最強の回復魔法を持つ女神と最強の攻撃魔法を持つ俺が最強すぎて困ってる件
『みっなさあああーん。女神アリスティアから重要なお知らせでーす! 魔王が復活したのでありまーす! これから皆さんの中から魔王と戦う勇者様を、選ばせて頂きまーす!』
ゲームに没頭中の俺こと所沢一の脳内に、やかましいギンギン声が鳴り響いた。
「う、うるせぇ!!!」
耳を塞いでも容赦なく響きやがる。
なんだかよくわからんが、どんだけ迷惑な女神なんだよっ!
――と、少々イラっとしたのも束の間。
今は訳のわからない声などに、かまけている場合ではない。
ボサボサ頭を掻きむしり、カビ臭い部屋に引きこもって数日。
ようやく、ここまでたどり着いたのだ。
俺はテレビに映ってる魔王を睨み、口角をニヤリをつり上げる。
「おっし! やってやるぜ!」と舌舐めずりし息巻いた瞬間……。
――ちっ! またかよっ!
『ちょっと、アリス! あんた何処に放送してんのよ!』
『ほえ……?』
『チャンネルをちゃんと見なさいよ! 全然関係ない星に放送してるじゃないの!』
『ど、どうぢよ……おねえぇぇぇさまあああ!!!』
またしても、謎の声がガンガンと、脳裏に響く。
「マ、マジ……うるせぇぇぇ……」
完全武装したマイアバターで、ラスボスをオーバーキルでぶっ倒し、俺TUEEEEの極みに酔いしれようとした、唯一無二のタイミング。
魂の躍動を感じるこの瞬間こそが、今の俺の全てなのだ。
「おっしゃあああ!!! 魔王をぶっ倒したぜ!」
思わずゲームパッドを手放して、ガッツポーズ。
「ちと強く育ちすぎていた。ラスボスすらモブキャラだったな」
独り言を呟いて、甘美な余韻に浸ろうとした。――その時。
「――ねぇ……君が魔王を倒したの?」
「……はい?」
いい加減、うんざりして、『ハイハイまたですか、ご苦労さまです』と、脳内で呟いてみたものの、今度はストレートに耳から聞こえた気がする。
気配を感じ振り向くと
「うわああああああああああああ!!! お、おま誰だよ!」
「女神アリスティアだよ」
「はああああああああ? あ!? ……ってもしや、さっきのうぜぇ声?」
女神と名乗った少女は長年の友のように、女の子座りで微笑む。
腰まである桜色の髪に、透き通るような青い瞳。
萌え萌えで胸元が覗けそうなエロい鎧に、ひらひらスカート。
惜しげもなく露わとなっている柔らかそうな太ももは、まさにエロゲーの世界。
プレイ妨害? 不法侵入? 自称女神?
