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倭国は輝いていた 作者:讃嘆若人

プロローグ

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第三話 聖徳太子の誕生

更新が遅れて申し訳ございません。
 7月20日、海部直難波は筑紫朝廷から呼び出しを受けた。
「海部直よ、この高句麗の使いが、去年に遭難したという高句麗の漂流民が、実は、お前に殺されたのではないか、と疑っておる。」
 多利思北孤(たりしほこ)は、そう、難波に問いかけた。
「いえ、そのようなことは・・・。」
「では、お前の言い分を述べてみよ。まず、どうして、去年の高句麗の漂流民が、おぼれ死んだのかね?」
「それは、ですね、海の中に大きなクジラがいたのであります!」
「瀬戸内海に、か?」
「え?あ、はい、瀬戸内海にも当然、クジラは泳いでおります、陛下。」
「その点について、お前の祖国である吉備に確認を取ったところ、遭難したとされる日には特に嵐も起きていない。そして、同じ船に乗っていたのに、お前たちだけは助かっており、高句麗人だけが死んでいる、これは、いかにも怪しい、と、吉備の方でも問題になっていたそうだ。」
 そう言われると、難波の顔は、一気に青ざめた。
 自身は、吉備王朝の命を受けて行った行為であるにもかかわらず、吉備王朝が難波に不利な証言をするということは――彼らは、難波一人に、全責任を負わせようとしている、ということだ。
「難波よ、何か言うことはないか?」
 視界が、乱れてきた。
 難波は、もう、正面を正視することすら、できなくなった。
「朝廷をだまし、虚偽の報告書を提出したこと、これが一つ。勝手に隣国の人間を殺したこと、これが二つ。このきわめて大きな罪は、決して、赦すことは、できないな。」
 視界が、真っ白になった。
「――では、死刑、ということに、なりますね。」
 刑部省の官僚が、そう宣告した。





 7月とは言っても、旧暦であるから、もう、秋である。
 筑紫からの速報を聞いて、蘇我馬子は、安堵していた。もしも、今回の件で、大王(敏達天皇)の責任でも問われようものなら、自分も必ず詰め腹を切られるであろう。
 しかし、実際には、罪に問われたのは、実行犯の難波、ただ一人であったのだ。
「では、私はこれにて、退席させていただきます。」
 馬子は、そう言って、王宮から退こうとした。
「大臣閣下は、もう、帰られるのですか?」
 そう、挑発的な口調で言ってきたものがいた。
「私の季節感が間違っていない限り、もうすぐ農繁期であると思いますが。大蔵(おおくら)(今の財務省)を(つかさど)る大臣閣下は、租税のことなど、やるべきことが多いはず。国民(おおみたから)のことを考えると、そんなに早く帰ってはさすがに不味(まず)いのではありませんか?」
「こら、勝海(かつみ)!大臣閣下相手に、少しは礼をわきまえろ!」
 そう、一喝したのは中臣常盤(なかとみのときわ)であった。勝海、と呼ばれた青年は、さきほどの生意気な態度と、打って変わって(うつむ)いてしまった。逆に貴族・官吏(かんり)の間では、これからどうなるのか、ざわめきが広がる。
中臣勝海(なかとみのかつみ)殿、君の言いたいこともよくわかるが、(めい)がいい加減、姪孫(てっそん)の顔を見てくれ、とうるさいものでな。私も、大叔父(おおおじ)になっちゃったわけだ。」
「閣下の姪のお子様と言われますと――穴穂部間人(あなほべのはひと)女王殿下のお子様であられますか!(うわさ)厩戸(うまやど)の御子様のことですね。そうとは知らずに、我が一族の勝海が生意気なことをいって申し訳ございません。」
 常盤は、中臣氏を代表する地位に就いていた。一族の勝海による失言を、今にも心臓が止まりそうな思いで聴いていたのだ。中臣氏は代々、神官の家であるが、祭政一致の当時は神官も政治の場に(たずさ)わっていた。



 穴穂部間人女王の息子、通称「厩戸の御子」は、この年の正月の、それも一日に産まれた、ということで注目を浴びていた。
 父親は、池田大王の弟、橘豊日(たちばなのとよひ)王である。新年の初詣(はつもうで)と大王・重臣への挨拶を終えた後、身重(みおも)の妻と二人で、馬小屋の前を歩いていた。当時、馬は貴族や豪族にとって、貴重な財産であり、彼も妻と一緒に、お腹の中の子供にも見せてやりたい、という気持ちを(かか)えながら、自慢の馬を眺めていたのである。
「ああ、この立派な馬を、赤ちゃんにも見せてやりたいなぁ。」
 そう、橘豊日王が言うと、妻が
「あ、ちょっと、貴方、今、産気が・・・・。」
 と、言った。
「え?ちょっと、待て。まさか、赤ちゃんに言葉が通じたのか?」
「産婆さんを、呼んでください!」
「わかった!おい、そこの君!」
 彼は、馬の世話をしていた使用人を呼び出した。
「何でしょうか?」
「子供が産まれそうだ!すぐに手配をしてくれ!」
「え?正月にですか!?」
 正月の儀式は、当時の人々にとって現代以上に大事なものである。そのため、橘豊日王の屋敷も、使用人の多くは村に帰ったり、政府や神社での祭りや儀式に駆り出されたりして、今はほとんど人がいない。
「人が足りないことはわかるが、すまん!近所の婆さんでも誰でもいいから、すぐに連れてきてくれ!」
「承知しました!」
 この後、この使用人はあわただしく、主人の妻の出産の用意に走り回ったため、嫌でもこのことは目立ってしまった。
 「正月の一日に、厩の前で産気づいて産まれた、御子様」の話は、たちまち、大和中に広まっていった。



