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生活魔術師達、ダンジョンに挑む

作者:丘野 境界
 エムロード王立魔術学院は魔術師の卵達が、宮廷魔術師として王宮や軍で活躍したり、王立魔導院で国の発展のため研究職に就いたりと、将来的に様々な分野に進むための学校だ。
 生徒達は通常の魔術の学問に加え、専門に特化した科のどれかに属する事となる。
 この世界、野にはモンスターが跋扈し危険が満ち溢れており、それでなくても人間同士の戦争だって存在する。故に一番人気は戦闘科だ。
 他にも召喚科、精霊科、錬金科、呪術科、心霊科等々の科が存在する。
 それぞれの科は年度ごとに予算が割り振られており、この日の大会議室では各科をまとめる教師――科長達が集まって、正にその予算が決定した所であった。
 顎髭を蓄え緋色のローブを羽織った精悍な中年魔術師は勝ち誇り、ふわふわとした髪のともすれば学生と見間違えそうな草色のローブの女魔術師は悔しそうに唇を噛みしめた。
 円卓を囲む他の魔術師達は皆、気まずそうに目を反らしたり俯いたりしていた。
 沈黙を破ったのは、議長を務めていた召喚魔術師だった。

「――そ、そういう訳で、生活魔術科の今年の予算は五カッドとなりました」

 草色の女魔術師、生活魔術科のカティ・カーは小さな両手を机に叩きつけた。
 生活魔術――文字通り、日常生活に役立つ魔術を研究・開発する科だ。

「待って下さい! そういう訳も何も、そんな予算じゃウチは何にも出来ませんよ!」
「もう決まった事だ、カー先生」

 嘲笑に近い笑みを浮かべ、戦闘魔術科の長であるゴリアス・オッシは背もたれに身を預ける。

「オッシ先生……」
「そもそも、規模が違う。いいかね、戦闘魔術科は五〇〇人を数えるんだ。一方で生活魔術科はたった三人。そりゃあ、予算だって偏るだろう」
「だからって、この額はあんまりです! お昼にランチを食べたらおしまいじゃないですか! しかも一人分ですよ!」
「そこはそれ、生活魔術科じゃないですか。自活も活動の一つではないかね?」
「そんな無茶がありますか! 自活にだって元手は必要です! 何より、戦闘魔術科のその予算額は何ですか! ウチの分まで分捕って!」
「それは言いがかりというモノだよ。さっきも言った通り、最初から数が違う。そうだね、予算が欲しければもっと人数を増やす事。それに実績を積む事さ」
「実績なら、私達だって毎年出しています!」
「ああ、学園祭ではそれなりにね。だけど、それ以外に目立った成果はないでしょう?」
「……そりゃ生活に密着した魔術なんですから、派手さとは無縁です。ですが……」

 オッシは両手を叩いて、カーの言葉を遮った。
 そして芝居がかった動きで、両腕を広げる。

「それに対して我が科は分かり易いでしょう! モンスターの討伐数! 依頼の達成数! 踏破したダンジョンの階層数! 卒業後には冒険者や宮仕えの魔術師として何人も名を高めている。一方生活魔術師は、あってもなくても特に困らない科だ」

 カーもさすがにこの発言は、聞き逃せなかった。

「それは、あんまりな言い草じゃないですか! 確かになくても困らないかもしれませんけど、発火や水魔術がなかったら人々の暮らしはどうなるか……そんな事も分からないんですか!?」
「これは失言でしたね。謝罪しましょう。ですが、そうした生活に必要な魔術は大体、出尽くしたでしょう? それに戦闘科から輩出された英雄的な人物が、これまで生活魔術科にいなかったのは事実でしょう?」
「いません……けど……でも、これはいくら何でも……」
「ふぅむ、何とかしてあげたい所だが、こちらにも都合があるし、何より最初に言った通り、もう決まってしまった事なのだよ。いや、実に残念だね、カー先生」

 話は終わった。
 オッシが立ち上がると、他の科長達も立ち上がり、ゾロゾロと会議室を出て行く。
 カーは、しょんぼりと俯いた。



 オレンジ色の夕日に包まれた、生活魔術科室。
 家具は足の低いテーブルと、コ字型に三脚のソファ。
 窓の左には魔術書の収められた本棚が置かれ、部屋の奥には調理用のカウンターが設置されている。
 そして、テーブルに一枚の硬貨が置かれた。

「……という事情で、今年の我が科の予算はこれだけです」

 ごめんなさい、とカティ・カーは謝った。

「せ、先生が謝る事じゃないですよ」

 カウンターでお茶の用意をしていた少女、リオン・スターフが振り返る。
 栗色のセミロングに派手さはないが温和そうな顔立ち、草色のローブは生活魔術科の制服だ。

「いや、先生は予算会議に科の代表として出たんでしょう? 予算を得られなかったんだから、普通に謝る事よ。間違ってないわ」

 カーの斜向かいのソファに座る、狐獣人の少女ソーコ・イナバが首を振る。
 長い白髪の頭上には狐耳がピンと立ち、狐面が顔を覆っているため表情は分からない。
 しかし、口調こそ静かではあるが、その怒りは尻尾の逆立ち具合がしっかりと表していた。

「ちょ、ソーコちゃん!?」
「まあ、謝られた所で事態が改善する訳でもなし、もういいんじゃないっすかね?」

 ソファ三脚の内、最後の一脚に寝そべっていた男子生徒が、軽く手を振った。
 ボサボサに伸びた黒髪に目線は隠れているが、間延びした口調の上、全身からもやる気のなさが漂っている。
 名前をケニー・ド・ラックという。
 リオン、ソーコ、ケニーの三人は皆、この学院の二年生であり、現在の生活魔術科はカー先生を含めた四人で全員である。

「ケニー君まで!?」
「ううううう……貝になって海底でひっそり静かに暮らしたい……」

 別に誰も責めてはいないが、どんよりとした空気をまとって沈み込むカー先生。

「せ、先生、お気を落とさずに。ほら、香茶を用意しましたから」

 カウンターから出たリオンは、盆のティーカップをテーブルに並べていく。
 その後ろを真っ黒で厚みのないリオンのシルエット――リオンの使い魔である影人(シャドウ)が、クッキーの入った器を運んできた。

「ありがとぉ……スターフさん……(シャドウ)ちゃんもありがとうね」
「何にしても、予算がないのは確定なのね。じゃあ、これからどうするかを考えないと」
「前年度分の予算だけでもせめて……ってまあ、時間の無駄か。相手をするだけ面倒くさそうだ」

 ソーコとケニーが話し合う。
 生活魔術科におけるブレインが、この二人だ。

「しかし、ただやられっぱなしというのは、私の主義に反するわ。というかムカついている」
「あ~、そりゃ俺も同じ。だからさ、ひとまず今やってる『活動』の一部は切っちゃっていいんじゃないかと思うんだけど、どうよ」
「当然ね。成果にも実績にもカウントされないような『活動』だもの。協力してやる義理なんてないわ。ああ、リオン。そういう事だから『第四食堂』も閉鎖だからね」
「ふぇっ!?」

 突然話を振られ、リオンと後ろの影人(シャドウ)は飛び上がる。
『第四食堂』とは生活魔術科が昼休み限定で開いている、学生食堂の一つだ。
 名前の通り、第三までが魔術学院が運営している食堂であり、『第四食堂』はソーコらが実地研修目的で運営を始めた新しい食堂である。
 他の三つよりも安価であり、また独自の魔道具を販売する購買部も兼ねられていて、教師、生徒達からも結構な人気があった。
 構成としては裏方事務全般をソーコ、料理や魔道具の開発をケニー、調理と接客をリオンが担当している。もちろん担当がそうだからといって、ソーコやケニーが調理や接客をしないという訳ではない。
 その『第四食堂』を閉じるという。

「当然でしょ。予算がないんだから。材料も調味料も買えないのよ?」
「い、一応これまでに儲けは出てるよね?」

 リオンは、ささやかながら抵抗を試みた。
 しかしこれは、ソーコに一蹴されてしまった。

「微々たるモノでしょ。技術料を考えれば、採算度外視もいい所だって事、自分でも分かっているはずよ?」
「その儲けも、新作メニューや魔道具の開発やら、外での味の研究やらで、ほぼ消えてるしなぁ」
「うう……反論出来ない」

