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工場と科学者

 うっそうとした森を、一台の大きな二輪車が駆け抜けていく。でこぼこだらけの、道にすらなっていない、木の根が絡み合った地面をものともしないで跳ね回っているさまは、どこか大きな草食動物のようで、黒く艶が消された金属の塊だとはとうてい思えない。
 無機質な化け物に跨がっているのは、あたりまえのように人間ではあるのだけれど、少年というには輪郭のゆるみが見られ、少女と言い切るには柔らかさが乏しく、青年というには簡素すぎる肌質で、女と言えるほど特徴的でもない。無骨な黒いヘルメットをかぶり、ゴーグルは華奢な身体に似合わず古めかしく、大きい。色褪せたカーキ色のカーゴパンツのポケットというポケットが膨らんでいて、紺色のウィンドブレーカーのファスナーの隙間から、灰色のパーカーがのぞいている。
 二輪車の両脇にはたくさんの荷物が積まれている。それは二輪車の主の趣味とは思えないような派手なドレスであったり、どこで拾ってきたのか、何をするものなのかもわからないような埃っぽい機械だったりと不可思議で目を引くものばかりだけれど、その中でもひときわ不可思議な球状の物体が、座席の後ろにある大きな荷台を占領していた。
「ユウ」
 どこかから、囁くようなよく通る声がした。
 荷台の物体から猫のような耳と毛玉のようなしっぽが生え、四つ、人のこぶしほどの柔らかそうな突起が手足のように現れて球体を支える。そのとたん、球体からぼんやりと、子供の落書きのような顔が現れた。映し出されたその表情は、どこか眠そうで、困惑しているようにも見える。
「なんだい、ポプラ」
 澄んだ声でユウは答えた。
「まだすすむのか」
「そうだよ」
 ユウはわき目もふらず、子供らしい声に応じる。
「そうか」
「どうしたの?」
「こんなにがたがたしてちゃ、ねむれん」
「そんなことを言ったって、もう半日以上眠っていたじゃないか」
「それとこれとはべつだ」
「睡眠はどんな生物も一種類だよ」
「そういういみじゃない」
「それ以外に意味なんてないように思うけれど」
「そうじゃない。まったく、いやなやつだな」
 ポプラはぼんやりとつぶやくようにそう言った。ユウは振り向いてポプラを一瞥して、運転を続ける。
「そうかな? 君ほどではないよ」
「そうかもしれんな」
「そうだよ」
 ポプラは黙って荷台にしがみついた。その表情は、やはりどこか困ったような顔をしている。
 二輪車は轟音をたてながら、森の中をはねるように進んだ。
 しばらく走っていると、木がだんだんとばらけ始め、景色が少しずつ明るくなってきた。
 二輪車が地面を走るようになると、ユウの右手がひらけ始め、きらきらと夕日に光る水面が現れた。
 ユウは少しずつブレーキをかけた。ほんの少し前まで跳ね回るように走っていた二輪車はしだいにおとなしくなり、やがて湖畔でゆるやかに止まった。
 山あいに隠れる夕日が、ユウとポプラを見下ろしている。流れるようなそよ風が、湖面を波立たせている。
 ポプラは、とりつかれたように湖を見つめていたが、不意にぴょん、と荷台を飛び降りた。風船のような身体が柔らかく歪んで着地した。
「ここなのか?」
 落書きのようなできあいの顔がユウを見上げる。
「うーん……」
 ユウはポプラと湖を交互に見て、腕を組んだ。
「確かにここではあるんだけど、ここだけじゃないんだよね」
「もっとおくなのか?」
 ため息まじりの声が、灰色の球体から発せられる。
「そうだよ」
 それにうなずくユウ。
「ぼくが目指しているのは、あれさ」
 指さした先は、今まさに太陽が隠れようとしている山だった。
「あのやまなのか?」
「山……そうか、ポプラにとっては、あれは山なんだよね」
「やまじゃないのか?」
「正確に言えば、山ではないよ」
「どうみてもやまだぞ」
 ポプラはぴょんぴょんと飛び跳ねて必死に指さした先を見ようとするが、ユウの腰ほどの高さまでしか飛び上がれない。
「しょうがないなあ」
 ユウはポプラを両手でがっしりとつかんで、持ち上げた。
「な、なにをする!」
 間延びした声が焦りを帯びた。
「肩車」
「やるならさきにいえ!」
「いやだよ、めんどくさい」
 ヘルメットの上に、灰色の球体が乗っかった。
 ポプラはユウのさした方を見つめた。
「ただのやまだろ」
 山々は夕日に照らされて、ここからでは影絵のように真っ黒にしか見えない。
「まあ、山にしか見えないよね……」
 ユウはポプラを再びつかむと、荷台に放り投げた。
 ごん。
 荷台に重たい音が響く。
「いたい」
 ポプラのつぶやきは空を流れる。
 ユウは何事もなかったかのように二輪車に跨がって、エンジンをかけた。