そんな文字列が瞬時に脳裏を掠めたが、即時封印。
「ねぇねぇ、魔王を倒したって聞こえたよ。魔王はどこにいるの?」
「……これって、なんてエロゲー?」
「……え、ろ、げ? ……ってなに?」
――――い、いかん、俺は突然なにを口走ってるんだ……。
日頃の趣味に脳内が汚染されていたようだ。
無意識に羞恥極まりない言葉を漏らしてしまった。
身体の底から熱が込みあがり、顔が赤くなるのを感じとると、ドギマギと視線が泳いだ。
「い、いや、な、なんでもないよ……。魔王なら……ほらっ……この画面の中でぶっ倒れてるだろ?」
純朴そうな瞳で、じいいいっとテレビを見つめる少女の横顔は、若干童顔ではあるのだが俺好みのストライクゾーン。
少女が覗きこんだタイミングで、ゲームパットのボタンをぽちっと押す。
「貴様が……かの伝説の勇者であったとは……不覚であった。だが、我が魂は決して潰えはせぬ。さらばだ勇者。100年後……貴様の子孫を蹂躙してくれようぞ……グハッ!」
ラスボスが消滅した。手を叩き喜ぶ少女。
「すっ! すごいっ! この中に魔王を封印したんだね!」
「……ふ、封印?」
突然、現れた少女の天然ぶりに唖然としたのだが、同時に悪戯心が芽生えた。
面白そうなので暇つぶしにちょっいと、付き合ってみることにする。
「そ、そういや……魔王が復活したんだって? なんだか大変そうだよな?」
「うんうん、そうなんだ。でも……チャンネル間違えて放送しちゃって……お姉さまにも神様にもこっぴどく叱られたんだ。下界に呼びかける放送は100年に一回しかチャンネル変更できなくて、もうこの星で勇者様を探すしか方法がないんだよ。途方に暮れてたら、魔王を倒したって心強い声が聞こえたんで、飛んできちゃったんだ」
そう語ると少女は肩を落としたと思いきや、きらめく視線を俺に投げかける。
「なるほどな。そこで魔王を瞬殺した俺の出番って訳なんだな」
「うん。話が早いね。出来ればアリスに力に貸してくれないかな?」
クソ真面目にそう言う少女に、プッっと噴きだしそうになった。
「だ、ダメかな……?」
断るのも何となく野暮な気がしたので軽く安請け合い。
「ま、まあ……俺でよければ……」
すると少女は捨て猫のようにじりじりとすり寄って上目遣い。
ちょ……ちょっと……距離が……ち、近い!
「ほんと! ほんとにいいの?」
「あ、え、えっと……俺に……そう、俺に、どんと任せな!」
「わあああああああーーーーい! ありがとっ!」
少女の喜びとともに甘い香りが漂ってきた。
ネタに付き合ってやるのも優しさだ。
ところが飛び跳ねるように全身で喜びを表現してると思いきや、今度は全米が泣いたかのような勢いで瞳をうるうると潤ませる。
ちょ……ちょっと、ネタにしては行き過ぎだろうと思いそっと尋ねてみる。
「そ、そんなに嬉しいの……?」
「うん! もちろんだよ! 100年前はアリスの呼びかけに誰も応えてくれなかったんだ」
「あ、ああ、そうなんだね……」
せめて俺ぐらいは温かく見守ってやろう。
少女がキョロキョロと部屋を見渡す。
「この部屋って本がいっぱいあるんだね。天界でもこんなに本を持ってる人なんてそうそういないよ? あえて言えば賢者様ぐらいかなぁ」
勇者の次は賢者ときましたか。
ならばと思い俺は指先を額に当て、キザっぽく俯く。
「ああ、俺も賢者ほどではないが、ファンタジーの造詣は深い方だ。その蔵書にはありとあらゆる異世界の知識が詰まってる。歴史書、いや魔道書、選ばれた者にしか所持の許されない、自慢のコレクションなのだ!」
我ながらニヒルでクールにキマッタな!
