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5.使者
 舞踏会の次の日というのは、どこの貴族の館でも朝が遅いのが常である。王都の東部地区にあるマカリスター男爵家でもその常のとおり、遅い朝食が始まるころには日がだいぶ高くなっていた。
 ただいつもと違うことがあるのならば、そこにエリサ・コールフィールドの姿があったことだ。
 天気もいいので、テラスのテーブルについて二人は軽めの食事をとる。給仕のメイドが、二人に甘めのミルクティーとパン。色とりどりのジャムに、ふわふわの卵やきを並べていく。
「それで、昨日はどうでしたの?」
 エリサの言葉に、コレットはびくっと体を震わせた。
 朝、今日男爵家を訪問するむねの連絡をうけとったとき、その質問がくることは予想はしていたが……。

 友達を進んでフィオンに預けたエリサであるが、さすがにどうなったのかが気になっていた。
 昨日の夜会、落ち込んでいたコレットの気分を晴らすのにバード公爵は絶好の相手だった。
 普段、コレットと公爵が出会う機会などほとんどない。正確には、会ったとしても紹介がないと言葉も交わせないため、知り合いになるチャンスはかなり低くなる。それがどうしたことか向こうから声をかけてきたのだ。
 王家の人間とのつながりを持てるのであれば、今後の社交界でコレットの立場も高くなるし、それに相手はあのバード公爵である。
 今をときめく噂の公爵は、物腰柔らかで、人あたりもいい。プラチナブロンドの金髪に明るいエメラルドの瞳の見目麗しき王弟殿下なら、ダンスを踊っている間ぐらいコレットの気分を晴らしてくれると期待してのことだったのだが……。
 ダンスを踊っている間のこと、というレベルの話ではなかったのである。

「あの後二人でいなくなったから、かなり噂になってましてよ」
「あれは、少しお話をしていただけで……。そんなに噂になってました?」
 不安そうに聞くコレットに、エリサは真剣な表情でうなずいた。
 ダンス一曲のことだと、誰もが思っていた。が、その後パートナーを変えることなく三曲のダンスを踊ったバード公爵は、ダンスの順番を今か今かと待ち構えていた令嬢たちを後目しりめに、二人でテラスの外へと姿を消したのである。
 その少女以外目に入らないといった状況のバード公爵に、噂が大きくならないわけがなかった。
 エリサの表情にコレットは大きくため息をついた。
 ダンスは確かに楽しかった。
 バード公爵は、とてもなれた手つきでリードしてくれたので、緊張していたコレットもまわりを気にせずにダンスを踊れるほどに楽しむことができた。
 が、その後あろうことかバード公爵はコレットをテラスの方へ誘い出した。
 本当にそこでは二人話をしていただけだったのだが、公爵のことを気にする女性たちが遠巻きに出入りする姿が何度も視界に入ってきた。
 だが、王弟であり名門バード公爵家の当主に対して、どうしてコレットから話しを切り上げることができただろう。結局パーティーが終わるそのときまで、まわりからみればコレットがバード公爵を独り占めしていたことになる。

 
「それにしても、本当に公爵とは初対面でしたの?」
 バード公爵のコレットに対する執着の仕方は、気に入った女性に声をかけたというレベルの話ではなかった。あの眼差しはどう見ても、恋する人のものだ。
「王弟殿下ですもの。遠くから拝見したことはありましたけど……」
 今年社交界にデビューしたばかりのコレットである。
 社交の場で公爵に会うことすら初めてだったというのに、なにがどうしてああなったのか、彼女自身さっぱりわけがわからない。
「一目惚れ……とか?」
「まさか」
「わかりませんわよ。もしそうだったらどうします?」
「どうするもなにもありません」
 きっぱりというと、コレットは甘めのミルクティーを口に運んだ。
「私と公爵では、釣り合いがとれません」
「そうかしら?」
 昨日の二人の姿は、とても様になっていたようにエリサには見えたが。
「そうです。それに王弟殿下には、婚約者候補がたくさんおいでになります」
「まぁ、ね」
 名門貴族で年頃の娘を持っているものは、こぞって公爵に結婚の話を持ち込んでいて噂は後を断たない。バード公爵家としてはっきりと選んだわけではないが、家柄、女性の年齢や人格等からその中でも三人の女性が有力候補となっていることは、社交界では周知の事実である。
「それにしても、昨日のことはなんだったんでしょうねぇ」
「本当に」
 二人でため息をついて、顔を見合わせたそのとき。

 バタン。

 テラスへの扉が大きく音を立てて開いた。
 見ると、肩で大きく息をしたマカリスター家のメイドが少し髪を乱しながら立っていた。
「ノーラ。お客様の前よ」
 さすがのコレットも注意をするが、ノーラは慌てた様子で二人に近付く。
「も、申し訳ございません。ですがお嬢さま、た、大変です」
「なにかあったの?」
「い、今。今玄関の方に……」
「玄関に?」
「ゲ、ゲホ。ゴホ、ゴホッ」
「ノーラ、落ち着いて。どなたかいらっしゃったの?」
「王宮からのお使いの方がっ!」
「えっ!?」
 驚いてコレットは立ち上がる。
「今、男爵さまがお話なさっていますけれど」
 王宮からの使い。
 コレットとエリサは顔を見合わせた。
 思い当たることといえば、昨日のことだが……。

「まだ仕度をはじめていないの?」
 ふいに先ほどノーラが出てきたドアから、コレットの母、マカリスター男爵夫人が姿を現した。
「王宮からで、王妃さまがコレットに御用があるんですって。と、とりあえず、早く仕度をして。ノーラ何をしてるの、早くコレットの準備を」
「は、はい」
 ノーラは慌てて、室内に連れて行くためコレットの手をとった。
「エリサさま。本日はせっかく来ていただいたのに申し訳ありません。今ほどのお話でわかったかもしれませんが、緊急の要件がはいりまして」
「そのようですわね」
 エリサが椅子から立ち上がり、コレットにそっと耳打ちした。
「また、連絡しますわ」
 言われて、コレットは大きくうなずくと、エリサに一礼してその場を後にした。
 よほど気が動転しているのか、男爵夫人もエリサにあいさつをすませると慌ててコレットの後を追っていく。
 王宮からの呼び出しは、おそらく昨日のことに関連しているのだろう。
 さすがに焚きつけた側のエリサは、少し責任を感じるが……。
 小さくため息をつくと、メイドに案内をさせエリサは男爵家を後にした。






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