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倭国は輝いていた 作者:讃嘆若人(旧:暴走若人)

第一部

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第七話 池辺王

 5月。
 忍阪の生根神社に押坂彦人大兄王と大俣王は参拝に行った。
 大神神社(おおみわじんじゃ)同様に、山そのものをご神体とするこの神社を、二人は気に入っていた。
「いよいよ、田植えの季節ですね。」
 神社への道を歩きながら、大俣王が言う。
「そうだなぁ。百姓(おおみたから)も田植えの準備に忙しいみたいだね。」
 そう言いながら歩く彦人の視線の先には、井戸の水をくむ百姓たちがいた。
「あの、衣通姫(そとおりひめ)の産湯に使ったという、神聖な井戸を使っている百姓たちがいるな。」
「あら、その井戸なら私もいつも使ってますわよ?」
「何!?あの井戸はだな、はるか昔、衣通姫という絶世の美女が産まれたときの産湯に使った井戸なんだぞ?」
「ああ、衣通姫の話なら井戸端会議で地元のおばちゃんたちにしょっちゅう聞いていますわ?」



 衣通姫とは、允恭天皇の次女である。息子も入れると第三子だ。
 允恭天皇は大和王朝の19代目の大王で、西暦443年から454年の間、大和の大王の座にあった。もっとも、最初の数年は持病を理由に大王に即位することを拒否していた。
 それを群臣の要請もあって、妃が無理にでも即位するように求めた。その妃が押坂大中津姫おしさかのおおなかつひめである。
 名前からも類推できるように、押坂大中津姫は忍阪を領地としており、大中津姫が本来の名前である。彼女は八幡神として知られる第15代応神天皇の孫娘でもある。また、大中津姫の兄が大郎子(おおいらつこ)と言い、押坂彦人大兄王ら現在の大和大王家一族の祖先にあたる。大和大王家一族の中興の祖が継体天皇であり、その曽祖父が大郎子なのだ。
 つまり、押坂彦人大兄王にとって大中津姫はご先祖様の妹で、そして、自分よりもはるか昔に忍阪の領主をしていた先達である。
 当時は妻問婚(つまどいこん)で子供は母親の家で生まれ、母親の家で育てられていた。衣通姫も、母親の領地である忍阪の地で生まれ、今押坂彦人大兄王と大俣王が見ている井戸の水を産湯にして取り上げられたのだ。