 儲けは出ていても、実情がカツカツなのはもちろんリオンも理解していた。

「そんな訳で、本日をもって『第四食堂』は閉鎖するわ」
「今日までなの!?」

 リオン、本日二度目の飛び上がりであった。

「いくら何でも急過ぎるよう!!」
「いや、傷が広がるのを防ぐには、早い方がいいだろ。そしてもっと効率のいい稼ぎ方を考えるべきだな」

 ソーコの意見に、ケニーも賛成らしかった。

「少なくとも、『真っ当な活動が可能』な予算を稼げるまでは我慢ね。『潤沢』な予算であればなおいいわ」
「手っ取り早く、かつ稼ぎも大きい仕事か。そういうのなら、一応アテはある」
「へえ。聞かせてもらおうかしら、ケニー」
「リオン、まず手元にある予算を全部集めておいてくれ」

 ケニーがソファから降りると、ソーコも立ち上がる。
 二人はそろって、出口に向かった。

「え、二人とも、どこ行くの?」
「俺達のやるべき事をやっとくだけだ。後に回しても意味がないからな」



 翌日、生活魔術科の三人は朝から学院ではなく人の行き来する街中にいた。
 もちろん『現地での実習』である事は、カー先生に申請済みだ。
 ソーコの表情は仮面の下で相変わらず何を考えているのか不明、ケニーは気怠そうに、そしてリオンは不安そうにその立派な石造りの建物を見上げていた。
 エムロード冒険者互助組合(ギルド)支部である。
 冒険者とは、大雑把にはモンスターを狩る者達を差す。
 平原はもちろんの事、海に砂漠に密林に火山地帯。
 前人未踏の場所だろうがどこだろうが、様々な場所へ赴く、つまり冒険する者達だから冒険者という訳だ。
 もちろん単に浪漫を求めて、等という動機の者もいるが、大抵は金が目当てである。
 モンスターの素材はその危険性故に、一般の人間は手に入れられない。
 古代王国の遺跡を発見し、秘宝を手に入れれば三代遊んで暮らせる程の富が手に入るだろう。
 それでなくても、危険なモンスターを討伐してもらいたい、と言う町や村は多い。
 国や領地に縛られない、金銭を対価にそれを行ってくれる自由人はどこででも求められているのだ。
 ただ、彼らの個々は夢も希望もない表現をすれば、『荒事専門の日雇い労働者』だ。
 だからこそ、初代互助組合(ギルド)長は、彼らをまとめ上げた。
 冒険者達の情報を共有し、依頼の請負、報酬の支払いのシステムを構築し、どこででも効率的に稼げる環境を作り上げたのだ。
 一つのギルドが周辺に支部を作り、一〇、二〇と増え続け、やがてそれは国を超え世界中に広がっていった。
 冒険者はいわゆる()()()な人々からすれば、自分の命を担保に危険に踏み込む仕事という認識は否めないが、前述の通り通常では手に入らない素材を手に入れる事が出来る。
 実力さえあれば、危険に見合うだけの利益は出る。
 それも、非常に手っ取り早くだ。

「あの……本当にやるの?」
「ここまで来ておいて、何を今更言ってるのよ」
「さ~て、さっさと手続きを済ませよう」
「ま、待ってよう」

 さっさと先に進む二人に、リオンは続いた。



 三〇分後、無事にギルドで冒険者登録を済ませたリオン達は、ギルドの内部にある酒場で一人の冒険者と卓を囲んでいた。
 二十代半ば程の、筋肉質な金髪の青年だ。
 鉄製の胸当てを装備し、腰の後ろにはブロードソードを差している。
 カー先生の幼馴染みだというこの戦士の名前を、ヤンガー・ベルトランという。
 普段は仲間とパーティーを組んで迷宮に潜っているが、今は休暇中らしい。

「君達が、カーの生徒でダンジョンの案内人(ガイド)を依頼した三人か」
「ええ、よろしくお願いするわ」

 テーブル越しに、ソーコが代表してベルトランと握手する。
 手を離すと、ベルトランは軽く肩を竦めた。

「言っちゃ何だが、素人はまず採取やお使いをお勧めするね。迷宮は命のやりとりが日常だぜ?」
「それは、承知の上よ」
「いやあ、分かってないと思うぜ。たとえば君ら、コボルトって知ってるか?」
「ええ、最弱クラスと言われる魔物でしょう?」
「それだって、一般人には充分な脅威だ。そうだな、例えるなら錆びた剣や斧で武装した子供が数人単位、全力で君達を殺しに掛かるようなもんだ。ダンジョンにいる限り、何度もね」
「ひぅ……っ」

 ベルトランの脅し言葉に、リオンは身を竦める。
 一方、それまで聞いているのかいないのか、ボンヤリしていた風のケニーが黒髪をボリボリと掻いて、手を上げた。

「ちょっとすまない。いいっすかね?」
「ん?」

 ケニーは、ベルトランの背後にあるカウンターを指さした。

「依頼を破棄するのなら、俺達じゃなくてあっちだ。返金してもらって、別の人を雇う」
「ちょっ、ケニー君!?」
「あのな、リオン。俺達はここに大人のお説教聞きに来たんじゃないんだ。昨日の内に、保護者の許可も取ったんだ。後はただ、やるべき事をやるだけなんだよ。他は時間の無駄。シンプルな話だろ?」
「そ、そうだけど……」
「二人とも、内輪揉めをしている場合じゃないわよ。だけど、その通りね。自分達なりに準備も整えたのに、ここで大人の意見を聞いて一日過ごすっていうのは、少々予定と異なるわ。貴方がその席から立ち上がらないというのなら、話はここまでね。誠に遺憾だけど、私達だけで探索する事になると思うの。もちろん、ここには抗議はさせてもらいます。……私達が、生きて帰って来られたらの話だけれど」

 席を立とうとするソーコとケニーに、ベルトランが慌てた。
 彼からすれば、依頼を受けたにも関わらず、その遂行に難癖をつけ渋っている……と、依頼人に追求されているのだ。
 そりゃ必死にもなるよねえ……と、普段二人に振り回されているリオンは、ちょっと彼に同情した。

「いや行くよ! 行かないとは言ってないだろう!?」
「……まったく、たったこれだけの事に、なんでこんな時間が掛かってるんだ?」
「ケニー君は、せっかちすぎるって……」

 駆け引きもあるだろうが、ケニーの行動は基本的に本音だ。
 彼は面倒くさがりのくせに、とてもせっかちなのだ。



 ダンジョンとは、一言でいえば『モンスターの巣』だ。
 成立条件はそのままモンスターが巣として作った場合もあれば、太古の魔術師が己の財宝を守るため罠とともにモンスターを設置した墳墓だったり、戦で滅んだ城砦に亡霊が巣くい時空が歪んでしまった……というケースもある。
 エムロードの王都周辺には三つのダンジョンがあり、一つは北へ三日掛けた山脈麓にある危険度Aランクの『長蛇迷宮』、二つ目に南西に一日ほど掛けたCランク古代遺跡『逆塔の迷宮』、最後に王都から歩いて一時間程度、東郊外最寄りにある最下級Eランクの『試練の迷宮』だ。
 一行が訪れたのは、『試練の迷宮』だった。
 リオンの抱いていた迷宮のイメージ……湿っぽくて歩きにくそうな洞窟とは異なり、煉瓦で組み立てられ、地面も舗装されていた。
 天井の高さは四メルトほどだろうか、幅は大体七メルトを上回る程度。なるほど、冒険者のパーティー前衛は三人が標準だと聞くが、それが互いの妨げにならない限界だろう。
 視界も思ったよりは悪くない……が、さすがにまあ薄暗い。
 これぐらいはしょうがないか、とリオンは思う。
 ここは冒険者ギルドの要請で宮廷魔術師が作り上げた、訓練用の人工のダンジョンという話だった。
 もちろん大地から魔力を吸い上げてモンスターが生じるし、死の危険はある。
 それでも危険度では、他の非ではないぐらい『安全』なのだという。

