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領地復興準備1



 ゴブリンの襲撃から次の日、昨日は片付けなどで少ししか眠れなかったイリスは皆を起こして朝食を食べる。朝食は塩鮭の切り身と味噌汁だ。それが終われば午前は戦闘訓練をブリュンヒルデを始めとした天使達に教えて貰う。ゴブリンから手に入れた弓の訓練も行なってもらう。その時に鳥を撃ち落として手に入れた肉を昼ご飯にして作った。その後、街の近くにある畑の側に移動していく。


「では、本日の開拓を行うよ」

「「「はい」」」

「やる事は簡単だから。ここに大きくて深い穴を作って欲しい。リタはここからログハウスの方に向かって木を引っこ抜いておいて。道を作るから」

「了解でやがります」

「じゃあ、作業開始」


 リタとイリスを除く全員がゴブリンから手に入れた消毒済みのガントレットを使って地面を掘っていく。身体強化をしているので掘る速度は速い。リタはイリスに言われた通りに街の近くにある森からログハウスに向かっての直通の道を作る。イリスはというと河原に戻って昨日リタが引っこ抜いた木を削ってジュルで覆って加工していく。それを数十本作ったイリスは次の作業に入る。


(よーし、掘削だ!)


 大量の水を使って対岸の木々が抜けた河原を掘り起こして川を拡張していく。こちら側の河原に土や石を回収して積み上げていく。広くなった事で水嵩が減っていく。


(これくらいでいいかな)


 手に入れた土と石を粘着性のある水と混ぜ合わせて硬いブロックを作成していく。それを川の真ん中に入れて積み上げて接合させていく。ブロックで壁を作っているのだ。イリスはこれをどんどん縦に長い距離まで作成した。それから横にも橋のように壁を作って水が流れるようにしてある。これが一日の作業だ。


 次の日もイリス以外は同じ作業を行っていく。イリスがやるのは次の作業だ。木を加工して中心部を空洞にする。それを連結させて長い距離を作成する。同時に水車を作成する。


(見よう見まねで理論とかわかんないけど、結構簡単だったから大丈夫だよね)


 水車の棒の部分であるくも手とカラミを作成する。水車が回転すると遠心力によって外側への力が発生します。その力を受け止める部分がくも手とカラミだ。心棒と心棒受けを作成する。心棒と心棒受けはジュルで覆って摩擦を軽減できるようにする。水車の円弧の部分の輪板を作る。これが一番難しく、何度も失敗しては作り直していく。それができたら

 と呼ばれる水受けを作成して、組み合わせていく。最後に受け板とぼそを作成して組み合わせていく。


「水車を作るのも魔法があって一日作業か。でも、まあ……なんとかなった」


 水車をブロックで作成した防壁の内側に設置して実際に回してみる。最初なだけあってかなり大きめに作った為、なかなか動かない。


(無理矢理にでも動かしてやるからね!)


 水の魔法を使って強制的に回転させると後は川の流れで回りだした。水がどんどん汲み上げられては川に戻されていく。水受けが大きい為に魚まで巻き上がっていた。


(普通の水車としては失敗だけど、これはこれで使えるかな。広めの水路を作ってスノコを配置。水は水路を流れていき、魚はスノコに回収される。面倒だからスノコを斜めに設置して別の水路に落とそうか。そっちはログハウスの近くに作る生簀に直行と。うん、それでいこう)


 次の日から水路を作りだし、3日ほどかけて水路を沢山作成したイリス。リタが作り出した道に水路を設置してレナ達が掘った巨大な穴に水が流れ込んでいくように作り出していた。


「とりあえずはこんな感じかな」


 設置された水路によって森の中を通って巨大な穴に流れ込んでいく。


「しかし、予想以上に広くなったね」

「皆、頑張った」

「確かに掘りすぎた」


 溜池としては充分に大きな穴となっていた。全員で頑張って掘ったのだから当然だ。身体強化を使えば人間の数倍の身体能力なのだから。


「水が勝手に流れてきます」

「そうね」

「すげーな。これで皆の仕事が楽になるな」

(まあ、まだまだこれからだけどね。次は畑に水を送る水路を作らないと。後、衛生面の事もどうにかしないと)