「もう、あれから7ヵ月もたっている。恥ずかしながら、私もいくら姪の子とはいえ、最近は高句麗の件も含め、政務も色々あり、中々、産後の姪を気遣ってやることもできなかった。勝海殿も言われた通り、もうすぐ農繁期が来るから、余計に忙しくなる。だから、今のうちに姪の子の顔を見たいのだ。」
「わかった。大臣の早退を許可する。」
 大王が、簡潔に命じた。一同は、一気に静かになる。
 蘇我馬子が退室すると、常盤に一人の男が声をかけた。
「兄上、蘇我氏相手にあまりにも、卑屈するぎるのでは、ありませんか?」
磐余(いわれ)よ、どうしたのかね?勝海君の発言が無礼であったから、年長者として(いさ)めただけだが。」
「そんなわけではないでしょう。そもそも、蘇我氏は仏教を広めています。神道に(そむ)くものを大臣として、認めろ、と?」
 中臣磐余は、あくまで、小声で、兄に向って話しかけた。
「物部氏も、今や、仏教を認めようとしている。」
「それも、問題です。今の物部守屋は、しばしば仏教に好意的な発言をしていますが、それこそ神道への裏切り、どうしてそんな者と兄上は仲がよろしいのか?」
 それに対して、常盤は返事をしなかった。目で、「少しは周りの目線を気にしろ」という。
 実際には、会話の内容は誰にも漏れていなかったが、磐余は、周囲の怪訝(けげん)な目線に気付いて、会話をやめた。

「おじちゃん、こんにちは!」
「お、もうしゃべることができるようになったのか。順調に育っているんだな。」
 馬子は、まだなんとか立つことができるばかりの、姪の息子がしゃべったのを聞いて、笑顔で喜んだ。
「この子は、しゃべりだすのが早いんですよ。産婆さんも驚いていました。」
 姪の間人(はひと)女王が、微笑(ほほえ)みながら言った。
「なんだ、正月の一日に生まれたというだけで大ニュースなのに、言葉も早くしゃべるようになったのか!」
「あらあら、叔父様、私の可愛い子供を世間の好奇の目に(さら)すつもりですか?」
 そういいつつ、間人女王の目はどこか笑っていた。
「好奇の目?いや、彼を崇拝させてやろう。私は、この子をやがては大王にしてやる。」
「あら、叔父様は冗談がお好きですね。大王様には、既にご長男がおられるではないですか。」
「誰も、今すぐ、とはいっとらん。人生は長いんだ、いつか、この子供が大王になるはずだ。」
「果たして、どうでしょうかねぇ。」
「おい、お前は自分の子供に大王になってほしくはないのか?」
「ええ。大王の母って、大変そう。だいたい、私の夫は大王の器ではありませんわ。」
「こらこら、そんなことを言うもんじゃない。」
「それに、私はなんとなく、この子は大王ではなく、別の使命があるような気がするの。」
「別の使命?」
「ええ、そういう世俗的なことではなくて、なんか、もっと神秘的な、お釈迦様?みたいな人になりそう。」
「お釈迦様?それは、面白い。」
「別に親バカではありませんよ。」
「いや、いくらお前が昔から若干霊感あったとはいえ、さすがにそれは親バカだろ。まだ、大王の方が手の届く目標だ。」
「そうでしょうか?」
「だいたい、この汚い権力闘争に囲まれている大王家に生まれて、お釈迦様のような立派な人間が生まれるはずが、ない。」
「そういう夢のないことを言わないでくださいな。」
「まぁ、そうだな。可愛い子だ。今日はこれで帰るが、また会いに来ても良いか?」
「ええ、いつでも待っておりますわ。」