「しかし全員魔術師ってのは、バランス的にはどうなんだ?」

 先頭に立って進むベルトランが、こちらを振り返る。
 三人は相変わらずの草色のローブ姿で、リオンだけは弓を持ち、ソーコは杖を装備、ケニーは素手だが手には皮の籠手を填めている。
 リオンの弓は、故郷が山奥でよく狩人の真似事もしていたから、という理由だ。

「私もそれは思わないでもないけど、全員戦士のパーティーもギルドにいなかったかしら?」
「あー……まあ、魔術師や聖職者は数が限られているからな。だから、魔術学校の生徒が登録するって情報が入ると、普段はもうものすごいんだよ。奪い合いから喧嘩になるなんてしょっちゅうさ」

 ベルトランの言葉に、リオンとケニーは顔を見合わせた。

「そんな事は、まったくなかったよな?」
「むしろ、ちょっと笑われていたような気がするよね?」
「そりゃまあ……その草色のローブ。生活科の魔術師が冒険者に登録なんて、普通ないからな。……なあ、預けた食料や道具類はどこに行ったんだ? 全員、手ぶらに見えるんだが」
「それなら私が持ってるわ。亜空間に保管してあるの」

 ソーコが言うと、その手の周囲の空間が歪み、次の瞬間には背負い袋が現れていた。
 リオンの予想通り、ベルトランがギョッと目を見開いた。

「……時空魔術。レアじゃないか」
「さすが、知っているのね。預かった荷物はちゃんと私が全部収納してあるから、大丈夫よ。これが私のメイン生活魔術『収納術』の特性なの」

 そして、この魔術を活かしてソーコは『第四食堂』の調理器具や食材を保管していた。
 それだけではない。
 学院の様々な科の機材も、預かったりしていた。もちろん預かった道具を勝手に利用したりはしていない。
 ただ保管するだけではない。たとえば重い機材の搬入も、ソーコに掛かれば難なく可能だった。
 もちろんそれも昨日までの話。
 ソーコは予算会議において、戦闘科以外の科にも怒っていたのだ。理不尽から目を逸らせたので同罪だと。
 あの日、ソーコとケニーが連れ立って部屋を出て行った後、彼女は学院内を巡り、これまで『預かって』いた様々な道具類を返却したらしい。
 このダンジョンでも、収集したモンスターの素材の持ち運びに、重宝されるのは間違いない。
 一方のケニーは、整備された迷宮を見渡していた。
 ダンジョンと言うよりは、広い通路だ。
 間隔を置いて、火が焚かれているので視界は悪くない。
 悪くないが……良くもない。

「少し暗いな」
「そりゃ、さすがにダンジョンだからな」
「『明るくなれ』」

 ケニーは手をかざして、呟いた。
 途端、リオン達の周囲をほどよい明るさが満たしていく。

「ライティングの魔術か。初級だけど便利だよな」
「……厳密にはちょっと違うんだけど、まあ面倒だしいいや」

 ベルトランは戦士職で、魔術にはそれほど詳しくないのだろう。
 だけどリオンは知っている。
 通常の灯りの魔術(ライティング)は、光球が出現する。
 つまり光源だ。
 けれども、ケニーの魔術には光源が存在しない。
 些細なようで、実は大きく違う……というか、ケニーの使う魔術は通常の生活魔術とは、まったく異なるのだ。
 ただ、ケニーが言わないのだから、リオンもベルトランに教えたりはしない。
 大胆に使っているが、実はケニーのそれは、ソーコの時空魔術を超えるチートなのだ。その本質を知っているのは、学院内でもごくわずかしかいない。
 基本的に大抵の事をこなせるが、ケニーも昨日、各科を回って、生活魔術科としてこれまで行っていた協力をすべて断る事にした。
 実際、戦闘科の傷の治療や道具類の修復、召喚科や呪術科の儀式の準備、精霊科や心霊科の交霊交渉、錬金科の錬成時間の短縮……というのは、なくても問題はない。
 ただ、単純に時間や手間が掛かるだけだ。
 今頃、学院のそれぞれの科は大幅なスケジュールの変更を余儀なくされ、大騒ぎになっているだろう。
 もっともそれは、予算が削られた生活魔術科だって同じなのだけれど。
 なんて考えている間も、ベルトランはケニーと話を続けていた。

「なあケニー。他に使える魔術はあるのか? ファイヤーボールとか魔力の矢とか」
「料理や掃除の魔術なら使えるけど、攻撃系とかそういうのは興味がないから習得してないんだ。日常生活に火の玉の使い道があるなら教えて欲しい」
「そりゃ確かにないな」

 攻撃用の火球では、鍋の湯を沸かせる事は出来ない。
 火力が強すぎて、大体中の水が蒸発するか最悪、鍋が爆発する。
 この火力を弱め、家庭用や工業用に調整するのが、生活魔術だ。
 たとえばソーコの時空魔術でいえば、見かけ以上の容量がある鞄や革袋を開発したりするのが、これに該当する。
 さて、ベルトランの視線がリオンに向けられてきた。
 リオンの魔術はといえば……。

「え、ええと、わたしの魔術は、その……」
「何遠慮してるんだよ。見栄えと分かり易さなら、リオンのが一番だろ」
「う、うーん……じゃあ、出て。影人(シャドウ)

 リオンは足下に生じている、自分の影に魔力を込める。
 すると、厚みのない黒い影がゆっくりと起き上がってきた。
 影や人形を触媒とした、霊的存在の使役。
 それがリオンの魔術だ。
 ゆらゆらと、薄っぺらい影は指示を待ったまま身体をふらつかせている。

「おっ、嬢ちゃんは召喚術師(サモナー)なのか」
「あ、いえ、どちらかと言えば呪術師なんですけど」
「まあ原理は違うけど、使い魔的な存在って点では似たようなもんだよな」
「うーん、どうなんだろ」

 ケニーの大雑把な解釈に、リオンは言葉を濁す。
 亡くなった、師匠である老魔女は、その辺りは教えてくれなかったのだ。
 ただ、便利なのは間違いない。
 距離と呼び出せる数には限りはあるが、それでも特に人手がいる作業、例えば食堂の給仕や各科の準備作業には、大いに活躍していた。
 もちろんこの使い魔達による作業も、今日リオンが迷宮を訪れている以上、学院がアテにする事は出来ない。
 まあ、彼女がいなくても何とかなるはずだ。
 要はこれまでリオンが一人でこなしていた作業を、自分達でやるだけなのだから。

「この影は壁役として使えるのか? もちろん第一層程度なら俺一人でも充分だが、自力で身を守れるっていうのなら維持してくれてると助かる」

 ベルトランの言葉は、慢心でも増長でもない。
 中級冒険者の実力ならば、初心者用ダンジョンのしかも出入り口程度なら、文字通り一蹴出来る。
 ただ、それでもダンジョンでは何が起こるか分からない。
 万が一を心掛けるのが、冒険者の心得というモノなのだろう。

「そういう事なら、こっちかなぁ。出て、『力人(アーム)』」

 リオンは、腰につけていた毛皮(ファー)アクセサリーを軽く叩く。
 ネコの尻尾のように見えるそれは、実際には魔女の森に住む巨猿(エイプ)の賢者から与えられた毛で造られた飾りだ。
 リオンの魔力に反応し、三体の巨猿が出現する。

「おお、こりゃあ、大したもんだ。嬢ちゃんなら、冒険者として普通にやっていけるかもな」
「そ、そうですか?」

 ベルトランの要請で、巨猿達は最前列を歩く事となった。
 腕力は強いし、身体も頑丈だ。
 しかも、もし万が一、モンスターにやられたとしても消えるだけで、リオンがまた魔力を込めれば復活する。
 普段は、力仕事に使用しているのだが、敵を防ぐのにもうってつけだろう。

