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明石二種第一学校蹴球戦記 作者:豊住耕一
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さまざまな理由

名寄由紀恵は基本的にベンチにいる。あまり、試合に出たことはない。上手くないのでしかたない。二学の時は結構出られたが、一学になってからは技術水準が上がったのもあって、機会は明らかに減った。それでも続けているのは、フットボールが好きだからとか、そういう理由ではない。

二学に上がった時に蹴球部に入ったのは、友達が入ったからだった。そのときから椛沢とは一緒にやっている。入学して2ヶ月で3年生の先輩が好きになって、その先輩が蹴球部だったから、いろいろテクニックを教えてもらったりして近寄った。夏に付き合い始めて、友達は部活についていけなくなってやめたりもしたけれど、話題と、それから二人で遊ぶときのためにやっていた。一年経って先輩が卒業して、そのあとズルズル別れてしまってどうしようか迷っていたけれど、部活をやっていたほうが受検で有利になるので続けることにした。

一学になっても続けたのは、端的に言うと島津のせいだ。島津が怪我をして決勝に出られないとなった二学三年の夏、男子の代表組はもう弔い合戦みたいな感じだった。勝たないわけにいかない、という雰囲気に飲まれて、名寄や他の女子も一生懸命応援した。前日には皆で天神様に行って、百円もお賽銭を入れて願った。その時の仲間の一体感とか、そういうものがとても素敵なものに思えたから、今もフットボールを続けている。

進学先は明石二種と決めていた。ほかにも二種はあるけれど、商業科があるのが明石二種と金町二種だけで、明石には椛沢が行くというから、どうせなら、と思ったのだ。

島津を監督にするという話になったとき、名寄は椛沢が喜ぶだろうと思い、嬉しかった。あまり話さないし、プライヴェートはインドア派でゲーマの椛沢と大体彼氏とか友達と外で遊んでいる自分とは全然ジャンルが違うけれど、椛沢とは仲がいい。椛沢が島津のことをどう思っているか、はっきりと口にして言われたことはないけれど、それはみんなが知っていることだ。あの夏の落ち込みようは半端ではなかったから、ほんとうに心配におもっていた。

けれども、実際島津が就任すると、正直しまったと思わないでもなかった。本気でやっているつもりじゃなかった名寄としては、こんな練習が厳しくなるとは思っていなかった。時間は短いし、絵に描いたようなしごかれかたをするわけじゃない。けれども、とにかく休ませてもらえない。走り込みもないけれど、常に走っていないと練習が成立しないようになっているのだ。就職のことがあるから辞めないつもりでいたけれど、何度かもう辞めようかと思った。練習メニューを考えているのは岩崎という島津の友達だが、この岩崎は全然スポーツとかと関係なさそうな体形をしていて、おまけに嫌われている。なぜ嫌われているのかはよくわからなかったが、名寄由紀恵は基本的に流されるタイプなので一緒に嫌っておくことにした。まともに話しているのは同期だと汐音ぐらいだが、これは「おなふた」だからと思える。

ただ、島津も岩崎もいいところはあって、それは褒め方が具体的なところだ。島津は本当に回数は少ないけれど、褒めてくれるときは「名寄、お前は元気な状態で試合に入ってよくボールを追いかけてくれた。お前のお陰で敵の攻撃が数分止んだし、攻撃にも変化がついて、お前もわかるだろうけど二つシュートまで行った。よかったぞ」とか言ってくれる。岩崎は「由紀恵さんは意識していないだろうけれどスペースを見つけるのが得意だし、あまりポジションにとらわれないで動いてくれるから、今のプレィのスタイルを覚えておいて、自分で変な勉強や改造はしないでほしい。由紀恵さんが使えると俺達は作戦を立てやすくなる」とかなんだかよくわからないけど、とにかく褒めてくれるし回数もとても多いのでまあ、悪くはない。田坂監督は「今日も頑張ったな」ぐらいだったからだ。

練習時間が短くなって最も喜ばしいのはバイトのシフトを増やせることだ。明石二種は都内でも奨学金受給者もしくは貸与者の数が比較的多いが、名寄由紀恵は成績も素行も悪すぎてそのどちらでもない。しかし金はないから、遊ぶ金と親への上納金を稼ぎたい。それから貯金もしたいので、近所のコンビニで店員のアルバイトとして勤務している。元々人手不足の職場だったので、帰宅時間帯に1時間勤務が増やせると店長は喜んでくれた。まあ、今年はガールズリーグがあるから試合数が増えているので、帳尻合わせぐらいにしか増えてはいないのだが。

