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明石二種第一学校蹴球戦記 作者:豊住耕一
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ブリタニア作戦

土日の練習はまだ暑いから早めにやるのはどうかという島津の意向に合わせて、今シーズンは7時から9時の時間を抑えて練習することにした。今まで使っていた15時から19時以外だと、この時間しか空いていなかったのである。本当に早起きしないとまずいので、前原汐音の友人の名寄由紀恵ほか何名かがかなり難色を示したが、練習の時間自体は短くなるのでなんとかまとまった。それに、土日ともスタジアムで練習ができるというのが魅力だった。

練習時間は短くなったが、疲労は何倍の単位で増えたと言ってもいいと思う。初日にはこんなに走らされるのかと汐音は驚いた。走り込みや罰走ならわかるが、初めからボールを使っているのに、走る量が異常だ。あれこれ細かに指示も飛ぶので疲労も半端ではない。生殺与奪の権限をこちらが持っているので名寄なんかは「あの監督、クビにしよう」と冗談めかして言ったほどだ。

試合の次の日は前日の試合の修正を練習した後、軽くゲームをして終えた。ところがこの修正がおかしい。岩崎が「38分のシーンだけどよ」とメモも見ずに言って、流れを話しながら人を配置してシーンを描いていく。特に危険だったシーンは驚くほどリアルに再現されて、対処法を島津から叩き込まれた。言い方は優しかったが「なんでそうしたんだ?」と言葉を変えて繰り返されて追い詰められていった。ちょっとこたえた。でも、説明されるとなるほどな、と納得できることばかりだったし、自分の良いところもたくさん認めてもらえたし、それは自分でも気づいていないことだったので汐音にとってはよかった。

一方、攻撃の部分で汐音が槍玉に挙げられることはなかった。汐音と白瀬のプレィを完全にスルーして、主に日村と佐原のプレィに対して島津と岩崎は細かく修正をしていった。ただ、こういう時、岩崎は「これはあの子たちの話だ」と部外者になることを許さない。全員にどうすべきかを説こうとする。特に岩崎は経験者ではないかと思えるほど、時に島津より正確なのではないかという指示をするのでびっくりした。詳しそうなのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。

ただ、困るのはボヤッとしていると「汐音さんならどうする?」と訊かれることだ。訊かれるだけなら構わない。ボヤッとしている自分が悪い。問題は自分はウィンガでないからと汐音が前置きしておずおず答えると「汐音さんはああ言ってるけどよ、日村さんはなぜそうしなかったんだ?」と日村に言いだすことだ。この言い方が本当に怖い。別に怒鳴ったり口汚く罵ることはないのだが、有無を言わさない雰囲気がある。真奈美がいたら反駁することもあったろうが、残念ながら真奈美は別メニューで、さすがに島津が看過しているのに口出しすることもできなかった。日村が答えられなくなると助け舟を出してやっていたが、香苗ちゃんは戸惑っており、珍しく白瀬が慰めていた。内容はよくわからなかったが。

どうやら佐原の対応を島津、日村の対応を岩崎が担当するという括りらしく、島津か岩崎か知らないが配慮はしているらしい。先輩に嫌われるより後輩に嫌われた方がマシだ、という判断だろうし、なんだかんだ言って体育会系だから、先輩が怖いのはしかたないだろう。それでも、このままだと早晩日村は参るだろうな、という感触があったので、島津に意見することにした。島津は謝り、理解を述べてくれたがやはり自分からも直接言ったほうがいいだろうと思い、月曜日に汐音は岩崎の席へと赴いた。

「言い方キツいと思うんだけど。あたしもああいうこときかれても困るし」

香苗ちゃんのこといじめるダシにされているようで嫌だーーとまでは言わなかった。だが、

「なんか誤解しているようだけれどよ、汐音さんに喋らせてるのは攻める時頭使ってんだろうからそれを訊きたいだけだぜ。俺は日村になぜそういうプレィをしたのか聞いてるだけなのに、なんも答えねえからさ、別のヤツが喋ったらなんか言うかなってそれだけだよ」