本当はラノベなんだけどな。
ふと少女の様子を窺うと、俺の言葉に心を奪われたか。
尊敬の眼差しで見つめてくる。
「アリスは決心したよ!」
「おいおい主語がないぞ主語が! 何を決心したんだ?」
「アリスは君と契約を交わすことに決めたよ!」
「はひ? け、けいやく……?」
契約って言葉にはそれなにり重みがある。
軽はずみに契約したことにより人生、棒に振ったなんて話はゴマンとある。
「未開の惑星で採掘労働させられたり、怪しげな宇宙組織への勧誘とかじゃないだろうな? そんな話だったら直ちにお断りだぞ!」
「ち、違うよ! アリスの勇者になる契約をしてほしいんだ!」
「アリスの勇者?」
「そうだよ、アリス専用の勇者になる契約なんだよ」
「専用って意味がよく分からん。俺は赤い人の何かかよ!」
ツッコミは華麗にスルーされ、クソ真面目にアリスは話を続ける。
「説明不足だったね。アリスが守護してる星に魔王が復活したんだよ。このままじゃ、アリスの星が魔王に奪われちゃうの。君がアリスと契約を交わして、魔王を倒すんだよ」
「ある種の雇用契約みたいなもんなんだな……」
腕を組み頷きながらも俺の脳内は、『この少女はヒキニートの俺なんかよりも妄想癖が激しい痛い子』なんだと認識し、警笛を鳴らしていた。
「ところで君、名前はなんて言うの?」
「あ、俺か? 所沢一だけど……」
「ところざわはじめ?」
「まあ、ハジメって呼んでくれたらいいよ」
「うんハジメなんだね。わたしのことはアリスって呼んでくれたら嬉しいかな」
照れた笑みでアリスは顔をほころばせた。
なんだかラノベにありがちな、お約束の展開だけど……。
あまりにもぶっ飛んだ話で、ついていけなくなってきた。
ネタに付き合うのもこの辺までだろうと、顔をあげ、ふと、少女を見やると頬を染めモジモジしてる。
「なんだ? トイレでも我慢してるのか?」
「ち、違うよ! け、契約するには……ちゅ、ちゅーしないといけないんだ」
「ちゅ、ちゅーぅぅぅ?」
「イヤだよね……見ず知らずの女の子と初対面でちゅーするなんてイヤだよね!」
これは困ったことになってきたぞ。
これではまるで俺が頭の弱い子の隙に付け込んで、エロいことを企んでる悪代官みたいじゃないか。
なんとなく罪悪感すら芽生えてくるぞ。
しかしどこから部屋に入ってきたんだ?
つーか女神とか言ってたけど、本当なんだろうか?
にへらと笑みを浮かべ天然系には、これ以上の冗談は危ういと痛感するものの、よくよく考えると謎だらけだ。
仮に本当に女神なら先ほどの呼びかけとやらは俺だけではなく、全人類の脳裏に響き渡り今頃、世界中パニックになってるんじゃないだろうか。
何気にリモコンでテレビのチャンネルを変えてみると
『臨時ニュースです。国民の方々どうか冷静になってください。只今、政府は緊急会議を開き、謎の声に関しては調査中とのことです。あ、総理です! 総理が現れました!」
あへ……。
チャンネルを変えてみるとアナウンサーが
『授業は中断され、多くの生徒たちが動揺を隠しきれない様子です――――中継しました』
さらにパチっと
『アメリカのオマル大統領らは……テロには屈しないとの表明で…………』
――――って、マジかよ! おおごとになってるじゃないか!!!
チラッと女神と名乗った少女に視線を飛ばすが、浮かれてテレビなど見向きもしていない。
しばし茫然とした俺は落ち着いて少女の話を聞こうと思い、テレビの電源をぽちっと落とす。
「……も、もしかして……ガチで女神なのか?」
「信んじてなったの?」
「と……言う事は……。勇者の話もマジなのか……?」
「最初からそう言ってるんだよ」
少女は少々むすっとする。割と沸点は低いのかもしれない。
しかし俺のハートはトキメイテいた。
何の目標も持たず過ごしてきた暗澹たる日々を、脱却するチャンスではないかと心が弾んだ。
勇者になって魔王を倒す。望むところだ。
少女の気が変わらないうちに、俺は契約を済ませることにする。
「……あのう」
「なあに?」