 湖畔を進んでいくと、不意に、古びたコンクリートで舗装された道が現れた。
「こりゃたいへんだ」
「まあ、見ればわかるかな」
「あれだ、だむ、ってやつだ」
「そうそれ」
 コンクリートで出来た巨大な堤防の上、これまでからは考えられないほど平坦に作られた道を、黒く巨大な二輪車は滑るように走っている。
「こうしてみるといいけしきだな」
「そうだね。ぼくはずっとそう思っていたけれど」
「もりのなかはがたがたするからやだ」
「君は本当に平坦が好きだな」
「ゆれるよりはゆれないほうがいいだろ」
 ユウは無言で首を振った。
「君には振動の良さがわからないんだね」
「わかりたくもないさ、そんなもの」
 ポプラはふああとあくびをして、おとなしく荷台で丸くなった。
 二輪車はなおも、吠えるような轟音を立てて。滑るように走り続けた。
 やがて、二輪車はダムを通り過ぎ、今度はごつごつとした山道にさしかかった。
「うわあああああ」
 ポプラは必死で荷台にしがみつく。
「なんじゃこれは」
「なんじゃ、って、まだ目的地についていないだけさ」
「まだのぼるのか?」
 ポプラはあきれた顔をして、荷台にかじりついている。
「仕方ないだろ、ぼくの目的地はこの先にあるんだ」
「けっきょくやまじゃないか」
「山じゃないよ、よく見てくれ」
 ごつごつとした岩は、よく見ると人工的な直角が見えかくれしている。土と草に覆われているのは紙一枚くらいで、その下には黒々とぬられた硬そうな金属が隠れている。
「なんだこれは」
「だから言っただろう、山じゃないって」
 人工物の山を、おおきな二輪車が跳ね回るようにのぼっていく。今までの道と何ひとつ変わらずに彼らは頂上を目指した。
「なにかのこうじょうなのか」
「まあ、そんなところだね」
 がらんと大きな音がして視界が下にひらけたので、ユウは急にブレーキをかけた。二輪車がききーっ、と甲高い音を立てて止まる。
 がらくたの山を、がらくたを纏った二輪車が、のぼりきった。
 とっくのむかしに引っこんでいたはずの夕陽が、彼らを真っ赤に照らす。
「まぶしいな」
「そうだね」
「めにしみる」
「そうだね」
 ユウはゴーグルをかけて、夕陽を見つめた。その先には何もないけれど、その下にはある。
 山で囲まれたくぼみのような盆地には、たくさんの残骸がころがっていた。ユウが持ち歩いているガラクタと、それほど大きな差はないが、それが谷間という谷間、盆地じゅうを埋め尽くすほどに積もっている。
「すごいなこれ」
 ポプラは何かの機械の残骸がたくさん積もっているすぐ下の谷間を見て、ただつぶやいた。
「これは、この工場が生み出したごみだよ」
「これぜんぶか!」
「そう、全部」
 ユウは、いつものようにポプラの前にしゃがみ込んだ。

* * *

 むかし、むかしの話だけれど。

 山間にあった小さな村には、とてもきれいな水が流れる川が流れていたんだ。
 村人はその水を日々の糧にして、暮らしていた。とはいえ、みんな貧しかった。当たり前だ、水があるだけで人々の生活はなかなか豊かにならなかった。そもそも、水以外はさほど恵まれていなかったのだから。
 ある日、一人の科学者がやってきた。彼は、この村の水があまりにもきれいなことに驚いて、新しい電化製品の工場を建てさせてくれと頼み込んだ。
 村人は最初反対した。そんな工場を建ててしまったら、水が汚くなってしまうと。
 けれど、科学者は頭が良かった。ここに工場を建てさせてくれたら、みなさんを従業員として雇いますと言った。電化製品はすごく売れるし、従業員の給料はものすごく高い。だから、結局彼らはここに工場を建てることを許した。

「あのだむは、そのためにあったのか」
「ポプラ、だめだよ、話の先を読んだら」

 電化製品はすぐに大量生産されて、科学者は巨額の富を築いた。従業員たちも、最初はとても高い給料に喜んで働いた。もらったお金で自動車を買って、遠くから通う人が増えた。なにしろこの村は買い物するのも大変なくらいの田舎だったから。みんな、もっと便利なところで暮らしたがったんだ。

「なるほど、それでだれもいないんだな」
「だから、ポプラ、話の先を読んじゃダメだって」

 ある日突然、科学者は従業員全員を殺して、谷底に埋めた。その上にダムを作って、村を沈めたんだ。
 なぜかというと、彼の仕事の手伝いをするロボットが出来て、村人は電化製品の秘密を知っているだけ危険な存在になったからなんだ。

「ずいぶんひどいやつだな」
「そうかな、ぼくには気持ちがわかるけどな」
「おまえにきもちなんてものがあるのか」
「ないわけじゃないよ。その証拠に、君はこうして生きているじゃないか」
「そういわれてみれば、たしかにそうだな」

 でも、その村人たちの血のせいで水が汚れて、電化製品の質が落ちて、売れなくなってしまった。
 いつの間にか誰も科学者の姿を見なくなった。

 彼は借金を苦に自殺してしまったとか、自分もロボットになってどこかに逃げたとか、借金取りに殺されてこの谷に埋められたとか、いろいろなことを言われているけれど、本当のことは誰にもわからないんだ。

 今となっては、ね。

* * *

「おまえのはなしはどうしてそう、むごいやつばっかりなんだよ」
 ポプラが困ったような顔で、話の終わったユウを見つめた。
「むごいかなあ。別に、普通の人間だと思うけどね」
「まともなにんげんなんて、いちどもでてきてないぞ」
 ポプラの身体がぷくっとふくらんだ。
「まともが何なのか、君がわかっているとは到底思えないけれど、まあ、確かに、まともではないかもしれないね、ぼくも、君も」
「またはなしをすりかえた」
 ポプラのするどいツッコミを聞かないふりをして、ユウはそのまんまるの物体を荷台にのせた。
「はなしがおわったのに、まだすすむのか?」
「そうだよ」
「もういいだろ」
 ポプラのうんざりしたような声に、ユウはふふ、と笑った。
「君はこんな、何もないところで一夜を明かしたいのかい?」
「べつにおれはいいのさ」
「そういわれてみればそうだった。ぼくが馬鹿だったよ」
 そう言ってユウはゴーグルをかけ、夕闇が迫る工場を後にした。
 整備されきった道路を、二輪車は滑るように走り抜けていった。

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