と、返されたので困った。

「言いたいことはわかるけどさ、あんな言い方することないじゃん」

「じゃ、どんな言い方するといいんだよ」

瞬時に切り替えしてくるので本当に困る。

「こういうときはこうするんだよ、とかさ」

「俺はそんなこと言ってないだろ。俺がどうすべきか教えたいんじゃなくて、日村がどうしてそうしたのか知りたいの。それでああそういう考えもあるかってなったらそれは誠に結構だし、バカじゃねえのと思ったらお嬢さんそれはバカだからやめなさい、とそういう話じゃねえかよ。汐音さんだってバカじゃないんだから、わかってるだろ?」
わかっている。

「白瀬はともかくよ、両ウィンガが全然ダメだからクロスも上げられねえし、切り込んでドリブルすりゃボールロストするかわけわかんないシュート打ちやがってよ。結局汐音さんから白瀬に渡してミドル打つしか攻め手がなかったじゃねえか。かといって白瀬を外に出すわけにもいかねえし」

美波と言ってることが同じだ、と汐音は思った。なんで美波は岩崎くんあんなに嫌いなんだろうか。

「とにかくクロスがなんとかならないとスカーレットも使えない……」

そこまでいって岩崎は突然言葉を切った。

汐音は後になってあの時思いついたんだと気づいたが、その時は何も思わなかった。

「誤解してたかもしれないけどさ」

そう汐音は食い下がった。理解はできたが、とにかくこのままだとマズいという感触がある。岩崎に声をかけたのは自分だし、岩崎の実力もわかっているのでつまらない話の流れにはしたくなかった。

「岩崎くんがちょっと気をつけるだけでもっと良くなると思うから」

とだけ言ったら、わかったよ、とは返してもらえた。これ以上言ったら言い返されてやり込められそうなのでやめておいた。

ただ、それでも席を離れた後に「よくやってくれていると思う」と言えばよかったかな、と思った。けれども、わざわざ踵を返して言いに行くのもなんだからそのままにしておいた。それに、16歳の汐音にはそれを口にするのに、まだ抵抗があった。



椛沢優理絵はセンタバックだが、パワープレィ要員でもある。本当に勝たなければいけない時は、椛沢は前線に上がってロングボールを待ち、その巨躯を生かして強引に得点を狙う。179センチメートルの制空能力は女子では並外れたものだが、明石二種にはイングランド人アリシア・スカーレットという184センチメートルのフォワードが存在する。その上、最強のフォワード白瀬美波は172センチメートルの上に垂直跳びで72センチメートルというとてつもない記録を持っている。よって、この3人が揃えばペナルティエリア内において、制空戦闘どころか航空支配戦闘を実現できる。

が、これによって明石二種が得点したことはほとんどない。240センチメートル程度の空中の狙った位置に、ボールを供給できる人間がほとんどいないからだ。

チームの中でまともにボールを蹴ることができるのは、朝長、椛沢、前原そして白瀬である。もちろん他の選手だって蹴れるが、数回しかないパワープレィのチャンスにいくらマトが三つあるからと言って合わせる技倆を持っているわけではない。それなり以上のクロスを蹴りこめなければパワープレィは成立しないのだ。

その上、椛沢と白瀬は自分たちがターゲットなので当然出し手からは外れる。すると蹴れるのは朝長と前原だけになる。ところが椛沢がいない間に守るためには朝長は後ろにいる必要がある。すると前原だけである。

パワープレィが必要な時、というのは試合が終わりかけているわけだから、相手もこちらを知り尽くしている。90分間自分たちのゴールを脅かした怪物フォワードに見事なパスを供給しており、プレイスキックではポストやクロスバーに直撃させてきた前原がパワープレィに入った時に封じられない道理はない。従って、明石二種はパワープレィで見事に勝った、ということがほとんどないのである。椛沢も、あったかな?というレヴェルだ。少なくとも、自分が決めて勝った、という覚えはない。

二部の第二節、水曜日の夜に明石二種は敵地辰巳に移動して辰巳との一戦に臨んだ。辰巳は昨年昇格プレーオフ圏を逃した実績があるし、攻め手が欠けているが、守備が堅く、美波のシュートを恐れないディフェンダが揃っており、昨シーズンは二戦ともスコアレスドローとしている。試合前から攻めあぐねることが十分予測できた。

