、室内に溢れ、ゼイブンは呆然とそれを見つめていた。
朝だ…。それは…解っていた。
寝台に、服を着たまま横たわり、近くの長椅子にアイリスが、毛布を掛けて横に、成っている。
どういう…事なんだ?…本当にあれは、夢だったのか?
がた…がたがたん…っ!
ゼイブンは寝台から足を下ろした途端、近くのテーブルに足をぶつけ、アイリスが身を、揺らした。
「…まだ、酒が残ってるのか?」
ゼイブンは口を、ぱくぱく開け、アイリスはその、いつも颯爽と格好の良い伊達男が、魚が餌をねだるような無様な様子につい、寝ぼけがふっ飛ぶのを、感じた。
「…何か、言いたいのか?」
「許可を、取ってくれ…!
ファントレイユを教練から連れ戻す!」
怒鳴るなり、皺くちゃのシャツの上にカーキ色の上着を羽織ながら室内を出ようとするゼイブンに、アイリスは仰天する。
「…昨日、見送ったばかりなのに?」
ゼイブンが、聞こえている様子無くバタン…!と扉を閉めて出て行き、アイリスは慌てて毛布を剥いで、後を追いかけた。
「…ゼイブン…!」
アイリスが叫び、セフィリアは横を、自分に見向きもせずに猛烈な勢いで通り過ぎる夫を見送り、アイリスの慌てふためく、珍しい様子を、眺めた。
「…待て!」
良く晴れた青空の早朝の表の石階段を、駆け下りる彼にようやくアイリスは追いつくと、その腕を引く。
ゼイブンが振り向き、アイリスは怒鳴った。
「どこに行く!」
「それを…聞くか?
俺がどう言ったか、ちゃんと聞いてたんだろう?!」
「…本気でファントレイユを、連れ戻す気か?」
ゼイブンはアイリスの掴む腕を凪払い、怒鳴った。
「そう言った筈だ!」
アイリスは彼を見つめ、真剣に訊ねた。
「…本気で、言ってるんだな?」
戦場で肝の座り、負け知らずの武人の言葉でそう訊ねられ、ゼイブンはつい、怒鳴り返した。
「本気だ!」
アイリスはほっ、と吐息を吐き、ゼイブンに顔を向けた。
「どうしていきなりそうなるのか、聞いていいか?」
言葉は遠慮がちだが態度は違う。さすがに、『神聖神殿隊』付き連隊の連隊長だけあって、迫力に満ちていた。
ゼイブンはまさか限りなく現実に近い夢のせいだとは、言い出せなかった。が、見つめる真剣なアイリスは誤魔化せない程の、ど・迫力で自分を見据える。
「ファントレイユが襲われる夢を…見た。あんたは無いと言ったがテテュスが彼を…つまりレイファスがそうなりあんたが…慰めたみたいにして、そうしていた」
アイリスの眉が思い切り、寄った。
「…私が近くで寝ていたから、その影響で私とレイファスに起こった事を、テテュスとファントレイユに置き換えたんじゃ、なくて?」
ゼイブンは思い切り、言葉に詰まった。
凄く、リアルで…だが確かに、そう言わればあまりにも展開が…アイリスとレイファスの事件に、似ている。何せ、夢の出来事で、彼に確信がある訳じゃ、無い。
アイリスは彼の動揺を見取って、じっくりと告げた。
「…まさか夢を見て、現実じゃないってのにそれを理由にして、入学したばかりのファントレイユを連れ戻す気じゃ、無いだろうな?」
ゼイブンは言い淀むが、叫んだ。
「起こってからじゃ、遅いだろう!」
アイリスは、頷いた。
「確かに。だが、ファントレイユもテテュスも、納得しない」
ゼイブンは怒鳴った。
「だから、どうだ!俺は父親だ!」
「だから、何だ!父親だからと、ファントレイユの今までの…教練に入る為の努力を全部、無駄にさせたいのか!」
アイリスに、腹の底から怒鳴られ、ゼイブンは自分の顔が情けなく歪み、アイリスの前で、それこそべそをかきそうで、唸った。
アイリスはその普段決してみせない颯爽とした態度を崩した事の無い男の無様な様に、父親としての愛情深さを見る思いがして俯くが、吐息を吐いて顔を、上げた。
「…頼むから、落ち着いてくれ。そしてとりあえず君の夢が事実かどうかを、確かめてからファントレイユと一度きちんと、話をしたら、どうだ?
