かっぱえびさん
むかしむかしあるところに、お尻からえびのしっぽを生やし、頭のてっぺんにお皿を乗せた、かっぱえびさんがおりました。かっぱえびさんは川のほとりで、ぷかぷか浮きながら大好物のきゅうりやコケを食べて、一人で暮らしておりました。
ある時、かっぱえびさんはとうとう一人でいることがさびしくなって、仲間を探しに隣の村に出かけて行きました。
「きっとこの世界のどこかに、僕の仲間がいるに違いない」
かっぱえびさんが歩いていると、ちょうど畑でたくさんのかっぱさん達がきゅうりを食べているのを見かけました。かっぱえびさんは嬉しくなって、かっぱさん達に手を振って声をかけました。
「おぉい! 僕も仲間に入れてもらえませんか?」
ところがかっぱさん達は、自分達の取り分が減ると思い、かっぱえびさんに決していい顔はしませんでした。
「なんだ、お前」
「見かけない顔だな、どこからきた?」
「僕はかっぱえびです。見てください、このお皿。あなた達のしんせきです」
かっぱえびさんは今までずっと一人で川のほとりで暮らしておりました。久しぶりに出会えた同類に、嬉しさが止まりませんでした。にこにこと笑顔を見せるかっぱえびさんに、ところがかっぱさん達は冷たく言い放ちました。
「うそつけ。お前みたいなかっぱがいるものか。からだじゅう花びらみたいに桜色じゃないか」
「そんな変なしっぽのかっぱなんか、見たことないぞ」
「帰れ、帰れ! えび男!」
自分達のきゅうりを取られたくないかっぱさん達は、かっぱえびさんに石を投げて追い払いました。かっぱえびさんはあわてて畑をはなれました。
かっぱさん達に仲間に入れてもらえなかったかっぱえびさんは、しかたなくもう一つ隣の村の川に出かけて行きました。
「きっとこの世界のどこかに、僕の仲間がいるに違いない」
すると、ちょうど浅瀬で可愛らしいえびさん達が楽しそうに泳いでいるのが見えました。かっぱえびさんは嬉しくなって、えびさん達の下にかけよりました。
「おぉい! 僕も仲間に入れてもらえませんか?」
ところがえびさん達は、自分達とはけた違いに巨大なかっぱえびさんのその姿に、驚いて岩かげに隠れてしまいました。
「きゃっ!?」
「巨人よ! 巨人がおそいかかってきたわ! みんな逃げなさい!」
「違うよ! 僕はその……えびだよ! 見てよこのしっぽ。それからこの肌の色。君達と同じ桜色だよ」
逃げるえびさん達に、あわててかっぱえびさんは説明しましたが、あいにくえびさん達は聞く耳を持ってくれませんでした。
「うそおっしゃい。そんなに大きなえびが、いるもんですか」
「騙そうったって、そうはいかないぞ。その頭のお皿、君はかっぱだな!」
「巣に帰れ! かっぱ野郎!」
えびさん達が逃げるのを止められず、かっぱえびさんはとうとう追いかけるのをあきらめて、一人とぼとぼと川を離れました。
その晩、かっぱえびさんは元いた村には帰らずに、そのまた隣の村の、誰もいない川のほとりで一人お皿を濡らしました。
「きっとこの世界のどこにも、僕の仲間はいないんだ」
お皿はたちまち水であふれかえってしまいました。すると、そこに桶いっぱいに水を汲んだ女の子が通りかかり、かっぱえびさんを見て大きな声を上げました。
「おわあ! かっぱだ!」
「……違うよ。僕はかっぱじゃない。見てごらん。えびのしっぽがついているもの」
おそるおそる近づいてくる女の子に、かっぱえびさんは悲しそうにえびのしっぽを見せてやりました。
「じゃあ……えび?」
「それも違うよ。こんなに大きなえびがいるもんか。それに、頭にお皿がついているのが見えるだろう?」
「おわあ……!」
今にもこぼれそうなくらい水のたまったお皿を覗き込んで、女の子は目を丸くしました。かっぱえびさんは、悲しそうにうなだれました。
「僕はかっぱでもない、えびでもない。僕はどっちでもない、かっぱえびなんだ。僕の仲間は、どこにもいないんだ」
「じゃあ、私とおんなじだね」
「え?」
かっぱえびさんが顔を上げると、女の子は桶いっぱいの水を両手で頭にかかげて、白い歯を見せました。
「私もここで毎日、おばあちゃんの代わりに一人で水を運んでいるところなの。よかったら手伝ってよ、かっぱえびさん」
女の子のお願いに、かっぱえびさんは嬉しくなって涙を流してしまいました。嬉しいのに涙が流れるなんて、不思議です。まるでかっぱなのにえびのしっぽを持った、かっぱえびさんみたいです。かっぱえびさんが不思議な涙を流すと、不思議と悲しい気持ちもどこかに行ってしまいました。
それからかっぱえびさんは、もう元の村には帰りませんでした。
そこから少し離れた村で、女の子といっしょに水を運ぶ桜色のいきものが、たびたび見かけられるようになりましたとさ。おしまい。