「それじゃあ、次は畑に水を送る水路を掘って貰うからね」

「「「はーい!」」」


 イリスが考えている水路は、地面をある程度掘ってそこに木で作った水路を嵌める。それから上の部分を塞いで一部の場所以外から水の出し入れができずにゴミなどが入りにくいようにする予定だ。どちらにしろ、そちらの作業を任せてイリスはグレンを連れて衛生問題に着手していく。


「という訳で、グレンはついてきて」

「よしわかった。で、どういう訳なんだよ?」

「うん。無駄が無いようにした方がいいでしょ」

「そりゃあな。まあ、馬鹿な俺には方法なんてわからないけどな」

「まあ、簡単に言ってしまえば大地の食べ物を作ってあげるんだよ」

「大地の食べ物?」

「うん。肥料って言うんだけどね。それは私達の糞や尿で作れるんだよ」

「あっ、女達にはできたらやらせたくない内容だな。俺が選ばれたのも納得だ」

「そういう事。グレンには悪いけどね」


 街道を身体強化した状態で走り、街の門がある場所まで戻たイリス達は衛兵に話を聞いていく。


「糞尿をどうしてるかですって?」

「そうそう」

「裏路地とかに捨てるのが一般的ですね」

「片付けないの?」

「いえ、奴隷を清掃専門にして掃除させてますよ。もっとも、あんまり綺麗にはなりませんけどね」

「だろうね。彼らはどこに居る?」

「門の外周を進んでいけば小屋がありますので、そちらに居るはずです。ですが、合うのはオススメできませんよ」

「ありがとう。とりあえず行ってみるよ」


 彼らの居る場所を聞いたイリス達はそちらに向かっていく。少しして小屋が見えて来るのだが――


「臭いが凄いな」

「そうだね。もう一つの問題もあるけど」


 ――無茶苦茶臭いのだ。それに加えて大量の虫が発生している。ハエなどが集まればそれを食らう蜘蛛を始めとした者達も集まる。同時に伝染病などが蔓延するので対策を取らないと大変な事になる。


(そういえば城には虫とか居なかったな)


 城に虫が居ない理由は簡単だ。あそこには領主であるグレーデンの守護者を始めとしたドラゴンや守備用の召喚獣が待機している。虫だからこそ、本能的に危険な存在が居る事を察知して近づかないのだ。つまり、本人は嫌がるだろうが、リタがここに居れば虫は瞬時に退散する。


(この世界の虫か……別の事でも色々と危険そうだね)

「あの、何の御用でしょうか……」


 イリス達が近づいてきた事に気付いた小屋の人間が外に出てきて声を掛ける。その人間の姿はぼろ布を着ていて、顔は髭や髪の毛が伸び放題な上に汚れが凄くとても汚かった。それに肌に黒い斑模様もあり、何かの病気を持っているようだ。何より周りにハエなどが飛んでいる。それが数人居るのだから誰も寄り付かないのは納得だ。


「あっ、それ以上近づかねえ方がええです」

「確かにそうだよな……って、イリス!?」


 イリスは一切気にせず何でもないように無表情なまま近付いていく。


「ひっ!? こ、こないでくだせえ!!」

「こ、殺される……」


 小屋の人々は無礼を働いた事で殺されると思っている。実際に貴族の視界に入っただけで殺される事が普通にあるので彼らは殺されると思ったのだ。


「大丈夫か?」

「私がやる事は私が決める。ただそれだけだよ」


 進んでいくイリスに病原菌を持ったハエ達が寄って来る。しかし、イリスの身体に近づいた瞬間には光の剣によって切り裂かれる。


「鬱陶しいね。殺っちゃえ」

「「ひっ、ひぃぃぃぃっ!?」」


 イリスは命令を発すると、イリスの背中に純白の翼が出現して無数の光る羽が放出される。それらはハエや虫達を次々と消し飛ばして綺麗にする。


「ありがとう、ジークルーネ」


 虫達を排除したのは普段はイリスの体内に居る天使である戦乙女達だ。パンデモニウムによって彼女達はイリスの体内で過ごしており、イリスに危害が及ぶ時のみ自らの意思で権限する。