君はじっくり彼と、話した事が、あるのか?」
言われてゼイブンは、つい、項垂れた。
アイリスは尚も、つぶやいた。
「…確かに、認める。昨日の彼は、素晴らしく目立っている。だが…見た目通りのひ弱な少年なんかじゃないし第一、君の、息子だ。
彼がどういう体験をしているかも、君は知っちゃいないだろう?」
ゼイブンは泣き出しそうにつぶやいた。
「…あんたは、知っているのか?」
アイリスは俯いたまま、告げた。
「私が知っているのは、彼はとても誇り高く、女と間違われたり女の代わりにされるのは、彼の誇りが決して許さないし、それを避ける為の根性は、素晴らしく座っている。
それに彼はちゃんと女性ととっくに体験しているし、君同様、それは女性の扱いが、上手いと言う事も知っている。これだけでは不十分だと、君は思うかも知れないが!」
そう、怒鳴られてゼイブンはべそが、引っ込んだ。
「不十分だが、気分が最悪なのからは脱出した」
アイリスは脱力してつぶやいた。
「…それは、良かった」
 
 ファントレイユは呼び出されて、その室内にゼイブンの姿を見つけて、微笑んだ。
妻、セフィリアに自分の管理を任せっきりで、少年時代全然構って貰えなかったが、彼の姿を見るとファントレイユは、仕事の合間僅かな時間しか一緒に居られず寂しかったせいか、つい微笑みが、洩れる。
「…どうしたの?」
ゼイブンは窓辺で、振り向いた。部屋の隅にはアイリスが、腕組みして見つめている。
テテュスも、ファントレイユの後から部屋に入り、アイリスの様子に戸惑いを、見せる。
ゼイブンは息を、肩を揺らす程大きく吸い上げると、相変わらず素晴らしい美貌の美しい息子に、少し体を屈めてそっと、つぶやいた。
「…夢を………見たんだ」
ファントレイユの目がいきなり、何を言い出すのかとまん丸に、成った。
「お前が男に襲われている夢でよりによって…最悪のパターンで、凄くリアルで、レイファスが俺が父親失格だと、罰するみたいに目の前で瞼を閉じても、見えていた!」
アイリスはそれは取り乱すゼイブンの態度に…どう見ても親と子が逆転し、幼児に見える彼の様子に、自分もテテュスの時、ああなのかな。と知っている友人に訊ねるべきかを、思案していた。
「…私が?ひどい事を、されていたの?」
ファントレイユのその素直な問いに、ゼイブンは顔を泣きそうに、歪めた。
「…悪い事は言わん。ここは狼だらけで、お前はとびきり美味そうな羊だ。テテュスだってそれは苦労する筈だ。俺と一緒に、帰ろう。後の事は…アイリスが何とかする」
相変わらず自分に相談も無しに厄介毎を押しつけるゼイブンに、アイリスは呆れ、テテュスの『それは本当なのか?』と問い正す、射るような視線を受けて組んだ腕を、解いた。
「…何も聞いて無いぞ。ゼイブン。私はその事に関しては。第一、私はファントレイユの意思を尊重する」
テテュスはほっとしたように、再びゼイブンを、見つめた。
「…男に犯されるから、撤退するの?」
ファントレイユはそれでも、心配の余り取り乱すゼイブンの気遣いを、思いやりながら、つぶやいた。
ゼイブンは泣き出しそうだった。
「…お前をそんな目に、合わせたく無い!」
アイリスがとうとう、口を挟んだ。
「…君が夢で見た、ファントレイユの様子はそんなに…悲惨だったのか?」
ゼイブンは肩を震わせる。憔悴しきった彼の姿に最早、颯爽とした伊達男の、面影すら、無い。
彼は頷き、掠れた声でつぶやく。
「…そうだ…。可哀想に、助けを求めていたし、相手の男に懇願もしていたのに、野郎ときたら、全然聞き入れたりしない!」
ゼイブンは途端に思い出し、アイリスを見つめた。
「…なあ。普通、相手が泣いて嫌がったりしたら、萎えるもんだが、君はそうじゃないのか?」
ふいに訊ねられ、テテュスとファントレイユの無言の視線が自分に集まるのに、アイリスはぎょっと、した。
「…普通、萎えると思う」
アイリスの返答に、ゼイブンは端が見てもわかる程、ほっとして肩の緊張を、解いた。
「…じゃ、俺が軟弱なんじゃ、無いんだな。
あの野郎…!