「じゃあ、衣通姫がどんな人間だったのかも聞いているのか?」
「ええ、この話を言うとR15になるとか言われましたけれど、私はもう15歳になったので聞きました。」
 なお、大俣王は数えで15歳なので満年齢はこの時だと13歳である。
「は?おばちゃんたち、一体、私の可愛い妻相手にどんな話をしたんだ?」
「地元のおばちゃんたちによると、衣通姫は露出度の高い服を着ている露出狂だった、なので『衣』が透け『通』っているような服を着ているから衣通姫なんだ、とその露出狂エピソードをいろいろ教えてくれました。」
「ちょっと待て!もうそれ以上言わなくてもいい!おばちゃんら、何をデタラメ教えてんねん!全然事実と異なる!」
「え?じゃあ、本当はどんな人だったんですか?」
「R15になるような話ではないからな。これはだな、衣通姫のお兄さんに関係する話だ。」
「へぇ、兄妹で結婚したのですか?そういや、彦人も私という正妻がいるのに、産まれたばっかりの妹を自分の側室に内定していますね。」
「なんだよ、その内定という言い方は!あれは事故だと言ってるだろ?」
義父様(おとうさま)も実の妹の額田部女王を愛しておられますし。」
「ああ、全くだ。おかげで、私の母は今年になるまで正妃になれなかった。」
「なんであんなサイコパスに()かれるんでしょうね。」
「よほど、いい加減な男なんだろ。」
「私の夫にもその血が流れているわけですね。」
「勝手に私と親父を一緒にするな!私はサイコパスを妻にはしないぞ!」
「ウフフ、そりゃそうですよ~。ちゃんと、私を選んでくださるぐらいには人を見る目のある方ですもんね。」
「おお、自分はサイコパスではないという自信は凄いな。」
「大王様の側室で自分の実の叔母をサイコパスとは、さすが、私の夫です!」
「うるさい!最初に言い始めたのは君だろ!」
「ウフフ、ところで衣通姫の話はどんな話なのですか?」
「ああ、そうだった。お、そうこうしているうちに生根神社に着いたな。」
「そうですね。ああ、やはりここは気持ちいい!」
「・・・この神聖な空気の場所で、衣通姫の話を?」
「別に年齢制限が付くような話ではないんでしょ?」
「まぁ、そうだな。」
「ねぇ、もしかして兄妹の恋愛の話?だけど、それって今の大王家でも普通にあることだしなぁ。まさか、衣通姫も額田部女王みたいにサイコパスだったとか?」
「いや、君は根本的に勘違いしているようだ。」
「え?」
「まずだな、親父と叔母さんは異母妹だ。額田部女王は親父よりも私と年が近いぐらいだ。兄妹とは言っても、兄と妹というような関係を意識する場面はほとんどないだろう。」
「うん?」
「衣通姫はだな。自分の同母兄と結ばれようとしたんだ。」
「ええ!?」
「それも、相思相愛だ。」
「えええええええええええええええええええええええええ!?」
「わかったか、その異常性が。」
「わかりますよ!異常すぎます、超異常!頭おかしんじゃないの!?って、あ!」
「うん?どうした?」
「もしかして、古記録に載っていた同母妹と結ばれようとした太子の話?」
「そうだ。で、その太子は父親の後継者になるはずが、伊予に島流しとなった。」
「そりゃそうでしょ!」
「で、妹の衣通姫は後を追って伊予まで来て、二人で心中した。」
「はあぁ!?どんだけ異常なの、その二人!」
「まぁまぁ、他の兄弟と比べると、マトモな人生を送った方かもしれないぞ?」
「え?」
「この二人、実は九人兄弟の長男と次女なんだ。五男四女の九人兄弟がいた。」
「そうだったんですね。まさか・・・。」
「うん。9人とも無茶苦茶な人生を送った。例えば、三男は7歳児に殺された。」
「7歳児!?」
「しかも、当時は一年を二年と数える倍数年暦の時代だから、実際には3歳児の可能性が高い。」
「3歳児に殺されるって、一体、何をどう間違えたらそうなるの!?」
「彼ら9人兄弟の話の詳細を聴きたいかい?」
「・・・いや、遠慮しておきます。」
「ちなみに、この9人の父親は正妃の妹相手に浮気をして奥さんが激怒したという逸話もある。」
「いや、だからもう聴きたくないって!というか、その血が私の夫にも流れていたんですね!」
「流れてない!流れてない!勝手に自分の夫をあんな奴らの子孫にするな!」
「だって、昔の大王家の人たちでしょ?」
「君が筑紫から大和に来る際、大和の歴史を一通り教えたはずだが・・・。」
「え?」
「衣通姫の時代の王統は滅んでいる。だから、その後、私の曽祖父が越からやってきて大和の大王に即位したんじゃないか!」



 允恭天皇は第16代大王の仁徳天皇の息子であるが、仁徳天皇(大雀(おおささぎ)大王)の血統は彼の玄孫の第25代武烈天皇の時代に途絶えている。
 皇位継承権を持つ近親の王族は、大王位をめぐって争い粛清されたり、衣通姫の長兄のように問題を起こして粛清されたりして、武烈天皇の時代には大王位を継ぐ者がいなかったのだ。
 そこで跡を継いだのが、武烈天皇の高祖父の仁徳天皇のさらに父である応神天皇の玄孫の彦主人(ひこうし)王・・・の、さらに息子の継体天皇なのである。
 武烈天皇と継体天皇は、どちらも共通の祖先である応神天皇の来孫(らいそん)(玄孫の子供)に当たる。