「勇者になる契約……お願いしたいのであります」
少女の顔が少しほころんだ。
「魔王と戦うことになるんだよ?」
「魔王どころか裏ボスまでしばいてやるよ!」
俺の言葉で意を決したのか少女がこぶしを強く握りしめ、頬を染めた。
「じゃ、じゃあ……ハジメ。ちゅ、ちゅーするよ」
――――ああ、神様ありがとう。いや女神様か。
アリスが身を乗り出し俺の顔に接近してくる。
カーッと身体の底から熱い何かを感じた。
「契約できたよ。これでハジメはアリスの勇者になったんだよ」
◇◇◇
ふわっとした白い光に包まれると、俺は見知らぬ草原に立っていた。
透き通る青い空に美味しい空気。
そこらじゅうに見慣れない巨大なキノコが生えている。
少なくとも日本の風土とは違う、肌身で感じるぞ。
背伸びしながら、「空気がすんげーうんまいぞ!」と、俺が声を張り上げるとすかさずアリスが、「ここはユーグリットって世界なんだ。光側の神々が管轄してる星のひとつで、アリスが担当してる星なんだよ」と、誇らしげに語る。
「まあ、なんつーか、もはやここは日本でもなければ、地球でもないってことだろ? 実際、地球とどれぐらい離れてる星なんだ?」
「難しい質問だね。アリスにわかることは、ハジメの住んでる地球って星は神々の領域を指す、『セフィロト』に喩えると、宇宙の隅っこの片田舎で、遠の昔に神々から見放された辺境の星ってことぐらいかな」
「う~ん。それとなく地球がけなされてる気がしないでもないが、地球が田舎ってことは理解した。つまり銀河系をすっ飛ばして、遥か彼方の異世界に来てるってこったろ?」
「その認識で間違いないと思うよ」
まあ女神視点だ。宇宙規模なら地球なんて、ちっぽけなものなんだろうな。
「さあハジメ。さっそく魔王退治に向かうよ。復活した魔王の居城はあそこだよ!」
アリスが指差す方向を眺めると、丘陵の上に聳え立つ巨大な城が見えた。
「へ~。随分と立派な城じゃないか。あれが魔王の居城なんだな」
「うん。アリスの守護する星を魔王の魔の手から守るんだ!」
「まあまあ、そんなに急かすなって。つまりあれだろ? 日本から来た異世界人の俺は既にこの世界では、ぶっ飛んだ存在になっていて、魔王なんてワンパン。俺のターンで終了って設定なんだろ?」
「そうだと思うよ! ハジメはアリス専用の勇者だもん。魔王なんて楽勝だよ!」
中世ヨーロッパさながらの魔王の城を眺めてると、これこそがTHE異世界だと感慨深い気持ちが自然と込みあがってきた。
ラノベやネット小説の中だけの話だと思っていたけど、まさか俺の身にこんな幸運が舞い降りるとは思ってもみなかったな。
「おっと、アリス。あそこでモゾモゾ地を這ってるのは、スライムじゃないのか?」
「よく知ってるね。部屋にあった賢者の本の知識なんだね」
「まあ本だけじゃないけどな。まずはコテ調べにスライムでも退治してみっか! その腰にある剣。ちょっと貸してもらえないか?」
アリスは腰に帯剣してた剣を鞘ごと取り外し、満面の笑みで貸してくれた。
――え、なにこれ? おもっ! 見た目より全然重いじゃないか。
細身の剣でレイピアって感じなのに。
アリスって割と力持ち? そういやチートってるんだろうか。
鞘から抜いてみると刀身が白く、ぼんやりと光を放っている。
「なかなか良さそうな剣だな」
「うん、その剣は神器のひとつなんだ。アリスは使ったこと無いけどきっとすごい物だと思うよ」
「神器ってマジ? そりゃヤベェ火力かも……。レアどころかレジェンド級なんじゃないのか!」
幸先いいじゃないか。軽く魔王をいなしてやるか。
おっと、大事なことを聞かなければ……女神と異世界って言ったらチートはお約束だ。
「そうそう聞き忘れてたんだけど、どんなチートを授けてくれるんだ?」
「えっ!? ちーと?」
「まあ、このままでも異世界人の俺は十分チート級になってるのかもしれないけど、異能の力とか授けてもらえるならぜひとも試してみたい」
俺の言葉にアリスは考え込んだ。
さてさてどんなチートが提案されるのだろうか。
わくわくするぜ!