泣いて嫌がってると言うのに…!
よけい興奮しやがって、野獣そのものだ!」
たった今起こった事のように怒るゼイブンに、その場の皆が、これが、現実で無く夢の話だと、理解してはいても、それは困惑して戸惑った。
当人のファントレイユは、眉を顰めてゼイブンの話に乗っかる。
「…私はそんな事態になる迄、反撃無しなの?」
ゼイブンは顔を、上げた。
「…だろう?普通、出口を塞がれ、前に立たれた時点で、相手の股間を、蹴るべきだ」
ファントレイユは、頷いた。
「…そこで叩かないと、後はなだれ込まれるな」
ゼイブンも頷く。
「…お前と来たら、押さえ込まれて押し倒されてから、もがいていたぞ?」
「…私はそんなに、間抜けだったの?」
アイリスとテテュスは親子のその会話に、たっぷり呆れ、目を見開いて二人を見つめ、思わず事の成り行きにお互い、目を見交わし合った。
「…そうだ……。しかも、野郎に髪を掴まれて簡単に唇を、奪われてる」
「…力の強い奴には、されそうだな。
で、その男って、どんな奴?」
「…顔は…見えなかったが間違いなく、野獣だ」
「野蛮なの?」
「…そりゃ…そうだろう?嫌がるお前を無理矢理、手込めにするような奴だ」
「…上手そうだった?
それで私が、反撃出来なかったとか……・」
ゼイブンはそう言う、息子のやっぱり、綺羅綺羅しい取りすました美貌を、たっぷりと見つめたものの、つぶやいた。
「下手だろう?お前がどうとか言うより、お前の抵抗を奪う事しか考えて無いようだったし、突っ込む事しか、考えていない」
ファントレイユは思わず口に、手を当てた。
「…それは…最悪だな。
じゃあ、私はそれは気分が悪そうに、していた?」
ゼイブンは顔を、揺らした。
そして泣き声でつぶやいた。
「…女のように無理矢理感じさせられて、泣いて相手に手加減を訴えてた」
ファントレイユはその時ようやく、異論を唱えた。
「でも、ゼイブン。私は無遠慮に触られるのは子供の頃から大嫌いで、嫌悪が先に立つと、感じなくなるけれど…。その時の私は、感じる演技を、していたのかな?…でもそんな事態だったら絶対気分が悪くなる筈だから、演技のしようが無いと思うけど」
ゼイブンが、あんぐり口を、開けそうに真顔でそう言うファントレイユを、見つめた。
ファントレイユは見つめられて、小声でささやいた。
「…ゴーディク婦人に、襲われた同然で口説かれた時も実は、全然役に、立たなかったんだ。セルシェ婦人の時は…凄く元気だったのに」
ゼイブンはゴーディク婦人が、年増で巨漢で、趣味の悪い化粧を塗りたくった不細工面で、綺麗な少年好きの好色そうな最悪な相手で、セルシェ婦人は胸が大きくて艶っぽい美人の未亡人だと思い浮かべて、ついいつもの伊達男に、戻った。
「…お前…まさかゴーディク相手に、寝台に寝そべったんじゃ、あるまいな?
俺の息子があんな女をあしらえないだなんて、最悪だ!」
ファントレイユは普段道理の父親を、見つめてささやいた。
「体を押しつけられた時全然反応しなかったから…。大層な用事を思い出して、失敬したよ。ちゃんと。
その後付き合って、事実を見せつけても良かったけど…でもあの口の軽い婦人に、『役立たず』扱いされて言いふらされても、不名誉だ」
ゼイブンは、頷いた。
「あの女に言いふらされ、その後不能に成った男も、居るしな。他の女に、『貴方、本当に役に、立つの?』と言われて、駄目だったのが原因で、一切の自信を無くして、二度と女を、抱けなくなったそうだ」
まるで、弔いのように神妙に、気の毒げにそう言うゼイブンにまた、テテュスとアイリスは顔を、見合わせた。
ファントレイユも頷くと、
「…最悪を通り越すと、感覚が無くなるどころか、鳥肌が立つと、あの時解ったし。
だから…ゼイブンの夢で見たのは、私の姿をした別人だったんじゃ、無い?
