いいなり彼女
「田中くん?」
「さあ…僕の目をしっかり見て…。君はだんだん、お化け屋敷に行きたくなる…」
「あれ…私…」
泰葉ちゃんの目が、僕の催眠術によって次第にとろん、と微睡んできた。折角学校をサボって遊園地まで遊びに来たんだ。どうせならもっと色々回ってみたい。
「そうだ…田中くん、次はお化け屋敷に行かない?」
「え?どうして?」
何も疑わずそう切り出した泰葉ちゃんに、僕は惚けてみせた。
「うーん、分かんないけど、何か急に行きたくなっちゃって…?」
「そうなんだ。じゃあ、せっかくだから行こうか」
首をかしげる彼女の手を取り、僕は内心笑いを堪えながらお化け屋敷へと足を運んだ。
全く、効果はばつぐんだ。
催眠術に目覚めてから、僕の生活は激変した。
どんな人間だって自由に操れるこの力で、僕はとうとう冴えない落ちこぼれを卒業できた。いつも机で背中を丸めて寝たふりをしていた僕だったけれど、今や物凄く明るく、活発な性格になっているのが自分でもわかる。自分に自信がついてきて、友達だってできたし、こうして彼女もできた。
学年一の美少女で生徒会長までしている泰葉ちゃんが、まさか学校をサボって僕と遊園地に遊びに行ってるなんて、誰も思わないだろう。もちろん彼女は、僕のことなんて最近まで名前も知らなかったはずだ。まさに催眠術さまさまだった。
もし自分の内気な性格に悩んでいたり、好きな人に近づくことができずにいる人がいれば、是非この催眠術について教えてあげたい。一体どうして僕がこんな便利な力を手に入れたのかというと…。えっと…あれ…?
「どうしたの?」
僕がベンチで首をかしげていると、ちょうど泰葉ちゃんがアイスクリームを二人分買って戻って来た。僕の顔を見るなり、彼女が不思議そうに尋ねた。
「考え事?」
「いや…なんだったっけ…?」
「もしかして、催眠術が切れてきたのかな?」
「え?」
「ううん、なんでもない。さあ田中くん、私の目をしっかり見て…」
いたずらっぽく笑う泰葉ちゃんの目に、僕の視線はどうしようもなく吸い込まれていった…。