「あのー、モンスターの姿をあまり見ないけれど、ペース的にはこんなモノなんすかね」

 なるほど、言われてみればそれなりに歩いているのに、まだモンスターとは遭遇していない。
 リオンとしては、そんな頻繁に遭遇するのも、ちょっと怖いのだけれど。

「ケニーはマイペースだな。第一から第三階層まではチュートリアル的な面があるし、そんな頻繁にモンスターは出ないよ。と言っても出る事は出るし、危険度は地上と比較にもならないけどね。ほら早速来た」

 噂をすればなんとやら。
 ベルトランの指さした先には、小柄な緑色の小鬼、ゴブリンが三匹、こちらに気づいて駆け寄りつつあった。
 錆びた剣や刃こぼれした斧を振り上げ、殺意をこちらに振りまいてくる。

「出たぁっ!?」
「そんなに驚く事ないでしょ、リオン。分かりきってた事じゃない。それよりも、ほらお仕事よ」
「う、うぅ……分かった。『力人(アーム)』はわたし達を守って」

 ソーコにしがみつきながら、リオンは巨猿達に指示を送る。
 短い咆哮を上げて、巨猿らはゴブリンを通すまいと手を突き出した。
 ただそれだけで、ゴブリン達はこちらへ進む事が出来なくなった。

「うっし、じゃあ行くぜ」

 巨猿が足止めをしている後ろで、ベルトランも剣を抜いていた。
 スルリと巨猿の隙間を抜け、刃を振るう。
 剣閃が瞬いたかと思うと、戦闘と呼ぶのもあっけなくゴブリン達は絶命した。
 正に瞬殺であった。

「なるほど、言うだけの事はあるな」
「って、ケニー君は何でそんな上から目線なの!?」
「雇い主だからだ」
「うん、ここはふんぞり返って高みの見物をしていていい場面だわ」

 リオンと異なり、いつもとても態度の大きい二人であった。

「感想は?」
「私、ちょっと甘く見ていたみたい。殺意のある相手と相対する、っていうのは思っていた以上に堪えるわね」
「え?」
「何よ」

 ……いや、ソーコちゃん、あれでプレッシャー感じてたの?
 全然そうは見えなかったんだけど、と突っ込みたくなったけど、何の得にもならないのでリオンは黙っておいた。
 一方、ケニーはメモを書き込み、鉛筆の尻部分で頭を掻いていた。

「最初から上手くいくとは思っちゃいないが、依頼を出して正解だったな。灯り、マッピング用の紙と筆記具、火打ち石に革袋に水袋、フック付きロープ……と本来欲しい道具は結構必要だ」
「いくつかは私達で分業出来るわね」
「食料や寝床関係も、俺達でどうにかなるな」
「そこはまあ、生活魔術師だからね」

 ソーコとケニーが相談を始める。
 必要なモノのリストアップはケニーの担当、ソーコはそれらを亜空間に収納。
 リオンの知っている、いつも通りだ。
 モンスターの素材は、ベルトランが回収する。
 これも、彼の報酬の一部だ。

「なあ、それより本当に君達三人で、ダンジョンを潜る気か? あ、そうか。他に誰か戦士職を入れたりする予定があるとか」

 懸念するベルトランに、ソーコは首を振った。

「ないわ。私達三人で潜るつもり」
「ま、その方が気楽だからな」
「って言ってるけど……君はどうなんだ?」
「まあ、この二人がいるなら、多分何とかなると思います」

 リオンは笑ってごまかした。
 嘘は言っていないんだけれど、もう一つ事情がある事をリオンは知っていた。
 最早、ベルトランも止めるつもりはないようだ。
 とは言ってもため息の一つも、ついてはいるけれど。

「そうか。ところで依頼だと、迷宮内に泊まるって内容だったが、そろそろいいか? こんな浅い階層でキャンプってのも珍しいんだが」
「時間に関しては任せるわ。宿泊用の道具に関しては、こっちに任せて」
「分かった」

 ダンジョンは『通路』と『部屋』で構成されている。
『部屋』は『通路』よりも幅が広く、通路よりも戦いやすい。ただし、それはモンスターも同条件だ。
 そして『部屋』は一度制圧すればモンスターの出現も把握しやすく、冒険者達はここを休息に利用するのがセオリーなのだとベルトランは説明してくれた。
 そんな『部屋』の一つで、ソーコは亜空間から十メルトはあろうかと思える大きな円柱を取り出した。
 いや、絨毯を丸めたようなモノだったので、そう見えただけだ。
 それを、ケニーとリオンが呼び直した影人(シャドウ)が皺にならないように広げていく。
『部屋』は充分に広く、天井も通路より高い。
 広げられた白いシートには、四人が余裕で入れるぐらいの巨大な円が描かれていた。

「それは?」
「テントだよ。まあ、これだけじゃただの絨毯に見えるか。ソーコ、広げたぞ」
「ご苦労様。みんなシートから離れててね。それじゃ、『展開』」

 ソーコがパチンと指を鳴らすと、シートの円が勢いよく盛り上がり始めた。

「うおぉっ!?」

 ベルトランが、驚きのあまり仰け反る。
 その間も円、いや太い柱が天井に向かってせり上がり、やがて止まった。
 出来上がったのは、ドーム状の屋根を持つ太い円筒形の建物だった。
 高さは壁部分だけで二メルト程か。
 素材はシートと同じ、丈夫そうな布のようだ。
 ご丁寧に、出入り用のドアまで用意されている。

「こ、これがテント……なのか?」
「見ての通り、ね。ちょっと独特な形だけど」
「リオン、影人(シャドウ)に土台の固定をさせてくれ。俺は魔物除けの香を炊く」
「うん」
「中に調理器具と食材出しとくから、リオンこっちの準備もお願い」
「はーい」

 指示されるまま、リオンは複数の影人(シャドウ)を操っていく。
 この辺りは、慣れたモノだ。

「……使い魔、便利だな」
「えへへ、これが取り柄ですから」

 テント内に、次々とソーコが亜空間から取り出していく。
 人数分のコンパクトなベッドにテーブル、椅子、香炉、チェストに簡易な調理場。
 影人(シャドウ)の活躍で、あっという間に内装は整った。

「『湯は沸け』『パンは焼けろ』『肉も焼けろ』『細切れになれ』『スープになれ』……。はい、粗末だけどパンとプレーンオムレツ、温野菜添えのステーキに、コンソメスープだ」

 料理の担当は、ケニーだ。
 彼が呟くと、火に掛けたばかりの鍋の湯が即座に沸騰し、パンと肉もこんがりと焼け、細かく刻まれた野菜が鍋に飛び込んでいく。
 学生食堂のように大量に作る時は、ケニーからレシピを預かったリオンと影人(シャドウ)が料理をするのだが、数人単位なら大体、彼が行う。
 曰く「人間生きている内に食べられる料理の数は限られているんだから、旨いモノをより多く食べたい」のだという。
 別にリオンの料理はまずくはない。
 が、間違いなく料理はケニーが三人の中で最も上手い。
 ……ものの数分で、中央の大皿にパンが盛られ、バターと数種類のジャムが置かれている。
 各自に前には肉料理とスープが用意されて、この日の夕食は完成した。
 なお、ソーコの料理スキルについては、彼女の名誉のため、敢えて言及しないでおこう。

「出張『第四食堂』ね」

 それぞれが一にして全、この世界そのものである万能の聖霊に食事の祈りを捧げ、食事を始める。
 ベルトランは、スープを一口飲むと、目を見開いた。

「……迷宮でこんな旨い飯は、初めてかもしれん。つか調味料まであるのかよ」

 リオンの口に広がるのも、確かに出汁(コンソメ)の味だ。
 それに塩胡椒。
 言うまでもなく貴重品だ。
 パンも温かくフワッとしているし、濃いソースが掛けられ、ほどよく焼けた肉はナイフで切るたびに肉汁が溢れ出ている。
 バターもジャムも、彼のお手製だ。
 ケニーは料理に掛けては妥協しない。
 日々、新しい味を求めて、王都の名店から知る人ぞ知る屋台まで、食べ歩きを行っているのだ。
 ……だからこそ、予算を削られて激怒したのだ。

