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第二章 偽り
06 偽り (4)
 エイノの言葉をうけて、扉の外に向かって何やら指示を出しに行っていたユハが、戻って来るなりハンカチを差し出す。

「どうぞ」

 なんて爽やか。なんて紳士。爪の垢を煎じて隣の冷血漢に飲ませてやりたいわ。

「ありがとうございます」

 受け取ると、優しく頭を撫でられた。

「心配しないで。エイノはこう見えて、とても優しいからね。彼に任せれば大丈夫だよ」

 ははははは、説得力のない慰めをありがとうございます。その優しいエイノさんに心底嫌そうな顔で睨まれていますよ。
 忌々しげにユハから私に視線を戻し、エイノが問いかける。

「ここが何処かわからんと言ったな。では何故この国の言語を解する」

 最もな疑問だ。

「この…言葉は、この国でしか…話されていないのですか?」
「この国及び、周辺の2国のみで公用語として使用されている。ここが何処かなど大凡の検討はつくのであろう?」
「…わかりません」
「何故?」
「この言葉は…父に習いました。父は…言語学者で…異国の言葉を研究しては気紛れに私に教えてくれたのです」

 苦しい言い訳だが仕方ない。明らかに顔立ちも名の響きも違う、ましてやここは何処状態の私が、言葉を話せる理由が他に思い浮かばなかった。
 しかし、この設定には利点もある。万一、阿呆賢者にこのまま放置された場合、数多くの言語を話せるという点を利用しない手はない。そのための下地作りだ。

「奇特な学者もいたものだ。……此処はノルティア大陸。シルヴァンティエ国の王都キノスの王城だ」

 信じているのか、いないのか、まぁ多分信じていないのだろうけど、幸いにも突っ込まれる事もなく、やっと此方の情報を仕入れる事が出来た。地名が分かった所でなんの役にもたたないけども。

「分かるか?お前は王のおわす、城の庭園に忽然と現れた、この意味が」

 大問題だよね。そっち側にしてみれば、警備に穴があるって事になるんだもんな。

「そんな事…言われても、私、わかりません」

 顔を歪ませ、今にも泣き出しそうな私と、そんな私に尚も厳しい視線を送るエイノの間にユハが入る。

「まぁまぁ、エイノ。怯えさせちゃ駄目でしょ。ごめんね。エイノは術式面での警備統括者だから気が立っちゃっててね」

 ナイスフォローだユハ。何度も泣くのはしんどいんだよ。
 ユハの言葉にエイノがまた嫌そうな顔をした時、扉が軽くノックされた。

「地図がきたみたいだね」

 ユハの手によって、広げられた地図は当然ながら見た事もない形をしており、かなり大雑把な代物だ。正確な世界地図などないのだろうと容易に想像できた。良かった。これなら誤魔化しがききそうだ。
 描かれているのは一つの大陸と小さな島々。大陸の中央をでかでかと陣取っているのが、この国のようだ。周りには大小様々な国々がひしめき合っている。自国を誇張して描かれているのだろうか。そうでなければ大変な大国という事になる。

「分かるか?」
「私の…知っている地図と大分違うので、間違えているかもしれませんが、多分、この辺り…かな?」

 この辺り、と適当に地図の東の端に位置する群島を差し示すと、ユハの眉が僅かに寄せられる。

「……ごめんなさい。本当に知っている地図と違うので、分からないんです」
そのなんとも言えない表情に下手を打ったかと慌てて誤魔化した。
「地図は地方によって随分と違うみたいだからねぇ」

 要領を得ない私を庇って、一人頷くユハ。

「まあいい、暫くは監視下で生活してもらう。衣食住は保証する。体の回復に専念しろ。また話を聞きに来る」

一方的に告げるとエイノは足早に去っていった。神官長様はお忙しいようだ。

「まだ、体も辛いだろうに済まなかったね。何も心配せずに、今はゆっくり休んで。大丈夫、悪いようにはしないよ」
「はい。ありがとうございます」

 暖かいユハの言葉に、礼を言う私の声は震えてはいなかったか。
 見知らぬ地図をみて、改めて世界が違うのだと思い知らされた。今になって急速に不安が胸に広がる。ユハはやさしく背中をなでると、そっと部屋を出て行った。


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