今付き合っている彼氏は五人目だ。去年まで同じところでバイトしていた専門学校生で、今は自動車整備工場に勤めている整備員である。週末の夜はバイトが終わる頃になると迎えに来てくれるので、そのまま彼の操る車で港とかに行ったりする。その道中で部活はどうなのかと聞いてくれるので、名寄はあったこと思ったこと感じたことを話す。そのときにいろいろある練習や試合のことが整理できるようで、その不思議な感覚が名寄は好きだった。たまに嫉妬されるのは面倒くさいけれど。島津にも堀場にも当然岩崎にも興味はないと何度も言っているのに。

シーズンが始まって一ヶ月近くが過ぎたが、出場時間は一試合にも満たない。けれども、怒られたことはないから、一応及第点のプレィにはなっているのだろうと思う。チームは去年よりはずっと良くて、特に一年生に強力な新加入がいるわけでもないのに、昇格プレーオフ圏内を維持し続けている。もし、昇格できたらそれは素敵なことだと思うし、最後のシーズンを1部で戦えたらというのは誰にも言ったことのない、けれども確かな由紀恵の夢だ。

自分だけが試合に出られない、というわけではなくて、やっぱり出られる人と出られない人は固定される傾向にある。同学年だと中宮真央はよくベンチにいるので傍にいる時間が長いのだけれど、実はほとんど話したことがない。なぜなら、中宮はほとんどまったく喋らないからだ。優しい微笑みと共に、本当にいつも静かに佇んでいる。

初めは嫌われているのかと思ったけど、そうでもないようなので、たまに映画に誘ったりするとこくりと頷いてついてくる。そして「楽しかった」と一言だけ言ったりする。

選手としてどうなのかはよくわからない。でも、下手ではないと思う。ただ、いつも微笑んだままなので、たまに怖い。とても、シュールなプレィをする。



島津を監督に就任させるに当たって、監督として登録できるかは当然、問題になった。当然、ライセンス保有者を用意できるような学校は多くないのだが、上位になると大体A級、下手するとS級ライセンス保有者を監督としている。例えば、茗荷谷はそうだ。

リーグはいい加減なもので「今年はこの子が監督なんで」と審判に言えば「あ、そうなの。じゃあ残りの2人はベンチから出ちゃダメだからね」と一言で済んだが、協会直轄のガールズリーグは仰々しい登録用紙なるものが送付されてきた。そしてそこには「保有ライセンス」という欄があり、絶句した。

登録するに当たって島津や他の二人を監督やコーチとして登録できるかどうかは誰もわからない。当然、顧問の友梨ちゃんが知るわけもない。そこで朝長は自ら電話を協会にかけたが、生徒の一存でどうにかなることではないと要は門前払いを食らった。一言教えてくれればいいのに、と思ったが、とりあえず友梨ちゃんに掛け合ってみた。すると、島津以下二名とともに校長室に出頭せよと言われたので、練習後に制服に着替え直してから赴いた。

校長は昨年の春就任した城之内という女である。二種の女性教官には命令口調の者も少なくないが、城之内もそうである。が、城之内はどちらかというと穏やかに命令口調を操る方だ。だが、無慈悲に退学処分と停学処分、留年を連発したので恐れる者も少なくない。岩崎などはっきりと「恐ろしいババア」と言うほどだ。

とはいえ、優しいところがないわけではない。自分たちの修学旅行にも視察に訪れ、おやつを供給してくれたし、プレーオフへの出場が決まった時にはスポーツドリンクを贈呈してくれた。

そんな校長に何を言われるのかと恐る恐る行ってみると、登録の件はもう済んだから安心しろ、と一言で終わった。拍子抜けしているとガールズリーグは二部とは話が違う。ネット配信があるし、たまに地元局の中継がある。会見枠もあるので、前日には誰か選手と監督島津が出なくてはならない。だから、上手くやるように、学校の恥になるようなことはするな、と言われた。まあ、順当だと思ったが、その後がやはり明石二種だなあと思った。負けるのは仕方ないが、それを良しとするな、である。

それから、出られたのだから精一杯やるように、くわえて、観戦にはいけないが応援しているとのことだった。

帰り道、気になったので島津に会見どうするの?ときくと、部長出たいですか?ときかれたので、そりゃもちろんわたしも女の子だしちやほやしてもらえるならちょっと行ってみたい気もするけど、島津君が並びたい子を連れていけばいいんじゃないかなと正直なところを話した。

そうしたら、最初は白瀬を連れて行って、その試合後は前原とまったく椛沢を連れていかなかったので、少し意外だった。実は椛沢のことは完全に椛沢の片想いなのかと思ったが、多分恥ずかしいか、もしくは自分の好きな子を他人の目に晒したくない独占欲なのだろうと判断した。

