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明石二種第一学校蹴球戦記 作者:豊住耕一
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境界線を超えて

絶対に落とせない次のゲームはホームで0-3にやられた足利清和である。

朝長は諦めるつもりはなかったが、どう考えても絶望的だった。夢の舞台に立てたのはラッキィが積み重なったからだとわかっていたつもりだが、その舞台の厳しさを実感させられた。そして出られればいいと思っていたが、いざ出ると生き残りたかった。

リーグ戦を引き分けて終えた翌日の夕方、文京区の協会に島津と出かけた。

今回の会見を島津は「部長、お願いしますね」と自分に振ってきた。まあ、当然だろう。一番つらい会見になる。今まで自分を出さなかったのはこの日のためか、と思わないでもなかった。

もちろん弱小明石二種は他の学校とまとめて会見だし、枠に来るのは配信会社と幹事局、大会公式記録班だけだがやはり緊張する。絶対にこの状況について一言は言わなければならないし、他の18歳のように「諦めず最後まで頑張りたいとおもいます」なんて言いたくはなかった。

練習を途中で切り上げ、島津と日比谷線に乗り日比谷まで出て、千代田線で新御茶ノ水に行き、協会へ向かった。

「優理絵ちゃんとかと来た方が楽しいんじゃない?」

「なんでですか?」

「デートがてら」

「部長とデートも楽しいですよ」

「そう?よかった」

会見で自分達が発言したのは一度だけだったが、とても緊張した。島津は慣れたもので、堂々としている。もちろん何度もローカルニュースやなんかの放送では見ていたが、実際に隣でやられると感心する。それどころか他の監督連中に比べても格の違いを感じた。

「勝たなければならないのであろうとなかろうと勝つだけです。確かに前回は0-3で負けていますが、後半は相手を押し込むことに成功しましたし、分析して選手には修正点を伝えてあります。問題ありません」

島津は淡々と話した。自分もそうすべきだと思ったが、やはり緊張して声が上ずってしまい、恥ずかしい思いをした。

「監督の言う通り修正点はもらってますし、練習してます。チャンスはあると思うので全員でそれを逃さないようにしていきたいと思います」

協会をでて、また二人で新御茶ノ水駅まで歩いた。

「大学生になるとこのあたりで暮らすことになるんですね」

聖橋の上で島津が言った。

「大学はあっちだから、こっちは来ないね。名前は御茶ノ水なのに、ほとんど神田だよ」

朝長は御茶ノ水工科大学の情報工学科に指定校推薦で進学を決めていた。同じ大学には河野も合格している。河野が受けた制御工学科の一般推薦は数学と物理の学力試験が必要なので、昨シーズンのリーグ戦終了後勉強にシフトしていた、というわけだ。二種学校からの学力試験は困難を極めるが、それを河野は見事突破してみせた。

だから、河野はまだガールズリーグの試合には出ていない。もし、次が最後の試合になるのなら、数分でもいいから出してやりたい。それは部長としての願いでもあり、ガールズリーグに至るまで共に戦って来た仲間に対する敬意でもあった。



ガールズリーグ参戦中のため、6限は補習対応となった。実習に重なっていた白瀬だけが大ダメージで、他は座学やLHRだったのでまだよかった。

島津のクラスはLHRだったので、皆によろしくと言ったら、クラスメイトは自分と前原それから仁科を盛大に送り出してくれた。校門を出るときには窓から手を振ってくれて、まるで出征するようだった。

引率の友梨ちゃんと学校を出て、国鉄の新橋へ。新橋から上野に山手線で向かい、上野から東北本線の快速に乗り、久喜に向かった。ガールズリーグでは新幹線乗車券が発行されない。新特急ぐらい乗せてくれてもいいじゃないか、と思わないでもない。

久喜で降りて、東武線に乗り換えて足利に到着すると16時で、ロッカルームに入ったのはちょうど30分前だった。

島津は基本、守備的に行くことに決めた。得失点差を気にしてもしょうがない、勝ち点を3取ればよく、攻め手を増やして危険を犯すより、しっかり守ってウノゼロを目指すほうが良い。

