一冊目。才能重視型。
表紙を開くと、ページの端に4色の色分けがなされている。
最初の赤く色分けされたページには、有名大学の理科系出身者たちの登録ナンバーが表になって掲載されていた。ただし、大学名ははっきりと書かれていない。Sグループ大学、Aグループ大学、Jグループ大学……とグループ分けされている。大学名まで明記されていないのは、個人が特定されにくいように、ドナー側への配慮なのだろう。大学クループ名の後は、学部名、身体的特徴、その他特筆すべき事柄が簡単に書いてあって、最後の欄は値段。登録ナンバーの上に SOLD OUT の赤い小さなシールが貼ってある欄が散見された。
黄色いページは、有名大学文系出身者。
青いページは、音楽、芸術関係。
オレンジ色のページは、スポーツ関係。
SOLD OUT の登録番号には興味が湧く。値段も高いものが多い。いくつも魅力的な特徴を有した男性のものだろう。
一方で、青い文字の NEW! にも目が行く。新しく入荷した精子っていう意味だろう。
マリアは、今、自分が座っているソファを選ぶ時に、散々迷ったときのことを思い出していた。ダークブラウン基調の家具が多い中、ソファは軽い感じの物にしたかった。ところが、これがなかなか難しい。色と形と座り心地。部屋の中で変に浮いても困るし、ダークブラウンと調和を取りながら、なおかつ、明るい雰囲気のソファ。全てを満たす物がなかなか見つからなかった。カタログで散々探したり、家具屋にも足を運んだ。ところが、だだっ広くてどこまでも白い展示場の中に陳列してあるソファを、頭の中で自分のマンションの中に置き換える作業は思うように行かない。実に3週間かけて選んだソファだった。それなりに気に入ってはいるが、これが3週間もかけて選ぶような物だったか、マリアにはよくわからない。使い慣れると、それなりに自分の物になったが、購入して部屋に入れたばかりの頃、最後まで悩んだカタログのソファの方が良かったのではないか、とふと感じたことを思い出した。それが一体どんなソファだったのか、マリアはもう思い出せなくなっている。ほんのり淡いピンク色、クリーム色と言われればそうかな、と思うほど、僅かにピンク色を呈したソファは、部屋に運び入れると、展示場でみた時ほどには上品に思えなかった。重厚な色の部屋の中では、もっとビビッドな色の方が部屋全体が引き締まって見えたのかも知れない。
『精子バンク』で精子を手に入れる、という作業は、マリアにとって想定外の困難さを伴った。彼女の初期の目的は、とにかく精子を手に入れて妊娠すればいいだけのことだった。ところが、不思議なもので、カタログを見るうちに、欲が出てくる。桁外れの値段がつけられた登録番号に SOLD OUT の文字が躍っているのも彼女の欲に火をつける一つの誘因だった。いっそのこと、コンピュータに任せてみようか、とふと思ったりする。だが、待てよ。ランダムに選ぶ精子とは一体どんなものなのか……。売れ残ったり、安い値段しかつかない物の寄せ集めなのではないか……。わざわざ高値で飛ぶように売れていく物をランダム精子に入れるわけがない。”お楽しみ袋”と名づけられたバーゲン品なのかも知れない。粗悪品を掴まされたくなければ、自分のほしい子供のイメージをある程度思い描いておかなければならない。
1週間ほどカタログを見つめては、あーでもない、こーでもないと考えるうちに、マリアは疲れてきた。しばらく考えるのを止めることにした。仕事中にふっとカタログが頭の中に出てきて、自分が『精子選び』のためにノイローゼ気味になっていると感じたからだ。5万円で手に入れたカタログは、しばらく本棚に立てられたままになった。