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星と飴屑

作者:桜沢麗奈
 彼はヒコウキを作っていた。

 授業中も、休み時間も、いつもヒコウキを作っていた。

 だから学校の成績なんて滅茶苦茶で、去年なんて私はこのひとが来年は同じ学年になれないんじゃないかと心配して、試験前にとっつかまえてヒコウキを取り上げ図書室に監禁した。

 彼は悲しそうな顔をして、ヒコウキが作りたいといった。私はなんだか鬼婆になったような気分がして、それでも彼と次の年も同じ教室で過ごしたかったからその捨て犬のような瞳をがんばって無視し、数学の問題を書いたノートを渡した。

 罪悪感はあった。だって彼が留年しないことを願ったのは彼じゃなくて私だったから。

 私は私の「来年も同じクラスで一緒にいられる」という欲のために、彼から一時的にとはいえヒコウキを取り上げた。

「ヒコウキが作りたいよ。学校なんてどうでもいいんだ。本当はヒコウキさえ作れるなら」

 彼は歴史の教科書に目を落としてそう言った。

「一瞬一秒さえもったいないんだ。自分の頭がヒコウキ以外のことを考えるのが。自分の指がヒコウキを作ること以外のために動くのが」



 私はなぜだか彼のことが好きだった。

 そして彼に友達はそんなに多くなかった。

 口を開けばヒコウキのことばかり。誰と何の話をしていてもいつもヒコウキの話に持っていってしまう彼だったから。

「あいつオタクだよ」

 そうひとことで片づけて見向きもしないクラスメート達を、まったく意に介さず自分の時間に没頭できるのは彼で、私だけいつだって心配ばかりしていた。

「ねえ」

 相も変わらずヒコウキを作っている彼に声をかけると、白い紙を折る手を止めて顔を上げた。

 その指先は折りかけの紙の上から離れなくて、そして彼の指はとても丁寧に紙に折り目をつけているその途中で止められていて、私はなんだかとても悪いことをしたような気になったけど、やっぱり言わなきゃいけないと思って、少しだけ強い口調で言った。

「せっかく学校にいるんだから、ヒコウキばかり作ってないで、もっと休み時間にみんなと話したりとか、そういうことをすればいいのに。ヒコウキなんてどこでも作れるじゃない、ひとりの時だって」

 そう私が言うと彼は優しい笑顔をむけて、答える。

「うん、そうだね」

 そしてまた、ヒコウキを折りはじめる。そんな彼を見て、私はちいさくためいきをついた。

 彼は声をかけられたから反射的に返事をしているだけで、その実さっぱり聞いてなんかいないんだろう。

 私が何を言ったって、ただひたすらヒコウキを作っているだけ。

 そんな彼に不安を覚えながら、少し安心もする。そんな自分が時折嫌になる。

 安心。だって彼がこういう人である限り、声をかけるのは私くらいのもので。だから彼の心を他の人に奪われてしまう心配がない。

 けれどよく考えてみれば、ライバルが現れないおかげで、彼の気持ちが私じゃない誰かに向く、そんな心配をしなくて済んでいたとしても、私のことも何とも思ってくれないんだとしたら、それは同じくらいにむなしいことなのかも知れない。

 他の女の子に奪われるのではなく、紙飛行機に負けるだけ。

 もし私が彼に、あなたのことが好きです、なんて言ってみたとしても、私とのデートの時間なんてもったいないときっと彼は言うんだろう。

 ヒコウキを作る時間が減るってきっと彼は言うんだろう。

 そんなふられ方をするに決まってる、最初からわかってる、そんなこと。

 だからきっと何を言っても無駄。そう思っているのに、つい、私は聞いてしまった。

「ニンゲンよりヒコウキの方が好きなの?」

 そう言いながら、私は、自分が馬鹿だなあと思っていた。

 彼はきっとあっさり、そうだと頷くに決まっている。わかりきっていることを聞いてどうするのかと。

 けれど彼は顔を上げて、驚いたように私を見た。折りかけの紙飛行機の上から、手が離れた。

「そんなことないよ、ヒコウキはニンゲンの夢を運んでくれる乗り物だから好きなんだ」

 即答で肯定されると思っていたから、そうじゃなかったことに少しびっくりした。

「それは電車だって車だって同じじゃない?」

「うん、でも少し違うんだ。ずっとずっと昔から、たくさんのひとが、いつか空を飛びたいって夢を見てた」

 彼は作っていたヒコウキを大切そうに鞄にしまった。それから、私の目をじっと見て、彼は言った。

「ディズニーランド好きだって言ってたよね」

「……言ったけど」

 確かに以前、彼と一緒に行きたくて、ディズニーランドの話をしたことがあった。けれどあの時もヒコウキを作っていて生返事で、だから私がそう言ったことを憶えているなんて思わなかった。