「いっ、生きて――」

「汚いからまずは綺麗にしようか。おいでアクアエレメンタル」


 ポケットから取り出した水の魔石を使ってアクアエレメンタルを召喚するイリス。アクアエレメンタルは即座にイリスの意思を読み取って、住人達に襲いかかる。


「がぼっ!?」

「ふがっ!?」


 襲われた住人達はアクアエレメンタルによって強制的に綺麗にされていく。綺麗にされるだけでなく、傷や病気も治療されて元の元気な身体へと戻っていく。


「そこまでするのか?」

「もっと徹底的にやるよ。汚いのは頂けないからね。汚物は消毒だよ」

「そうなのか……」

「うん。そういう訳でどんどん行ってみようか!」


 両手をポケットに入れて追加の水の魔石を指の間に挟んで取り出して上空に投げる。直ぐに召喚魔法が起動して8体のアクアエレメンタルが出現する。召喚されたアクアエレメンタル達は小屋の中やその周りまでこびり付いた汚れまで綺麗に浄化してくれる。お陰で周りは綺麗になり、臭いも比較的ましになった。治療や掃除を終えたアクアエレメンタル達は防壁の汚れも掃除しだした。


「さて、もう大丈夫かな? 怪我や病気も治療できたと思うんだけど」

「おっ、おぉっ……」

「いっ、痛みがない……ありがとうございます、ありがとうございます」


 身体が直った彼らは次々と御礼を言っていく。しばらくして彼らが落ち着いてからここに来た理由を説明していくイリス。


「街中から汚物を回収しているんだよね?」

「はい。それが私達の仕事なので」

「捨ててる場所はどこかな?」

「それはあちらの方です」

「じゃあ、案内して」

「それは……お連れするべきには……」

「いいから連れて行けって。怒らせると怖いぞ」

「はっ、はい!」


 グレンの言葉を聞いて慌てて案内してくれる一人の男性にイリス達はついていく。しばらく進むと崖の下にうずたかく積まれた物体が見えてきた。


「ずっとここに捨ててるの?」

「そうです」

「ひでぇ臭いだ」


 長年に渡って集められた為、酷い臭いと大量の虫が存在している。それはもう見たくもないような量だ。だが、イリスは鼻を摘んでしっかりと見て、直ぐにアクアエレメンタル達を呼び寄せる。


「虫は殺して水素を大量に与えて混ぜ合わせて肥料にして」


 指示されたアクアエレメンタル達は早速作業を始めて行く。ゴブリン達を退けた事で経験値を手に入れたイリスの魔力を始めとした能力はかなり上昇している為、召喚獣達にも影響がある。今回のアクアエレメンタル達は協力して大量の水を生み出して一気に包み込んで虫達を溺死させてしまう。それから水素をたっぷりと含んだ水を送り込んで土と溶け合わせてドロドロにしてしまう。同時に寄生虫や寄生虫の卵も綺麗に処理して必要な栄養素だけを残す。その後、乾燥させて栄養が豊富な肥料にしてしまった。


「できた肥料はそこに積み上げて」


 崖の下へと降りる道の横を指差して指示しする。そこには木々があるがイリスが水の触手で全て引き抜いて更地にしてしまった。もっとも、次の瞬間には大量に作られた肥料が積み上げられていく。