「さすがにお酒は用意してないわよ。私達みんな飲めないから」
「水が、しっかり冷えてやがる。食器も普通、金属か木製なんだがなあ」

 ベルトランが、水滴のついた透明なグラスを軽く指で弾いた。
 これもまた、ソーコがいなければあり得ない冒険中の食事であった。



 夕食の後片付けを終え、本来の野営なら後は寝るだけなのだが、そこは生活魔術師が一手間を掛ける。

「『きれいになれ』」

 ケニーが手をかざすと、本人も含めた全員の身体を淡い青の光が包み込んだ。
 身体の汚れが清められ、戦闘で疲労していた肉体が癒やされていく。

「浄化魔術まで……多芸な奴だな。それとも生活魔術師ってのは、それが普通なのか?」

 ベルトランが自分用のベッドに腰掛けながら、ケニーに尋ねる。
 リオン達も同じように、それぞれのベッドに腰を下ろした。

「一般的かどうかはちょっと自信がないな」
「悪くはないんだけど、やっぱりシャワーの方がサッパリするわね」
「さすがに、それは贅沢ってもんだろ。俺にしてみれば、これだけでも充分にありがたいね」
「衛生的にはシャワーより浄化魔術の方が上なんだが、その辺は気分の問題だろうな。……精神的な疲労を癒やすって意味では、新しい魔術の開発を検討するべきか?」
「いやいやいや、そこまで拘らなくてもいいだろ!?」
「えっと、実際のシャワーじゃなくても、そんな感じのエフェクトを用意するだけでも、気分的には変わってくるんじゃないかな?」

 リオンの提案に、ケニーは手を合わせる。

「お、そのアイデア頂き。今度試してみよう」
「あとは夏冬用に、温かいのとか冷たいのとかがあると、なおいいわね」

 ソーコがさらにアイデアを提示する。
 ちなみに出されたアイデアで有効そうなモノは、次の時に大体ケニーは実現させている。

「温度と言えば、ここって思ったより湿気がないよね。ダンジョンってもっと湿っぽいと思ってたんだけど」

 リオンは香茶を飲みながら、感想を漏らす。
 湿っぽさがない訳ではないが、想像していたよりはずっと快適だ。

「迷宮によるぞ。ここは初心者用だから最下層までこんな感じだが、偽物の太陽の下に森林があったり、火山地帯や氷雪地帯も存在する迷宮もある」

 ベルトランの説明に、ケニーの前髪の奥にある瞳が光る。

「ほほう。温度調整の魔術は学院でも使ってるけど、一般の生活魔術とは、色々と勝手が違ってくるようだ。なかなかやり甲斐があるな」

 確かに、とリオンは思う。
 これまでは主に学校生活の中で、快適さを求めた魔術を追求してきた。
 一般家庭用の生活魔術もいくつか作れている。
 しかし、冒険者向けの生活魔術というのは、これまで手を伸ばした事のない分野だ。

「そういや三人は何で、生活魔術なんて学んでるんだ?」
「ベルトランさんは何で、冒険者()()()やってるのよ」

 ソーコが皮肉で返すと、ベルトランは苦笑を浮かべながら首を振った。。

「……言い方が悪かった。ただの世間話だ。生活魔術を学ぼうと思ったきっかけはあるのかって、聞きたかっただけだよ」

 ふむ、とソーコが首を傾げた。

「戦闘用魔術は学ぶ人が多いわ」
「そうだな」
「生活魔術は地味だし、学ぶ人間は少ない。つまり、手つかずの部分が多く、可能性は広く、競争相手は少ない。研究する者としては、かなり美味しい分野って訳よ」

 リオンの聞いた話では、ソーコの実家は魔術師の家系であり、家族の誰もが何らかの魔術で成果を上げているのだという。
 逆に成果のない人間は、そもそも家族と見なされない。
 もっとも、別に家族の一員でいたいから……などという情の理由でソーコが生活魔術師を選んだ訳ではないようだが。
 本人の言うように、あまり手のつけられていないというのが最大の理由だろう。

「似たようなもんだが、俺は自分が楽をしたいからだ。出来れば寝転がったまま、何にもしないで暮らしたいんだが、そういう訳にもいかない。だから自分の生活を楽にするための、生活魔術の開発。あわよくば、その使用料で不労所得が得られればなおいい。旨い飯を食うにも元手がいるしな」

 ケニーの場合は、楽な生活を求めてという至極分かり易い事情だ。
 似たようなモノ、という部分に関しては、リオンは聞いた事がある。
 曰く、戦闘魔術ばかり優遇されているのは気にくわないので、なんとなく生活魔術(こちら)を選んだというかなり適当な事情だった。
 そしてリオン自身はといえば……。

「わたしは戦うのとかあんまり好きじゃないですし、でも家事は割と好きだから……って理由ですけど」
「え、でもダンジョンに潜るんだよな?」
「そうなんですよねえ」

 どうしてこんな事になっているのか……といえば、大体戦闘科が悪い。
 予算を削られたというか実質、根こそぎ分捕られてしまい、生活魔術科は独自に稼がざるを得なくなった。
『第四食堂』も実はカツカツだが、続けようと思えば続けられた。
 ただ、しばらくは学院での活動はやめておこう、という気持ちは今のリオンにもある。
 要するに、自分達は舐められているのだ。
 あんな仕打ちを受けておいて、それでもニコニコと笑顔で皆の手伝いを出来るならそれはそれですごいが、リオンもそこまで大人ではない。
 なので学院外での活動……という選択肢だったのだが。
 いざとなれば、ノウハウを活かして王都内の様々な店舗で働くという手段もあった。
 リオンの場合は人手が必要な環境ならば、どこでも稼げる。ソーコならば運送業でもすれば引く手数多だろうし、ケニーの料理の腕ならば大抵の料理店で受け入れてもらえるだろう。
 そこで何故、冒険者なのかというと。

「リスクが高い分、収入もいいからよ」
「稼ぎたい時に稼げる、っていうのはいい。ただ、ずっと続けるつもりはないけどな」

 ……ソーコもケニーも、基本的に誰かの下で働くというのに向いていない。
 出来るかどうかで言えば出来るのだろうが、危険があろうとストレスの少ない仕事を選んだのだった。
 そうなると、リオンだけ真っ当な仕事というのも、つまらない。

「二人が行くって言うんなら、わたしもそっちがいいかなーって」

 そうした理由だった。

「リオンにはいてもらわないと困るわ」
「そうだぞ。俺がソーコに襲われたらどうする」
「誰が襲うのよ!」
「普通、男女逆じゃないのかなあ」

 それを言ったら、男女同衾の現状、自分の身も危ないはずなのだが、リオンとしては何故かその辺の危機感は薄かった。
 ベルトランにしても、カー先生の紹介だし妙な事はないだろう。彼が言うには、冒険者の場合、いちいち男女に分けていると荷物が増えてしまうので、むしろこれが普通らしい。

「生活面では、冒険者としても何ら不便がないってのは分かった。でも君らの場合は攻撃手段が最大の課題になりそうだな」

 物理攻撃ではリオンの弓が頼りだし、生活魔術では攻撃が出来ない。
 一応、壁役となる力人(アーム)ならば、このダンジョンぐらいなら何とか攻略出来るかもしれない。
 が、それでも三人中二人が、頼りにならないというのはきつい。
 まともに見れば、そう考えるのが普通だろうが……。

「そうでもないわよ」
「俺も、それなりに思いついた」

 ソーコとケニーは不敵に笑う。

「何?」
「手段は秘密」
「いざとなれば、俺が包丁でも使うよ」

 そんな感じで、この日は終了した。



 翌日の朝食は、バターを塗った焼きたてトーストをはじめとした各種パン類。
 昨晩に続いて、ジャム類も複数用意されている。
 メインはケチャップの掛かったスクランブルエッグと二本の茹でソーセージ。
 新鮮な野菜サラダに、コーンポタージュスープ。
 飲み物は豆茶か香茶、果実ジュースから選択。
 デザートにフルーツのヨーグルト掛け。
 ベルトランに言わせれば「ありえねえ……」内容らしい。
 もちろん、全部平らげたのは言うまでもない。