 押坂彦人大兄おしさかのひこひとのおおえ王は、池田大王(敏達天皇)の長男である。母親は、息長真手(おきながのまて)王の娘の広姫であった。
 息長真手王は倭国皇室(九州王朝)の皇族である。先代の倭国の天王の側室の一人が彼の娘であったこともある。
 この日、筑紫朝廷の使いが彦人大兄王の(もと)を訪ねていた。
「なるほどね。吉備の国に人員を派遣してほしいわけですね。」
 彼は、使いのいうことを理解した。
「今回の高句麗の使いの件での不祥事を巡り、吉備の内部で権力闘争が激しくなっている。だけど、これは単なる責任の押し付け合いであり、見苦しい内部対立に過ぎない。こんな形での権力闘争を続けることは、筑紫朝廷はもちろん、吉備の政府だって望んでいない。」
「仰られる通りです。」
「だけど、一度始まった権力闘争を抑えるのは難しい。吉備の政府の要職に誰を付けても、彼と違う派閥の不満が高まる。こうなれば、いっそのこと、外部の人間を要職に就ければよいではないか。そもそも、高句麗の大使を吉備が殺したのには、大和に原因がある。ならば、大和の人間を派遣してほしい、という感じの話かな?」
「ご想像にお任せします。」
「別にいいよ。大和から好きな人材を引き抜いてよ。その代わり、短時間だけだよ?吉備の権力闘争も時期に収まるだろうし、大和からあまり人を引き抜かれるとこちらの政務が滞るのでね。」
 それを聞いた使いが「では、誰を派遣させましょうか?」という前に、彦人大兄王は「ところでね」と話を続けた。
「元々、蘇我氏は九州の者だったはずなんですよね。」
 彦人大兄王は使いに向かって語りだす。
「それが大和に派遣されてきたのには、天王様の深いわけがおありなんでしょう。なんだけどね、昨日も中臣氏のお坊ちゃんと喧嘩しちゃっていたのですよ。大和の国は中臣氏と対立していたら国が持たないのだけれども、私とて、蘇我氏とは対立したくはない。馬子さんがいなければ大和の財政は混乱に陥るでしょうしね。困ったものだ。」
 そこまで言った後、さらに「ところで、私事になるけれど、聴いてくれるかな?」と言い出した。無論、使者も大王の息子の頼みを断る権利など、ない。
「私ってね、大王の長男だけれども、未だに太子には指名されていないんだよね。まぁ、私の腹違いの弟の難波王や春日王の方が私よりも優秀だというのであれば、彼らを太子に任命して下されればいいんだけどね。ただ、私が不満なのは母のことですよ。私の母、ずっと父に尽くしてきたのに、正室に認められていないんだから。一体、父は誰を正室にするつもりなんだろうか、と思ってしまうよね。」
 これを聞いて、使者も彼の要望を理解した。

 今回、筑紫朝廷が使者を彦人大兄王の処に派遣したのは、大和の官僚を吉備に出向させる際、誰が適当かを聞くためである。大和も吉備も、倭国を構成する一国とはいえ、独立国に近い自治権を持っている。なので、いきなり大和に対して吉備に官僚を出向させるよう命じても反感を生むだけだ。
 そこで、大和の王族に根回しを行うことにした。ついでに、誰を出向させるのが無難かも聞こうという魂胆だった。池田大王に直接聞くのは大事になりすぎる、ここは大王の長男で九州王朝の血も引いている彦人大兄王が一番良い――これが、筑紫朝廷の読みだった。
 その彦人大兄王は大和の大王の長男であるにもかかわらず、太子になっていなかった。その理由は、母親が九州王朝の皇族出身であるにもかかわらず、大和の大王の正室になっていなかったからだ。
 本来ならば、同じく九州王朝系の蘇我氏が彦人大兄王とその母である広姫を応援するであろう。だが、ここはそうならない事情があった。
 そもそも、蘇我氏が大和に来たのは、馬子の父の稲目の代である。馬子の祖父である蘇我馬背(そがのうませ)は九州王朝の貴族であった。ところが、馬背は彦人大兄王の祖父で広姫の父である息長真手王との権力闘争に敗れて失脚、息子の稲目は大和に飛ばされることとなったのである。
 その因縁で、蘇我馬子も息長真手王の娘である広姫と、その息子である彦人大兄王のことを快く思っていないのだ。

「それに今、父を誘惑する女がいましてねぇ。」
 使いは、ドキリとする。王宮のドロドロとした話に巻き込まれてはたまらない。
「いや、異母妹とはいえ側室ですから不倫な関係ではないのですけどね。叔父の七光りで異母兄に近づいたどうしようもない女ですよ、全く。」
 額田部女王のことを指しているのだろうか?――そう、使者は思った。
 額田部女王は池田大王の異母妹で母方の祖父は蘇我稲目、つまり、蘇我馬子の姪に当たる。18歳でまだ即位する直前の池田大王の側室となり、今は22歳だ。
 よくよく考えると、家柄等を考慮しても広姫と正室の座を争える女は、額田部女王しかいない。しかも、最近、額田部女王は男の子を生んだという。彼が大きくなれば彦人大兄王の王位継承争いのライバルになる可能性もある。彦人大兄王としては、その前に広姫が正室となり、自分に後継者指名が来ることを待っているのだろう。
「わかりました。それでは、こちらももう時間ですので、私はこれにて退かせていただきます。筑紫にはよいように報告します。」
 そういうと、使いは彦人大兄王の宮殿を後にした。
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