「無茶苦茶だな……」

「テコ入れは必要だからね。君達はこれから何時も通りに糞尿を回収してここに捨てればいいから。アクアエレメンタル達を置いておくから直ぐに肥料を作ってくれるよ」

「肥料ってなんですか?」

「ああ、野菜や小麦とか植物を育てるのに必要な栄養分が入った土の事だよ」

「そうなのか。でも、こんなのを使って大丈夫なのかよ?」

「そ、そうですよ! こんな汚い物で……」

「綺麗に浄化してあるから大丈夫だよ。まあ、実験的に使って作ってもらうよ。それで食物の成長具合を調べる」

「イリスがそういうなら大丈夫か」

「どっちにしろ、街全体を綺麗にして路上廃棄をやめさせないとね」

「それはお上の方でやってもらわないと……」

「わかってるよ。今から向かうから、そっちはアクアエレメンタル達を連れて街を綺麗にして回って」

「へい!」

「じゃあ、グレン。行こうか」

「わかった。次は城だな」

「うん」


 2人は行政部がある城へと向かっていく。城の前に到着するとイリスはグレンを見詰める。


「グレン、奴隷2人を先に選んできて。私はお父様に話してくるから」

「わかった。じゃあ、また後でな」

「うん」


 許可証をグレンに与えてイリスは父親の所へと向かっていく。メイドに要件を伝えて通して貰うイリス。


「お父様、お話があります」

「なんだ? ゴブリンの事はお前の方でどうにかしろよ」

「街の清掃と食糧生産の件です」

「ふむ。言ってみろ」

「まず清掃の件ですが、路地裏などへの投棄を禁じて破った者には罰金を支払わせます。同時に提出した者に小金を支払います」


 イリスの言葉に嫌な表情をするグレーデン。罰金は構わないのだろうが、支払う事を嫌がっているのだ。


「これらを同時に行う事で街全体の衛生面の解決をはかります。財源に関してですが、ゴブリン共から回収した鎧や剣などの鉄を売って確保します」

「そうか。それならば問題ない。しかし、そこまで綺麗にする必要はあるのか?」

「あります。病気にかかって死ぬ確率が格段に下がります。使える者は限界まで使って搾り取った方がいいでしょ?」

(本当はそこまでする気はないけど、お父様はそういうの好きだしね)

「そうだな。いいだろう」

「では、次に肥料についてです」


 肥料に関する事を説明していくと、最初は乗り気ではなかったグレーデンだが直ぐに成功した時の利益を考えて許可を出す。水路の件も既に報告はされているのだ。


「畑を8面渡してやる。そこで実験しろ」

「わかりました」

「あの水車とかいうの、売りに出したら高くなるらしいからそっちも量産しろ」

「わかりました。ですが人手が足りないので兵士や職人を借してください」

「今居るのは使うな。どうしても欲しいなら買って来るんだな。来月には船が港に入る。そこから選べ」

「わかりました」

(姉さんがドワーフを手に入れる時期と一緒だね。つまり、ドワーフの奴隷がたくさん乗っているはずだ)


 ドワーフはファンタジーの例に漏れずに鍛冶などが得意だ。彼らの技術を使えば水車など容易く作れるだろう。


(さて、本当に6歳児にやらせる事じゃないよね。まあ、やるけどね)


 畑と畑用の人手を受け取ったイリスは早速指示を出してできた肥料を4面に撒いて混ぜ合わせた。そして、性質の違ういくつかの種類の農作物を順番に作っていく為に4種類を選ぶ。ライ麦、冬の小麦、春のカラスムギ、大麦を植えていく。4種類2セットを作り、経過を観察する。

 4面は肥料の入れた奴と入れてない奴を比べる。同時にローテーションにおける栄養の偏りを調べて連作での病原体や害虫などによる収穫量や品質の低下を防ぐテストも行うのだ。


(長期的に見ればどちらも必要な事だね)


 畑が終われば文官達に指示を出して、清掃の法律も作成させる。武官達にも指示を出してゴブリンの武具類を運ばせて売ってもらう。そのお金を使って法律の資金にする。


「罰金の方を高く設定するんだよ、罰金も財源になるから」

「はい。知らせるのは一週間前からでいいですか? 当日にするのが稼ぎやすいですが」

「当日じゃなくて一週間前からでいいよ。一ヶ月前から告知したいけど、時間がもったいないしね」

「はっ」


 イリスが指示を出して文官と武官を働かす。指示が終わり、イリスはグレンと合流する為に奴隷を管理している場所へと移動していく。



 奴隷を管理している場所に向かったグレンは係員に許可証を見せて、幼馴染の名前と年齢などを告げていく。係員は直ぐに要望の奴隷を探しに向かう。


(ようやくアイナとユイナに会えるな。奴隷にされた時はどうなるかと思ったけど、イリスのお陰で2人を買うのが早くなったな)