「リオンの使い魔について、少しアイデアがある」
「うん?」

 ケニーが魔術で洗い終わった食器を、リオンの影人(シャドウ)がまとめていく。
 あとはテントとともに、ソーコが亜空間に収納するだけだ。

「いつも、依代に自分の影や人形を使ってるだろ? それってモンスターの身体の一部でも出来るんじゃないか?」
「どうなんだろ。試した事がないから、分からないよ」
「なら、まずはやってみるべきね」

 それが、リオン達の今日の課題となった。
 三人が一斉に、武器の整備をしていたベルトランの方を向く。

「材料調達、よろしく」
「って、そうなるのかよ!」
「まともな戦力は、アンタだけだからな。まあ、これをサービスするからさ。『鋭くなれ』」

 ケニーが唱えると、ベルトランの武器が一瞬、淡い光に包まれた。
 光が消えると、彼の剣はピカピカに輝いていた。

「おおお、俺のブロードソードが新品同様に!? ちょっ、これ先鋭化の魔術じゃねえのかよ!?」
「先鋭化?」

 ケニーが首を傾げる。

「戦闘用の魔術の一つで、一定時間武器の鋭さを増す力があるんだ。違うのか?」
「何で一定時間なんだよ、ケチ臭い。包丁と同じように、普通に研げばいいじゃん」

 要するに、ケニーが切れ味の鈍った包丁をいちいち鍛冶屋に持って行くのが面倒臭がり、編み出した魔術である。

「包丁研ぎ魔術……!! そりゃ確かに肉を切る包丁だが……っ!!」

 ベルトランが呻く。
 魔物を相手に戦う冒険者として、何らかの葛藤があるようだった。

「とにかく、さっき言った材料調達の方は頼む」
「……分かったよ。これも仕事だ。ただし、素材の回収は次から手伝ってもらうぞ」
「それはいいわ。どうせ憶えなきゃならない技術だし」

 ソーコが承知するのをよそに、ケニーは屈み込むと石畳に手を当てていた。

「……『敵はどこだ』? ……よし、そこの角を曲がった所にスライム一匹とゴブリン三匹いる」
「何で分かるんだよ!?」
「勘みたいなもんだよ。気にしないでくれ」

 ケニーが軽く流している間にも、実際に正面の角からゆっくりと粘液状のモンスター、スライムが姿を現した。
 ベルトランがあっさりとスライムとゴブリンを蹴散らし、その素材を集めていく。
 ケニーは手早くゴブリンの牙と何故か手持ちにあったビーズを紐で繋ぐと、ブレスレット状に加工した。
 リオンが呪術を施すと、使い魔を呼び出すボーンアクセサリーとなった。

「出来たー」

 実際に使用して出現したのは、当然ながらゴブリンだった。
 ただ、本来のモンスターのそれとは異なり、つぶらな瞳でどことなく愛嬌のある感じだった。
 手には剣と盾、半ズボン以外の衣服はまとっていない。

「ゴブリンは牙を使ったからまあいいとして、問題はスライムの方だな。時間が経過すると腐敗するだろう、これ」
「そっちを素材にするのは、諦めたら?」
「確かにそれが一番シンプルだが、手札は多い方がいいだろ?」

 ソーコの問いに、ケニーは首を振る。
 ふむ、とソーコが首を傾げた。

「私のスキルで、預かっとくっていうのは? 時間の経過関係なしだから、かなり長持ちするわよ?」
「それだと、召喚時に取り出す手間が必要になる。携帯性を重視すべきだろ。理想はやはりアクセサリー類にする事だな」
「腐敗しないように保存し、かつアクセサリー……難題ね」

 しばらく、二人が思考に没頭する。
 ボリボリとケニーが頭を掻き、ソーコは腕組みをして沈黙を取った。
 ベルトランが、リオンに目配せしてきた。

「……先に進むか? それとももうちょっと待っていた方がいいか? 別に急ぐような仕事じゃないが」
「た、多分、もうすぐですよ」

 よくある事なのだ。
 そしてリオンの言った通り、その直後にケニーが顔を上げた。

「一つ思いついた。琥珀を使うのはどうだ? 樹脂ならスライムの核も包み込めるだろ?」
「ああ、なるほど。その方法なら確かに保存出来るわね。でもちょっと高くつかない?」
「まずは出来るかどうかの実験だろ。樹脂の入手は、錬金科の伝手を頼ろう」
「分かったわ。メモしとく」

 阿吽の呼吸を取るケニーとソーコに、ベルトランは何ともいえない表情をしていた。

「……なあ、あの二人は付き合ってるのか?」
「よく言われるんですけど、そういうのじゃあないんですよねえ」



 リオンは、使い魔であるゴブリンを、緑鬼(グリーン)と呼ぶ事にした。
 同時に呼び出せる数は、三体が限界だ。
 アクセサリーを核に意思が一つあるが、その一つの意思が三体を動かすようになっている。
 半ば自動的だが、リオンが指示を与えるとそれに従うようになっていた。
 力人(アーム)から緑鬼(グリーン)に切り替えての戦闘となると、力人(アーム)程の頑丈さはないが、その分すばしっこく手数も多い。

「こりゃ便利だ。もっと早く作ってもらえばよかったな」
「うわわ、でも、制御がちょっと難しいよ、これ」
「リオンは出来る事をやればいいのよ。元々戦うのは、あの人の仕事なんだから」

 三人の中で、目を回しているのはリオンだけだ。
 彼女の使役する緑鬼(グリーン)がモンスターを翻弄し、ベルトランはその隙を突いて次々と屠っていく。

「確かにな! 嬢ちゃんは、そこの二人を守る事だけ考えてくれりゃいい。もちろんそれも、俺の仕事で通すつもりはねえんだけど……なっ!!」

 効率は以前よりも高まり、一抱えほどもあるネズミであるジャイアント・ラット、角の生えたウサギのアルミラージ、犬の頭を持つ二足歩行型モンスター・コボルト、俗に鬼火とも呼ばれる青白いウィル・オー・ザ・ウィスプなども、次々と倒してはその素材を集めていった。
 モンスターを倒しながら一行はダンジョンの奥へと進み、やがて下へ降りる大きな階段の前に到達した。

 そこからはとんぼ返りだ。

 行きに一泊したのは何だったのかという速度であっさりと、四人はダンジョンを脱出した。
 都市に戻ってもまだ、日の高さは昼下がりといった所だった。
 冒険者ギルドのカウンターで手続きを終え、四人は酒場の席に着いた。

「これで依頼は完了したが、二人はいいのか? 自分達の戦い方法を思いついたとか言ってたけど、現場で試してみなくて」

 ベルトランは、ジョッキの麦酒を煽った。
 仕事の後には、必ずこれで一杯、なのだそうだ。
 リオン達は、果実水である。

「いいのよ。適当な場所で試すから」
「実戦で駄目でも、リオンの使い魔で逃げる時間ぐらいは稼げるだろうしな」
「わたし、アテにされてる!?」
「こういうのは、頼りにしてるって言うのよ。貴女だけに戦わせる気はないし」
「最悪のケースは考えておいて然るべきだろ。多分そうはならないだろうけど」
「あ、そうだ。絶対ポーションは忘れるなよ。あれが一本あるかないかで生死が分かれる場合だってあるんだからな」

 リオン達の言い合いに、ベルトランが思い出したように口を挟んだ。

「回復魔術が使えたとしても?」
「使えるのか?」
「回復魔術は、使えないわね」

 ……回復魔術は使えないけど、傷をなくす方法はソーコとケニーは持っている。
 ただ、そうした力を持っている事が分かると、冒険者パーティーの勧誘があるらしいので、黙っておく事にしたのだろう。もちろん、リオンも喋るつもりはない。

「回復魔術があったとしても、持っておいた方がいい。魔力が切れて追い詰められるってケースもあるんだから」
「なるほど、それはあり得るわね」
「なら、魔力ポーションもあった方がいいんじゃないか?」

