エイノの部屋で菓子と質問責めにされてから、はや10日。私は平和な毎日を送っていた。投獄されるとか、よくてももっと厳しく取調べを受けるものと思っていたのに。
私に対する諸々の疑いは晴れつつあると思っていいのだろうか。相変わらず扉の外には監視の兵士が立っているけど。
毎朝サウルの診察を受け、2日に1度土産を持って訪ねてくるユハの相手をし、昼食後は健康の為に中庭をのんびりと散歩。3時のおやつを食べながら侍女さん達と世間話をする。というのが、この10日ばかりの日課だった。侍女さんは全員で3人。金髪の髪をいつもすっきりと纏めている理知的な印象のアイラ。同じく金髪のフワフワの髪が魅力的なナイスバディのマリヤッタ。栗色の髪を内巻きロールにした天然系のトゥーリ。彼女達がローテーションを組んで、食事の仕度やら部屋の掃除やらをしてくれている。
サウルやユハとの会話は気疲れするが、侍女さん達との話はとても役に立つ。女性というものは古今東西お喋り好きなようだ。1を聞けば10答えが返って来るのだから、どんな些細な事でも知りたい私にはもってこいだ。
侍女さん達曰く。ここ、シルヴァンティエはあの地図通りという程ではないものの、大陸で1、2を争う大国である事。現王は賢君の誉れ高く、武芸に秀でた世継ぎの王子がいる事。その王子が一粒種である事。人間の寿命は日本よりやや短い事。エイノは異例の若さで神官長という地位についた事。ユハは将来有望な近衛兵である事。エイノに言い寄った美貌で名高い、さる貴族のご令嬢がこっぴどくふられた事。ユハには不特定多数の女性の影がある事。エイノが女嫌いである事。ユハは……と、かなりどうでもいい情報が多いのはご愛嬌。妙齢の女性が集まれば、嫌でも話題はそうなる。とりあえず2人が女性に人気があるというのはよく分かった。
それにしてもこの完全なるお客様扱い。常に監視の目があるものの、快適すぎて恐ろしい。しかし、いつまでもこのままという訳にもいくまい。薮蛇になりそうで、何も言い出せずにいたが、そろそろ行動せねば。
昼食前、夜中になると髪の毛が伸びそうな西洋風人形を携えて、ユハがやってきた。
厳しい訓練と近衛の激務の合間を縫って来てくれているとマリヤッタは言っていたが、本当なのかね。来る度に違う匂いがしてるんだよなぁ。
「わぁ、かわいい。ありがとう」
心にもないお礼を言って笑顔で人形を受け取る。本当は苦手なのだが。この手の人形は捨てたら呪われそうで処分に困る。
「気に入ってもらえてよかった。サカキちゃんと同じ美しい黒髪が気にいってね。つい買ってしまったんだ」
13歳の子供にいう世辞じゃないよ。どれだけ守備範囲広いんだ。この人。ユハの台詞にお茶を持ってきてくれたマリヤッタが、羨望の眼差しを私と人形に向ける。その視線に妬みがみえないのは子供と思われているからか。
「今日は一緒に昼食をとろうと思ってね。遅めにきたんだ。かまわないかい?」
疑問系だが、この場合私に拒否権はない。
「はい。あの、実は私、ユハさんに相談したい事があるんです。聞いてもらえますか?」
「俺でよければ、喜んで。嬉しいね、こんなかわいい子に頼りにしてもらえるなんて」
………エイノとは違った意味で疲れる。
この日の昼食は前菜と白身魚の香草焼きとサラダ、野菜スープにパンだった。昼から豪華な食事だが、質素でいいからお米が食べたい。味噌汁が恋しいよ。あらかた料理を食べ終えた所で、私は切り出した。
「私の…今後の事なのですが、街に出て、働いて生活できたらいいなって思うんです。それで、私は父から教えられて、幾つかの言語が分かりますから、通訳みたいな仕事に、その、今すぐは無理でも将来的につきたいんです。図々しいお願いだとは思うのですが、どこか紹介してもらう事は出来ませんか?」
言うと、ユハはニヤリと笑った。
「そんな事じゃないかと思ったよ」
え?なんで分かったのだろう?
「部屋を訪れるたびに、通貨や物価、社会情勢に交易に特産品。なんて質問ばかりされちゃあね。何か考えているのだろうなとは思っていたんだ」
自立に向けて、それとなく聞いていたつもりだったのだが、バレバレだったのだな。
「さて、少しきつい事を言うよ」と前置きしてユハは言葉を続ける。
「君は、君の言うとおり、語学には堪能かもしれない。だが、君はこの国の人間とは少々容姿が違う。毛色の変わった者、ましてや成人もしていない少女が独りでやっていける程、市井は甘くないんだよ」
む、やはりそうなのか。街には色んな人種がいて、私も目立たないかもしれない。と思ったのだが、そうなら皆が皆、私の年齢を見誤る筈もないか。
「君の年で働いている者もいるが、本来ならば、まだ学業に勤めている時期だ」
「そうなんですか……。でも、私はここには親も居なければ、お金もないし、この先どうしたらいいのか」
「孤児の集まる施設が幾つかあってね。本来ならば、そこに入る事になるのだけども、必ずしも環境が良いとは言えない。サカキちゃんのような育ちのいい子には少々きつい所だ。何より、君のような目立つ容姿の子がいけば、金にものを言わせて無体を働く愚か者が出るだろう。そうとわかっていて入れるわけにはいかないしね」
育ち、良く見えるのか?年齢の割りに落ち着いているからとでも思われているのかね。しかし八方塞がりだ。疑いが晴れて後、どうやって暮らしていけばいいのか。不安を覚えているとユハは微笑んで言う。
「心配は要らない。君が成人して独りでもやっていけるようになるまで、神官長も俺も責任を持つつもりだ。その変わりといってはなんだか、時々話しを聞かせて貰いたい。サカキちゃんは非常に貴重な出来事の生き証人なんだよ」
「……はい。ご迷惑をかけてすみません。よろしくお願いします」
私はユハの申し出を有り難く受ける事にした。他に選択肢なさそうだしな。歳の事など色々と制約を受けるのはもどかしいが、そうも言っていられない。意地を張って街に出て、金持ちの慰み者になるなんてゾッとする。
「君の待遇が決まるまで、もう少し待っていてほしい」
そうユハは言い。昼食会はお開きとなった。
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