「あ、そうか!当時の大王と私たちの家は赤の他人なわけね?」
「コラ!遠い親戚と言え!前の大王と比べて11親等だけ離れた曽祖父が、他に適当な王がいなかったので新しい大王に即位しただけだ!」
「・・・それって、他人ね。」
「とりあえず、私はあのあたりの王族の血は引いていないわけだ。」
「そうかぁ。ねぇねぇ。」
「なんだ?」
「それって、百姓の生活を第一に考えて税を三年間免除にするなどの善政を行い、死後には世界最大の古墳に葬られた大雀(おおささぎ)大王の血も、今の大王家には流れていないってことだよね?」
「・・・まぁ、そうだな。」
「私が大和に来た時、やたら大王家の人たちが大雀大王のことを自慢していたけど、あの人たち、大雀大王の血は入っていないわけでしょ?」
「・・・そこを突っ込んではいけない。」
 そう言った後、押坂彦人大兄王は何かに気付いたような顔をした。
「どうしたの?」
「ウフフ、誰かが私に会いにこっちに来ているようだ。」
「え?――あ!池辺(いけべ)王様!」
 大俣王が辺りを見回すと、北の方から池辺王、またの名を橘豊日(たちばなのとよひ)王が少し離れたところから数人の舎人を従えてこちらへ近づいてきている。
「豊日叔父さんか、久しぶりだな。」
「あのサイコパスの同母弟よね?」
「こら、本人に聞こえたらどうするんだ。」
「にしても、勘が鋭いからか、彦人は誰が近づくとすぐに気付くよね。」
 押坂彦人大兄王は池辺王の方に笑顔を向けて手を振った。池辺王は少し離れた地点に利根利を待たせて、一人だけで彦人大兄王の方へ駆け寄る。
「彦人王殿!従者もつけずに何をしているのか!探したんだぞ?」
「え?豊日叔父さん、心配性だなぁ。生根神社は私の庭みたいなもんだし。」
「何を言っている!兄上の後継者は正妃の長男であるお前がなるとみんな思っている。いつ、だれに狙われるかわからん状況で、護衛もつけずにふらふら散歩するんじゃない!」
「そうだった、親父の跡を継ぐのは私だったな。」
「そうだ。で、本題に入るが、そのお前の母親の広姫様のことだ。」
「で?母上がどうかしたのか?」
「広姫様が、命を狙われているとの情報を手にした。だから、こうしてやってきたんだ!」
「母上の命を狙うだと?そんな奴がいたら、この手で殺してやるから安心してくれ。」
 彦人大兄王は軽く言っているようで、強烈な怒りがにじみ出ていた。
「お前が強くて、運も良いことは知っている。だが、敵はただものではない。」
「どういうことだ?誰が母上を殺そうとしているんだ?」
「それはわからん。ただ、実行部隊はわかる。」
「実行部隊?」
「ああ、アカラの連中が広姫様の命を狙っている。」
「ど、どうして、アカラが?」
「アカラを動かせるのは、大王家の者しかいない。まぁ、姉上ではないと思うがな。」
「額田部女王の仕業(しわざ)ではないと、信じていいんだな?」
「ああ。姉上は謀略の趣味はあるが、人を殺す趣味はない。だいたい、謀略好きの姉上が本気で広姫様を殺そうとしているのなら、弟の私にバレないようにするだろうしな。まぁ、もしも姉上の仕業を分かれば全力で止めるが。」
 確かにそうだ、と彦人大兄王は思った。
 池辺王と彦人大兄王は昔から仲が良い。叔父と甥とはいえ、年齢が近いこともある。額田部女王が本気で広姫を殺そうとしているのならば、仮に同母弟であっても池辺王にはバレないようにするはずだ。
 もっとも池辺王までもがグルだったら、という可能性はあるが、もしもグルなら逆に姉の計画を失敗させるようなことは言わないはずだ。つまり、池辺王は今回の広姫暗殺計画とは無関係のはずだ。
「というと、大王家の一族にいてアカラと関係ありそうなものとなれば・・・限られてきますね。」
 彦人大兄王がそういうと、
「すみません、アカラって、なんなのですか?」
と、大俣王が聞いてきた。
「そうか、大俣王殿は筑紫から嫁がれたからご存じないか。簡単に言うとアカラは、大和の裏の軍隊みたいなものだ。」
曾爺(ひいじい)さんが大和を掌握できたのも、アカラを味方につけたからなんだ。」
 池辺王と彦人大兄王がそれぞれ説明する。