 ケニーのもっともな反論に、ベルトランは肩を竦めた。

「そりゃ持てるなら持った方がいいけどな。通常のポーションと比較しても高価だ。初心者は割に合わねえよ」
「そういうもんか。いや、為になった」



 三日後、リオン達三人は再び『試練の迷宮』に足を踏み入れていた。
 日を置いたのは、ベルトラン曰く「自分達が思っている以上に疲労しているはずだから、探索が終わったらしばらくは地上で休むのがセオリー」との事なので、そのアドバイスを守ったのだった。
 三人の中で装備に変化があるのは、リオンだけだ。
 イヤリングやネックレス、手首やベルトと言ったあちこちに、下品にならない程度にアクセサリーで身を固めている。もちろんただのそれではなく、使い魔を呼び出す為のマジックアイテムだ。
 リオンは前衛として、ゴブリンである使い魔緑鬼(グリーン)と、コボルトの使い魔犬頭(ワンコ)、アルミラージの使い魔角兎(ステップ)を一体ずつ召喚してある。

「それじゃ、始めるわよ。本日の目標は第一層の踏破。それと私達の術の威力の確認」
「オーケー。じゃあまずは俺から『敵はどこだ』」

 地面に手をつけ、ケニーが『力ある言葉』を唱える。

「あっちだな」
「敵、ゴブリン一匹だよ!」

 リオンは使い魔達を待機状態、最初の一撃をケニーに託す。

「一匹だけか。なら『燃えろ』」
「ギャウッ!?」

 ケニーが指差し呟くと、ゴブリンはその言葉の通りに燃え上がった。
 一瞬で絶命したのか悲鳴は短く、その燃えさかる炎もすぐに静まった。

「これはまた……見事に瞬殺ね」
「複数相手なら『まとめて燃えろ』で済むな。大体は、これで片付くだろ」
「これってもっと単純に『死ね』でもいいんじゃない? 素材の事を考えると、むしろその方がいい気もするんだけど」

 確かに、文字通り跡形もない状態で、素材を手に入れる事は不可能だ。
 ただ、それに関してはケニーにも言い分があるようだ。

「この手の命令は生き物は抵抗するんだよ。特に『死』に対しては強い。もちろん出来るかどうかなら、出来るんだけどな。成功率は低い。魔力の消耗を考えると『燃えろ』が一番効果がある。それに通りかかった冒険者が見ても、炎系の魔術と勘違いしてくれるだろ」
「なるほど、一応考えてるんだ」

 もしくは『凍れ』でもいいかもな、とケニーは呟く。
 けれど、それはそれで素材回収を目的とするなら、解凍が面倒くさそうな気がするリオンであった。

 ――『七つ言葉(セブン・ワード)』。
 一にして全、この世界そのものである万能の『聖霊』へのアクセス権。
 彼が一言命じれば、それは現実となる。
 どの魔術系統にも属さない、ケニーの無類(ユニーク)魔術だ。
 一度に七文字分の命令しか出来ないが、それでもその価値は途方もない。
 ベルトランは生活魔術というモノを詳しく知らなかったから、ケニーがポンポンと使っていた魔術がそれだと解釈してくれていたが、本来は学院はおろか王国最重要機密扱いされてもおかしくはない魔術なのである。
 実際、学院長とカー以外には、この場にいる二人しか、ケニーの魔術の正体を知らない。
 それ以外の教師や生徒達は、『ケニーは便利な生活魔術を使う』という認識となっている。
 むしろ、ケニーの場合は『七つ言葉(セブン・ワード)』を一般の生活魔術に落とし込むのが、課題であった。
 今のところ、『鍋に落とすと中の水が一瞬で沸騰する宝玉』や『回数制限ありだが食事が出てくるランチョンマット』などが、ケニーの生活魔術師としての成果だった。
 ……まだ若干コストが高くつくため学院内での評価は低いが、何故か一部の貴族を含めた愛好家(ファン)がついていたりする。
 そちらに資金援助を頼めばいいんじゃないかなあとリオンは思ったりもするのだが、多分ケニー的に「それは何か違う」のだろう。

「じゃあ、私のは強いて言えば、風系……真空波的なビジュアルになっちゃうのかしら」

 大部屋には、ジャイアント・ラットとアルミラージの群れがいた。
 数は合わせて十程度だろうか。
 初心者パーティーならば、少々敷居の高い相手だが……。

全門(オール)閉鎖(クローズ)

 ソーコが呟くと同時に、その場にいたモンスターがバラバラになった。
 さながら、鋭利な刃物で切断されたかのような倒され方だった。

「な、何、どうやったの?」
「収納術だ」

 困惑するリオンに答えたのは、ケニーだった。

「え?」
「開いた扉を勢いよく閉めた……そうだな?」

 ソーコは得意そうに、狐耳と尻尾を揺らした。

「ご名答。リオンも知っての通り、私の亜空間への収納は、こちらとあちらを繋ぐ扉を用意する事なの。この扉って言うのは、すごく薄い……というか物理的にはあり得ないけれど薄さはゼロ。ゼロだけど『限りなく薄い』って解釈してもらって、その極薄の扉に敵を通して勢いよく閉じれば」

 説明を受けたリオンは、頭の中でそれをイメージする。
 つまり刃のような扉の途中までモンスターを通す。
 そして強制的に遮断すると……。

「切断される……?」
「そう、つまり瞬間的にいくつも出現するギロチンだ」
「そう言われると、すごく物騒なイメージね。ともかく、この……ギロチンでいいわ。ギロチンはどんな硬い敵でも切断する。ケニーと私で攻撃は受け持つわ」
「心強いけどソーコちゃん、大丈夫?」

 ソーコの時空魔術は便利で貴重だが、代償を伴う。
 彼女がリオンやケニーよりも、ずっと年下に見える原因が、それだ。
 だが、本人は意に介した様子もないようだった。

「私の術の代償は、使用一回につき一秒分の肉体年齢の逆行。よっぽど乱用しなきゃ問題ないわよ」
「俺の魔術は七文字制限。あらかじめ言葉を組んでおきゃいいだけの話さ。二文字か三文字が理想だし、やっぱり『燃えろ』がメインになるだろう」

 そんな代償や制約があっても、それを上回るメリットが二人の魔術にはある。
 今の三人の草色のローブには、ケニーの『鎧になれ』が込められていて、防御面でも万全だ。
 ただし、ただの生活魔術にこんな戦闘力があると知られれば……特に目立つのを嫌うケニーが顔をしかめる展開となるだろう。

「これは確かに、他にパーティー組めないよねえ……」

 もっとも、こんなのはただの手段だ。
 このダンジョンで、生活魔術科の資金を稼ぐ。冒険者向けの生活魔術を編み出す。それがリオン達の目的なのだから。



 王立魔術学院内に存在する平原、戦闘用演習場はとてつもなく広大だった。
 学舎施設全体の広さを優に超えるその規模は、五〇〇を超える生徒達が一度に模擬戦を行ってもなお、あまりある。
 矛盾しているようだが、間違っていない。
 時空魔術によって、本来の空間を数十倍に拡張していたのだ。
 だが、今は違う。
 とてつもなく広大()()()……過去形である。
 つい一週間ほど前、空間拡張魔術は解除され、通常空間へと戻された。
 これにより、演習場はせいぜいが並の運動場程度の広さになってしまっていた。
 演習場だけではない。
 時空魔術が解除されたのは、教室に作戦室に研究室、ロッカールームにシャワールーム、倉庫に至るまで全てである。
 他、預かっていた杖や魔導書の類も、まとめて返却された。
 膨大な量のそれは、倉庫に収納していた場合、どこにあるのか分からなくなってしまうという不具合があったため、時空魔術師が預かっていたのだ。
 時空魔術師――彼女のそれは、必要なモノは即座に取り出せる……難点があるとすれば、彼女本人がいなければ、困るという点であったが、大体は生活魔術科の教室か、『第四食堂』にいたのだ。少なくとも、以前は。
 個人的に彼女――『預かり所(フロント)』を利用していた生徒は多く、まとめて返却されたその日、学院は阿鼻叫喚に包まれた。
 被害は戦闘科にとどまらなかった。
 生活科に擁護の一つもくれなかった他の科も同罪と断じ、同じようにこれまでの『手助け』を破棄したのだった。
 なお、これまでなら整理整頓や他掃除、各科の実習の準備といった雑事も、生活魔術師達は実習の一環として担っていた。
 が、そうした作業を主にしていた『一言主(ザ・ワード)』や『人形遣い(ディーラー)』といった生活魔術師達までもボイコットしてしまった為、魔術学院は丸一日活動不能に陥った。
 ……よって、戦闘魔術科の長、ゴリアス・オッシはこの一週間、不機嫌続きだった。
 イライラと、無意識に顎髭を撫でてしまう。
 この日も、始業時間になってから演習場を訪れても、生徒達はまだ的の設営に手間取っていた。
 オッシに気づくと、慌てて残りの的を立て終わり、彼の下に駆け寄ってきた。