だから第一節と同じく最終ラインは朝長椛沢に真ん中を固めさせて、栗原三河で両脇を守る。アンカに有賀を置いて、前原木村を中盤に据え、両サイドには佐原と日村を配し、ワントップを白瀬に任せた。

白瀬にはボールを受けること、キープすること、そして両脇にはたいて三人で攻め切るように言った。

白瀬はタスクを忠実に遂行した。期待通りの働きをしたが、佐原と日村はやはりダメだった。前々から思っていたが、他に選択肢がないから配置している。それでも良くしてきたつもりだ。サイドバックの栗原と三河、時に有賀には頑張ってもらい、攻撃も守備も成立させてきた。特に栗原と有賀は本職センタバックにも関わらず、文句一つ言わずその任を全うしている。ところが足利清和のような相手になると敵のウィンガが強力なので、どうしても栗原と三河は下がることになる。そうすると佐原と日村のダメさが際立つ。

最初は佐原だった。白瀬がキープして上手くボールを出してくれたのに、こねた。それを掻っ攫われて、すぐに追えばいいものの嘆いてしまう。前原があっという間に抜かれて椛沢の守備半径が拡大され、スルーパスを狩ることに失敗して仁科を抜かれた。仁科でなくても抜かれていたであろう、そういうシュートだった。

次は日村だ。ボールを持つのが怖くて、コーナの守備で足元に入ったボールをすぐにクリアして相手にプレゼントした。強烈なロングシュートが放たれて、0-2になった。

ハーフタイムのロッカルームはお通夜だった。あと45分、どうこの虐殺に耐えるか、という雰囲気しかなかった。

だが、そんな屈辱に甘んじるわけにはいかない。佐原、日村、それから木村を下げて、スカーレット、名寄そして中宮を入れることを告げると、ロッカルームはざわついた。

「こんなことを言うのはアレかもしれないけれど、優奈を出してあげてよ。お願い」

栗原が珍しく起用に意見した。河野は黙っていたが、仁科が同調するに至って、静かに涙を流し始めた。仁科はよくある言い分で反論する。

「島津くん。君は勝つためにやってきて、勝てるチームにいたかもしれないけれど、私たちは出るためにやってきて、出られるチームにしたんだよ」

自分の下手さを棚に上げやがって、とは言わなかったが、さすがに腹が立った。

「楽しんだとか、満足したとか、そういうことも大事でしょう?わたしたち、一学生で、三年生はもう最後なんだよ?」

だが、ここで怒鳴りつけてもなんの価値もない。さてどうしたものか、と言葉が詰まったとき、岩崎が先に口を開いた。

「騙されてんじゃねえよこの野郎」

静かな物言いだったが怒気にロッカルームが凍りついた。

「勝つことがすべてじゃないなんて、そんな見え透いた嘘に騙されてんじゃねえよ」

仁科が何か言いかけたが、続く言葉に気圧されたらしく、言いかけた言葉を抑えたようだった。

「勝つことより楽しむことが大切なんて嘘っぱちに陶酔するのは馬鹿野郎のすることなんだよ」

そんなことない――そんな決まりきった言葉を言えるような雰囲気ではない。

「勝たなきゃ楽しくないんだよ、なんでそんな簡単なこともわかんねえんだよ」

白瀬は鋭い視線を自分に向けている。

こんな時でも優理絵は穏やかな表情で自分を見守っている。 

「島津くん。わかってほしい」

朝長が言った時に、心を決めた。

部長の心をわかる必要などない。

わからなければならないのは、すべてを賭して勝利を掴み取ろうという心だ。それに答えなくてはならなかった。

「河野は試合に出す。ノックアウトラウンドでな。それまでに練習して出られる状態にしろ。この件は以上だ。フォーメーションを変える。Scarlett, you’re part of two tops. OK?」

英語は苦手だ。

「And you have two missions. First, post play for all attackers. If you get the ball, keep it and pass to friends on right timing. Second, get scores. If you think that “this is a chance”, you not be afraid.」

