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7.再会
 通された部屋で、コレットはそこにある絹張りのソファに腰を下ろし、誰にも聞こえないくらいに小さくため息をついた。
 出入り口には、王家のメイドが用件があればすぐに対応できるように控えているが、それがなんともこの場所では見張られているようで居心地が悪い。
 そこから視線を動かすと、大きな吐き出し窓からは、中庭と呼ぶには広すぎる庭園が広がっていた。明るい日の光をうけて、木々の葉がきらきらときらめいている。
 以前王宮に来たときは、王と王妃に拝謁するためだった。
 そのときは王宮の公の場所だったが、現在いるこの場所は王宮のさらに奥、王家の方々の住居スペースなどを主たる目的とする場所である。

(私、何かしたかしら……)
 王家と関係する立場に、マカリスター男爵家はいない。
 そう考えると昨日のことで呼ばれたと考えるのがもっとも有力だが、バード公爵とダンスを踊っただけで王妃から直々に声がかかるとは考えにくかった。
(これ以上公爵に近付かないように言われるのかしら。……これが一番ありそうかも)
 自分から率先してバード公爵に近付いたわけではないが、地方領主の娘があまり王弟に近付くのは問題だと判断されたのかもしれない。
 重い空気のなか、ドアがノックされメイドが扉を開いた。
 慌ててコレットはソファから立ち上がり、頭を下げる。

「コレット、よく来たね」
 その場に明るい声が響く。
 王妃が入室してくるものとばかり思っていたコレットは、頭の上に降ってきた声にあれ?っと顔を上げた。
 そこにいたのは、昨夜の夜会、帰り際まで自分を解放してくれなかった人物。
「バード公爵」
 コレットが驚いている間に二人の距離をつめ、フィオンはそっと彼女の手をとった。貴婦人にするように、彼女の手にそっと唇を落とす。
昨夜ゆうべは楽しい時間をありがとう」
 にっこりと微笑むと、コレットの手をとったまま彼女をソファに座らせ、その隣にフィオンも腰を下ろした。
 距離が近くないかとコレットは思うが、彼に手をとられたままじっと見つめられていては動くに動けない。
 なにか気の利いたことでも言えればいいのだろうが、微笑みながら自分を見つめるエメラルドの瞳に、コレットは何を言ったらいいのかわからなかった。
 昨日といい、今日といい、いったい何が起こっているのか。
「あの、公爵」
「フィオン」
「はい?」
「名前で呼んで」
 いや、さすがにそれは……。
 いくら本人に言われたからといって、さすがにコレットには抵抗があった。
 まっすぐな視線に耐え切れず、コレットの体が少し後ろにさがる。しかしすぐに背中にソファの肘掛けの部分があたったことを感じ、それ以上体を離すことができなかった。
(ど、どうしたらいいの〜)
 心の中で叫ぶが、もちろん助けてくれる人物はいない。
 視線をさまよわせた先にいたメイドは、よく教育されているのか慣れているのか、コレットと目を合わせるそぶりさえもなかった。
「コレット」
 名を呼ばれ、コレットはフィオンに視線を戻した。
 気がつくとコレットが離れた分だけ、フィオンがその距離を詰めていた。いや、先ほどよりも距離が近くなってはいないだろうか。
「僕のことを名前で呼んで欲しい。フィオン、と」
「……」
 嫌と言える雰囲気ではない。
 というか、嫌だといっても諦めてくれる雰囲気ではなさそうだ。
 でもでも……。


「フィオン、マカリスター嬢がとまどってらっしゃるわ」
 気がつくと、王と王妃が扉の前に立っていた。
 慌ててコレットは立ち上がり頭を下げる。左手だけはフィオンにとらわれたまま……。
「よく来た。頭を上げなさい」
 王の言葉に、コレットはゆっくりと顔を上げた。
「急にお呼び立てごめんなさいね。あなたに大切なお話があったものですから」
「いえ。陛下と王妃様にお会いできて、とても光栄に存じます」
 そういうと、コレットは小さく腰を落としてあいさつをする。
 じっと王に見られていることに気がつき、コレットの背中に冷たい汗が流れた。
(な、何か変……?)
 パニックになりそうな頭を回転させて、はたと気づく。
 左手はフィオンにとられたままだ。
 だが、しっかりと握られた手を振り払うことは、フィオンが離してくれない限り難しそうだった。
「お話はここではなんですので、私の部屋に参りましょう」
 そんなことは気にもせず、王妃が言う。
「そうそう、陛下とフィオンは遠慮してくださいね」
 二人とも初耳だったらしく、えっ?と王妃を見る。
「私がマカリスター嬢をお呼びしましたのよ?それに、お二人がいては話がしにくいですわ」
 ねえ、といった感じで王妃はコレットに笑いかける。
 同意を求められても、王と王弟に対して邪険にするようなことを言えるわけがない。
「王妃」
「あなたが出てきては、マカリスター嬢が緊張してしまうわ。フィオンもいいわね?」
 ぎゅっと左手が強く握られ、コレットは驚いてそちらをみる。
 フィオンと視線がからみあった。
 瞳に宿るのは、先ほどまでとは違い寂しそうな光だった。
 握った手を、フィオンはゆっくりと引き寄せて唇を寄せる。
「コレット、また会えるのを楽しみにしています」
 そういって、やっと彼女の手を開放した。
「さあ、まいりましょう」
 いまいち納得のいかないような男性陣を後目に、王妃はコレットを部屋の外へとそっと促した。


 部屋に残されたのは現王パトリックとフィオン。
 切なげに二人が出て行った扉をみていたフィオンに、パトリックは大きくため息をついた。
「まったく、お前の変貌ぶりにはみな驚いていたぞ」
 兄の言葉に、フィオンはやっと視線をパトリックへと向けた。
「そうですか?」
「薬の効果を知っても、マカリスター嬢に会いたいとはお前らしくないんじゃないか?」
 女性に対してとても優しいフィオンである。
 コレットのことを思えば、これ以上彼女を巻き込まないようにする方がお互いのためではないのだろうか。
 それに、あえて薬が関係した女性を選ばなくても、他に相手はいくらでもいそうだが。
「僕は、とても僕らしい判断だと思いますけどね」
 兄である王に、フィオンは微笑む。
「僕は何も変わっていませんよ。彼女を愛しいと思うこと以外は」
 薬を飲んでしまったからといって、今までの考えや判断が侵されてしまったわけではない。
 フィオンをじっと見た後、王はため息をついた。
 フィオンのことは信頼している。
 自分が現在この国で王としていられるのも、前バード公爵と弟であるフィオンのおかげだとパトリックは知っている。
 前バード公爵にその意思がなくとも、フィオン自身が王になりたいと考えればいくらでも手はあったはずだ。パトリックが王になった今でさえ、フィオンが望めば王位を手に入れることは決して無理ではない。
 だが、フィオンはそれを望まない。
 まわりの巧みな誘惑に耳をかさず、だが、国内の貴族と王家との関係を崩してしまわないように激しく突っぱねることもせず。
 年の離れた弟が、この若さで国内の重鎮ともいえる面々とわたり合うことは、かなりの重圧になっているはずだ。しかし、いつも軽い口調でまわりにはそんなことを感じさせたりはしなかった。
「僕を信用してくれませんか」
 決して薬の効果だけに踊らされているわけではない。
 真剣な表情のフィオンに、パトリックはじっと見つめた後にふうと息を吐いた。しばらくは二人の様子を見守るしかないようだ。
 パトリックはフィオンの言葉に答えるように、彼の肩にポンと手を置いた。






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