「お前達、何をしていた!! 一体準備にどれだけ時間を掛けているんだ!」
「そ、そんな事を言われても……」
「こんな準備なんて今までした事なかったですし、先輩達だって教えてくれませんでしたし……」
「言い訳はいい! さっさと列に戻れ!」

 これで戦闘科全員が揃ったが、全員が同じように演習をする訳ではない。
 二割程は図書室に向かい座学で魔術の研究を行う。
 五割は、倉庫の整理だ。
 別に効率を求めての事ではなく、単純に演習場が狭くなったので、必然的にそうせざるを得なくなっただけの話だった。

「まったく……」
「あの……先生」

 教官席に長い足を組んで座ったオッシに、杖を持った生徒の一人が申し訳なさそうに近づいてきた。

「今度は何だ!」
「杖の一部が壊れてて……結構古いモノもありますから」
「だったら申請して修理に出せばいいだろう」
「それなんですけど、その間の予備の杖のストックも切れているんです」
「買い直せ! そもそも何で、予備が切れる前に報告しなかった!」
「その、これまではちょっとした破損なら、修復出来ていましたし……」
「何故、それが今は出来ない」
「杖の修復には、生活魔術師達の力を借りていたんです。それが今は……」

 生活魔術師の名に、オッシは自分のこめかみの額が浮き上がるのを、自覚していた。

「ほう、我が科の魔術師は自力で杖の修復も出来ないのか」

 オッシの指摘に、今度は生徒が憤慨した。

「習っていないんですよ! 出来るはずがないでしょう!」
「貴様、教師に対してなんて口の利き方をするんだ!!」
「そんな事言ったって、出来ないモノは出来ないんです! だったら先生がやって下さいよ! 出来るんでしょう!?」
「ぐ……っ」

 オッシは言葉に詰まる。
 いや、出来るといえば出来るが……その手の地味な作業は、講師になってから数えるほどしかしていない。
 生徒達の前で久しぶりにやってみて失敗しては、目も当てられないではないか。



 人間である以上は、お腹がすく。
 昼休みになると、戦闘科を指導していたオッシも食堂へ向かう事にした。

「本当に、どいつもこいつも……」

 いつもの余裕は微塵もない。
 以前なら、女子生徒が一緒に昼食をなどと声を掛けてきたモノだが、今のオッシの荒みようには遠巻きに見守るだけだ。
 このまままっすぐ進めば、第二食堂だ。
 値段は少々高いが、味は確かだ。
 ……不機嫌なまま飯を食べると、消化に悪いって聞くな。
 そんな事を考えてながら廊下を歩いていると、右の曲がり角の方から声が響いてきていた。
 女子生徒の立ち話のようだ。

「みんな今日の昼、どうするー?」
「第一食堂かなあ。味はいまいちだけど、安くて量はあるでしょ」
「えー、私、第二がいいよー。多少割高でも美味しい方がいいじゃん」
「じゃあ中間をとって第三で」
「もー、第四食堂閉鎖ってどういう事よもー。ファンの気持ちも考えてよねー」
「しょうがないよ。話では戦闘科が生活魔術科の予算までほぼ全部持ってったからでしょ。元手がなきゃお店は開けないわよ」
「ほぼって事は、ちょっとはあったんでしょ?」
「……あんた、五カッドで食堂開ける?」
「うっそマジで予算そんだけ? 完全な嫌がらせじゃんそれ。ぶち切れもするわよ」

 彼女達を無視して、角を通り過ぎる。

「しっ……! 噂をすればよ」
「やばっ!」

 後ろからそんな声が届いていたが、さすがにそれに対して怒鳴り散らすほど、オッシは大人げなくはなかった。
 ここ最近、ずっとこんな空気だ。
 職員室でも、オッシに向けられる視線はどこか冷たい気がする。
 それに数日前には、学院に資金援助をしてくれている一部の貴族達が訪問し、生活魔術師の一人であるケニー・ド・ラックの所在を尋ねてきたりした。
 その時は上手く凌いだが、愛好者(ファン)とは何の事だ。
 自分が知らなかっただけで、彼らはとんでもないコネを作りつつあったのではないか。



 しばらく進むと、見覚えのある草色のローブにふわふわ頭の若い女教師の背中が見えた。
 オッシは彼女に駆け寄り、横に並んだ。

「先生、カー先生!」
「はい、オッシ先生何でしょうか?」

 和やかに微笑んだまま、女教師カティ・カーは歩みを緩めない。
 仕方なく、オッシも並んで歩く。

「あの三人はどこに行ったんだ。貴女の生徒達だ」
「予算を作るために、独自に金策に走っています。場所に関しては今のところ秘密です」

 魔術学院の講義は単位制だ。
 必要な講義を受けてさえすれば、時間にゆとりはある。
 もちろんその時間を遊んで過ごすか、自らを高めるために使うかは自由だ。
 生活科の生徒達に、方々の手伝いが出来たのも、そして今オッシが彼らを捕まえられないのも、それが理由だった。

「何故、秘密にする?」
「何故と言われましても……戦闘科は自分達の活動をすべて、他の科に教えるんですか?」
「知られては困る事なのか?」
「特には困りませんけど」
「なら、教えてくれてもいいんじゃないか?」
「お断りします」
「その理由は!?」
「色々言いたい事はありますけど、一番単純な理由は生徒達から口止めされているからです」
「は!?」
「『戦闘科は嫌いになったので、教えたくない』そうです。本人達の士気にも関わりますし、主任にはちゃんと活動報告は提出してありますよ。どうしても知りたいのでしたら、あちらに聞いてみてはどうでしょう」

 聞いて教えてくれるだろうか。
 いや待て、今朝職員室で、教導主任はカーから何かもらっていなかったか?
 確か、弁当とか聞こえていた記憶が……なるほど、根回しは万全という事か。
 いや、それよりも。

「嫌いって……そんな子供じみた理由で……」
「実際、まだ子供ですからね。何より、あの子達がそうなった原因に心当たりがないとは言わせませんよ?」
「…………」

 カーが歩みを止めるのに合わせて、オッシも足を止めた。
 彼女は微笑んだままだが、目は笑っていなかった。

「でも、そんなに心配する事はないと思いますよ。怒りも一過性のモノだと思いますし、あの子達の友達には戦闘科の子だっています。個人的にいくらか協力する事もあるでしょう。……ただ、戦闘科という科に対する不信感は、何らかの落としどころは必要でしょうね」

 落としどころ……謝罪と、予算の再分配か。
 後者は何とかなる……かもしれないが、前者がむしろ難しい。
 何しろ学院最大派閥の面子というモノがあるのだ。

「それでもまあ……このままでも戦闘科は特に困らないんじゃないでしょうか」
「どういう事だ?」

 実害なら、既に散々に被っている。
 困っているからこそ、今カーに相談しているのではないか。
 彼らがいなければ、この学院は……そこまで考えて、オッシはハッと思い出した。
 自分がかつて言った台詞だ。
 まるでオッシの心を読んだかのように、カーはその台詞を再現する。

「だってウチは別に『あってもなくても特に困らない』科って言われてますから。では、そういう事で。失礼します」

 そして一礼すると、彼女は生活魔術科の教室へと向かったのだった。
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