 グレンを始めとした難民達は誰でも身分に関係なく土地が貰えて仕事がある上に支援まで貰えるという話を聞いてエーベルヴァイン伯爵領へとやって来た。家族に見合った土地が確かに貰えられた。それに仕事も与えられた。だが、それは人を集める為の罠だった。最初の一ヶ月の支援が終われば容赦なく高い税を支払わせられる。それはとても支払いきれるものではなく、税を収める代わりに最初に若い女達が奴隷として連れていかれる。女性がいなければ男性となり、若い女性は性奴隷としての教育私設に入れられる。男は強制労働施設に送られて鉱山で働かされる。どちらも人としては扱われずに徹底的に使われる事になり、死亡率が高くなる。中には逃亡を謀る者もいるが、厳重に警戒されている上に自殺すると家族が酷い目に合わされるので大人しく従うしかない。人質にする為にわざわざ家族持ちを優先している悪辣さだ。グレンやグレンの幼馴染の家族もこの罠に掛かったのだ。そして、税金が払えずに幼馴染の姉妹が奴隷にされ、グレンは彼女達を救う事を決意していた。


「待たせたな。連れて来たぞ」

「あっ、ああ……」


 桃色の長い髪毛と青色の短い髪の毛をした2人の少女が連れてこられた。2人はグレンの姿を見て目を見開く。同時にグレンも同じだった。彼女達が着ている者が刺激的だったのもある。彼女達の服装はコルセットとガーダーベルト。それにニーソックスに首輪と手枷。口枷といった12歳の女の子が取る姿じゃない。


「こいつらで間違いがないか?」

「ま、間違いない!」

「では手続きを行う」

「頼む!」

(助かったの……? 良かった……)

(……グレン……約束守って……くれた)


 手続きを行っていると、奴隷管理部に新たな者達が入室してきた。入室してきた者は取り巻きを連れたアルマント・フォン・エーベルヴァイン。エーベルヴァイン家の三男でありサラマンダーを召喚したイリスの兄だ。


「これはこれはアルマント様、本日はどのようなご要件でしょうか?」

「前に貰った性奴隷が壊れて死んでしまったからな。次のを貰いに来た」

「そうですか。ではご案内を……」

「そいつらがいいな。そこの女を寄越せ」

「「っ!?」」


 アイナとユイナは指さされて身体を震わせる。直ぐにグレンが2人の前に立ちはだかる。


「なんだお前は? そこを退け」

「この2人は既に俺の主人が契約している」

「そうなのか?」

「は、はい。その通りでございます」

「ならば俺に変え直せ」

「そ、それは……」

「二度は言わんぞ」

「わ、わか――」

「ふざけんなっ!? 2人は渡さねえっ!!」


 係員がアルマントの指示に従おうとしたのを遮るグレン。それをアルマントは笑いながら魔法を発動する。発動された魔法は火属性の初級の上位である火の槍ファイアランス。対象を貫いて外と内部から焼き尽くす殺傷能力が高い危険な魔法だ。それを詠唱を破棄してグレンに放ったのだ。


「下郎が、死ね」

「っ!?」

「「んんっ!?」」


 グレンは反応できなかったが、戦乙女の天使達に使われて覚えこまされた身体は直ぐに反応して対応を取る。瞬時に身体強化を発動し、回避を選択した身体は飛び去ろうとする。


(ヤバイッ! 今避けたら2人がっ!! くそっ!!)


