イサークを先頭に、一歩遅れてエイノ。その両脇をユハを含む6名程の見慣れた近衛達が固め、続いて神官の衣装に身を包んだ老齢の女性が2名と、同じく神官姿の大きな壷を抱えた、がたいの良い若い男性が2名。十数名からなる王子御一行様は奥に設けられた祭壇を目指し、神殿の中央を真っ直ぐに進んだ。談笑に暇がなかった貴族達が、まるで波が引くように道を開ける。素早い動きで左右に分かれて次々と頭を垂れる様はなかなか壮観だった。
モーゼみたいだな。
レーヴィに促すように脇をつつかれ、慌てて乙女の礼をとったまま、私は映画のワンシーンを思い出していた。
颯爽と歩くイサーク達が私の眼前を通り過ぎると、神殿内の篭った空気に混じって爽やかな外気が風となって首筋に届く。その風がやけに冷たく感じるのは乙女達の熱気で室温が上昇していたからだろう。そういう事にしておこう。
靴音を響かせて、祭壇に到着するとイサークはマントを翻して人々へと向き直った。高い位置に設けられた窓から差し込む光が、一筋の煌めきとなってイサークを照らす。計算付くであるかのような幻想的な神々しさが場を支配していた。
「これより、神誓の儀を執り行う」
イサークの宣言に、集う人々が深く礼をとった。
「清めの水をこれへ」
イサークに変わり祭壇の中心に進み出たエイノの低い声が神殿に響く。祭壇の袖に控えていた壷を抱えた青年神官が一名、エイノの傍らへと移動した。
サッカーボールがすっぽりと入る程の口の広い壷は、陶器のように厚手で、全面にびっしりと蔦模様の彫りが入っていた。水が入っているとしたら、かなりの重量になるだろう。しかし神官にしては体格のいい青年は涼しい顔をして何でもないように壷を手にしていた。
「誓言の水をこれへ」
もう一人の青年神官が壷を腕に、先に呼ばれた壷持ち神官の隣に並び立つ。清めの水が入っているらしい壷と大きさも形も良く似ていたが、浮かび上がる模様が違っていた。金持ちの気障なボンボンが乗り回す赤い車についたエンブレムによく似たそれには、あってはならないものが一つついていた。額から生えた捩れた角。それを目にした瞬間、ぞわりと嫌な予感が背筋を覆う。
角のはえた馬の絵を日本でも目にした事がある。その馬の特性を知ったとき、なんて贅沢な助平だ。とそう思ったものだ。
「ユーンに愛でられし乙女よ。ハーラの花を」
エイノの言葉に、控えて立っていた二人の老女が祭壇の隅に飾られた純白の花を手にとり、誓言の水とやらが入った壷へと浸した。
厳かに進められる一連の様子を頬を染めてうっとりとした表情で眺める乙女達。私は一人、顔を青ざめさせて某然と老女を見ていた。
あの二人が乙女だと!?
恐らくそろそろ70に手が届くであろう二人の顔には深い皺が刻まれていた。しかし、歳を経た今なお色あせない涼やかな目元と凛とした口元が、彼女達に控えめながらも輝きを与えている。娘時分はさぞや美しかった事だろう。いや、今問題なのは半世紀前の美醜ではなくて、彼女たちが乙女と呼ばれているという事実だ。私の認識では乙女というには大幅にとうが立ちすぎている。イサークの花嫁にはどう転んでも無理だ。
目を皿にして余すことなく二人を観察していると、腰についた一輪の花を模した見覚えのある黒い石に気がついた。自分の腰に巻かれた帯をちらりと確認する。やはり同じものだ。この宝石と呼ぶのもおこがましい黒光りするだけの石は、見た目に反して相当に貴重なものらしく、これを身に着ける事が出来るのも乙女の特権らしい。ひょっとしたら彼女達は十数代前の乙女なのかもしれない。それが今も乙女と呼ばれている。加えて馬の―――――ユニコーンの姿を写した壷。伯爵令嬢にはなく13歳の私に問題なくある資格。
つまり、
「乙女って………処女?」
ポツリと漏らした呟きにレーヴィが私の顔を見る。
「当たり前でしょ。ああ、そういやあんた、乙女の資格ないね」
そう、ないです。女25歳。それなりに経験も………って、どうして「ない」って断言しやがるんだ、この男!