われながらめちゃくちゃだと思ったが、スカーレットは意を汲んだようだった。

「白瀬、スカーレットと組んで点を取れ」

「任せて」

「三河、右ウィングだ。力の限り走ってスカーレットにクロスを供給し、最後まで守りきれ」

「はい」

「名寄。この厳しい時にお前を左ウィングに起用するのは、お前の闘志や仲間を思う心、仲間を信じる心を知っているからだ。お前は確かに足元の技術もないし、走る量も少ない。それでもお前しかいないんだ。どんなに辛くてもボールをキープして白瀬や前原の助けを待て。そして敵がボールを持ったら、45分間死ぬ気で走って潰せ。左ウィングが抉られることは決して許されない」

「わかった。がんばる」

「前原。トップ下に入れ。お前が勝利の鍵だ。前原汐音のパスとプレイスキックが強敵を倒すためには絶対に必要だ」

「ありがとう」

「中宮、お前がどんな場面でも落ち着いて仲間に足りないところを見つけ出し、どんなポジションであってもそこを埋めていける選手だから椛沢と一緒に中盤の底に入れる」

「うん」

「朝長、椛沢がいなくて不安かもしれないが、都知事杯を思い出せ。恐れず大胆に勝負しろ」

「……了解」

「有賀。右側を任せる。敵に振られるかもしれないが、常に射角を制限しろ。ボールを奪うことを優先するな」

「わかりました」

「栗原、やるべきことはわかっているはずだ」

「わかってるよ」

後半、ボールの前線への供給が強化された明石二種はコンパクトに攻め立てた。67分、白瀬が前原からボールを受けると、すぐにスカーレットにはたく。この時前原が斜めに走ったこと、それから名寄ががむしゃらに走ってディフェンダを引きつけたのが功を奏し、守備が崩れた。スカーレットは迷わず白瀬の前にボールを出し、白瀬は飛び出すとあっという間に強烈なシュートをセンタバックの影から放ち、一点を返した。

前原がトップ下に来たことによる混乱に敵が対応していることに気づいたので、規律などない自由奔放な走りを見せる名寄を今度はトップ下に入れて、混乱を増大させた。椛沢を最終ラインに戻し、前原もボランチに戻す。白瀬を彼女が最も輝くであろう左ウィングで自由にさせるとこれが見事にハマり、栗原からのパスを鋭いクロスに変換した。北嶺砲で練習を重ねていたスカーレットがこれに合わせて同点に追いついたのが73分。

相手がフォワードとディフェンダを入れ替えて、白瀬の阻止とスカーレットの無力化そして突き放しを狙ってきたので、椛沢と朝長、有賀で3バックとし、栗原を左サイドハーフとしてさらに白瀬への支援を強化し、左を白瀬栗原、右をスカーレット三河で攻め立てる。中宮と名寄に中盤の底を任せ、前原はより自由になった前線に好きにボールを振り始め、80分は白瀬が相手センタバックの顔面にクリーンヒットを噛ます。弾かれスペースに流れたボールを最後は中宮が豪快に叩き込んでついに逆転した。

栗原を戻して4バックを再構成し、中宮をアンカに据えて中盤の底を名寄前原に、両サイドを白瀬三河のワントップスカーレットで守りに入っていたが、ロスタイムに流された前原のパスに白瀬が追いつき、高速シザースで二人を抜き去り切り込むと得意のミドルでさらに追加点を決めた。

あまり賭け事のような采配は好きではない。名寄をトップ下にいれるなど正気の沙汰ではない。他に手がないからやったが、やるべきではなかった。

でも、勝利以外に良かったことがある。本気の白瀬美波を見られたことだ。トップ下やワントップの白瀬美波だって確かに素晴らしい。だが左ウィング白瀬美波は、一学女子フットボーラの最高峰と言っても差し支えない高森瑞貴に匹敵する輝きだった。

岩崎がハーフタイムのとき、一人ロッカルームに残った木村に事情を説明してくれて、よかったと思っている。木村は何も悪くない。良いプレィをしていた。それでも、中宮と名寄のユーティリティ性と、名寄の闘志や中宮の隙間を見つけ出す目、そしてスカーレットが必要だった。大切なのは、木村が最も不用だったわけではないということだ。それを岩崎は目の前の戦いが重要な自分の代わりに、彼女にその持てる言葉の限りを尽くして伝えてくれたと木村は教えてくれた。

その気配りに敬意を表して、岩崎に温かい缶コーヒーを渡したが「俺コーヒー飲めねえんだよ」と言われた。冬が近づいていた。
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