 背後に庇っていた2人の事を思ってグレンは避けようとする身体を無理矢理止めて振り返ったグレンは、直ぐにアイナとユイナの前に両手を広げて立ち塞がる。避ける時間もなくなり、大剣を背負った背中にファイアランスがグレンの背中に背負ったミスリルの大剣に命中し、グレンを燃やしていく。


「ぐッ、があああぁぁぁっ!?」


 身体が焼ける痛みを必死に耐えるグレン。身体は勝手にリジェネーションのスイッチを入れて修復を開始する。ファイアランス自体はミスリルの大剣で防いだ為に火傷だけですんだ。その火傷も一瞬で回復された。普段からイリスの魔力を元からあった魔力に溶け合わせて限界まで消費させられては直ぐにイリスの魔力が注がれて回復させられる生活をしているグレン達の魔力量は格段に増えているのでこれぐらいはどうにかなる。


「ふははははっ、俺に奴隷ごときが逆らうからだ!」

((グレンっ!!))

「俺は大丈夫だ。待ってろ」


 心配そうにしている2人に笑って鞘が燃えた後も無事な大剣を拾って振り返るグレン。煙が晴れる頃には上半身の服こそ燃えたが、既に傷口が塞がって万全の状態に戻っていた。


「いきなり攻撃とはやってくれるじゃねえか……しかも2人まで巻き込もうとしやがって……」

「ば、馬鹿なっ!? 俺のスペシャル攻撃を食らって無傷だと!」

「アルマント様っ! ここは私がっ!!」


 取り巻きの一人は護衛らしく前に出ようとするが、グレンの敵意に反応したサラマンダーが口に炎を収束させて放とうとする。


「必要ない。殺せ、ヴァルフレア!」


 マスターの命令に従ってブレスを放つサラマンダーに対して、グレンは瞬時に接近して開いた顎を蹴り上げて軌道を変える。浮き上がった無防備な胴体に大剣の横腹をぶつけて吹き飛ばす。


「きっ、きさまぁあああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!! 部隊を呼べ! ぶっ殺してやるっ!!」


 大切なサラマンダーを攻撃されて激怒したアルマントはグレンを殺す為に増援を呼ぶよう指示する。取り巻きの一人が外に出ていこうとした所で、開かれた扉に思いっきりぶつかって踞った。


「あれ? 大丈夫?」

「イリスっ!! こいつを殺すの手伝えっ!」

「イリスっ!!」

「んー何事?」


 入ってきたイリスは周りを見渡して小首をかしげる。何が何だかわからないのだ。


(どうなってるんだろうね、これ?)

「こいつが俺を殺そうとしてやがるんだ!」

「違うわ! そもそも――」


 グレンの言い分とアルマントの言い分を聞いたイリスは2人を無視して、係員の所に向かう。震える係員を放置して出されていた書類を見て、契約を正式に発行させる。これでアイナとユイナはグレンの奴隷になった。同時にグレンの主人であるイリスの奴隷という事になる。


