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第二章 偽り
07 偽り (5)
 1人になると一層の不安が胸をしめる。知っている人が誰もいない世界。私の事が分かる人もいない。何も分からない。こんな所でこれからどうしたらいいの……。と一晩メソメソと泣き伏し、開き直った。
 言葉は通じる。当面の衣食住は確保済み。当てにならないが賢者の存在もある。そういえば、「探し物をしてほしい」とか言っていたな。全くもって何を探せばいいのか見当もつかない物を探す気など、さらさらないけれど。そのうち迎えにやってくるかもしれない。当てにはしてないけどね。なんとかなる。と、思う。いや、思おう。
 それにしても、こんなに泣いたのはいつ以来だろう。歳を重ねるにつれ、涙腺も乾いていくものだと思っていたけれど、結構泣けるものだな。
 気分はすっきりしたけれど、泣き通したおかげで瞼が腫れて酷い顔になっており、朝食を運んできた侍女さんが、あわてて氷嚢を持ってきてくれた。
 瞼がましになったところで、着替えを渡される。長袖のシャツと、ふんだんに布が使われたボリュームのある膝丈のキュロットスカート。スカートと同じ丈の貫頭衣を羽織り、胸のすぐ下で幅広の布でしめる。全体的に淡い色合いで纏められた服は、なかなかに可愛い。というか可愛らしすぎる。これ、子供服だ。明らかに子供服だ。この世界にやってきて、未だかつて膝丈の衣服を着ている人に出会った事がないもの。
 兵士やユハは動きやすそうな細身のズボンをはいていたし、サウラやエイノは踝丈のビラビラした衣装だし、侍女さん達も負けず劣らず丈の長い貫頭衣を身に着けている。至ってシンプルながら、すべらかな布地のそれは着心地がよさそうで、私もそれが着たかったよ。そりゃ、この服も子供が着たら似合うんだろうけどさ、25の女の着る服じゃないよ。なんの罰ゲームだよ。こっちの人からみて本当に可笑しくないのだろうな?実は私の嘘を判っていて嫌がらせしてんじゃないの?
 鏡を前で引きつった笑いを浮かべる私をよそに、侍女さんは「まぁ、可愛らしい」だの「お似合いですわ」だのとご満悦だ。
 この格好では誰にも会いたくないし、部屋からも出たくないが、そうもいかない。今日は神官長殿の部屋で協議という名の尋問があるのだ。ああ、嫌だ。嫌だ。
 身支度を終えると、侍女さんに促されて部屋を出た。外には屈強な2人の兵士が扉を挟むように立っており、彼らに先導されて神官長の元へと向かう。
 日の光の差す中、初めて城の中を移動した。隅々まで手入れが行き届いた城は、正に豪華絢爛。国民の税金で、なんて贅沢な。けしからん。なんて思ってしまうのは世知辛い日本で暮らしていた者としては、仕方のない感覚だろう。
 日差しは柔らかく、暖かで眠気を誘う。日本でいえば春なのだが、ここに四季があるのかどうか。
 回廊の窓から覗く花。至る所に彫られたレリーフ。前を行く兵士が身に着けている素材の分からない鎧。何もかもが物珍しく、忙しなく辺りを見回してしまう。もっと眺めていたかったが、程なく目的地についてしまった。またあの唯我独尊男と会話をしなければならないと思うと気が重い。
 中に入るとエイノは、奥に置かれた大きな執務机に向かい書類にペンを走らせている最中だった。

「そこへ座れ」

 此方を見もせずにいう。私は部屋の中央に置かれた所謂応接セットのソファーに腰掛けそっとまわりを見回した。白を基調とした美しく整えられた部屋は、恐ろしく殺風景で主の性格をよく表している。今日はユハはいないのか。緩衝材の不在に益々気が重くなった。