「ハジメ。チートってなあに?」
「あれ? チート知らない? コインを稲妻のように飛ばせる異能の力だとか。他人のスキルを奪う強奪系だとか、某悪役みたいな時間停止とか時間飛ばしとかいろいろあんだろ?」
「――――ううぅ……ちーと、ちーとって……」
分かりやすく説明したつもりだったのだが、前にも増して考え込んでいる。
傍から見ていると熱暴走で、煙があがりそうなPCのようだ。
「ち、ちーとって何なんですかあああ!!!」
「あ、こら涙ぐむなっ! ないならないでいいんだ! 俺が悪かった。ちぃーっと俺の服装って勇者ぽくないだろ? Tシャツに短パンだし……ほら靴だって履いてないんだ」
「なんだ、服装のことだったんだね。気がつかなくてごめんね。靴がないんじゃ歩くのも大変だよね」
「お、おう。そうなんだよ……」
まさか涙ぐむほど考え込むとはな。
自分本位なご都合主義を押し付け過ぎちゃったかな。
少々自嘲気味に反省してると
「村でハジメの防具買ってくるね!」と、アリスが駆け出した。
後ろ姿を見送ると柵に囲まれた小さな村が視界に入った。
一人になった俺は軽くレイピアを素振りした。
少々重いが、俺にもなんとか扱えそうだ。
よし、まずはスライムで剣の性能はもとより、己の強さの確認もしなくちゃな。
スライムも種類が豊富のようで、某ゲームのような玉ねぎ型もいればホラー映画さながらの、ドロドロの粘液状のものもいる。
玉ねぎ型は弾んで移動してるので面倒だと思い、水溜りのように地を這うスライムをレイピアをぶっ刺してみた。
ぬるりとした感触が剣から伝わってくるだけで、ダメージを与えた手ごたえが一切感じられない。
スライムは刺した刀身など、なかったかのように平然と移動する。
これでもか! っと、いう勢いでなりふり構わず、やたらめったら突きまくる。
途端、スライムが酸を噴いた。
「うげぇぇ! 気持ち悪い! うわ、なんだ! シャツが溶けてるぞ! スライムって雑魚じゃねぇのかよ!」
シャツを脱ぎ棄ててると巨大な影が……っておい。嘘だろ!
スライムが俺の身長ほどそりあがり、飲み込もうとしている。
慌てて逃げ出し息も耐え耐えで、脂汗がどっとにじみ出た。
スライムだと思って舐めすぎた。マジで死ぬかと思ったわ……。
ふと気がつくとアリスが防具を胸に立っていた。
「――ハジメ?」
「ああ、アリスか……」
アリスは俺を見ると、何故だか胸に抱いてた防具をボトボトと地面に落とす。
「いやあああああああああああ! ハジメなんで素っ裸になってるの!」と、恥ずかしそうに目を覆う。
「へ? 素っ裸? んなバカな? ――――ってなんだああああああ! 短パンどころか……ぱ、ぱんつまでもが……と、溶けて……」
焦りながらも最後の砦を死守した。
「もう! 早く防具を身につけてくださあああああああい!」
「ご、誤解すんなよ……? 露出狂のヘンタイとかじゃないんだからな。そうスライム。スライムの仕業なんだ!」
狼狽しながら防具を身につける。
慌て過ぎて革のブーツを履くところですっ転ぶ。
着替えを終えた俺は安堵。
ただチラッと見やると、アリスは未だに頬を染めている。
「あ、あのさ……」
「な、なに? アリスは何も見てないよ」
「いや、そうじゃなくて、スライムって物理属性無効なのか?」
赤っ恥をリセットするためにも、真面目な話を振ってみる。
「スライムは火魔法で焼いちゃうか氷魔法で凍結させるのがいいみたいなんだ。いくら神器でも刺しただけじゃ簡単にスライムは倒せないよ」
神器でも倒せないスライムって、どんだけチートなんだよ。
「じゃあ準備も整ったし魔王退治にいこっか。さあさあ、行くよ!」
「へっ? 今から?」
「うん、今なら魔王も復活したばかりだし、取り巻きもいないと思うんだ」
最初は勇者だとか異世界とかで浮かれてた俺だけど……。
正直な話RPG最弱レベルのスライムですら、あの逃げっぷりの俺がかつるのか?