まあ…ゼイブンの心配も解るし、私だって唇を奪われるくらいの覚悟はあるけれど…。
でもテテュスは頼りに成るし、私もあしらえる相手なら必ず、そうする」
ゼイブンは、顔を揺らしてファントレイユのその、綺羅綺羅しい美貌を、見つめた。
確かに…柔な外見と性格はかなり…違うようだった。アイリスが「君の息子だ」と言った、訳が解り始めていた。
「…ファントレイユ。お前、俺の前だと態度が違うのか?」
ファントレイユは滅多に会えない美男の父親を、見上げた。
「…だってゼイブンとはちっとも遊べなかったし、話せない」
ゼイブンは試しに、聞いてみた。
「…なあ…もし俺が、お前を抱きたいとか言ったら、お前、どうする気だ?」
アイリスとテテュスはびっくりしたが、ファントレイユは少し頬を染めると
「…そりゃ…ゼイブンは上手そうだし…そうしたいなら構わないけど、でももしバレたりしたら、セフィリアの額に絶対角が這えて離婚の危機になるだろうし、隠して置けると、思う?」
逆に問われて、ゼイブンは頬を染める息子の、妻そっくりの美貌をまじまじと見た後、アイリスを、見た。
アイリスは見つめられて思い切り、ため息を、付いた。ファントレイユはまだゼイブンの返答を待つように彼を見つめていて、返事をしてやれとアイリスに促されて、ゼイブンは息子に視線を戻す。
…どうやら、意に介さない相手になびく様子が丸で、無い。
「…ファントレイユ。なら…レイファスみたいに強姦されたら、どうする気だ?」
ファントレイユは途端に、眉をきつく寄せた。
「…痛いだけで最悪に気持ち悪いし、臭いし、乱暴であれは暴力だと彼も言っていた。
私も、喧嘩したり剣の訓練でかなり鍛えたつもりだし、痛みにも強くなったつもりだけれど…。
お尻の穴ってどう鍛えればいいのか、正直解らない」
アイリスがとうとう吹き出し、ゼイブンは目を、まん丸に、した。
「だが…だが、俺が相手なら…平気なのか?」
ファントレイユはゼイブンを、じっと見つめた。
「だってゼイブンの相手は、事の後必ず、貴方にすり寄って来るじゃないか。貴方がとっても上手で、相手を気持ち良くさせてるからだろう?
そういう相手なら、痛くないし逆に、いい思いをすると、レイファスは言っていた。
女のように抱かれるのはどうかと思うけど。
子供の頃から散々女に間違われていたから、相手次第ではいいかなとも、思う。
機会が、あればの話だけれど」
ゼイブンはつい、まじまじと自分の息子を見つめて、言葉を、無くした。
ファントレイユはゼイブンの返答を、待ったが彼はつぶやいた。
「面差しが似ると、中味も似るのか?
しゃべらせると、それはいい性格の、セフィリアやレイファスそっくりだ」
アイリスはくっくっと、肩を揺らし口を手に当てて笑っていて、テテュスは呆れたようにそんな父親を、見つめていた。
「…手強いだろう?」
アイリスに言われ、ゼイブンは、素直に、頷いた。

 帰りの馬車で、いたいけに男に犯されかけていたのは、ふいに昔の同級の少年だったと、思い出した。
そうだ…。あの物置で、俺があそこを避けるべきだと、気づく原因に成った出来事で・・叫び声がし、乱入した途端男に殴り倒されて殆ど意識不明にされ、目の前で、助けを求めた少年は、犯されかけた。
結局自分は何の役にも立たず、同級の喧嘩好きが侵入して少年を助け…その後もいい仲に、成っていた。
ゼイブンはほっ、と吐息を、吐きだした。
アイリスが、訊ねた。
「感想は?」
ゼイブンは顔を揺らして彼を、見つめた。
「…確かに、俺とセフィリアの息子だ。
一筋縄ではいかないらしい」
「…それに、君に似て女性が大層好きらしいし、気を引くのも、上手だ」
ゼイブンは頷いた。セルシェ婦人だと?