「それって、物部氏が率いる大和の正規軍とは別の部隊が存在している、ってこと?」
 大和の正規軍は、代々物部氏の者が率いることになっていた。
「まぁ、そういうことだな。そうそう、その物部氏のことだが――」
 池辺王は話を続けた。
「どこから言ったらいいものか・・・。実はな、私の叔父が大王様に遷宮を提案しようとしている。」
 遷宮とは、大王の宮殿を引っ越すことである。当然、それをすると新しい宮殿の近くの氏族の人間が政府で影響力を持ちやすくなるなどするため、遷宮は必然的に政府の人員整理を伴うものとなるから、政治的な影響も出てくる。
「蘇我馬子殿が遷宮を?」
「ああ。もしも遷宮が決まれば、新しい宮殿を創るために私の領地からも人員を出さねばならないだろう。無論、大王の宮だから長男で後継者である君も人員を出さねばならん。本当は、君が広姫様を守るための護衛を出すのが筋だし、なんなら私からも護衛を付けてやりたいのだが、それが難しい状況になるのだ。」
「それは困ったなぁ・・・・。」
「だが、とりあえずは広姫様を守ってあげなければならない。そこで、物部守屋殿と相談していただきたいのだが。」
「なるほど。」
 物部守屋と言えば、物部氏の長で大和政権の大連である。彼ならばなんとか広姫の護衛強化をお願いできるかもしれない。
「近衛兵による護衛だとだめなの?」
 大俣王が聴いてきた。
「ああ、ごめん、言い忘れた。近衛兵もアカラも同じ部曲(かきべ)なんだ。」
 部曲というのは、後世のギルドや職能集団に似た性格を持つ古代の職能氏族集団である。当時の庶民の多くは、産まれたころからいずれかの部曲に所属していた。
「軍人を出す部曲には二種類あって、解部(ときべ)の人間から組織された正規軍を物部氏が率いているんだけれども、近衛兵やアカラの人たちは久米部(くめべ)から選ばれているんだ。」
 正確には、部曲ごとに職業が厳格に決まっているわけではなく、解部や久米部の人間の全員が軍人になる訳ではない。例えば、解部の人間の中には今でいう警察官や裁判官のような仕事をする者もいる。
 だが、同じ部曲の人間は子供のころから一緒に育てられる。そうやって自然に似たような職業に就くように誘導されるのだ。結婚も同じ部曲の人間同士で行うのが原則であり、部曲は一種の家族のような共同体であった。
 つまり、久米部の人間から構成される近衛兵の中には、同じ久米部出身のアカラの刺客の知り合いがいる可能性も十分にあり得る。その場合、本当に護衛として機能するのかは、はなはだ怪しい。
「ああ、なるほど。近衛兵にとってアカラの人間は同じ部曲の人間、つまり、身内なわけね。」
「そうそう。だから、政府内には自由に人材を登用できるように部曲の制度の廃止を主張する人間もいるけれど、多くの庶民にとって部曲は家族の次に大事な共同体だからね。」
 彦人大兄王の説明を聞いて、大俣王も何とか理解することができた。
「要するに、大和の裏の軍隊?とかいうアカラという組織は、近衛兵を出している久米部の軍人の中でも精鋭部隊なわけね。」
「そう。大王家直轄の精鋭部隊だけに秘密も多く、『影の軍隊』を言われているんだ。」
「だからこそ、広姫様の護衛は近衛兵には任せられない。」
 池辺王が再び口を開いた。
「わかった。そこは叔父さんに任せる。一応、母上の話も聞くけどね。」
「ありがとう。だが、広姫様だけじゃなく、お前も命を狙われる可能性があるから気をつけろよ。」
 そういうと池辺王は、
「じゃあ、俺は物部守屋と話を付けてくるから。」
と言って、去っていった。
「じゃあ、私達も行こうか?」
 彦人大兄王が大俣王に言う。
「どこに?」
「母上のところだよ。」
「わかりました。義母(おかあ)様にお会いするのも久しぶりですね。」
 そういって大俣王は微笑むと、彦人大兄王と二人で歩き出した。
これまで回想場面だけだった池辺王(橘豊日王)が、いよいよ登場してきました。
なお、この話は年齢制限が付くような要素はないように配慮しています。
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