圧倒的な力が覚醒してる気もまったくしなければ、ラノベのような異世界人特有のアドバンテージの片鱗すら、感じえなかったぞ。
そんな俺の儚い想いなど露知らず。
アリスは桜色の髪をそよ風になびかせ、唐突に振り向くと照れた笑み浮かべた。
「ハジメはカッコイイよ!」
「いきなり何言ってるの?」
「だって、魔王と戦うなんて、歴戦の冒険者でも嫌がるんだよ? それなのにハジメは躊躇う事もなく「どんと俺に任せな!」だもん! アリスの自慢の勇者だよ」
今更ながら俺も、その歴戦の冒険者の教訓をあやかりたい。
重い……重いよ。今の俺には果てしなく女神様の期待が重いよ。
「ハジメどうしたの? 足取りが鈍いけど、どこか怪我でもしちゃってた?」
「あ、いや……きゅ、きゅうに腹の調子が……」
魔王退治は明日にでも、いや勇者の栄光は他の誰かに譲ろう。
演技で顔をしかめてると
「それは大変なのです! 慈愛満ちたる聖なる福音よ……光となり生命の息吹なり…… 究極回復魔法!!!」
「ま、魔法なのか?」
「うん、アリスは回復魔法だけは得意なんだ」と、柔らかい笑みをこぼすと続けざまに照れた笑みで、「でも……ハジメほどじゃないよ。魔王を封印するなんて、賢者様にだってムリなんだから」
――――って、何この状況。
まさかゲームの話をクソ真面目に話してるんじゃないだろうな。
あ! しまった! そう言う事か……やっと理解した。
この女神。
地球の知識はほぼ皆無。
不思議と言葉を交わせていたからか、さほど疑問を感じえなかったのだが。
冷静になってよくよく考えてみろ俺。
チャンネルを間違えただとか、最初っから天然ぶりを惜しげもなく、発揮してたじゃないか!
「さあ、魔王は目前だよ!」
俺の異世界ライフ早くも詰んだかも……。
もうムリ魔王退治なんて絶対ムリ! これってなんてムリゲーなんだよ!
◇◇◇
魔王ベルゼビュートの魔城。
幸か不幸か復活間もない魔王には、アリスが言うように部下を雇う時間的猶予などなかったようだ。
魔王は玉座から立ち上がると3メールはありそうな長身。
牡牛のような角があり仮面の下から覗く眼光は鋭く、漆黒のマントをバサッと翻した。
その背には大剣を背負っており、魔王は俺たちを睨むとゆっくりと剣を抜刀した。
片手で軽々と振るうその剛腕。
その刀身には黒い炎を纏ってもいる。
まさに闇の剣だ。
「我は簒奪の魔王。ベルゼビュート」
「私は女神アリスティア。この星を守護する者です!」
凛と魔王に対峙したアリスからは、天然臭が消え失せ纏ってる白銀の鎧は、魔王の漆黒の鎧と対照的で、まさに光と闇の対決って感じだ。
果敢に臆することもなくレイピアを魔王に突き出すアリスの姿は、俺の脳裏に戦乙女を連想させた。
「フハッハッハッハッ! 面白い。相手になってやろう!」
高笑いする魔王はやる気満々で俺は、げんなりした。
ところがアリスはここ一番では駄女神を卒業し、怯むどころか女勇者のように勇ましい。
これなら俺の出番はなさそうだ。
「はい。ハジメ」
「ん? なんだ? なんで俺に剣を渡すんだ?」
「魔王と戦うのは勇者の役目なんだよ」
「……やっぱり魔王退治は後日にしないか? 2対1は卑怯だろ!」