彼女は大層、趣味がいい。姿がいいだけの男にはなびかないし、相当婦人の扱いに慣れた、品格あり実力もあり、姿も良い男じゃなきゃ、相手にしない。
「…聞きそびれたがファントレイユはセルシェを、モノにしたと思うか?」
「…彼は自分の格を上げる為に相手の名を上げつらう、上辺だけの男じゃないから、あの口振りだと、ちゃんと彼女の為に自分を役立てたんだと、思う」
ゼイブンは項垂れて、ため息を、付いた。
「…だがあの様子じゃ、気のある相手には例え男だろうが、平気でガウンを、脱ぎそうだ」
アイリスは思い切り、肩をすくめた。
「でも、彼がそうする相手はとても少なそうだ。お尻の穴を、鍛える気も、無さそうだし」
思い出してまた、アイリスはくっくっと、肩を揺らして笑い続け、ゼイブンは自分が笑われたように気分を害したが、彼の言うとおり結局馬鹿げた心配だと解って、息子を馬車に乗せないままの帰還に、何も言えずに顎を手の上に乗せ、景色を眺めてぶすったれ、アイリスの止まない笑いを、聞き続けていた。

 ファントレイユは思い切り、ため息を付き、テテュスの見つめる視線に振り向いた。
テテュスが、言いにくそうに、つぶやいた。
「ゼイブンはとても、心配そうだったね」
ファントレイユは頷いた。
「心配してくれるのは、解るけれど……」
テテュスはファントレイユが、ゼイブンが口を滑らせた『俺が、抱きたいとか言ったら・・』のくだりを本気にして、でも結局はぐらかされて、美味しいお菓子を食べ損ねたように落胆していないか、心配に成って訊ねた。
「ゼイブンは相変わらず女性しか、眼中に無いようだったね。
君もちゃんと返事がもらえなくて、随分がっかりしたんじゃない?」
ファントレイユは心から、その通りだ。と頷いた。
「……だって君はアイリスとちゃんと接しているから、彼が父親だって自覚が凄くあるけれど。
私は殆どゼイブンと会えなかったから、抱かれたりしたらもっと彼の事が解るし、うんと身近に、感じられるし、そうなったらゼイブンだって、勝手に私を美化して想像の可愛い子ちゃんの私が犯されていても、ちゃんと現実の私と区別が、付くと思う。
…自分の心配を無くす、いい機会だと思うのに、どうして身を、翻すのかな?」
テテュスは執事の息子、アロンズに、身分の差を気にされて逃げられ、今また父親にも逃げられて、自分が振られたと思って落胆しきっているファントレイユについ、ささやいた。
「…だってきっと君と寝たりしたらゼイブンは絶対、今度は別の事で思い悩むだろうし」
ファントレイユは艶やかな焦げ茶の巻き毛に囲まれた白面の美しいテテュスを見つめ、ため息を吐いた。
「離婚の、危機?
でもそれってやっぱりゼイブンはセフィリアの方が私より、大切だって事だよね?」
テテュスは頭を揺らし
「…そういう選択を迫られる事態に成りたくないから、君と関係を持ちたくないんじゃ、無いの?ゼイブンは」
ファントレイユは頷いた。
そういう面倒事がゼイブンは大嫌いだと、知っていたので。
「テテュスはいつも、かしこい」
ファントレイユに誉められて、テテュスはだがため息混じりに、そのまだ落胆した様子の美貌のいとこを見つめて、話題を変える為にささやいた。
「…でも、ゼイブンが取り乱す理由も、解るよ。
だって君、とても目立つもの」
「ギデオンの、次だろう?
