相合い傘
朝、六年三組の教室に行くと騒ぎになってた。
黒板に、私の好きな男の子と私の名前の相合い傘が書かれていた。
橋村将生
工藤早苗
並んで書かれた二つの名前。家でするゲームに好きな人と自分の名前をつけるんじゃないし、学校で見せ物になっても嬉しくない。教室中の好奇の視線に晒されながら考える。一体誰がこんなことを――――そう動転している間に、その将生くんが近寄ってきて私に言った。
「あのさ、俺こういうの困るんだけど……」
振られたこともだが、好きな人から犯人と思われてるのもショックだった。さらに追い打ちは来る。その日は厄日だった。
親友だと思っていた小百合に呼び出された休み時間、彼女はきっと睨みながら怒る。
「早苗ちゃん、私が将生くんのこと好きだって知ってたよね。どういうつもり!?」
知ってた。よく相談されてたもの。だから言わないつもりだった。友達の想い人を盗る趣味はない。でも心の中で想うくらいは自由だと思っていた。断じて、行動には移してない。
「黙ってるってことは認めるってこと? さいてーよ!」
小百合は私の話を聞くことなく去った。その後、将生くんと小百合が付き合った。他のクラスに行くと、意地悪なライバルに悪質な手段で邪魔されつつも純愛を貫いたとか言われていた。
完全に私が犯人のようだった。確かに、動機らしい動機があるのは私しかいない。相合い傘見た時のパニクった私の対応で、将生くんが好きなのがクラス中にバレバレだった。先生も「犯人は分かりません、皆も決めつけるのはやめなさい」 と言いつつ「本当にあなたじゃないのね?」 と何度も聞いてくるくらいには私が最有力だった。
その後、卒業まで暗い生活だった。親にねだって、中学は一人別のところへ行って、ようやくあの事件を私は遠いものにすることが出来た。
◇
十年後、六年三組同窓会のお知らせが届いた。あんなクラスに誰が……とも思ったが、ぼっちの時間を勉強に費やした私は、誰もが知る有名大学に在籍している。無実を証明出来なくても、鼻をあかしてやりたい。そんな陰険な理由で同窓会に足を運んだ。
賑わっているところに颯爽と登場してやった。田舎に留まっている連中はちっとも変わらない。
「久しぶりね、松井くん、鈴木さん、木村さん……あら、ガキ大将の平野くんはどうしたの?」
少しの沈黙のあと、「あいつは高校の時にバイクの事故で死んだよ」 と返ってくる。知らなかった、と呟くと「六年前の同級生程度じゃ仕方ないだろ」 と誰かが言う。それもそうね。でもまあ、昔からやんちゃだったから早死にするタイプだとは思ってたけど。
会話の中でさりげなく大学名を言うと、皆驚くのが楽しかった。でもその衝撃も数分くらいで、周りから「勉強ばっかりできてもな」 「女子力は底辺だろ、前科あるしな」 「相合い傘とかガキでも引くし」と愚痴愚痴言われる。
ふん、不快にさせてやれたなら結構よ。私は適当に理由を言って去ることにする。あの橋村くんも小百合も、別の大学で別に恋人がいるのを知って、私は「あんな恋が実らなくて良かったんだ」 と自信がついた。
「待って! 工藤さん!」
会場から出ていく私を追ってくる人がいた。あれは……三組でも目立たない子だった森宮さんだ。思い出すのに少し苦労した。でも、話した覚えもないのに一体なに?
「あ、その、私、工藤さんに伝えたいことがあって」
「……何?」
「あの相合い傘書いたの、平野くんだよ。私黒板に書いてるとこ見たの」
意外な犯人だった。が、言われてみれば納得した。いつも偉そうだった平野くん。特に私は席が近くて、やたら私物を取られて最悪だった。あいつ、もの忘れすぎ。鉛筆でも消しゴムでも、予備を持ってる私からよく取ってった。そしてやたら私の周りで暴れる。軽く苛めだったかもしれない。あの相合い傘事件も、影であいつは成功したとほくそ笑んだことだろう。けど……。
「……で、それを今さら伝えてどうするの?」
「えっ」
「あの時はとめられなくてゴメンね、ガキ大将が怖かったの、とか? 今さら謝られても、私が友達も好きな人も一度に失ったのは変わらないし」
「それは、ごめんなさい。でもあの時ね」
「第一、亡くなった人の過去の悪事なんて教える人に引くわ。何? そんなに自分が楽になりたいの?」
「……」
森宮さんは押し黙った。私は、そのまま帰ることにした。酷い言い方だったと思うけど、いくら悪人でも死体に鞭打つ人は嫌いだ。弁明できない立場の平野くんに同情すらしてしまう。
◇
去っていく工藤早苗を目で追いながら、森宮は思う。
伝えそびれてしまった。あの時の真相を……。
あの日、自分が教室一番乗りと思って入ろうとしたら、黒板で誰かが何かを書いてる気配。好奇心に負けて盗み見したら、衝撃的なものが書かれていた。
平野進
工藤早苗
ガキ大将の平野くんがそんな落書き、しかも相手は工藤さん。二重にショックを受けた。しかし平野くんは、しばらくその相合い傘を見つめたあと、思い直したように自分の名前を消し、橋村くんの名前を書いた。それが、あの時に私が目撃したもの。
今さら謝られても、って言ったね、工藤さん。本当だよね。あの時、好きな人の行動を止められなかった、今はせめて気持ちだけは伝えたいなんて。
バカだよね。