俺は速攻帰りたいのだが、アリスの表情はそこはかとなく真剣だ。
その眼差しに熱い何かを感じる。
「ほう、貴様が勇者なのか、100年前の雪辱晴らしてくれようぞ!」
魔王が剣を構えた。
あんなぶっとい剣で一閃されたら、身体が真っ二つになる。
これ以上想像をたくましくすると、昏倒しそうだ。
頭がくらくらする。
魔王がじりじりと接近してくると、圧倒的な威圧感で場の空気が一転する。
「あ、いやちょっとタイム! その前の勇者……? それ俺じゃない! そもそも勇者なのはゲームの話であって、俺はただの日本国民のヒキニート。とてもとても魔王様のお相手なんて……」と、慌てふためいていると、アリスが俺の背後に隠れる。
「ハジメは最強の勇者なんだからっ! 魔王なんてイチコロなんだからっ!」
「バッ、バカッ! 余計なこと言うんじゃない! しかも自ら最強だなんて、この状況……ろくなフラグしか立たないぞ!」
「さあさあ、ハジメっ! さくっと魔王を殺っちゃって!」
「ちょ……ちょっとマテ、お、おま……なに、押してるの?」
魔王は懐かしそうな眼差しで俺を見つめると、再度高笑い。
俺は勇者になって魔王を倒す契約なんて、するんじゃなかったと激しく後悔。
「フハッハッハッハッ! 勇者の末裔よ! 遠慮はいらぬぞ! 魔剣の錆にしてくれる!」
魔王が不敵な笑みを浮かべると、魔剣の黒炎が激しさを増した。
ひええええぇぇぇ! 殺されちゃうよ。
「女神様!」
俺は真剣な眼差しでアリスに向き直り、肩に手を置いた。
「ど、どうしたの? 急に女神様だなんて?」
「女神って神だよな? 神って魔王と対等、いやそれ以上の存在だよな?」
「え!? え!? なに? 意味わかんないよ?」
「勇者の俺がやると呆気なく終わちゃって面白くないだろ? まずは、お前からやれ!」
「ムリムリ、ムリだよ、ハジメっ! アリスは虫も殺したことないんだよっ」
「で、でも……女神なんだろ? 神なんだろ? それだけでもチートじゃないか!」
「――――ちーと……?」
あ、だめだ……この女神にはチートって言葉が通じないんだった。
く、くそ……こうなったらヤケクソだ!
淡く輝くレイピアを魔王に向け突進した。
もしかしたらヒーローのように、土壇場で何らかの力が覚醒するかもしれない。
ところが魔王は軽々と俺の渾身の剣撃を受け止める。
魔王にしてみれば受け止めただけなんだろう。
しかしレベル差と言うものだろうか。
俺は派手に後方に吹っ飛ぶと、魔城を支える円柱に激しく激突した。
ぐわああああ!!!
全身の骨が砕け血反吐を吐いた。
ダメだ……異世界、舐めてた。リアルすぎる。
ちょろいなんてことはなかった。
魔王の強さは本物だ。
――――意識が薄れていく。し、死ぬ……。
「究極回復魔法!!!」
すかさずアリスが駆け寄って、回復魔法を詠唱してくれた。
虫の息だった俺は瞬時にモリモリと全快。
「ハジメ!!! だいじょうぶ?」
「あ、ああ……何とかな……」
アリスの回復魔法の威力に感動を覚えつつも、もうダメだと戦意は完全に消失していた。
こりゃああ、何回やっても勝てる気がまったくしねぇぇぇ!!!
もう逃げるしかない――――そうだ! テレポートがあるじゃないか!