当然といえば当然だが、ガールズリーグは甘くなかった。初戦を辛くも勝ってこれは行けるのではないか、と想像したが、単に相手が弱かっただけだった。二戦目の足利清和にはホームでコテンパンにやられた。

足利清和は昨年食中毒騒ぎで勝ち点を取りこぼし、リーグ5位に終わっただけなので基本的に強い。黄色いユニフォームを纏った連中は明石蹴球場に参上すると、前原を封じて白瀬を孤立させ、さらに強力なマーカを白瀬に取り付けてその動きを封じにかかった。有賀を巧みに釣り出して、自分と椛沢のカバーすべき範囲を拡張し、ボールを振って確実に仁科を打ち破って行った。北嶺砲を持ち出して賭けるより、失点を抑えて得失点差への悪影響を阻止することに島津は手を焼かれ、最後は白瀬に有賀をカバーして守るようにさえ指示した。白瀬はその任を伝えられるとさも普段どおりかのような素振りで引きこもりに参加し、その恐るべき走力でプレスをかけ続けた。そしてボールを奪うや否や自分から自分にスルーパスして一人カウンタを敢行、シュートを放ち、敵に直撃させた。しかも二回。内一回は股間に直撃させたのを見て地団駄を踏んだので、正直ドン引きした。

その衝撃もあって相手が引いたので3点差で済んだが、彼女がいなければ、そして椛沢優理絵という化け物じみた後輩がいなければより悲惨なことになっていたのは間違いない。

三戦目もアウェイで落とし、四戦目はホームでドローに終わった。その後五戦目は緒戦の相手に勝ったが、勝ち点は7しかない。

グループリーグ最終節を控えて最終戦4勝1分の足利清和が13、2勝2分1敗の長浦が現状8なので、長浦が裏で勝てばグループリーグ敗退が確定する。そして長浦がどうなろうと得失点差で差をつけられているこちらは勝たなければノックアウトラウンドはない。

一方、リーグ戦は極めて順調に推移し、一度入るとその後昇格プレーオフ圏から外れることはなかった。また、都知事杯も始まったが、初戦にあたって島津はメンバを落としたものの、三部相手に勝利を収めている。

朝長と有賀にセンタバックを組ませ、出場機会のない三河をサイドバックに戻し、北嶺も出した。中盤は左から本職サイドバックの一年生杜若由美、二年生の中宮真央と名寄由紀恵、受験明けの同期河野優奈である。トップ下には白瀬、ワントップにスカーレットを置く4-4-1-1というわけだ。

このほとんど全とっかえに等しいチームは三部相手に2-1で勝った。白瀬が一点を取ったのだが後半に一点取られ、島津が後詰に不安があるので当初は許可しなかった北嶺砲の発砲を許可し、3回に渡る射撃の末、スカーレットが見事に決めた。そこで島津は椛沢と栗原を入れ、守備を固めて終えた。

皆レギュラメンバからしたら落ちるが、よくやったと思う。

北嶺は仲の良い友達だが、ザル守備だ。でも、自分の言うことをよく聞いて、テクニックはともかく動きはかなりマシになった。久々に優理絵以外の相棒となった有賀は心配ない。久々のセンタバック起用の期待に応えて見せた。失点にも絡んだが、それはもう仁科のキャッチングミスから起きたことだから仕方ない。その仁科は堀場と毎日練習しているが、まだ劇的な改善には至っていない。三河聡美は普段通りのサイドバックとして活躍した。普段は北嶺砲のワリを食ってピッチから離れるので久々に北嶺と同じピッチに立った。

中宮真央と名寄由紀恵は仲がいいが、その良さは遺憾なく発揮された。どちらも前原のように素晴らしいキックの技術があるわけではなく、前原の不足を補うような木村の知的さを持ち合わせているわけではないからなかなか起用されないが、二人で平凡だが集中力の高いプレイを見せて白瀬にパスを供給した。白瀬はまあいつもの白瀬だ。

ウイングではなくサイドハーフに起用された杜若と河野はどちらもサイドバックとウィングで本職ではない。スタミナがない杜若、ここ数ヶ月全くプレィしていなかった河野の二人を同時に入れて大丈夫なのかと少しだけ思ったが、必要であれば椛沢と前原を入れて行くつもりだったのだろう。さらに、心配は杞憂に終わった。案の定杜若と河野は残念なプレィに終始したが、結果は結果だ。

朝長は最後のシーズンを一番楽しんでいた。なんとかして進学後もチームに残り、6月までやろうと決めていた。大学のチームや地域のチームに移籍するかは後で考えればいい。

島津を監督に迎えられたことは幸運だと思えたし、他の二人も来てくれてよかったと思う。
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