「はい、これで2人はちゃんとグレンのものになったよ。じゃあ、帰ろうか」

「お、おう」


 イリスはアイナとユイナの拘束具を外していく。


「待てやコラっ!!」

「なんだよ、うるさいね」

「そいつは俺のものだ!」

「違うよ。こっちが早かったんだから私のだ」

「俺の方が偉いんだ! いいから寄越せ!」

「却下。それにこっちはお父様の許可を貰って奴隷を貰ってるんだよ。それを邪魔するの?」

「関係あるかっ! いいから寄越せ!」

「ねえ、聞いた? お兄様はお父様に反旗を翻すみたいだよ」

「なっ!?」


 イリスは係員の人達に声をかけていく。


「なんでそうなるんだよっ!!」

「だって、こっちはお父様の命令で動いているのにそれを邪魔するって事はそういう事だよ。つまり、裏切り者として処刑しても問題ないって事だね。ちょうど証人もいるしね」

「このっ!?」

「おやめくださいアルマント様! ここは引くしかありません!」

「これ以上はまずいですよ!」


 流石にまずいと理解した取り巻き達がアルマントを止めにかかる。だが、我儘放題で育ったアルマントが気にするはずもない。


「決闘だ! 俺が勝ったらその2人を寄越せっ!!」

「私が勝ったら?」

「許してやるよ!」

「あっそ。いくよー」

「なっ!? 待て! 決闘だぞ!」

「そんな馬鹿でくだらない得にもならない決闘なんて受ける訳無いじゃん」

「だよな」


 拘束具が外された2人に布を被せて身体を隠させるグレン。イリスは馬鹿にした表情でアルマントを見ている。もちろん、魔法を何時でも発動させられるようにしている。


「俺の言うことを聞きやがれ!」

「却下だね」

「負けるのが怖いのか! この臆病者めっ!」

(全然負けるとは思わないけど、面倒だしね)

「はいはい、そうですねー。臆病者な私はさっさと帰りまーす」

「むきぃいいいいいいいぃぃぃっ!!」


 超棒読みで言われた言葉に激怒しだすアルマント。


「そうだね。どうしてもというならそっちも奴隷を賭けなよ」

「なんだと!?」

「うん、そうだね。奴隷といってもあんまり要らないし、そっちのサラマンダーでいいかな。後は私の好きな奴隷かな」

「ふざけんなっ!!」

「それこそ勝てばいいんじゃない。勝てば全てを手に入れて負けたら失う。私に臆病者とか言ってたけど、この条件で受けないならお兄様こそ臆病者の意気地なしだね」

「ぐぐぐぐっ……わかった! やってやる!」

(本当に扱いやすい)

「ただし、勝負はそいつと俺の守護者ヴァルフレアでだ!」


 アルマントはグレンを指定する。イリスは少し考えてまあいいかという結論に達した。


「いいよ」

「ま、待ってください! グレンには無理です!」

「危険。死んじゃう」

「確かに俺じゃあまずくないか?」

「大丈夫大丈夫」


 反対するアイナとユイナ。グレンも不安そうだ。彼にとって守護者の基準はイリスの守護者であるリタだ。低レベルでありながら桁が違う存在だというのは訓練の中で理解できているのだ。


「ブリュンヒルデ、グレンに憑依」

「あっ、それならどうにかなるか」


 イリスがグレンの身体に触れながら命令し、実行させる。直ぐにグレンの身体に入ったブリュンヒルデは身体を確かめていく。


「危なくなったらサポートしてあげてね。さて、場所を移動しようか」


 決して裏切れない決闘の契約書を交わしてから外に出て訓練所で睨みあうサラマンダーとグレン。その勝敗は一瞬だった。グレンの姿が掻き消えると同時にサラマンダーの核がミスリルの大剣に貫かれたのだ。


「ヴァルフレアぁあああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」

(子供のサラマンダーなんてブリュンヒルデからしたら相手にもならないよね)

(俺の力じゃないけどいいのかな……)

「さて、サラマンダーを貰おうか。といってもこうなったら――」


 核を砕かれたサラマンダーは勝敗が決した事によりアルマントとの主従関係が切断された。そうなれば最早死ぬしかないサラマンダーは諦めずに自身の寄り代となるものを探す。サラマンダーのお眼鏡にかなったのは自身を破壊したミスリルの大剣。ミスリルは魔法金属なだけあって魔法と相性がいい。サラマンダーの寄り代としてはちょうどいいのだ。故にサラマンダーは生き残る為に自らミスリルの大剣へと入り込んだ。


「さて、帰ろっか――って、どうせならもう一つやっておこう」

「哀れだな。まあ、アイナとユイナに手を出そうとしたんだから自業自得か」

「グレン、怪我は?」

「大丈夫?」

「問題ないよ」


 3人が話している間にイリスは係員の所に戻って契約書を使って奴隷を探す。そして、非常に高価な奴隷を注文した。それもアルマントのお金で。もちろん、払いきれるはずもなくアルマントの借金となった。予約された奴隷が来るまで楽しみにしているイリスと守護者を取られ、更には数年分の小遣いなどがなくなったアルマントだった。






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