「な、ア……アリス……もう死にそう……。ここはひとまずテレポートで脱出しよう。テレポート使えるんだよな? おいっ!」
「だめだよハジメ。逃げるなんて!」
「なにこの状況で意地張ってんだよ!」
「意地なんて張ってないよ! ハジメ、どうして魔法で戦わないの? 魔王を封じ込めてたじゃない!」
「――それってまさか……」
「も、もしかして……あの光る板がないと、封印魔法は使えないの?」
またしてもゲームの話かっ! ど、どんだけっ、天然なんだよおおおぉ!!!
いや、違う。違うぞ……ちゃんと説明しておかなかった俺のミスだ。
――激しい絶望感に打ちのめされ俺は、もうおうちに帰りたくてしょうがない。
「ハジメっ! だったら契約魔法を使うんだよ!」
「契約魔法?」
「――ほら……えっと、アリスと、ちゅ、ちゅーしたじゃないっ……」
おいおい、この切迫した状況下で、なに頬を赤らめ言ってんだ?
「ハジメにはアリスと契約した時点で、アリスの魔法とは真逆の力を秘めた、契約魔法が身についてるんだよ!」
「え!? なに? その今更感……」
「ちゃんとアリスを守ってよっ! ハジメとアリスは一心同体、一蓮托生。どっちかが死ぬともう片方も死んじゃう、契約になってるんだよっ」
契約魔法? 一心同体? どちらかが死ぬと二人とも死ぬ契約だって?
「契約って勇者なりきるって、意味じゃなかったのか?」
「ち、ちがうよ!」
「魔法を授けるための儀式なんだよ!」
「んなこと聞いてねぇぇぇぞ! ゴラァァァ!!!」
「だって! 言わなくてもわかってるって思ったんだ!」
「わ、わかるかよ! このオタンコナス!!!」
「あーひどい! 女神のアリスに酷いこといったああああ!」
チートって言葉は通じなくても、オタンコナスは通じるんだな。
「わかった。もういいから早くその魔法の使い方を教えろ!」
歩はゆるいが着実に魔王は剣を振りかざし、迫ってくる。
距離的に10メートルほどか?
「いつまで、ごちゃごちゃぬかしている。我に恐れをなしたか? それとも逃げる算段か? 決して逃がしはせぬぞ!」
アリスはそっと俺の胸に手を添えた。
「ハジメ、ここで聞くんだよ。己の魂に問いかけて!」
――――――――トクン。
脳裏に契約魔法の呪文が浮かんだ。
な、なるほどな。
「他愛もない勇者よ。そして女神よ。トドメを刺させてもらうぞ!」
魔王が鬨の声をあげ、弧を描き跳躍した。
魔剣の剣先が俺達を襲う。
「滅べ! 勇者よ!」
「ハジメっ!」
「ああ! わかってる! 滅ぶのは俺たちじゃない! いっけけええええぇぇぇ!!!」
「究極爆裂魔法!!!」
「究極回復魔法!!!」
魔王の眼前に凝縮した光のエネルギーが集まると、瞬時にエネルギーが弾けた。
眩しいほどの閃光と爆発が、跳躍中の魔王を襲った。
「バカな……我は……魔王ベルゼビュート……最も気高き我が…………こ、こんな矮小な……」
魔法は究極の爆裂魔法であった。
俺たちも爆発に飲み込まれる。
だがアリスの究極の回復魔法で、ダメージは瞬時に回復する。
爆発の中で肉体は破壊と再生を、幾度となく繰り返していた。
魔王は塵のように消滅した。
床に魔剣がカランと音を立て転がった。
「ふう……なんとか生き残れたみたいだな……」
想像絶するチート級の破壊力だった。
――――だがアリスの回復魔法がなかったら、こっちまで爆発に呑まれ消し飛んでいたと痛感。
ほっとし隣のアリスをみた。
アリスも俺を見ていた。
「おっしゃあああ! 魔王を倒したぜ!」
「やったねぇ! ハジメっ! 世界は救われたよ!」
お読み頂きまして本当にありがとうございます!