 待つこと数分。エイノは未だ、書類の処理中だ。呼びつけておいて、待たせるな! 仕事が終わってから呼び出せば良いものを。
 苛立っていると扉を叩く音が聞こえた。

「入れ」

 エイノの声で扉が開かれ侍女さんが入ってくる。そして次から次へと目の前のテーブルに菓子を並べ始めた。テーブルの上を菓子で埋め尽くすと、侍女さんは一礼して出て行った。
 ショッキングピンクだったり、黄緑だったりと可笑しな色をしているが、鼻孔をくすぐる香りは甘い。何故こんな色の食べ物がこんなにも美味しそうな匂いを発しているのか。謎だ。
 ついつい菓子に見入っていると低く笑う声が聞こえた。見ればエイノが執務机から立ち上がり此方へとやってくるところだった。

「好きなだけ食べよ」

 笑いをかみ殺し私の向かいに座る。
 これが、ふん、このくらいの菓子に食いつきおってこの田舎者めが。くくくくくっ。という笑いならしっくりくるのだが、子どもの悪戯を見つけた親のような、仕方のない奴だな。くくくくくっ。といった好意を含んだものだったから驚きだ。
 なんだなんだ?一晩で随分と態度が軟化したぞ。それに私はお菓子が食べたくて見ていたわけじゃないんだけどな……まぁ、いただきますけど。
 手近にあったカエル色のケーキに手を伸ばす。味はモンブランだった。私が2個目のケーキに取り掛かったとき、お菓子には手をつけず、お茶を飲むエイノが静かに話し始めた。

「人や物の瞬時の移動。これは過去に例がないわけではない。文献によるとおよそ1000年前、かの大賢者ルードヴィーグは自在にこれを行い、あらゆる場所に姿を現した、とある」

 え?今何か聞き捨てならない言葉を聞いたような……。何が?
 あ~~~~~!!
 ゲホッゴホッゴフッ。答えに思い当たった途端に盛大に咽た。

「どうした」

 ゲホホホッゴッホゴホ。問われても、咽て応える事が出来ない。
 大賢者ルードヴィーグって……あの馬鹿もそんな名前じゃなかったか?
 エイノが呆れた視線を向けた。

「落ち着いて食べろ」

 違う、がっついてむせたわけじゃないぞ。ゲホホッ。あー、苦しい。ひーひーいいながらお茶を一口飲みようやっと落ち着いた。

「1000年前、ですか?」
「そうだ。よもやルードヴィーグを知らぬわけではあるまいな」
「いえ、知っています」

 多分。と心の中で付け足す。

「ルードヴィーグは自らの意思で移動を可能としていたが、お前の場合はなんらかの要因によって、空間にひずみが生じ、もといた地とこの地を結んでしまったのではないかと思われる。心当たりはないか?」

 心あたり。ありますよ。ありますけど、あぁ、もう頭がグチャグチャでおかしくなりそうだ。

「すみません、わかりません。何も変わった事はなかったと思うけど、よく、覚えてなくて」

 こちらでは人の寿命は1000年を超えるのか?同姓なだけなのか?大賢者ルードヴィーグというのが一種の称号のようなもので代替わりするのかもしれないし、あの馬鹿がルードヴィーグの名を騙っているのかもしれない。分からん。聞きたい事だらけだが、しかし下手に聞いて墓穴を掘ってはたまったものではない。

「そうか」

 そういったきりエイノは黙り込んでしまった。私が飛ばされてきた原因について思索に耽っているようだ。
 居辛いな。話しかけるのも気が引けるし。とりあえず菓子でも食べとくか。エイノは手を付ける気がなさそうだし、どういう風の吹き回しか知らないが、私の為に用意してくれたものである以上は頑張って食べねば。
 私が3皿目の、ピンクと紫の斑模様のチーズケーキ風味のものを胃に収めた時、思考の海から浮上したらしいエイノがやっとこちらを見た。
 それからは質問攻めだ。身分や親兄弟の事から、日本という国についてまで事細かく聞かれた。嫌な汗をかきつつ、ノラリクラリと適当に答える。言っていいか、判別のつかないものについては子供なので分からないとかわした。
 開放される頃には疲労困憊していた。が、思わぬ収穫も得た。賢者ルードヴィーグの名。日本に帰る糸口のほんの一端を見つけた気がした。


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