彼の方がよっぽど美少女に見えるし、身分も最高に高くて注目を集めてる」
テテュスが眉を顰めてささやいた。
「…でも高嶺の花だと思ってる奴らにとっては君の方が、手軽に手を出せる相手だと思ってる」
ファントレイユの眉が、思い切り、寄った。
「…そんな奴に犯されるのは、死んでも嫌だ」
テテュスも吐息を、吐き出した。
「………そうだね」
言葉には出さなくても、テテュスはそんな目に君を合わせたりはしないと、心に決めているみたいで、ファントレイユは心の底から彼の事を慕った。
ゼイブンがもし、テテュスに求められたら、どうする?と聞いてきたら、「勿論、断ったりしない」と言うつもりだったが、テテュスは自分やレイファスの同年いとこ三人組の中で一番純情だし、優しく控え目な笑顔で、貴族の集まりの時でも気品溢れる柔らかい態度で、恋に憧れる少女達の、憧れの的だったけれど、父親のアイリスのように遊び回る事もせず、たった一人の女性を探して彼女の献身的な騎士で居るつもりらしく、教練に居る間は自分が仮のお姫様役なんだと知っていたから、ファントレイユも無体で無神経な輩から、テテュスを護る気で、居た。
テテュスときたら、その体格道理荒っぽい事の対処は優れていたけれど、貴族達の社交の場ではからっきしで、そういう場所で純情な彼を、計算高い女から護るのは、大抵自分の役割だったからだ。
レイファスに、「迂闊なすれた女に渡すくらいなら君の手に渡った方が、余程いい。
君にその気のある上級生に、君が襲われたりしたら絶対、テテュスは責任を感じて、君の為に何でもするだろう?」
と言われた事を、思い出していた。
勿論、それもいいな。と幾度も想像は、した。
だがどう頑張ってもテテュスはきっと、自分がそんな目に合ったりしたらうんと、心配するだろう。
彼にそんなに心配かけたりしたら、きっと良心が、レイファスと違ってずきずきと痛むに、違いない。
入学式の時、そういうつもりな上級生が幾人か居るのを知っていた。が、テテュスもそれを感じた途端、一層自分の背に身を寄せて、気を引き締めてそいつらから、大事ないとこを護る決意を、固めていたのを感じると、奴らの気を引いてテテュスを手に入れる機会を狙うより、そいつらに付け入られない隙を、作らないようにする事が、テテュスの為だと、身に滲みて解った。
彼は一つ、ため息を、付いた。
子供の頃から、それはつれないゼイブンが、わざわざ入学翌日、心配の余り連れ戻しに来たり、テテュスに嫉妬まがいの視線を送ってくれた事で、満足するしか、ないな。
とりあえず、その気は全然無いにしても、『抱く』だなんて言ってくれたし。
ファントレイユはつくづく自分は、男には縁が、無いなと思った。その気のある女性の気は大抵引けるけれど、寝てもいいと思える男には、尽く振られているように、思う。どうでもいい野郎にはやたらその気に成られてると言うのに。
この腹立ちは、きっちり、いい寄って来る男で晴らしてやろう。と、心に決め、テテュスのとても少年らしい肢体と、完璧な美しい騎士ぶりを見つめ、微笑んでみせた。
テテュスは、絶対ゼイブンの心配を本物にさせないから。と、ファントレイユの大好きな美しい笑顔で微笑み返したりするから、ファントレイユは手に入れ損なった相手の素晴らしさにつくづく、残念な気がして、ため息を、付いた。
ゼイブンに、自分の本音を開かさない前に、彼が納得して帰ってくれた事に、心の底で、そっと、感謝して。
               -end-






この前のファントレイユの幼少時は
まだ連載中です。
同作者の「幼い頃」をご覧下さい。

また、ファントレイユが実際教練で犯されかけた事件については
「教練校での出来事」で。

成長したファントレイユが、ゼイブンそっくりの女垂らしに
成っているのが「ファントレイユとの出会い」
にて。

また、テテュスが主人公の「野獣の初な恋心」
ではまだ相変わらずファントレイユが純情なテテュスを
最強狼のグエン=ドルフから、護っています。
テテュスってば、ほんとうに自分の事に関しては
ぼんくらなんですね・・・。

読んで頂けたら、感想頂けると、嬉しいです。
「読んだよ」
だけでもいいので、どうぞよろしく☆

王冠1 イラスト入り登場人物紹介王冠1
完成次第、随時増えて行く予定ですが、作者の絵の腕がヘボなので
向上していくときっと、登場人物に似てくる事でしょう…。
長い目で、見守ってやって下さい。
アースルーリンドの騎士「幼い頃」ブログ連載中
ぼやきページでは、制作途中イラスト披露してます。

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ついったー
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