今日も暇だ。サウルに貰った本も読み終わり、何もする事がない。最初にもらった本は幼児向けの絵本だったが、歳若い女性の喜ぶものがわからなかったので、とは本人の言だ。読み応えのあるものがいいとお願いすると、冒険ものの小説を持ってきてくれた。邪悪な呪術師にさらわれた美しい乙女を助けにいく騎士の物語は、少女向けに恋愛要素が入っているのが憎らしい。
あー。暇、ひま、ヒマ。ここの住人達の朝は早い。日の出と共に起き出し、日の入りと共に家に帰る。健康的だが、おかげで昼までの時間がすこぶる長い。朝食が終わって2時間程しか経っておらず、昼食まではまだまだ時間が余っていた。食べる事ばかり考えているようだが、他に楽しみがないのだから仕方がない。
此方に来た当初は、物珍しさと慣れぬ環境での生活の緊張も相俟って刺激的だったが、行動範囲が限られている中で10日もすると慣れてしまい退屈だ。日々の忙しさから逃れる為に、ゆっくり過ごそうと鄙びた観光地にやって来たものの、すぐにやる事がなくなって暇を持て余している旅行者の気分だ。
窓際に置かれた椅子に腰掛け、部屋の窓から庭園の水辺で遊ぶ、美しい金色の鳥をただボケッと眺めていた。庭に出てあの鳥に餌でもあげようと思い立ち、テーブルの上のお菓子を取りに席を立って、凍り付いた。
テーブルの上には菓子と共に、一枚の紙片が無造作に置かれていた。見覚えのないその紙にはただ一言。『街へ行け』と書かれていた。
―――――日本語で。
いつのまに。いや、それよりも、誰がこの紙を置いたのか。紙に書かれた字は妙に角張っていて、日本語を使い慣れぬ人物が書いたと思われた。思い当たる人物は1人しかいない。賢者だ。だが仮に賢者が犯人ならば何故こんなまどろっこしい真似をするのか。別世界に渡ったり、私にこちらの言語を与えたりと、出鱈目な力をもつ賢者ならば、城の警備をかいくぐって会いに来るなど朝飯前ではないのか。姿を現せない理由でも在るのだろうか。
もし、賢者以外の人物が犯人ならば、その意図は何だろう?……駄目だ、さっぱり分からない。分からないが、誰が仕掛けたにしても、街に出れば接触を計ってくる可能性が高いだろう。
どうしたものか……。危険はおかしたくない。けれど、日本へ帰るチャンスかもしれない。でも、怪しい。しかし、この期を逃してはいけない気もする。いくら考えても堂々巡りで結論は出ない。
第一、街に出して貰えるのだろうか?1人では無理だろうな。監視がつくだろう。さしたる理由もなしに街に出たいと希望しても叶えられるかは甚だ疑問だ。強行突破は不可能だし、する気もない。
そもそも街に出ろだけなんて簡潔すぎるだろ。日時の指定もなしに、どうする気なんだ?そうだ、別に今日じゃなくてもいいんじゃないか?明日出来る事を今日やる必要はない!
その昔、友人から『石橋を叩いて渡らない』と評された性格は変わっていない。切羽詰まっていたとはいえ、思い切った結果がこのざまなのだ。もう少し様子をみよう。
私は紙切れをポケットに突っ込むと、当初の予定通り菓子を持って小鳥のもとへと向かった。お目当ての金色の小鳥は既に姿を消していたが、小さな茶色の小鳥達を見つけて餌を撒く。色といい、丸っこい形といい雀に似ていて、なかなか愛らしい。庭園を訪れる鳥は人に馴れており、サウルが差し入れてくれる本に継いで私の暇つぶしの対象となっていた。
呑気に鳥達と戯れて過ごし、餌が無くなったところで部屋に戻る。昼食まではまだ時間があった。 様子をみようと決めたもののやはり気になりポケットから紙切れを取り出した時、部屋の外から足音が聞こえて、慌ててポケットに戻す。ノックの音に返事をすると、エイノとユハが入ってきた。
何故このタイミングで……。ユハはともかく、エイノが部屋へ来るのはこの世界へやって来た翌日に詰問されて以来の事だ。
やましい事をしたわけでもないのに、私の心臓は跳ね上がった。彼らが訪れたのは、ポケットの紙切れと関係があるのだろうか?自然にしなければと思うのに顔が強張るのを止められない。おざなりに挨拶をすませると、ユハが微笑んで言う。
「街へ行ってみないかい?」
「へ?」
思わず間の抜けた声を出してしまう。なんだって?
「ずっと城の中では退屈だろう?気晴らしに街へ出ないかい?この国の事を知って貰っておいた方がいいしね。それには街を見るのが一番だと思うんだよ」
「はぁ」
駄目だ。頭が回らない。
「こないだ俺が言った事を気にしているなら心配はいらないよ。今日は強力な護衛が二人つくからね」
どういうことだ。何故今?おかしいだろ。
どこか愉しげなユハと違い、エイノは傍目にも不機嫌なのが分かる程の仏頂面だ。しかも時折私に向けられる視線が、なんとも表現し難いものなのだ。一番近い言葉をさがすとすれば、憐憫だろうか。
「さぁ、準備をして。せっかくだから昼食は街でとろう。混み始める前に行こうか」
この人、優しげに聞いてくれるが、いつも決定権はこっちには与えてくれないんだよなぁ。
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