 けれど今どうしてその話題が出てくるのかがさっぱりわからない。

「僕も好きだよ」

「……そうなの?」

「うん」

 そう言うと彼はまた新しく道具を広げ、ヒコウキを作り始めた。

 話が見えない。はぐらかされているんだろうか。それとも私が聞いていることなんてどうでもいいんだろうか。

 私は少しいらいらして声をあげた。

「だからなんなの? ディズニーランドは好きだよ、あんなにおもしろい遊園地ほかにないし、だけどヒコウキとそれがいったい何の関係があるわけ?」

 私は彼がいつものように返事だけして全然話を聞いていないのだと思った、けれど。

「同じなんだ。僕のヒコウキとディズニーランドは」

「……同じ?」

 今度折ったヒコウキは十数秒でできるような簡単なもので、真っ白な紙で折った紙飛行機を目の高さにあげて、飛ばすような動作をしながら、彼は言った。

「ねえ、ディズニーランドを作った人は何を持ってたと思う?」

「お金でしょ。お金がなかったらあんなにすごいもの作れないもの」

「うん、それはもちろんそうなんだけど、お金だけじゃ作れない。人を楽しいと思わせるものが存在するとき、そこには必ず作った人の夢があるんだよ」

「夢?」

「そう、きっとディズニーランドを作った人は、たくさんの人が喜ぶっていう夢を見たんだよ。他の誰にも見れないような大きな夢。それは人を愛してるっていうこと。お金が儲かることを考えるよりずっと先に、人間を愛しているんだっていうことなんだよ」

 そう言って、彼は少し笑った。



 わかったような、わからないような。

 そんな気分だったけれど私は、それは彼のことなんだと思った。

 人間を愛しているのは彼なんだって。





 ある日。私は部活のテニスの試合に負けた。

 大切な試合だったのに自分のミスで負けた。

 ラケットを持ったまま、私は誰もいない校庭の隅で泣いた。

 その時にふわりと、風と共に飛んできたのはヒコウキだった。

 私が顔を上げると、そこには彼が立っていた。

「あ……」

 彼は私の足下に落ちたヒコウキを拾い上げた。

「作ったんだ」

 私はびっくりした。

「……私のために?」

 彼は頷いた。

 はじめてのことだった。

 いつだって私はヒコウキを作るのをそばで見ていたけれど、ヒコウキをくれたのははじめてだった。

「ほかにあげられるものがなにもないんだ」

 ぽつりと彼が言った。初めて見る表情をしていた。少し悔しそうな、もどかしそうな、そんな顔を。

「僕は何かを話すより、いつでもヒコウキを作っていたから、いろんなことが足りなくて何を言っていいのかわからない。だけどヒコウキなら作れるんだ。きみに言いたいことが本当はことばとしてあるはずだったんだけど、それをなんて言ったらいいのかわからなくて。だからヒコウキを作ったんだ」

 そっと。

 彼がヒコウキを私に差し出した。

「誰かの心に何かを届けるとか、そういう役目を持たなかったら、ジャンボジェットでさえただの鉄くずと同じなんだよ……」

 私はヒコウキを受け取り、彼を見上げた。



 ヒコウキが。

 ただのヒコウキなのに持ってる手を温めるのはどうしてだろう。



「……わたしをすき?」

 私は聞いた。

 彼はうなずいた。

 そして私の持っているヒコウキにそっと触れた。

「わかるよね」

 彼のことばに、私は声も出せずに首を縦に振った。

 何でヒコウキが温かいのか解ったから。



 熱が伝わる。

 きらきらと目に見えない不思議なものが彼から私に降り注ぐ。

 夜空にまたたく星のような。それとも幼い頃に口の中で噛み砕いた飴の破片のような、ちいさくきらめく甘いなにかが。



 ことばなんてなくてもわかることがあるんだって。

 私はヒコウキを胸に抱いてもう一度泣いた。


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