儀式の最中だということも忘れて、勢いよく首を回す。神妙な面持ちながらも期待に胸を膨らました冴えない家庭教師の横顔を、張り倒してやりたい気持ちで眺めた。睨みつけるように凝視しているとレーヴィはきょろりと青い瞳を動かして、私を捉える。僅かに、ごく僅かに、挑発を含んだ蠱惑的な笑みを唇に乗せた。魚一匹住めない程に美しく透き通りすぎた湖のような薄い青の瞳が、私を絡めとり嬲るように細められる。
私に資格がないと知りつつ、今の今まで一言も忠告を発しなかった非情な男の、思いやりのかけらもないその笑みに、何故か、優しく臓腑を撫で上げられるような不気味な愉楽が体にはしった気がして私は眉を顰めた。何だか変態に毒されてきた気がする。
すっと視線を前方に戻したレーヴィに倣い、重い気持ちで前を向いた。
私とレーヴィが静かに攻防を繰り広げる間にも儀式は滞りなく進んでいた。名前を読み上げられた乙女が、順に祭壇に登り、エイノの前で跪く。エイノは清めの水が入った壷に黄緑色の柔らかそうな葉がついた枝を浸し、その枝で乙女の頭と肩を払う。誓言の水に浸されたハーラの花から花びらを一枚千切りとると、額を撫で、鼻梁を滑らせて唇に押し当てた。
「偽りを口にすることならず、その身を穢す事ならん。女神ヴェラーモに誓いを」
「麗しの女神ヴェラーモよ。ユーンに身を捧げたもう事を誓います」
………あれ、魔法じゃないよな。サリの術や光の結界等の魔法が存在するんだ。嘘を封じる術や、見破る術があっても、おかしくない気がする。嫌な汗が額をつたう。逃げ出したい。
落とせ! つるっと落っことせ! 貴方はだんだん腕が重くなる………いいからさっさと後生大事に抱えたその不吉な壷を落としやがれ!
神官の兄ちゃんが手を滑らして壷を落とすようにと念じてみるも、当然の事ながら全く効果がない。
「サカキ・ケイコ。こちらへ」
とうとう私の番が来てしまった。無情にも私の名を呼ぶエイノの声に促され、祭壇へ近づく事を拒否する足を懸命に動かし、一段、また一段と階段を上る。エイノの前へと辿り着くとぎこちない動きで跪いた。跪く瞬間、イサークの顔が険しく歪められるのを目の端でとらえていた。
顔をあげると、エイノの白い手が伸び、細くしなやかな指先に挟まれた花びらが額から唇に押し当てられる。
「偽りを口にすることならず、その身を穢す事ならん。女神ヴェラーモに誓いを」
表情を消したエイノの、形のよい唇から艶やかな声が落ちる。
「麗しの女神ヴェラーモよ。ユーンに、身を………捧げたもう事を誓います」
震えそうになる声を律して宣誓の言葉を口にのせた。
―――――何も、変わらない。
「何か」に耐えようと固く口を引き結んで待つが、何も変化はなかった。
良かった。単なる口先だけの誓いだったようだ。私は小さく息をはくと立ち上がった。膝が笑っていた。
力の入らぬ足を引きずるようにして祭壇を後にしようとし、ふとイサークと視線が合う。安心させるように、こくりと頷いて私を見つめるイサークに先ほど目にした険しさはもうなかった。緊張が解けた私は、にへらと締りのない笑顔で返すと、祭壇を背にする。気付けば背中はぐっしょりと汗でぬれていた。染みになってなければいいのだが………。
「これであんたも正式な乙女の一員だね。まあ、頑張ってよ似非生娘さん」
レーヴィの傍へ戻るがいなや吹き込まれる嫌味と、軽薄な応援に、ヒールのついた踵でレーヴィのつま先を踏みにじって応えた。くすくすと押し殺した軽快な笑い声が耳に届く。
誰か、この変態をどうにかしてくれ!
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。