しかし、この第二節は汐音が最初に監督候補に挙げた「岩崎くん」によって2-0で勝った。島津をどこまでも贔屓したい椛沢でも、その事実を認めざる得なかった。それほど岩崎のアイディアは的確で、島津は何の手も加えずそれを通した。この勝利は美波の得点ランキング首位を維持したのはもちろん、汐音の通算アシスト数を3年生北嶺優香里が上回るという信じられない結果になった。得点は美波と自分である。その両方を北嶺がアシストした。

岩崎の提案を聞き入れた島津はスタメンを変更した。ワントップにスカーレットを据え、ボールを受けたら可能な限り落としてポスト役に徹し、相手を撹乱する動きを繰り返し、ボールを持ったらプレスをかけることを厳命した。スカーレットの代償に三河を外し、さらに栗原を犠牲に北嶺を投入した。三河のいたサイドバックには前節アンカであった有賀が入った。本職ではないが、有賀はピッチ上に絶対に必要だった。栗原が外れることは守備力の著しい低下を招くが、そもそも攻め手に欠ける相手であることに賭けた。島津は北嶺に守備時は椛沢と朝長の指示に従うよう言い、さらに自分の最重要任務を完遂するように言い聞かせた。

試合の均衡が崩れたのは22分だった。同じ仕事を与えられた佐原と日村だったが、最初に日村がその任を完全に果たした。タッチライン際を疾走し、前原の見事なパスにギリギリ追いつくと、相手のサイドバックに強く当ててボールを外に出した。

北嶺がスタートし全力でそちらに向かい、椛沢が駆け上がるとその穴を有賀が埋めた。そう、このために有賀はいるのである。

北嶺はボールを拾うと全力でスローインした。その鋭い弾道を描いたボールを、するりと駆け込み持ち前の跳躍力を遺憾なく発揮した白瀬が2メートル50はあろうかという高空で捉える。頭でゴールマウスに叩き込み、見事得点とした。

作戦は成功した。ここに明石二種の一年目の躍進の原動力となった凶悪プレィ「北嶺砲」が完成したのである。北嶺砲はこの後も4回射撃を実施し、佐原の獲得したスローインからの1発を椛沢が叩き込み、命中確率20%を記録した。
北嶺優香里はロクなサイドバックではない。守備はそうめんが通り抜けるようなザルだし、攻撃参加はザルの穴をさらに広げてうどんを通過させる効果しかない。だから昨年早春に三河がケガをしても北嶺でなく、本職センタバックの有賀をサイドに据えていた。

おまけに北嶺優香里はスローインが下手である。というか、バスケットボール経験者で、投擲するときに手首のスナップで投げてしまうという悪癖があり、本日もファウルスローを6回計上して、途端に大ピンチに陥った最終ラインに優理絵は全力で駆けもどる羽目になった。

強敵相手にはなかなか使えたものではない。

が、白瀬椛沢スカーレットの三人が実現する航空支配に鋭い弾道を描く北嶺砲が加われば、これを合法的に阻止する手段はほとんどのチームの場合、放たれたヘディングシュートをブロックすることのみである。かろうじてスカーレットは図体がデカいだけで空中戦の技術がないからまだなんとかなるが、白瀬椛沢については最早止める術がない。ボールは見事なコントロールでどちらかの頭に当たるはずで、下手なクリアをすれば恐るべき白瀬の本気シュートを至近距離で喰らうことになる。

北嶺砲を安定運用するには、有賀と朝長だけでは足りず、中盤の底に陣取る前原と木村の守備能力を上げること、それから北嶺の悪癖をなんとかすること、できれば守備能力を上げることが望ましい。

しかし、どんな代償があったとしても、高確率で得点を狙える驚異の兵器を手に入れた明石二種には、明らかな優位が生まれた。

もちろん島津が活躍してくれることが優理絵にとっては嬉しいが、島津も自分も勝っていくことは純粋に嬉しい。あの頃の輝きが戻ってくるような感触は、日に日に大きくなっていった。
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